第2章 33 侵してはいけない過ち
先に謝っておきます。胸糞悪くなった方は申し訳ございません。
帰りのホームルームが終わる。
授業中の事はよく覚えていない。気付けばあらゆる事が終わって、放課後が訪れていた。
そう、放課後。あの時も、放課後に──
ふと、後ろから肩に手を置かれる。俺は肩に手を置かれた瞬間にビクっと肩を跳ねさせた。
「……近藤じゃない。俺だよ」
そう安心させるように柔らかい声で言ってきたのは、二年の時に仲が良くなり、進級してからも同じクラスの、不知火一だった。
「……不知火、か……なんだ? 何か用か? あ、そういや、こないだ勧めたあのゲームやって──」
「無理、すんなよな」
「……っ!」
俺は高校唯一の友を心配させまいと、努めて明るく接しようとして、それを遮られた。
この男、不知火はどんな奴にも優しく、悪い噂などは滅多に聞かない。
むしろ、いい噂しか聞いたことがない。そして、ルックスも悪くは無い。短髪の黒髪に、少しくせっ毛のある髪、穏やかな目つきに整った顔。
悪くないというかイケメンな部類だろう。女子からの人気も上々らしい。
そんな男が、俺を気にかけてくれ、友として接してくれ、そして、心配してくれる。
友達のいない俺としては、嬉しい、はずなのに。
頼りたい、はずなのに。この気持ちは、どうして。
「……えに……よ」
「え?」
「……お前に、俺の何が分かるってんだよ……!」
聞き返してくる不知火に、俺は俯きながら、膝の上で拳を握りしめ、呟くようにそう言った。
「いや、俺は、そんなつもりじゃ……」
俺の言葉を聞き、困ったように不知火はそう言った。
「そんなつもりじゃ……? じゃあ、どんなつもりなんだよ。あれか? 自慢か? 俺への当てつけか? それとも自分の押し売りか? 周りへ見せつけて好感度アップってか?
なんだよ、俺をそんな道具に使うんじゃねぇよ!
いつも笑ってばっかで、ヘラヘラしやがって。友達も他に沢山いるだろうにいつも俺にだけかまけて!
なんで、俺なんだよ! 他に、もっと話してて楽しい奴とかがいるだろ! お前には!
俺は、そんな奴いないけどな! でもそんなのいらねぇ。欲しいとすら思わない。
まぁ、お前と話すのは確かに楽しかった。あぁ、楽しかったさ。
でも……! でも! このまま道具にされるぐらいなら! 俺は、一人の方が断然マシだね!」
俺は感情に任せて思っていた事をぶちまけた。
ぶちまけて、しまった。頭では、分かっていたのに。これだけはしちゃいけないと、俺のただの独りよがりだと、分かって、いたのに。
校内で一番お節介で、時折不器用な、心優しき唯一の友人に。
俺は感情のままに言いたい放題言ってしまった。
言いたい事を吐き出したからか、急速に気持ちが落ち着いてくる。
そして、冷静になってから、ハッと気付き、不知火を見やる。
「……そう、か……いや、ごめんな」
「──っ! あ、いや、その、俺は……」
不知火が困ったように頬をかきながら弱々しい笑みを浮かべる。
それを見て、俺は言葉に詰まった。こいつは、不知火はただ純粋に心配していただけなのに。
いや、俺も分かってた、分かっていたはずなのに。これはただの八つ当たりじゃないか。
これじゃあ、やってる事は、あいつらと、変わらないじゃないか。
俺は何か言い訳を探そうとした。
しかし、それは不知火によって封じられた。
「いや、俺が不躾だった。不用意に人の内情に割り込んでしまって……」
違う。そうじゃない。そうじゃないんだ。
「お前の気持ちも汲むべきなのに、そこを見落とすなんて……本末転倒もいい所だなぁ」
やめてくれ。お前は何もしてないのに……
「いや、本当、悪かった。首突っ込みすぎたわ。もう、やらないからさ」
あぁ……なんで、お前は……
「でも、さ。本当に無理だと思ったら……」
あそこまで言われて人を嫌いにならないんだよ。なんでそんな態度で接する事が出来るんだよ。
なんで、貶す様なことを言った人間に、謝るんだよ。謝れるんだよ。
「相談ぐらい、してくれよ?」
悪いのは、俺じゃないか……
「なん、で……」
「なんで? えっと、何がなんでなのかは知らないけど……人が困ってるの見てたらほっとけないじゃん? ましてやそれが友達なら、さ」
「ぁ……」
首を傾げ、それから笑いながら言った不知火のその言葉に俺は絶句した。
友達。ただ、それだけ。それだけ、なのに。
この男は、なんの曇りもない澄み切った気持ちで手を差し伸べている。
こんな事、誰にだって出来ることじゃないはずなのに。
不知火は、それをしている。やってのけている。
俺は、その純粋な気持ちを踏みにじって、ぐちゃぐちゃにして、投げ返した。
……飛んだクズだな。どっちが本当のクズなんだか。
多分、こいつは俺に言われても気にせず、また普通に接して来るのだろう。ズカズカと入り込んで来ないで、空気を読んで接しはするだろうが。
だが、俺は無理だ。あんな事言った後で、ごめんね、仲直りしよっか、で済むはずがない。
あいつの中では大丈夫なのだろうが、俺の中では不知火との関係はもうボロボロに崩れている。
もう、不知火には、関わらない方がいい。
その方が、あいつのためなんだから。そして、俺の、ためだから。
最後まで俺の自分本位な考えにイラつきと呆れ、そして、失望を覚えながら。
「……ごめん、不知火。本当、ごめん」
「あっ、廉翔?!」
俺は立ち上がってそのまま教室から逃げるように駆け出した。
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「……よう。少し遅くねぇか?」
近藤が振り返り、こっちを見る。
「……ホームルームが少し長引いて……」
俺は無難な言い訳をしておく。本当の事を言うと、また、面倒な事が起こると思うから。
「けっ……まぁいい。いつも思うが……よく、ここに顔出せるよな?」
近藤がそう言ってニヤリと笑う。何が顔出せるよな、だ。自分が呼び出しておきながら。
ここは、学校の裏。辺りに木が生い茂っている人通りの少ない道。
近藤達はいつもここで屯して、ナワバリとか言ってここを通る生徒達を脅しているらしい。
それで、俺を呼ぶ時は決まってここに呼び出す。
そして、やることは、いつも決まっている。
「今からリンチされる気分は、どうだ?
まぁ、今日は、俺一人だけにしといてやるよ」
近藤のその言葉に周りからは囃し立てる声が上がる。近藤はそれを聞きながらこちらに歩み寄ってくる。
「じゃあ、いくぜ……!」
俺は、近藤が腕を大きく振りかぶったのを確認してから。
「……岩砲!」
出力を少し弱めた岩砲を顔面に叩き込む。
「……ふぐぁっ?!」
近藤は突然の顔面への衝撃の痛みに混乱する。当たり前であろう。いきなり、顔に岩が飛んできたのだから。
「……っつう……てめぇ……何しやがった!」
「魔法、だけど?」
俺は当然のように答える。
教室を出た後、俺は一目散に外に出た。その時、少し違和感を感じた。
俺が知ってる風景と少し、違う。よく見ると、見たことない木。そして、コンクリートに似た地面。
そして何より、二つある太陽。
その事で俺は思った。ここでも、魔法が使えるかもしれない、と。
魔法陣から転移させられたのだから、多分ここもあの自称大悪魔が言っていた、ずらされた世界線なのだろう、と。
隠れて、水球とコッソリ言うと水球が目の前にポンっと現れた。
魔法が、使える。ということは、奴らに、仕返しができる。
そう思うと、自然と笑みが零れた。
その瞬間の笑みは、今までで一番、不快なものだっただろう。
その笑みを押し殺しながら、ここへ来た。こいつらに復讐をするために。
「本当の世界じゃない、作り物の世界のモブの癖に……舐めんじゃねぇぞ……!」
俺の言葉に、皆が分からない様な顔をするが、それも束の間。
「くそが……おい、あいつを抑えろ。今度こそ、動けなくしてやる」
近藤のその言葉に、いつの間に回り込んでいたのか、二人の取り巻きが俺を取り押さえる。
「なっ……!」
これは、想定してなかった。想定外だ。あ、これ、やばい……
「くそがっ! 死ねっ!!」
近藤がこれまでに無いくらいの怒気を振り撒きながら殴りかかってきて。
それを見て俺は、咄嗟に唱えた。唱えて、しまった。
「白銀世界っ!!」
瞬間、辺り一面の気温が急激に下がり、真っ白に凍りつく。それは、地面や、木々、その他の動植物。そして、近藤達までも……
「……ぁ」
俺は目の前の光景を見て、声を失った。
やって、しまった。こうする予定では無かった。
こんなこと、するはずじゃなかった。
頭の中で、キャリルの言葉が木霊する。
『魔法はですね、本来、とても便利なものです。分かりますよね? 火を簡単に付けたり、水を出したり。ですが、時に人を傷つけてしまいます。そして、種類によっては簡単に、人を殺めることが出来ます。
便利なものから、凶器に変わるのです。
まぁ、人に目掛けて無闇に撃ち込んだりしなければ、安全かつ本当に役に立つものです。
ですが、これだけは覚えておいてくださいね、レント』
ずいとキャリルが顔を近くに寄せるビジョンが浮かぶ。
『その凶器というものは、狂気から生まれるものなんですよ』
「……ぅぁあああああ!!」
キャリルのその声が頭の中で木霊するのを聞きながら、俺は完全に、理解した。
俺は初めて、人を、殺した。
あれ……どうしてこうなった……




