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第38話 ふと思いついたこと

 翌朝、未沙がキッチンで朝食の準備をしていると、五条がコーヒーを片手にやってきた。


 未輝はテーブルでパンを食べている。五条はその隣に腰を下ろし、しばらく黙ってコーヒーを飲んでいた。


「未沙」


「なあに?」


「この前、サロンで新しいメニューの話を聞いただろう」


 未沙は手を止めて、五条のほうを振り返った。


「うん。話したね」


「あのとき、専門外だから何もいい意見を出せなかったけど……それから、なんだか少しモヤモヤしていて」


「モヤモヤ?」


「専門外なのにね。自分でも、どうして気になるのかよく分からなかったんだけど」


 五条はコーヒーをテーブルに置いた。少し考えるように視線を落としてから、ふと思いついたことを口にした。


「出張マッサージカーみたいなものがあったら、いいんじゃないかなって」


「マッサージカー?」


「うん。サロンに来るのが難しい人のところへ、車で出向いて施術するような。もちろん、すぐに実現できるかどうかは分からないけど」


 未沙は火を弱め、五条の向かいに座った。


「どうして、そう思ったの?」


「この前、未沙が話してくれたメニューのことを考えてたら、サロンに来られるお客様だけじゃなくて、来たくても来られない人もいるんじゃないかと思ったんだ。移動が大変だったり、家を空けにくかったり」


「そういう方は、たしかにいるかもしれないね」


「だから、サロンのほうから出向ける形があったら、選択肢になるのかなって。思いつきだけどね」


 五条は少し照れたように笑った。


 未沙は、すぐに返事をしなかった。思いがけない提案に驚いたのと同時に、五条があの日の話を、家に帰ってからも考えてくれていたことが嬉しかった。


「専門外なのに、考えてくれてたのね」


「うん。あのとき何も言えなかったのが、少し引っかかってたんだと思う」


「ありがとう。そういうふうに考えてくれたことが嬉しいの」


 未沙は五条の言葉を、頭の中でゆっくり確かめるように繰り返した。


 出張マッサージカー。サロンに足を運ぶのが難しい人のところへ、こちらから出向く。新しいメニューとは違う話に見えて、サロンを利用する人のことを考えるという点では、どこかつながっている気がした。


「すぐにできるかは分からないけれど、考えてみる価値はありそうね」


「そう思う。車のことも、施術場所や準備のこともあるだろうし、簡単ではないだろうけど」


「うん。スタッフにも相談してみるね。私だけで考えるより、現場の意見を聞いたほうがよさそうだもの」


 未沙はタブレットを手に取り、メモを開いた。


「出張マッサージカー……」


 そう打ち込んでから、未沙は五条を見た。


「また相談してもいい?」


「もちろん。分かる範囲で一緒に考えるよ」


「ありがとう。専門外でも、思いついたことを話してもらえるのは心強いわ」


 五条は、今度は少しほっとしたように笑った。


 未輝がパンを食べ終え、二人を見上げた。


「ママ、おしごとのお話?」


「そうなの。新しいことを考えていたのよ」


「くるま?」


「そう。サロンからお客様のところへ行く車があったらどうかな、って」


 未輝は少し考えてから、うなずいた。


「おもしろそう」


「そうね。まずは、みんなに話してみるね」


 未沙はタブレットに、五条の思いつきをもう一度書き留めた。


 新しいメニューの話をしたあのとき、五条は専門外だからと、それ以上踏み込まなかった。それでも、未沙の話は五条の中に残っていたのだ。


 そのことが、未沙には何より嬉しかった。


 まだ、何も決まってはいない。実現できるかどうかも分からない。それでも、思いがけないところから生まれたアイデアを、まずはスタッフと一緒に考えてみたいと思った。


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