11.ビジネス拡大
「いいビジネス?」
唐突なクレスタの言葉に、セリカとノア、ローレルが揃って目をぱちくりとさせる。
「はい。先生も以前言ってましたけど、現状聖女商会には商品が一つしかありませんよね?」
「聖女である私のことね」
「そうです。でも、それだとビジネスの規模は小さいままだと思うんです。聖女である先生は一人しかいないし」
「うん、そうね」
「だったら……奇跡を別売りしてしまえばいい」
セリカとノア、ローレルが顔を見合わせる。ツカツカと黒板の前に歩み出たクレスタは、チョークを手に取り三人へ向き直った。
「コ、コホン。それでは……クレスタの、びっくりどっきり新ビジネス解説〜」.
クレスタの顔が赤く染まる。
「いや、そんなに恥ずかしがるならやるなよ」
ローレルが半ば呆れたように笑みをこぼす。
「と、とにかく……私が思いついたのは、こういうことですっ」
クレスタが黒板にチョークを走らせる。静かなオフィスに、カッカッカッカッと乾いた音が響いた。そこに書かれていたのは──
「聖女祝福符の製作、および販売……?」
「そうです。先生の奇跡、祝福を木の札なんかに込めて売るんです」
「い、いやいや。そんなこと、できるもんなの?」
セリカがローレルを見やる。
「できるんじゃないか? もともと、この世界には聖なる力が込められた聖杯や聖剣なんてものもあるくらいだから」
「そうなんだ」
クレスタがさらに続ける。
「聖女というブランド力があれば、ただの石ころにも価値をつけられます。聖女の祝福が込められた木の札なら、なおのことです」
「ふむ……でも、奇跡を発動するには対価が必要よ? そこはどうするの?」
「あ……それは……何か、方法が──」
「予約販売はどうでしょう?」
クレスタに助け舟を出したのはノア。スッと指で押し上げたメガネの奥、その獰猛な瞳が輝きを増した。
「そ、そうです。予約販売! 事前に予約を受け付けて、先に代金も払ってもらってから製作すれば……!」
「なるほど……たしかにいい案ね」
顎に手をやったまま、セリカは感心したように唸った。
「予約制なら計画的な製作と販売が可能です。しかも、在庫を抱えるリスクもありません」
ノアがニヤリと笑う。
「最高ね。奇跡はタダじゃないし、在庫を持つなんて絶対ヤダし」
「あと、予約販売なら需要も把握できます」
「そうね。クレスタ、これは誰に売ることを想定した商品なの?」
クレスタが目をぱちくりとさせる。
「だ、誰に……?」
「ビジネスでは、何を売るかと同じくらい、誰に売るかが重要なの。つまり、ターゲティングね」
「ターゲティング……」
「ええ。誰に売るかが明確になれば、売り方も適切な価格帯も見えてくるわ」
「なるほど……」
クレスタが「うーん」と唸り始める。その様子を、セリカとノアは微笑ましいと感じながら見守った。
「先生の主要な顧客は冒険者……。だから、ここは逆に一般庶民をターゲットにしたほうがいいのかなと」
「どうして?」
「聖女ビジネスをより周知させられるからです。それに、冒険者より一般庶民のほうが断然多いので、ビジネスの規模も拡大します」
「うん、いいね。じゃあメインターゲットは庶民として、祝福符の仕様や価格はどうする?」
「そうですね……先生本来の祝福効果を込めるのは、現実的ではないと思います。銀貨八枚は庶民にとって結構な出費なので」
「そうね」
「それに、冒険者と一般人とでは危険に遭遇する確率も危険度の度合いも段違いです。だから、防御力と状態異常耐性を少し向上させる程度の祝福効果でいいのではないかと。価格は……銀貨二枚くらいを想定しています」
話を聞き終えたセリカは、そろばんを取り出すと珠を弾いた。
ぱちぱちぱちぱち。
「……うん。付与する効果、価格帯ともに妥当だね」
クレスタの頬が、色づき始めた紅葉のようにほんのりと赤くなる。
「会長。効果が永続的ではビジネスとしての旨みがありません。祝福の効果は半年程度で切れるようにしましょう」
「たしかに、それならリピーターが継続的に買ってくれるだろうけど……効果に期間を設けることできるのかな?」
「その辺は大丈夫じゃないか? 神聖な力や魔力なんかが込められたアイテムは昔からあるが、初期の状態を維持できているものは存在しない」
ローレルが言う。
「つまり、閉じ込められた力が、時間の経過とともに流出してる……?」
「と考えるのが自然だな」
「だったら、何とかなりそうね」
ニヤリと口角を上げるセリカ。
「問題は、製作ですね。デザインなんかはこっちで考えればいいですが、製作までやるとなると労力が足りません」
「そうね。外注するとなるとコストのことも考えなきゃいけないし」
セリカとノアが唸る中、クレスタが口を開いた。
「あの……孤児院の子どもに手伝ってもらうのはどうですか?」
「あの子たちに?」
「はい。意外と手先が器用な子が多いですし、ビジネスが軌道にのれば、あの子たちの安定収入にもつながります」
なるほど、その手があったか。子どもたちは収入を得られて手に職もつけられる。孤児院を製作拠点にするのならいつでも進捗をチェックできるし、要望もすぐに伝えられる。
「とてもいい案だわ、クレスタ。それでいきましょ」
「は……はい!」
小さくガッツポーズをしたクレスタは、かすかに興奮した様子のまま自分の席へと戻った。
「よし。せっかくクレスタがいい新ビジネスのアイデアを出してくれたから、さらに細かい部分を詰めていきましょう」
──セリカたちが新ビジネスの構想を詰めていたその頃。
「いやぁ〜! ようこそおいでくださいましたぁ、代表!」
ここはカマロ商会の応接室。会長カマロの向かいに座るのは、威厳ある風体の老人。
「ずいぶん……こてんぱんにやられたようじゃの、カマロよ」
「そうなんですよぉ……! あの強欲聖女のせいで、こちとら商売あがったりなんですぅ〜!」
「ふん……あの優秀なおっぱい姉ちゃんはどうした?」
「あう……聖女商会にあっさり引き抜かれましたぁ……! あの裏切り者! 裏切り者!」
「お前が正当な評価をしてこなかったからじゃろ。あれほど優秀な人材をみすみす流出させてしまうとは……愚かなことじゃ」
代表と呼ばれた老人がカマロをギロリと睨みつける。
「も、申し訳ございませぬぅ〜! でも代表! このままではうちらの業界はあの守銭奴聖女に食い荒らされてしまいますぞっ! 何とかしなくては……!」
「ふん……それはたしかにの」
「国内最大手の薬品メーカーとして、回復薬の適正取引を監視、指導する団体の代表として、ぜひともお力をお貸しくださいぃ〜!」
「仕方ないのぅ……とりあえず資金は援助しちゃる」
カマロはハゲかかった頭を床にこすりつけて感謝の言葉を述べた。
「ワシらが長年築きあげてきた業界を、いきなり現れた小娘に引っ掻き回されるのは気持ちがいいものではないしの」
「おっしゃるとおり!!」
「ついでにこれも格安価格で卸しちゃるから、ちゃっちゃとそのふざけた商会、潰しちゃれ」
ソファでふんぞり返っていた老人が、パチンと指を鳴らす。老人の背後に立っていた部下らしき男が、大きな箱型のケースをローテーブルの上にどかっと置き、フタを開けた。
「こ、これは……!!」
カマロが驚愕の表情を浮かべる。
「そう、万能回復薬……エリクサーじゃ」




