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そ、そんなあ、我が主よ……

「残念やけど、まだやっぱりゼディアはちゃんと反省できてないな。分かってない。それに、別に普通に断ってくれたら、ほうかあ〜で済んだんや……武器は受け入れることが出来たのに、期待外れやなあ〜?」


 そう言ってフードを浅く被り直す主は溜め息を交えてさらに続けた。


「反射的に容れ物の人間斬るほどとかさ、どう考えても人間界連れて行けんやん。そんな奴無理に連れてって、生きてる人間に危害加える事の方がもっと怖いし」


 それはあまり考えていなかったが、主が言うのならそうなのかも知れない。しばらくこちらで過ごしてみて思ったが、その方がかなりの罪に問われそうだ。


「だから色々イラっと来た訳よ、僕人間好きやしさ。で、ほぼ力取り上げて全然予想してないだろうモノの中に入れてみてん! 罰として勉強させよって思ってな!」


 ずっと聞いていたイレットがそろそろと首を横に振る。理解できないといった様子だ。それが今度は彼女の口から出てきた。


「人間が好き……? これだけ人の身体も、魂も弄んでおきながら、ですか……?」


 私に用意されていた人間の器、そして恐らく元のファリナの事もだろうか。


「イレット、我が主は……主は!」


 そんなつもりは無いと続けようとしたが、それは主に静かな声で阻まれる。


「僕の真意も分かってない分際で僕を庇おうとするな、雑魚よ。イレットちゃんのそのセリフの意味もちゃんと分かってないやろうが」


 いつの間にか主はまた、カウンターの向こうに姿を移していた。


「人間の尺度で僕の善悪測らんといてよ〜? 君ら人間と常識違うどころか、そもそも違う生き物やで! 僕が人間が好きなのは嘘やないよ。危害を加えるつもりもないよ。ちゃんと、人間様の尺度に合わせてやった意味での危害はな」


 そして両手をパンと叩く。


 そこでようやく気付いたが、静かだった店内に外からガヤガヤと人の行き交う音が聞こえてくるようになった。


「ほんま何か……ちゃんと反省出来るんかいな、こんな所で」


 今までのどこかで、主が何かしらの魔法を使って私達だけの空間を作っていたようだ。


「あ、主、私は……」


 椅子から立ち上がって声を掛けるが、彼は首を横に振った。


「さっき超〜!大ヒントあげたから店じまいやで! ネタバレもええとこや、僕優しいなあ〜! あっせやせや! イレットちゃんにはコレあげよな」


 主が懐から1枚の栞を取り出してイレットに手渡そうとしたが、彼女は後退りした。栞は金属製らしく、薄い銅で出来ているようだった。


「イレット、失礼ですよ!」


 しかし、それを見た主は勝ち誇ったように大笑いしただけだった。


「アッハッハッハ!! 大成功やなあ〜! 気分最高や!」


 そして手をパンと叩くと、やはり栞はいつの間にかイレットの手元にあった。


「はいはい、毎度〜! 気ぃ付けて帰りや〜」


「なっ、ちょっ!」


 イレットが講義の声を上げようとしたが、またもう一度パンと主の両手が叩かれる。


 すると、もう視界は先程の店内ではなくなっていた。


「こ、ここは……」


 そこは私達が馬車を降りた広場の近くの路地だった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 屋敷に帰った私はしばらくぼんやりしていた。


 いつの間にか昼食の時間を過ぎていたようだが、何も食べる気はしない。


 イレットはずっと怒っているのだが。


「何なんですか、あんな人が奥様の敬愛する方なのですか!?」


 渡された栞を投げつけながら怒っている。こんなに感情豊かな人間だとは思わなかったが、我が主の何がそんなに気に入らなかったのだろうか。


「大切に扱ってください! 主からの贈り物ですよ!? でも、イレットが嫌っている様子を見て『大成功』と仰っていたので、あなたは主の思い通りに転がされているとは思いますよ」


「なっ! なんて質の悪い……! 奥様みたいな素敵な魔族もいらっしゃると言うのに……!」


 私からすれば主こそが“素敵な魔族”ではある。


「とにかく、私は反省が足りないようです。主の望むような反省と、その答えを出せた時にようやく魔界に帰る事が出来るのではないでしょうか」


 そう考えていると、イレットが栞を拾い上げて疑問を投げ掛けた。


「そもそも、奥様は何故あんな人と一緒に付いて行こうとしたのです? 人間界へ? 魔界から侵攻するつもりなのですか?」


 罰を受ける羽目になった原因ではあるのだが、それも話さなければいけないだろうか。


「いいえ、主は本当に人間と人間界がお好きなのです。我々魔族は普通、人間界へは行けないのですが……上級魔族の極一部の方々は人間界へのゲートを開いて行き来することが出来ます」


 そう言うと、イレットは少し青ざめた顔をした。言いたい事は何となく分かる。魔の者がそんなに人間界に出入りしているのかと。


「そ、それじゃ……もう侵攻は……」


「始まっていませんし、主はそんな事はしませんよ。私が人間の遺体を斬りつけてしまった事を問題だと思う程の方ですよ?」


 今なら何となく、力を取り上げられてこの人間に入れられて良かったのかも知れない、と思えた。


 そうでなければ、私はきっとこのイレットを即座に斬り伏せていただろう。


「ではなぜ、彼はそんな奥様を人間界へ連れて行こうとしていたのです?」


「……私が武器を受け入れた上、主が楽しそうに言う人間界の話に興味を持ったからです」


 更に言えば、本心ではそんなに人間界に興味があった訳では無い。ただ常に敬愛する主の側に仕えていたかっただけだ。側近の立場が欲しかった。


「武器?」


 イレットが更に質問を重ねてくるが、人間にそれがどういう事なのか分からないのだろう。


「本来、魔族にとって、武器を使う事は恥なのです。ですが私は中級魔族。どう頑張っても上級魔族には力では勝てない……それで伸び悩んでいたところに、主が武器を使ってみろと提案してくださった」


「それで……武器を使った……のですか?」


「その通りです。周りから恥と言われようと、上級魔族を剣で倒し、魔剣士と呼ばれるまでになりました。だからこそ、恥を受け入れたからこそ、人間の器を用意してくださったのだと思います」


 でもそうなると今の状況が妙だ。


 わざわざ用意された人間の器と、今のこの身体は何の違いがあるというのか。


 そこまで考えたところでドアがノックされた。


「ファリナ、帰っているのは分かっていますよ。俺と話す約束だったでしょう?」


 ヴァレンだ。要らぬところで介入が入る……が、この男とも話を付けなければいけない事も分かっている。


 私は立ち上がって「参ります」とだけ返事をした。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「どうだったっすか?」


 紫色の癖毛に緑色の大きな猫目の少年が言う。


「くだらん茶番やな……もっとこう……何か適切なんあったやろ、エリクス」


 そう答えたのはアクシャだ。薄紅の髪をクシャクシャと掻きながら面白くなさそうな顔をした。


 エリクス、と呼ばれた猫目の少年は明後日の方向に視線を外している。


 そんなエリクスを横目に、アクシャは魔界の玉座……をそっと横にずらし、新しい椅子を置いた。そこにどっかり座ってその場でクルクルと回り始める。


「これこれ〜! ちょっとお値段したけど欲しかってん、このゲーミングチェア! これでつまらん報告聞くんちょっと楽になるな!」


 腰への負担も減らし、楽に座ることが出来る!


「茶番とか言われても。適当に放り込めって言ったのは王子っすよ? オレ、悪くねっす」


 依然としてスンとした表情のエリクスが顔を背ける。魔界の王子に対する態度がそれで良いのか、と言われそうだが。


「そこで最大限の能力を使うのが側近の役目やろ」


「いや、王子の指示ミスっすね。怠慢っす」


「めんどくさ、はいはい。この僕がちゃんと丁寧にケツ拭いてあげようなぁお坊ちゃんや。そんでさ、僕どうだった?」


 どうでも良さげにパッと話を切り替える。この辺は彼の性格なのだろう。


「あーっす。王子はパッと見寝てる感じだったっすよ、息してなかったっすけど」


「死んどるやん」


 そんなやり取りの後、アクシャはクルクル回るのをやめ、ニヤニヤと笑い始めた。


「ま、栞も渡したし……ほな後は身体が腐る前に帰って来れたらええかな〜」


 

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