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わ、我が主ではありませんか!?

「アーーーーーーーーーッハッハッハッハッハ!!!!」


 店主の高笑いが店中に響き渡る。その声量は古びた店をビリビリと震撼させる程だ。


 あまりにも急、そしてあまりにもインパクトの強い高笑いにイレットが驚き、耳を塞いで仰け反っている。


「ま、間違いありません……!!」


 高笑いが止み、今度は代わりに押し殺したようにクックックと笑う店主こそが……。


「イレット! この方こそ我が主……アクシャ様ですよ!!!!」


 そう紹介すると、彼は両手でピースサインを作って「おつかれ!」と軽く挨拶なさった。


「えっ、えっ!?」


 困惑するイレットの気持ちも分かる。何せ私も困惑しているのだから。


「ずっ、頭が高いですよ、イレット!」


 そう言いながらドレスも構わずその場に平伏しようとするも、それは主に止められた。


「ええて、見ててめんどくさいから普通にしとけ。服も汚れるやろ」


 高めのハスキーボイスが懐かしく私の耳に馴染む。


「ははっ!」


 言われて背筋を伸ばした。


「あーもう、普通にせえ言うてんねん、楽にせえ……今のお前は人間の女の子やぞ」


 主の疲れた声に慌てて肩の力を抜く。これがファリナの姿で見られていると思うと、急に恥ずかしくなった。


 主が深く被ったフードを脱ぐと、懐かしい薄紅の髪と、男女の区別が付かぬような美しい相貌が現れる。頭部に生えた2本のツノは黒く、光が当たる部分だけが妖しく強いピンクを反射した。両の瞳は強いシアンで、それがこちらを軽薄な表情でこちらを見ている。


 その姿にイレットがハッと息を吸うのが聞こえた。


 これでこの店の女性客達の反応の理由が分かる。チラチラと彼の美しい顔が見える、それを目当てにやってきていたのだ。


「そこの眼鏡のお嬢さん、名前は?」


 我が主の声に、イレットが小さく自分の名前を呟いた。


 いつものような彼女ではないが、無理もない。その理由は主自らが推察して口にした。


「うんうん、ビックリするよなー。急に小さい奴がバカ笑い始めたら普通はビックリするわ〜、うんうん、知らんけど」


 小さいとは言いながらも、私ファリナと同程度の身長はある。いや、少し高いか? そもそも主はご自身の身長など気にもしていないのだが。


 そんな彼が手をパンと叩くと私達の後ろに椅子が現れた。


「えっ!?」


 急に現れた椅子にイレットがまたも驚き、主と椅子を交互に見比べた。


「まあ座りぃ?」


 私は大人しくその椅子に腰掛ける。それを見たイレットも恐る恐る腰を下ろした。


「あ、あの……不躾で申し訳ありませんが、我が主よ、何故ここに……?」


 聞かずにはいられない。ここは私が伝え聞いている人間界でもなければ、魔界の一部でもない。


 いや、どこであろうと主が来ようと思えば来られる、それはそうなのだ。アクシャ様は全てをご自身の好きな様に振る舞われる。


「んー? ふふ、おちょくりに来ただけやけど?」


 ニコニコしながら魔王子とは思えない軽さで答えられた。


 正直、何となく想像は付いていたが。


「お、おちょ……?」


 イレットが慣れないイントネーションで放たれる言葉に首を傾げている。頭の上にハテナマークでも浮いていそうだ。


「からかう、という意味ですよ」


「え、ええ!? からかうためにココの店主に……!?」


 驚くイレット。しかし私は違った。


「こ、このような方なのです……も、もちろん敬愛はしています!」


 力強く言ったが、それはその敬愛する主の声で一気に信用を落とされる。


「その割にお前、僕に逆らったやん? イレットちゃん、コイツが魔界から追い出された理由きく? ちゃんと言うてないやろ、知っとるで」


 そのセリフに固まってしまう。その通り。逆らった罰としてファリナの中に入れられた事しか話してはいない。


「え……えと、何故……ですか……?」


 イレットが眼鏡を直しながら身を乗り出す。


「ゼディア、自分で言えや」


 これでは私はイレットの信用を失うかも知れない。魔界への道が遠のくかも知れない。


 追い出された理由はそれ程、私の中では……イレットの前では重いことだと思っている。


「言われへんか? 僕が無理やり言わせてもええで?」


 主はそう言いながら手を叩く用意をしている。


 あの両の手が叩かれれば、ほぼ全てが彼の望み通りになる。


 そして、“僕に力を使わせたな?”と言って、無理やり言わされる以上の罰も追加されるだろう。そういう御方だ。


 どんな罰が下るかも分からない!


「わっ、私は……私は人間界へのお供を断りました……人間は弱く愚鈍で……穢らわしいと……主の用意した器を……私の人間の姿を反射的に拒絶したのです……」


 人間を蔑む気持ちは、正直に言えばまだある。しかし、イレットと接していて分かったが、思えばそれ程忌むものでもないと感じてきていた。


 だが、追放の理由を聞いてイレットがどう感じているのか、少し恐れる気持ちがある。


「器……? 人間の姿……?」


 イレットが疑問を口にした。それに対しては主が答える。


「僕は上級魔族やから、今みたいに人間に近い姿は幾らでも取れる訳よ。でもゼディアは中級魔族でな、どう頑張っても人間みたいな姿は取られへん。せやから、不幸にも亡くなってしまった人間の肉体を使ってコイツの容れ物を作った訳やけど……」


「私が……拒絶した挙句、大切な物だと言われていたにも関わらず……それを反射的に斬り付けて壊してしまったのです……」


 最後は自分で紡いだ。イレットの反応が怖いが、少し盗み見ると彼女の瞳は主を……アクシャ様を見ていた。


「それは……それは当たり前ではありませんか!? 死んだ人間の身体を使えなどと……あなた方魔族が人間を見下しているなら尚更!」


「い、イレット!?」


 止めて欲しい、主に逆らってはいけない。我が主は魔界唯一の王子なのだ。魔王すら恐れる御子だ。イレットもどうにかされては困る。


 だが、王子は笑いながら答えた。


「アッハッハ、分かっとるよ! 非人道的って事やろ? でも僕ら人間ちゃうし!」


 クツクツと笑い、スゥっと姿を消した魔の王子は、今度はカウンターを超えて私達の後ろに現れ、そして私達の肩にそれぞれ手を置く。


「ゼディアは僕と共に人間界に行く、とか言いながら容れ物を拒絶した。その肉体の元の持ち主は……いや、これは別に教えんでもええかな。ま、約束破られてん」


「……その上、私はその人間の身体を損壊してしまった。命は亡くなっているとはいえ、抵抗もない生き物の身体を衝動的に斬り付けてしまった」


 私は俯いて話した。主への罪悪感や、侮蔑していた生き物を斬ってしまった事が私の中では重い。そしてそれを今、イレットに知られて関係の芽を摘み取られる事も重い。


 恐らく、主の“おちょくる”とはこの事なのだろう。


 そう考えながら項垂れていると、主の残念そうな声が降ってきた。


「何かちゃうねんなあ……やっぱこんな世界じゃあかんやん……」


 

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