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滅びの剣と星屑の勇者  作者: タキザワコウ
第二章 〜憂国の騎士団〜
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笑顔の恩人

「アルバーン…あなたはいま何処にいるの…」


 シーナは水平線を見つめながら呟いた。

仕事が片付き一人で甲板にいる時、ふと考える。五年前自分を救ってくれた命の恩人の事を。


 十五のとき故郷を捨てる覚悟で夜中に家を飛び出したシーナは、停泊していたアルティア行きの貨物船に身を隠した。何処でもいい、とにかく遠くへ逃げたい一心だった。


 だが港を離れて二日目にして、船夫に見つかってしまう。シーナはなまじ抵抗したために、屈強な男たちに羽交い締めにされて海に放り出されそうになった。そんな窮地の彼女を救ってくれたのは、一人の少年だった。


 少年は仕事をシーナに教える代わりに港に着くまで彼女を乗せて欲しいと懇願した。結局、食事は少年の食い扶持から分け与えるという条件をつけることで、シーナは海に放り出されずに済んだのだ。


 その少年はアルバーンと名乗った。歳はシーナの一つ上ではあったが背は彼女より低く、年齢より幼く見える顔は陽に焼けて浅黒く、指先からつま先まで薄汚れていた。


 最初は命を救ってもらった礼すら言えないほど、心を閉ざしていたシーナだったが、それでも構わず話しかけてくるアルバーンに対して徐々に心を開いていった。


 船夫たちの話によると彼は奴隷だと言う。とある港で博打好きな親から質代わりに買い取ったらしい。奴隷ゆえに働きに応じた報酬も無ければ、将来自由を得られるという保証もない。それでも彼は仕事がどんなに過酷でも愚痴一つこぼすことは無かった。


 彼はシーナに丁寧に仕事を教えつつ、自らも黙々と仕事をこなした。母を早くに亡くしたせいで幼いころから家事を手伝っていたシーナも、彼の働きぶりには舌を巻いた。そして彼は船乗りたちにぞんざいな扱いを受けようが、常に笑顔を絶やさなかった。


ある時シーナはアルバーンに訊ねた。

「どうしていつも笑顔でいられるの?」


その質問には純粋な疑問と、単純でお人好しな彼への嫌味も込められていた。


「どうしてって、言われても…」

アルバーンは初めて困った風な表情を見せたが、すぐに笑顔に戻って答えた。


「明日が楽しみだったら、自然と笑顔になるだろ」


「はぁ? 奴隷のあなたが明日が楽しみだって言うの?明日どころか、明後日もこれから先もずっと死ぬまで船の上でこき使われるだけの人生かもしれないのに…」


自分でも酷い言い方をしたと後悔したが、その言葉にも彼は笑顔だった。


「確かに僕はずっと奴隷かもしれない。でも本当に明日は今日と同じかい?そんなこと神様にしか分からないよね」


そのあまりにも楽天的な思考に、シーナは思わず言葉を失ってしまった。


「だったら明日はきっといい日になる。そう思った方が楽しいじゃないか」


そして唖然とするシーナを尻目に彼は作業を続けた。


 その夜、狭い寝所で天井を見つめたままシーナは考えた。

(あいつみたいな考え方、到底無理だな…。一人で生きて行くなんて今の私にはできない…)


 それはようやく眠りについた頃のことだった。急に船が傾き、壁にかけていた船具が次々と落ちる音でシーナも目を覚ました。

にわかに船内が慌ただしくなり、甲板へと船夫達が駆け上がっていく。


「嵐だ! 早く帆を畳め!」


甲板から船夫たちの悲鳴にも似た叫び声が聞こえる。


気がつくとすでにくるぶし辺りまで浸水していた。船体がギシギシと軋み、それはまるで船の断末魔の叫びのように聞こえる。


(まさか、このまま船が沈んでしまうんじゃ…)


シーナの脳裏を不安がよぎり始めた時だった。


「シーナ!急いで甲板に上がるんだ!」


甲板からアルバーンが血相を変えて降りてきた。


二人は階段を這うようにして甲板に上がると、メインマストが強風にあおられて弓なりになっていた。まだ畳まれていない帆は引き裂かれ、今にも飛んで行きそうな状態だ。


次の瞬間、メインマストが根元からポキリと折れた。そして狂気と化したマストは甲板にいた船夫たちの頭上に襲いかかる。


「危ない! 逃げろ!」

マストは船縁に叩き付けられ、その衝撃で船夫達が弾き飛ばされた。


「海に投げ出されるな! 綱を身体に巻き付けろ!」


船夫たちはとっさに綱を腰に巻き付けたが、間に合わなかった者たちは次々と漆黒の海へと放り込まれて行った。


その様子を見ていたアルバーンはシーナの手を握りしめた。

「この船はもうダメだ! 早くこっちに来るんだ!」


そう言うと彼は後方の船室へと向かった。


「さぁこれを着て」


それは頭ほどの大きさのクルの実の殻を数珠状につなげた物だった。クルの実は穴を開けて果実を取り出すと大きな空洞ができるため、簡易的な浮き輪として良く利用されていた。


「でも1つしか無いじゃない!あなたの分は?」


しかしアルバーンはいつもの笑顔で答えた。


「俺は泳ぎが得意だし、そこらにある酒樽に掴まるから大丈夫。さぁ早く甲板へ………」


そのとき、船室へ大量の海水が流れ込んできた。彼と繋いでいた手が離れ、彼は濁流と共に船室の外へと流されて行った。


「アルバーン!」

しかしシーナの呼び声は水飛沫の音にかき消された。そしてそのまま彼女も濁流に飲み込まれてしまった。


(誰か助けて……アルバーン……)

シーナの身体は水流に弄ばれるように壁に何度も打ち付けられ、やがて意識は遠のいていった。




目を開けると飛び込んできたのは眩しいほどの青空だった。


渡り鳥が弧を描くように舞っている。ゆっくりと上半身を起こし周囲を見渡した。どうやらここは船上のようだ。

(私…助かったの?)


「おお、気がついたか」

振り返ると知らない顔の船夫が立っていた。


「みんなは!?…アルバーンは!?」


「嬢ちゃん、まぁ落ち着いて聞きな。船が難破したんだろうが、漂流してたのは嬢ちゃん一人だ」


シーナは泣いた。彼女にとって親しい人を失ったのは生まれて初めてだった。


「諦めるのはまだ早いぜ。俺たちゃずっと海にいるからよ、漂流してる船を見つけることなんてしょっちゅうさ。ひょっとしたら、あんたの大切な仲間もまだ生きてるかもしれねぇ。港に寄ったらひょっこり生きてたなんて良く聞く話だ」


シーナが次に拾われた船は海賊船だった。


彼女は雑用をこなす代わりに海賊船に住まわせてもらうことになった。船にいればいつかアルバーンに会えるかもしれない。会ってお礼を言うまでは故郷には帰れないとシーナは思った。


慣れない船上での生活は苦痛だった。何度も逃げ出したいと思った。そんな時、思い浮かんだのは彼の言葉だった。


明日はきっといい日になる。


来る日も来る日も、シーナはただ黙々と雑用をこなした。最初は冷ややかに見ていた船夫たちも、やがてシーナの働きぶりに感心し、仲間と見なすようになった。船が港に立ち寄る度にシーナはアルバーンを探して酒場や宿屋を訪ねて回った。しかし彼の消息はつかめなかった。


 十九歳になったある日、船長の息子であるシルバから求婚された。それまで歳下のシルバに対し、弟のように接していたシーナは戸惑ったが、やがて求婚を受け入れた。恋愛などに興味が無かったシーナにとって、結婚すら意味の無いものだったのだ。

それでも生活を共にするうちに少しづつ愛が生まれ、女としての幸せを感じるようになっていった。


 だが、シルバと結婚してから一年ほど経ったある日、まさに海賊船に襲われている船舶を発見した。


海賊は金品を奪っても、命をむやみに奪ってはならない。これは海賊たちの暗黙の了解だったが、船上では女や子供にも乱暴が行われていた。


そしてシルバ達はそれを止めようと船に乗り込んだが命を落としてしまった。

しかし事態は思わぬ方向へと向かう。

襲撃されていた船にはアルティアの大臣とその家族が乗船しており、シルバ達の勇敢な行動を讃えシーナたちに勲章が与えられたのだ。そして彼女達は正式な海軍の傘下となり、やがて海賊行為を取り締まる立場となった。


 翌年シルバの父である船長が病死すると、シーナが新たな船長となった。しかし船長となってからもシーナはアルバーンの捜索を続けた。


(アルバーンは今の私を見たら何て言うのかな…)


俺を探す暇があったら自分の幸せでも探しなよ。きっとそう言うだろう。

シーナ自身、いつまでもアルバーンの幻影に捉われるのが良いことではないとわかっていた。


(でも今の私には明日が見えないよ)


その時、シーナの脳裏に先日の出来事が浮かんだ。


-未来を恐れるなー


そう刺繍された奇妙な旗を掲げた少年たち。彼らは必死に何かを成し遂げようとしていた。今頃無事にジャナンに着いただろうか。


シーナは少年から受け取った袋を開いた。中には鮮やかな色のガラス玉で出来た首飾りが入っていた。


「一体これのどこをみれば宝石に見えるんだろうね。私も安く見られたもんだ」

シーナはそう言って鼻で笑うと首飾りを身につけた。


「船長!国籍不明の戦艦が右舷前方にあります!」


航海士の報告を受けて、シーナは懐から取り出した望遠鏡を覗き込んだ。その船はアルティアの戦艦だった。


「ほぉ、あれが噂の戦艦か……」

シーナは目を凝らした。


「ん?なんか様子が変だね……」

その戦艦はアルティアの国旗とともに、見た事が無い旗を掲げていたため、すぐに違和感を覚えた。


「海賊にやられた訳じゃなさそうだけど、どうも怪しいね。ちょっと様子を伺いに近づいてみようか」


そう言ってシーナは戦艦を指差すと、舵を切るように指示を出した。

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