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17話 魔棲地帯調査隊

「――兄ちゃーん!」


 森の木々の間を伝って、けったいな子供の声がアルのいる小屋まで届いてくる。


「アル兄ちゃん! 変な奴らが森に入ってきた!」


 小屋にいるアルたちのことなどお構いなしに、六歳になる小さな子供が出入口の前で捲し立てる。


「ああ、もうわかったから、あっちに行ってろ。終わったらすぐ行く」


 昨晩から小屋に連れ込んだ女との情事に耽っていたアルは、寝覚め一番に大きく体を震わせると、宣言通りに身支度を整え始めた。


「気を付けてね」


「おう。カルラも他のやつらにバレないように帰れよ。特に親父に見つかるとうるさい」


 アルの言葉に殊勝に頷くカルラが徐に衣服をまとう様子を、隣のアルがじっと凝視する。


「アル、恥ずかしいよ」


「……ん。ごめん」


 もう数え切れないほど交わっているはずなのに、未だに裸を見られることに恥じらいを見せるカルラの仕草に思わずアルの喉が鳴る。


 アルはそっとカルラを抱き寄せ、彼女が最も気にする背中の小さな羽に口を付けた。


 鳥人族特有の羽だが、人族との混血にあるカルラのそれは、十歳を迎えた今でも未熟なままだ。


 羽の付け根に舌を這わせると、彼女の細い体は面白いように跳ねる。


 未熟とは言え、種族としての重要な器官でもあるその部位には多くの神経が集中しているのだろう。


 その反応が嬉しくて、アルは執拗にカルラのそれを責め立てる。


 交わった際、絶頂の折りにピクピクと震えるそれを見るのも、アルは好きだった。


「兄ちゃん!」


「ああもう! わかったってば!」


 かつての友人テオを失って以来、アルは大きく変わった。


 テオのいない小屋で塞ぎ込む彼を救ったのは、意外にも集落で最も温厚な部類のカルラだった。


 鳥人族は寂しさを覚えると人の温もりを強く求める傾向がある。


 その理由は、卵にいる内から人肌以上に熱い羽毛の温もりを長いこと与えれたからだと言われている。


 だから塞ぎ込んだアルも人肌に触れれば元気になるかもしれないと考えた無垢な彼女は、迷うことなくアルを抱きしめた。


 見ようによっては大胆とも取れる行動も、少なからずアルに好意を寄せていたカルラにとっては好機に成り得た。


 しかしアルは人族と夢魔の混血種である。


 そうでなくとも五年前に集落に来てからというもの、親父の小屋にいる妖艶な女性タマラから性の手解きを受けていたため、「女」の片鱗を見せる少女の誘いを、性交の合図と捉えぬ理由が見つからなかった。


 背後から抱きしめ、膨らみかけた未熟な胸から熱を伝えるささやかな行為。


 すでに性の何たるかを知ったオスを狂わせるには十分な動機だった。


 また、かつての友人が性に奔放だったことも、彼を性の衝動に向かわせた一つの理由なのかもしれない。


「変な奴らってのはどんな格好をしていた? また盗賊か?」


「ううん。なんかピカピカしたやつをたくさん体に付けた、変な奴らだった」


 舌っ足らずで要領を得ないこの女子の情報も、あながち馬鹿にできない。


 何故なら、彼女は身をもって「盗賊」の何たるかを知っているからだ。


 体に刻み付けた記憶は、どんなに抗おうとも決して消えることはない。


 幼いながらに警戒すべき人型の代表格である盗賊と、普通の人とを見分ける洞察力を持っているのだ。


 おまけに「奴ら」と言うからには間違いなく人だ。


 そんな奴らが体中に身に付ける「ピカピカ」とは、つまり鎧のことだろう。


 聞けば馬にも乗っていたらしく、総勢およそ十人。


 惜しみなくフルプレートを持ち出し、人数分の馬を揃えられるほどの財を持つ集団。


 アルの記憶が正しければ、それらは王国騎士団の調査隊である。


「この先で間違いないんだな?」


「うん! 『壁』の近くでうんちしてるのもいた!」


「そんなことまで!?」


 無邪気に詳細な斥候の成果を話す少女に、アルは思わず感心してしまった。


 アルの〈隠蔽魔法〉があったからとは言え、危険を顧みず敵の懐まで飛び込むその勇猛さに末恐ろしささえ感じるほどだった。


「でかしたぞフェラ! あとでたくさん肉をやるからな!」


「でへへー。女のくせにデケェうんちだったお」


 いや女でもデカい(くそ)くらいするだろう、などと内心突っ込むアルだが、よくよく考えてみれば、王国騎士団に「女」がいること自体が異例であることにようやく思い至る。


「いったい何が起きてやがるんだ……」


 奇しくもテオと初狩りをした崖壁の周辺をうろつく意図不明の騎士団。


 おまけにその思い出の地で糞をする女騎士がいるという。


 これはもう、行くしかない――。



        ***



「……ふぅ」


 腰回りの重厚な甲冑に掛けていた手を放し、下半身を露わにした女性は、そばに切り立った崖壁と木々から垣間見える空を見上げた。


 先まで感じていた妙な視線が不意に消え、ようやく取り出した絹布で尻を拭い、素早く身支度を整える。


 ザッ、ザッ


 予めあけておいた穴を塞ぎながら、ふと女性は我に返り、自嘲気味に笑みをこぼす。


 ――十八にもなる淑女がすることじゃないな。


 王宮は元より、国土の平穏を守り領民たちの模範となるのが騎士団の務めだ。


 国を脅かすモンスターが巣食う魔棲地帯の調査に志願したのも、勿論自分の意思からだった。


 民草を守るためならば女であることも捨て、生まれ持って与えられた使命を全うするのが己の役目だと信じて疑うことはない。


 やや真面目過ぎる性格を持つ女騎士イザベル・ファン・デル・シウテロッテは、そう自身に言い聞かせるように一つ被りを振り、野営地へと足を向ける。


 ガサガサガサッ――


「誰っ!?」


「――私。長いから心配で見に来た」


「ハ、ハルぅ……驚かせないでよ」


 地に手を着き獣のように低い姿勢のまま茂みから現れた獣人は、艶のある灰色の尻尾を振りつつ立ち上がる。


「まだそんなに経ってないでしょう?」


「いや長い。『ベルのうんちは長い』っていっつも思ってた。改めた方がいい」


「ち、ち、ちょっとハル――」


「あんなに長く尻を出してたら蛇に噛まれて死ぬ。森では『スッ』ってやって『ポーン』が常識」


「それ以上()()()()()()()禁止ぃッ!」


 あたふたと周囲に視線を泳がせたイザベルは矢の如くハルに詰め寄り、あらぬことを口走るハルを制する。


 彼女を王宮に迎えて以来、多少は貴族としての立ち居振る舞いを教えているつもりでいた。


 だがやはり森での生活が長かったせいか、時折こうした野性味を見せることがあるため、形式上の主人であるイザベルは常に気が抜けないのだった。


「戻ろう。早くしないと大捜索が始まってしまう」


「はぁ……これでも私は速い方ですぅ!」


 この場における精一杯の抵抗をしてみせるイザベルだが、強引に手を引き先導するハルは怪訝な表情を浮かべ、首を捻り更に歩調を速めた。


 そんなハルの様子に苦笑しながらも、イザベルは己の手を引く心優しい妍狼族(クーン)の少女のことを頼もしく思った。


 普段は使用人として王宮で雑事を担うハルも、城を出ればこうして鎧を身に付け嫌な顔一つせずイザベルに付いてきてくれる。


 排泄一つを取ってみても、こうして心配して駆け付けてくれるのだ。


 少しズレてはいるものの、そこには主従関係以上の深いつながりを感じずにはいられなかった。


「ところで、何か思い出した?」


「……なにも」


「そう。ま、焦ることでもないよね」


 五年前、ちょうど今の騎士団が野営地とする場所の付近で、ハルとイザベルは出会った。


 当初は瀕死の状態で、話すことはおろか指も動かせないほどだったハルが、今はこうして減らず口を叩けるまでに回復した。


 回復し過ぎたと言ってもいい。


 辛うじて自分の名前を覚えている程度で、記憶の大半を失っていたらしいハルを初めて見た印象は、「無口で大人しい子」だった。


 他の使用人たちの申し出を振り切って、付きっ切りで看病している内に、次第に元気と元通りの性格を取り戻し、いつの間にか互いに歯に衣着せぬ言葉で言い合える仲になっていた。


 部外者のハルを王宮に置く条件として主従関係を結んではいるが、イザベルはハルとは良き友であることを望んでいる。


 しかしハルは何故か使用人が身に付ける衣服を一目で気に入り、イザベルの希望に反して従者であることを自ら選んだ。


 今回の遠征に付随したのも、彼女からすれば「従者として当然」のことだった。


 ちなみに騎士団として遠征する際のハルの装備は「重くて動きにくい」という理由から、手甲を除いたすべての防具を軽い革製の物に変更している。


「――ぐぁああっ!」


 突如、崖壁から離れた野営地から叫び声が上がる。


「ベル、先に行ってる――!」


「ちょ、ハル! ――速すぎ!」


 宣言と共に瞬時に風を残して走り行くハル。


 対して重装備を身に付けたイザベルは、鈍足とは言えないまでも大きく遅れを取らざる得ず、野営地に馬を置いてきてしまったことを悔やんだ。


 シュッ――ゴッ!


「ぐあっ!」


 一瞬だけ耳元を何かが掠めたかと思うと、すぐ先にいる騎士が馬から放り出されていた。


 慌てて姿勢を低くし倒れた騎士に近付いてみると、何か強い衝撃を受けたらしい兜が大きくひしゃげていた。


「団長、状況は!?」


 的を絞られないよう周囲の木々にばらけた騎士たちの中から騎士団長を見つけ、状況を確認する。


「イザベル様! よくぞご無事で!」


「私のことはいい。手短に状況を教えて」


「はい。突然のことで我々も判断しかねるのですが、敵は恐らく複数の魔術師と見て間違いないでしょう。しかし――」


 シュッ――ゴシャッ!


「くっ――!」


「このような攻撃は見たことがありません。光や物体が見えないばかりか、軌道すら分からないのです。こうして一定方向から木が抉られていることから、辛うじて飛んでくるおおよその方向が分かってはいますが、敵の数や位置が読めない以上、迂闊に動けずにいるのです」


 言っているそばから、止め処なく繰り出される謎の攻撃。


 こうして大木の裏に隠れている内は安全が確保されているからいいものの、迂闊に攻撃の射線に出れば鋼鉄の兜を潰せるほどの威力を持つ何かがたちまちその身を襲うだろう。


「――ふっ、この程度の威力」


 不意に何事かを呟き不敵な笑みを浮かべたイザベルは、腰の短剣を抜き放ち呼吸を整える。


「あの、イザベル様、何を?」


「この程度の攻撃、アダン様の魔術の比ではない」


 背にする木の裏に例の魔術攻撃が当たり、周辺に無数の木屑が散らばり落ちる。


「わかった! あっちの奥から動き回って攻撃してる! 敵は一人!」


「ッ!? でかしたハル!」


 五十メートル程離れた大木の上からハルの声が上がる。


 敵を捕捉したらしいハルは、騎士団の指揮を執る《《団長に向けて》》その位置を逐一指し示してくれている。


「いやぁっ!」


「イザベル様!? おやめくださいっ! ここは一旦体勢を立て直して――!」


 慌てふためく騎士団長を振り切り馬の手綱を取ったイザベルは、颯爽と鞍にまたがり不可視の攻撃を放つ不届き者の成敗へと赴く。


「近くば寄って目にも見よ! 我が名はイザベル・ファン・デル・シウテロッテ! 誇り高き王家の第三王女にして、勇ましき王宮騎士団の副団長である我が直々に――!」


 ゴッ!


「ごふっ!」


「で、殿下ぁあああっ!!」


 威勢よく馬を走らせ勇ましく名乗りを上げたイザベルの兜が宙を舞い、顔面からまともに攻撃を受けた衝撃からその身は手綱を離れ地面へと落下する。


「バカベル! 大丈夫か!」


 木々を伝って目にも止まらぬ速さで駆け寄ったハルは、落馬したイザベルを近くの大木まで引き摺った。


「急に飛び出したらやられる! 蠅や蚊でもわかること!」


「……くっ! こ、殺せぇ……!」


 気を失っているのか、うわ言のように意味不明なことを呟く頑丈と行動力だけが取り柄の主人を容赦なく(いさ)めるハル。

 身に付けた鎧を放り捨て、鼻血以外に目立った外傷がないことを確認する。


 ハルは隠れていた騎士たちと共にイザベルを抱え上げ、団長の指示の下、一先ずの撤退を試みた。





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