第2章 46 絶望の先の光
「私たちも家に向かいましょうか」
「そうですね」
「あぁ、でも寝ている族長達を放って帰るのもねぇ……」
そう言ってベスタは少し困ったような視線をダンミミの方に向ける。
「あの、それと、カントさんと、この魔族の子はどうしましょう?」
キャリルがナイトメアをちらりと見てからそう言う。
「そうね。カントは担いで行けばまぁ問題ないでしょう。それよりもこの子よね……ねぇ、レント。私はこの子を治療したけれど、信用はこれっぽっちもしてないわ。むしろ、今でもその辺に捨てて……放置した方がいいかもって思ってもいるわ。
でも、あなたが、助けたいと言った。救ってあげたいと願った。だから、ここまで治療してあげたの。
レント、あなたはこの子をどうしたいの?」
ベスタが少し厳しい視線を俺に向ける。
まぁ、確かに、俺が助けて欲しいって言ったのだ。五歳児とはいえ当然責任はあるだろう。五歳児といっても中身はただのオッサンだしね。
「僕は……この子に、ナイトメアに寄り添ってあげたいです。確かに、危ないとは思います。思いますが、あんなのはあんまりじゃないですか。僕があんな裏切られ方されたら……多分、生きていけないと、思います」
正直、俺の考え方は相当甘っちょろい考え方だ。戦争のせの字も知らない平和ボケした人種だと自分でも思う。この世界では、まだまだ戦争があり、森や山、果ては空にまで魔物が徘徊している。
冒険などしようものなら、いつ、どこで死ぬか分からない。
そんな世界で、戦い合った敵を救ってあげたいなど、夢物語もいい所だろう。
だが……。
「でも、僕は、そんな時に寄り添ってくれる、頼ることの出来る人がいたら。それがもし、さっきまで戦っていた相手だとしても。
僕は……手を取って、立ち上がれると思うんです」
本当、死とは無縁の人生だったと思う。
いや、自殺しようとは思った事はあった。でも、出来なかった。
どこまで行っても、俺の弱い部分は変わらなかった。
だけど、もし。もし、俺が支える事で変われる人がいるかもしれないのなら。
「僕は、そんな人になりたいです」
「……」
そう言って静かに聞いていたベスタの目を見つめる。
ベスタは、俺の話をどう受け止めたのかは分からない。
その綺麗な金色の瞳を窺うが、答えは見えない。
「…………」
「…………」
どのくらい目を見つめ合っていただろうか。
長く思えた沈黙は、ベスタが口を開くことで破られた。
「……そう」
返ってきたのは、長い沈黙の割りにはとても簡潔な言葉だった。
そして、ベスタはそのままコツコツと、ナイトメアの所まで歩く。
「お、お母様……?」
そして、ナイトメアの傍にしゃがむと、唐突に右手を振り上げ。
「はっ!」
掛け声と共に、勢いよくナイトメアの左の頬に張り手をした。
「ちょっ、お、お母様?!」
「ベスタさんっ?!」
パァン、と乾いた音を盛大に響かせると同時に、ナイトメアの頬が真っ赤に染まる。
唐突の事に俺とキャリルは動揺する。
「ふっ!!」
そして、ベスタは、俺たちの言葉に答えることなく、今度は自分の頬を両手で強く挟むように叩く。
「お母様っ?!」
「ベスタさんっ?!」
ナイトメアと同様に、振り返ってこちらを向いたベスタの頬も真っ赤に染まる。
えっと……うちの母は何を?
「ふぅ……これで、お相子ね。私はもう気にしないわ」
吹っ切れた様に笑い、ベスタがそう言う。
やはり、うちの母には頭があがらない。
……でも存外、うちの母も甘いのかもしれない。
「……ありがとう、ございます」
「それは、この子の口から聞かないと、ね?」
俺のお礼の言葉にそう言って、イタズラっぽく笑うベスタは、とても頼もしく見えた。
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──長い、夢を見ている。
マスターに拾われ、育ててもらい、戦い方を教わっている夢。
毎日毎日、戦っては寝ての繰り返し。
でも、マスターはちゃんと教えてくれた。
分からない所は分かるまでちゃんと付き合ってくれた。
出来ない所は出来るようになるまで教えてくれた。
出来るようになった後ももっと上手くなるよう支えてくれた。
──唐突に映像が切り替わる。
マスターの右手が僕の胸を貫く。
僕は、理解出来ずにマスターの顔を見る。
マスターは表情が抜け落ちたような、無機質な顔をしていた。
こんなマスターの顔、知らない。
僕に優しく笑いかけたあの顔、叱ってくれたあの顔、一緒に喜んでくれた、あの、顔。
それが、一瞬にして色褪せていくかのようにその無機質な顔が脳裏に焼き付く。
……嫌だ。違う。マスターは、こんな人じゃ──。
「物は使えなくなれば処分するでしょう?」
要らない物を見るような目で僕を見るマスター。
あぁ、そうか……。
僕、また捨てられたんだ……。
いつか僕を捨てたあの母のように。
今のマスターの目はあの時の母と同じ目をしている。
マスターが遠ざかって行く。その姿が、かつての母の背中と重なる。
お母、さん。お母さん……!
「……まっ、……て……」
行かないで。また、僕を一人にするの……?
また、一人になるの……?
映像が途切れ、真っ暗な場所に一人、横たわる。
貫かれた胸からは止まることなく血が流れ出る。
……裏切られるくらいなら、また離れて辛い思いもするのなら。
……このまま、消えてなくなってしまった方がいい。
ずっと一人、周りに誰もいなければ、もう、寂しい思いなんてしないのだから。
──ふと、一筋、光が差す。
その光は、何処か懐かしいような、そんな温かさを感じる。
あぁ、もう、死んじゃうのかな。
死んだら、何処か遠くに魂を転送して神様が新しく生まれ変わらせてくれるって誰かが言ってたっけ。
……次、生まれ変わるなら……。
僕、ニンゲンになりたいなぁ。
角が生えてない、ニンゲンになってみたい。
そして、自由気ままに生きたい。
願わくば、寂しい思いをしないよう──。
そこで、差していた光が消え、唐突に強い衝撃と共に痛みが走る。
消えた光が大きくなり、辺りを覆い尽くす。
ふと、意識が浮上する──。
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「……んぁ……?」
「あら、傷の割りにお早いお目覚めね」
目を覚ましたナイトメアに、ベスタが声をかける。
「……っ?!」
ナイトメアは警戒し、状態を起こそうと手を床につけるが、血が出すぎていたのかフラっとよろけてそのまま横に倒れた。
「ちょっ、あぁ、もう、いきなり起き上がろうとするからよ。あれだけ血を流しておいて直ぐに起き上がれるわけないでしょう?」
ベスタがはぁ、とため息をつき、ナイトメアを見やる。
「……殺すなら、殺すといい。僕はもう、終わりだから」
ナイトメアは天井を見上げながら、諦めた様な声でそう告げる。
……そう、だよな。これは、俺がどうにか出来る問題なのだろうか……。
俺に、この子を救ってあげる事が、出来るのだろうか。
瞳から光の抜け落ちたこの子に、また光を宿してあげることが、俺に──。
「残念ながら、それは出来ないわね」
ベスタの声に俺とナイトメアが同時に反応する。
「……どうして? 殺すのは簡単でしょ? 一息にやるといい」
「そうもいかないの。私、こう見えて一度決めたら曲げたくないの」
ベスタは俺の方をチラリと見てから。
「息子が……レントが、あなたを助けて欲しいって言ったのよ。あまりわがまま言わないこの子がね。
こんなに必死にお願いする事なんてなかったのよ。
自分のためにじゃなくて、他人の、しかも殺されそうになった敵のために。
……あなたが、このままだと、可哀想……いえ、自分の大切な物を失いそうだから、って」
ベスタが言うとナイトメアが状態をゆっくりと起こして座り、俺の方を向く。
「……そのまま何もしなければ、楽になれたのに」
「死ぬと……楽になれるんですか?」
「っ……お前に、何が分かる?」
俺の言葉にナイトメアがギリッと歯を食いしばる。
「お前に、僕の何が分かるっ!!」
「残念ながら、僕には、分かりません。
あなたが何を思い、何を感じ、考えているのかなんて」
「なら……構うな! 僕には、もう、もう……!」
「だから」
頑なに拒むナイトメアの近くに僕はそっとしゃがみ込む。
「少しずつ、教えてくれませんか?」
「……は?」
俺の言葉が聞こえなかったのか、ナイトメアは間の抜けた声を漏らす。
「少しずつでいいので、あなたの事、教えてください。一気に、とは言いません。全部教えろなんて言うつもりもありません。
ほんの少しだけ、あなたの事を教えてください」
「……なんで、そんな事」
以前として光を失った瞳のままナイトメアが聞いてくる。
なんでって? そりゃあ。
「あなたの事が、知りたいから、ですかね?」
知らなければどうしようもないしなぁ……。
ほら、心を開くにはまずは相手の事を知らないといけないってなんかで見た気がする。
まぁ、心開いてない相手を知るのに相手に聞くのはどうかと思うけど……。
「……意味が、分からない。なんで、なんで殺さない?
僕はお前を殺そうとしたんだよ?」
「そう、ですね。でも、僕は生きてます。結果的にですけど」
そう言って苦笑しながら頬をかく。
「お前の家族も殺そうとした! 何もかも、奪ってやろうとした!」
「ですけど、結局、あのチート悪魔が色々したおかげで、まぁお父様が死にかけましたが、一応無事でしたし」
そう言って、カントを見やる。……あっ、いびきしてやがる……。
「全部、壊そうとした……!」
「でも、何も壊れなかった」
俺はナイトメアの目をじっと見つめる。シンと静まり返った室内にカントのいびきが響く。
「僕は、無事ならそれでいいと思うんです。命あっての人生、命あっての物種ですからね」
そう言ってナイトメアに笑いかける。
「……甘い。甘すぎる。そんな風に考えてたら今にお前は死ぬ!」
「かも、しれませんね。僕、五歳児ですし。弱いですし」
そこは俺もそう思ってるから言い返せないけど。でも。
「でも、楽しいですよ? とても」
「……っ!」
ちゃんとした返答に、なっていないと思う。
でも、俺はこう言いたい。
「人生、楽しく生きられれば、それで十分だと思うんです」
「楽しく、生きる……」
「はい! 五歳児が何言ってるんだーと思うと思いますけどね」
五歳児アピールは忘れない。こればっかりは譲れない。
「……」
俺の言葉にナイトメアが考えるように黙り込む。あっ、カントがふごって言った。
それと同時に。
「……僕にも、楽しく生きる権利はあるのかな……」
独り言を言うように、ポツリと、零した。
「僕にも、やり直せる、のかな……」
震えるような声でそう言い、こちらを向く。
「……僕、まだ、死にたくないよ……!」
その黄色い瞳から一筋、涙が落ちる。
「……やり直せる、なんて簡単には言えないですけど」
「……っ」
俺の言葉に瞳を曇らせるナイトメア。でも、人の人生を決められるほど、俺は偉くもないし、そんな責任や権利なんてない。
だから。
「自分の人生なんですから、自分で決めたように生きればそれが一番ですよ」
そう言って、俺はナイトメアに右手を出す。
「……」
無言で視線を下に向けるナイトメアは、俺の言葉に、何を思ったのか。
俺には分からない。だけど、気持ちが変わってくれたのなら。
「……僕」
ナイトメアがこちらを見る。光を宿した力強い瞳で。
「もう少し、頑張ってみる」
そう言って俺の手を取った。
その彼女の手は、しなやかで細かったけど、とても力強い手だった。




