第92話 偽たくあん聖女⑥
が……。
「言わんとわからんわぁぁぁぁあ!!」
「っ!? な、なんだ!?」
私の突然の叫びにビクッと大きく身体を跳ね上がらせるラズロフ様。
「ぁ……ゴホンッ。失礼しました」
「いや……。……お前、やっぱり今の方が面白いな」
私が謝罪すると、ラズロフ様は眉間の皺を緩めてから僅かに微笑んだ。
少しだけ子どもっぽいその笑顔を見るのはなんだか久しぶりな気がして、私も釣られて頬を緩ませると、はっと我にかえってから表情をむっすりとしたものへと戻した。
「とにかく、そんなだからお前は少し落ち着け。一つのことだけに囚われて我を失っていては、自分の身を滅ぼすことになるぞ」
うぅ。耳が痛い。
でもそうよね。
皆が心配してくれている私の身を、私自身が危険に晒してはいけない。
慎重にいかないと。
「ごめんなさい、ラズロフ様。私、冷静になります」
反省。
「あぁ。そうしろ」
さすが元王太子。
あんなことがあったけど、やっぱりこの人はすごい。
ちょっと、いや、かなりおっかないけど。
「荷物の中に用意がいいことに弁当が入っているな。ほれ」
ラズロフ様が荷物をガサゴソと漁って、見つけた弁当の一つを私に手渡す。
弁当を包んである袋を開いた瞬間、2人して顔を引き攣らせた。
「なん、だ……。この弁当箱は……」
「あぁ……クララさん……」
現れたのはハート型の弁当箱。
クララさんの趣味全開だ。
「あ、でも中は普通ですよ!!」
蓋を開けてみれば、パンに色々と塗ってクルクルと巻いて、透明なシートでキャンディのようにして包み込んだスティックパンが姿を表した。
「あ、クララさんからのメモだ。『リゼへ。中身は、リボンの色がピンクがハムとサラダ、青がショコリエ、黄色がジャムよ。しっかりお食べなさい。あなたのママンより』……」
……ママン……。
「私の方にも入っているな。『ラズロフ、うちのリゼに手出したらダメよぉ』……はぁ、もう怒る気にもならん」
脱力したラズロフ様に、私は「なんか、ごめんなさい」と平誤りするしかなかった。
「あ、そうだ」
ピカッ!!
ぽんっ!!
「これ、よかったらつまんでください」
私がスキルを使ってお弁当の蓋を皿がわりにして出したのは、綺麗にスライスされたたくあん。
スキルの上達で、味の濃さや色、形状なども自在に変えられるようになった私は、最強のたくあニストと言えるだろう。
「あ、あぁ……。……いただこう」
突然現れたたくあんに、ラズロフ様は唖然とした表情でそれを見ると、御ずおずと一つ摘んで口の中へと放り込んだ。
カリッボリッボリッ……。
「……うまい。この匂いも、慣れればどうということはないな」
カリッボリッボリッ……。
夜の野宿でたくあんをかじる。
なんだか、追放されてクロードさんと会った時のことを思い出すわね。
あの時はたくあんに聖なる力があるだなんて思ってなかったし、そもそもたくあんの味すらも知らなかったものね。
ただの臭いものだと思ってたし。
「ふふ」
思い出し笑いをした私に、ラズロフ様が「どうした?」と視線を向ける。
「あぁいえ。追放されてすぐのことを思い出しまして」
「追放されて……すぐのこと?」
あ、そうか。
ラズロフ様は知らないのよね。私がどう生きてきたのか。
まぁ追放した本人だしこの話題はあまりしない方がいいかもしれないわね。
「あ、はは。なんでも──」
「いや、話せ。私も、お前が追放された後のことを知っておきたい」
真剣な瞳で見つめられそう言われれば、私はもう誤魔化すことはできなかった。
向き合うとしてるんだ。
自分のしたことと。
「……わかりました。あの後すぐ、たくあんは食べ物だから、食の国フルティアに行こうと歩き続けました。で、途中で行き倒れたクロードさんを偶然拾いまして……」
「行き倒れ!? 拾った!? お前は〜〜〜っ……訳のわからんもんを拾うんじゃない!!」
なぜ私が怒られる!?
「ま、まぁとにかく、その時に、フルティアに渡る前に夜になってしまって、今みたいにクロードさんと野宿することになっ──」
「いや待て。知らん男と野宿をするな!!」
あなたは私のお父さんですか!!
「こほんっ。で、その時初めて、たくあんを食べたんです。あの時の状況と似てるなぁと思いまして」
似てるとはいえ、今一緒にいるのは口うるさい小姑だけど。
「あの時はこの先生きていけるか不安で仕方なかったですけど、人生どうなるかわかりませんね。」
「……」
私の言葉を聞いてから、無言でもう一つたくあんを摘んで口に入れたラズロフ様。
カリッボリッボリッボリッ。ごくん。
小さく喉が鳴って、ラズロフ様がゆっくりと口を開く。
「すまない。苦労をかけた」
「へ?」
「普通の令嬢だったなら魔獣にでも襲われてしまっていたかもしれん。にもかかわらず、私はお前を身一つで追放してしまった。お前が拾ったのがクロードでなかったら……。今は後悔しかない」
視線を伏せて苦しげに放たれた言葉は、私の心にじんと染み込んでいく。
「リゼリア」
「は、はい」
「……生きていてくれて、無事でいてくれてありがとう」
視線をあげて泣きそうな顔で微笑んでラズロフ様に、私は驚き目を見開き、そして微笑んだ。
「はい」
彼がしたことは変わらないし、私と彼の関係はもうあの頃のようには戻らない。
それでも、昔のように、いや、昔以上に心を通わせながら話ができる今が、私には幸せな奇跡のように思えてしまうのだった。