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第91話 偽たくあん聖女⑤

 ひづめの音が絶え間なく鳴り続ける。

 乗馬に適したパンツスタイルで、休憩することもなくただひたすらに手綱を握る。

 駆ける振動を受け続け、もはや身体の感覚も薄れてきた頃、「リゼリア止まれ!!」という荒い声で我にかえり、私は持っていた手綱をキュッと引いた。


「ラズロフ様、何か?」

 動きを止め並走していたラズロフ様を見ると、彼はギロリと睨みを飛ばしてきた。

「何かじゃない。休憩もせずに走り続ける奴があるか。今日はもう夜も遅い。ここらで野宿にするぞ」

「えぇ!? わ、私、まだ走れます!!」

 休んでいる暇なんてない。

 後少しでベジタルを抜け、ブックデルに入れるというのに。

 私の不満に、ラズロフ様は険しい表情を崩すことなく眉間に皺を深く刻み馬を降りた。


「まず、走っているのはお前じゃない。馬だ。お前は大丈夫でも、馬はそうじゃないだろう馬鹿者」

 見てみろ、と視線を馬へと投げかけるラズロフ様を追って見てみると、確かに呼吸も荒く疲れの色が滲んで見える。


「水分ぐらい補給させてやれ。馬も人と同じだ使い続ければダメになる」

「あ……」

 そうだ。

 私ったら1人突っ走って……。


「ごめんなさい……」

「……いや、いい。そこに馬をつなぐぞ」

 近くの木に馬をつなげて、私たちは並んで座った。

 持っていた炎の魔石入りのランプを置くと、それがぼんやりと明るく辺りを照らした。


「……」

「……」


 元婚約者、それもかつて私を追放したお方と2人旅をすることになるなんて、誰が予想できただろうか。

 何を話せばいいのか話題が見つからない!!


「……おい」

「はい!?」

 突然声をかけられて挙動不審になりながら返事をすると、ラズロフ様は呆れたようにため息をついてから、小さく舌打ちをした。

「お前、どこまで聞いてる?」

「どこまで?」

 いや、何に対して!?

 言葉が足りなさすぎる……!!


「聖女の噂やブックデル、それにベジタル王国で起こっていることについて、どこまで知っていると聞いてるんだ」


 聖女の噂やブックデルはともかく、なんでベジタル王国が入ってくるんだろうか?

「えっと……ベジタルでも何かあったんですか?」

 私が尋ねれば、眉間の皺をさらに深くしてラズロフ様は「やはり何も知らんのか」とつぶやいた。


「おそらくクロードにしてもあの海坊主にしても、お前に心配をかけまいと内緒にしていたのだろうが、これからブックデルに入るにあたって、知らない方がお前の身を危険にするだろうから知っておけ。彼女が……アメリア・カスタローネが逃げた」

「!! アメリアが!?」


 アメリアは確か、フルティアの第二王子の婚約者殺害未遂として貴族が罪を犯した際に入れられる【嘆きの塔】に幽閉されていたはず。

 貴族にとってあそこに入れられるのは究極の屈辱。

 部屋は綺麗ではあるけれど、窓には鉄格子がはめられているし、お風呂に入るのも着替えるのも、もちろん掃除も自分でしなければならない。

 食事だって豪勢なものは食べられない。

 ただ1日を自分の罪と向き合いながら、嘆き生きるしかないということから【嘆きの塔】と呼ばれている。

 監視もたくさんいるはずのあの塔から一体どうやって……?


「カスタローネ夫妻が面会に訪れた際の部屋移動中、突然走り出し逃亡。面会室に行く途中の格子のない窓から飛び降りたそうだ」

「飛び降りた!?」


 なんてことを……。

 面会室って確か4階だったわよね!?

「調べによると、その窓の下にはクッションになるような巨大な綿毛があったそうだ」

「綿毛、ですか?」

「あぁ。お前、彼女のスキルを知っていたか?」

 スキル?

 そういえば私、あの子のスキルを知る前に追放されたから知らないんだ。


「どんなスキルを?」

「──【育成】だ」

「いくせい?」


 ナニソレ、たくあんより聖女っぽい!!

「あの……私のたくあんよりよっぽど……」

「あぁ。臭いもないし、植物を育む力でお前よりよっぽど聖女らしい」

 ですよねー!!


「話によると彼女は、面会のたびにあの窓から外を覗いていたようだ。特に脱走する様子もなくただ外を見るだけだったことから、看守も、格子も何もない窓から外を眺めたいのだろうと思っていたようだが……どうやらスキルを使っていたようだ。クッションになった巨大な綿毛──モクモンにな」


「モクモン、ですか?」


 モクモンは道のどこにでも咲いているような特に珍しくもない綿花だ。

 手のひらサイズで、しばらく咲い後、熟せばふわふわと飛んでいって、落ちた先でまた地に帰り、育ち、綿を咲かせる。

 とても人を受け止められるほどの大きさも弾力性もあるようには見えないけれど……。


「おそらく、だが……。少しずつ、面会で窓を覗いているうちに、窓の下にひっそりと咲いていたモクモンに力を送り続け、モクモンの中へと力を蓄積させていたんだろう。そして力が溜まりきったと同時に、中に溜めた力を放出させ、一気に成長を早めたうえで巨大化させたんだ」


 なんて計画的な……。

「そうまでしてあの塔から逃げ出したかったんでしょうか」

 罪を認め大人しくしていれば、1年ほどで出ることもできたかもしれないのに。


「そうだな……。脱獄したらすぐに私を殺しにでも来るかと思っていたが、それもなかった。まぁ、彼女にとって私は、ただお前に勝ちたいがための、王妃になるための道具でしかなかったようだから、それも納得できるが。……おそらく狙いはお前だろう」

「私!?」


 なんで……あぁいや、心当たりありすぎる。

 アメリアは私に対してものすごく対抗心を持っていたし、憎んでもいた。

 それに私、あの子にたくあんビンタしちゃったし……。


「そんな時に出てきたたくあん聖女の噂……。前科があるものもあるとはいえ、お前がたくあんで人を殴るところを見たことはないし、お前のたくあんで腹を壊すなどありえない。あのたくあんの力は本物だ。となれば……悪意を持って噂を広めている奴がいて、タイミング的にそれがアメリアである可能性が高い、というのが、俺たちベジタル側とフルティア側では意見が一致していたんだ」


「そんなことが……」

 きっとクロードさんは、王太子殿下との話の中でそれを知ったからこそ、私を置いていった、ということだろう。


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