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初夜

パウルが寝台にもたれ、ぼんやりと天井を見上げている。

その横で、ヤミノミコタマは静かにシーツを整えたり、髪を梳かしたりしていた。

柔らかな手つきと、かすかな甘い香りが、部屋を満たしていく。


「……パウル様、疲れておられますか?」


「んー、まあ……ちょっとな」


ヤミノミコタマは、くすっと微笑む。


「この城に戻られたのは、二千年ぶり……。無理もありません」

「私たちはずっと、お待ちしておりました」


パウルは眉をひそめる。


「……二千年? そんなに?」


「はい」

ヤミノミコタマはシーツを直しながら、まるで天気の話でもするかのように続けた。


「アークディア……私たちギルド団は、二千年前にこの世界に転生いたしました」

「そしてずっと、王たちの帰還を待ち続けてきたのです」


パウルは体を起こしかけ、驚いた顔でヤミノミコタマを見る。


「待ってたって……そんな長い間?」


「ええ」

ヤミノミコタマは優しくパウルを押し戻し、再び寝かせる。

そして、髪をそっと梳かしながら、さらに声を潜めた。


「ここ数日、ようやく……パウル様と、もうお一方。王の気配を感知いたしました」


「……ベン、か」


「はい。召喚王――ベン様です」

「お二人がこの世界に現れたと知ったとき、私たちは……とても、とても嬉しかったのです」


ヤミノミコタマの手が、ほんの少しだけ震えているのにパウルは気づく。


「……二千年も……待たせちまったんだな、オレ」


「そんなこと……」

ヤミノミコタマは首を振り、そして目を細めた。


「私たちは、パウル様が必ず戻ると信じていました。

 ……だから、今ここにいらっしゃるだけで、すべてが報われるのです」


静かな夜、二人の間には、長い長い時を越えた温もりだけが流れていた。



<話は昼までさかのぼる>


ギルド団の城――中庭。


そこでは、ナナと、パウルたちが救った子供たちが集まっていた。


「ほら、並んで、並んで!」

ナナは少し大きな声を出して、子供たちを誘導していた。


手には、厨房で受け取った籠。中にはパンや干し肉、温かいスープが入っている。


パウルが会議をしている間、ナナは子供たちの世話を任されていたのだ。


「これ、シェフさんがくれたんだよ。いっぱい食べて、元気出してね!」


「……ありがとう、ナナおねえちゃん……」


まだ顔に怯えが残る小さな子が、ぎゅっとパンを握りしめる。

ナナはその子の頭を撫でながら、にこっと笑った。


「へへっ、大丈夫だよ。パウル様も、私も、ちゃんとみんなを守るから!」


(パウル様が……この子たちを救ったんだ。私も……ちゃんと、力になりたい)


城の中では、NPCたち――天使や悪魔たちが、遠巻きにその様子を見守っていた。

彼らにとってナナは、「王に付き従う小さな姫君」のような存在。

誰も邪魔はしない。ただ、見守り、必要ならば助けるよう指示が出ている。



子供たちのために作られた仮設の遊び場――

木製のブランコ、小さな木馬、迷路を模した塀が並んでいる場所で、ナナは膝を抱えて座っていた。


満腹になった子供たちが、無邪気に遊んでいる。


「わーい!ナナおねえちゃん、みてみてー!」


ブランコで高く飛んだ男の子が叫ぶ。

ナナはぱっと笑顔になり、手を振った。


「すごーい!もっと高くいけるよ!」


(……こんな風に、みんな笑ってるの、久しぶりかも……)


ナナの胸に、じわりと温かいものが広がった。


頬をなでる風は、ほんのり冷たい。

でも、心は不思議なほど、あたたかかった。


彼女もまた、この世界で少しずつ、大きくなろうとしていた。



遊び疲れて眠った子供たちを、NPCたちが静かに抱き上げ、それぞれ用意された部屋へと運んでいく。

ナナもまた、そっと手伝った。



そして、その日の夜。

すべてを終えたあと。


ナナは、ふらふらと廊下を歩き、

一番高い塔――王の間に向かっていた。


(……パウル様に……伝えたいな)


「みんな、笑ってたよ」

「守ってもらったんだよって」


そんな、ありふれた――でも、誰よりも重い報告を。


ナナの胸には、小さな勇気が灯っていた。



塔の最上階へ続く、静かな廊下。


ナナは、ぎゅっと胸の前で手を組みながら、そろりそろりと歩いていた。

たった今、全ての子供たちを眠らせてきたばかりだ。

その嬉しさと、どうしても伝えたい想いに、心臓がどきどきと波打つ。


(パウル様、今、忙しくないかな……?)


そんな不安を胸に、ナナは重い扉の前に立った。


小さなノックをする――その直前だった。


ふと、扉の隙間から、微かな声が漏れてきた。


「……パウル様。もっと、こちらへ……」


(……え?)


ナナは思わず、耳を近づけた。


その向こうでは、ヤミノミコタマがパウルに寄り添うように座り、

その細い指先で、彼の髪を撫でていた。


「お疲れでしょう。無理をなさらないでくださいね……」

「ん、悪いな……ミコタマ。」


パウルが、少しだけ甘えたような声で答える。


ふわりと、やわらかな空気が流れていた。

恋人同士のような、そんな――あたたかく、特別な雰囲気。


ナナは、ぱちん、と目を見開いた。


(……っ……!)


耳まで真っ赤になって、あわてて扉から離れる。


(ちがう、ちがう!こんな、のぞき見するつもりじゃ……!)


でも、心は勝手に震えていた。


なんだろう、この苦しいような、あたたかいような、

胸の奥がきゅうっとなる感じ。


――憧れ。


――そして、ほんの少しの、寂しさ。


(パウル様は……すごい人だもんね。だから……)


(……大人の人たちと、きっと、自然に……)


ナナはぎゅっと胸元を握りしめ、そっと背中を向けた。


自分の小さな影が、月明かりに長く伸びる。


静かな塔の廊下を、

ナナは、そっと、そっと――逃げるように歩き出した。


「……うん。明日、ちゃんと、また……伝えよう。」


夜の冷たい空気が、ナナの頬を撫でた。


でも。


その目は、涙をこらえるみたいに、強く、前を向いていた。


静かな夜。


ナナの小さな足音が、塔の石畳をかすかに叩く。


そんな彼女の背中に――


「……ナナ。」


ふわりと、あたたかな声が届いた。


ビクッとして、ナナは振り返る。

そこには、静かに立つパウルの姿があった。


その表情は、柔らかく、けれどどこか寂しそうで。


ナナは、ぎゅっと袖を握った。


(バレてた……)


恥ずかしさで、顔が火照る。


「ごめん、のぞくつもりじゃ……なかった、のに……」


声が震える。


パウルは、小さく首を振った。


「いいんだ。ナナの気持ち、わかるから。」


静かに歩み寄ってきたパウルは、しゃがみこみ、ナナの目線に合わせた。


優しく、両手でナナの手を包み込む。


「お前が、俺のこと……大事に思ってくれてるの、ちゃんと伝わってる。」


パウルの手は、大きくて、あたたかかった。


ナナは、唇を噛みしめながら、必死で涙をこらえた。


「……でも、あの人は、大人で……パウル様には……」


「……ナナ。」


パウルは、そっとナナの頭を撫でた。


「大人とか、子供とか、そんなの関係ない。」


その声は、まるで誓いのように、まっすぐだった。


「俺にとってナナは、すごく、すごく大事な存在だ。」


「ナナがいるから、俺は立っていられる。

ナナが笑ってくれるから、俺も笑える。

それに――」


パウルは、ふっと笑った。


「ナナが一番、俺のそばにいてくれたろ?」


ナナの瞳が、驚きに揺れる。


「だからさ。お前は、俺にとって、何より特別な――」


パウルは、そっとナナの額に、優しいキスを落とした。


「パートナーだから」


ナナは、もう我慢できなかった。


ぼろぼろと涙をこぼしながら、パウルの胸に飛び込む。


「うわああああああん……!」


ナナは、パウルの胸に顔をうずめたまま、しゃくりあげながら必死で言葉をつむいだ。


「わ、わたし……もっと強くなるから……!

パウル様の……力になりたいから……!」


パウルは、ナナの背中を優しくさすりながら、ふっと息を吐いた。


「……なあ、ナナ。」


少しだけ、からかうような声色になる。


「お前、自分の歳、ちゃんと覚えてるか?」


ナナは、涙まみれの顔で、きょとんとパウルを見上げた。


「え、えっと……20歳……?」


パウルは笑った。


「ああ、俺は21。

ほとんど変わんねぇんだよ、俺たち。」


ナナは目をまんまるくした。


「そ、そんなに近かったんですか……!」


思わず、涙も止まってしまう。


パウルは、肩をすくめながら言った。


「だからさ、ナナ。俺はお前のこと、子供扱いするつもりなんてねぇよ。

対等に、隣を歩いてほしいんだ。」


ナナの目が、みるみるうちに輝きだす。


「……はい!!」


力いっぱい、ナナはうなずいた。


パウルはそんなナナの頭をくしゃくしゃっと撫でると、優しく微笑んだ。


「いい子だな、ナナ。」


その夜、二人は月明かりの中で、

いつまでも肩を並べて語り合っていた――。




パウルはベッドの隅に座り、ため息をついた。


ナナも、しばらく黙っていたけれど、そっとパウルの隣に腰を下ろす。


「パウル様」


ナナの小さな声が耳に届く。彼女はいつも通り、柔らかな笑顔を浮かべていたが、その瞳の奥にはどこか特別な意味が込められているのを感じ取ることができた。パウルもそれに気づき、微笑み返した。


「すまない、大丈夫か?」


パウルの声は、彼女を気遣う優しさで溢れていた。その言葉に、ナナはほんの少しだけ頬を赤らめた。


「うん、大丈夫。あたしはずっと待ってたから、パウル様が来るのを楽しみにしてたよ。」


その言葉に、パウルは心の中で一瞬驚いた。しかし、それが少しでも嬉しいことだと気づくのに時間はかからなかった。


「待たせてしまってごめんな。」


そう言って、パウルはナナの方に身を寄せる。ナナは静かに目を閉じ、彼の温もりを感じながら、深い息をついた。


「こんなに優しくしてもらって…嬉しいよ。パウル様がそばにいると、なんだか安心するんだ。」


パウルはその言葉に少し驚きながらも、彼女の肩をそっと抱き寄せた。


「俺もだよ、ナナ。」


その言葉が、二人の距離を一気に縮めた。ナナは少しだけ顔を赤らめて、そっと手をパウルの胸に置いた。彼の温もりを感じながら、心の中でひっそりと想いを伝える。


「パウル様と一緒にいると、幸せな気持ちがいっぱいになる。でも…それと同時に、怖い気持ちもあるんだ。」


その言葉に、パウルは少し戸惑った顔を見せた。


「怖い気持ち…?」


ナナは少しだけ目を伏せ、静かな声で続けた。


「だって…私たち、こんなに一緒にいるけど、いつかそれが終わる日が来るんじゃないかって…それが怖いの。」


パウルはしばらくその言葉を噛み締めた後、優しく彼女の顔を両手で包み込むように持ち上げた。そして、目をじっと見つめて言った。


「ナナ、大丈夫だよ。俺はお前を守るから、そんな心配しなくていい。」


その言葉には、揺るぎない決意が込められていた。その優しさに、ナナは少し涙を浮かべながらも、安心したように頷いた。


「ありがとう、パウル様…。」


二人はゆっくりと顔を近づけ、静かに唇を重ねた。最初は軽く、ただの優しいキスだったが、次第にお互いの気持ちが深くなっていった。


「…あたし、パウル様が好き。」


ナナの言葉は、震えるように優しく、でも確かな想いを込めていた。それに応えるように、パウルも彼女をぎゅっと抱きしめ、ゆっくりと答えた。


「俺もだよ、ナナ。」


その言葉に、二人は再び唇を重ね、甘く、静かな夜が二人を包み込んでいった。


扉の隙間から漏れる微かな音に、ヤミノミコタマは忍び寄るようにして姿をひそめていた。彼女は少しだけ、二人の様子を見守る。


パウルとナナのやり取りを、ヤミノミコタマはまるで心をすべてさらけ出すように感じながら見ていた。ナナがパウルに抱きしめられ、キスを交わす瞬間を目の当たりにして、彼女の胸はどこか熱く、込み上げるものを感じた。


「ふふっ…なんて素敵な夜なのかしら…」


彼女は小さく微笑み、心の中で一人、彼らの幸せを祝うように呟いた。しかしその反面、心の奥深くに押し込めていた感情が、少しずつ顔を出し始めた。


「パウル様…あの子と一緒にいるのは嬉しいけど…私、ちょっと寂しいわ。」


彼女は胸をぎゅっと握りしめ、目を閉じた。長い間、パウルを待ち続けていたその気持ちは、今も消え去ることはなかった。目の前で繰り広げられる甘い時間に、心の中では言いようのない複雑な感情が渦巻いていた。


「でも、あの子とパウル様が幸せなら、それでいいのかな…」


ヤミノミコタマは、心の中で葛藤しながらも、再びパウルとナナの姿に目を向けた。彼女の瞳は熱く、少し色づいた頬を見つめながら、心の中でため息を漏らす。


「私も…あんな風に、パウル様に甘えてみたいな。きっと、素敵な夜になるだろうし…。」


その思いが胸に広がると、ヤミノミコタマは手を胸に当てて、少しだけ自分の感情を整理しようとした。しかし、抑えきれない気持ちが次第に溢れ、彼女の顔には紅潮が浮び、手は彼女の想いとは裏腹に身体中を舐めまわしていく。


ナナとパウルが激しく夜を鳴らしていく、ひっそりとした城内を男女の絡み合う音が響き合う。そんな中において彼女の血が高揚してしまった。


もう理性とかどうでもよかった、ただ獣のように自分の身体を貪っていた。


そして、絶頂へと達した今、目の前にあるのはただの冷たい壁と廊下。扉から微かに溢れ出る一筋の光だけだった。


「でも、私が言っても…あの子と比べたら、やっぱり…ね。」


彼女はふっと肩をすくめると、少し寂しげに微笑んだ。


「それに、私は…待つことしかできないもの。」


ヤミノミコタマはそのまま、再びパウルとナナが見せる熱い時間に目を向けた。ほんの少しの間、二人の幸せそうな様子を見つめた後、彼女は静かにその場を後にした。


しかし、心の中で湧き上がる熱い気持ちを抑えきれず、思わず口を開いた。


「もし、私も…パウル様に…あんな風に…してもらえる日が来るのかな?」


そして、その問いに答えられるものはなく、しばらくぼんやりと夢見心地のように立ち尽くしていた。


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