王の帰還
城門がゆっくりと開き、中から数人の影が現れた。先頭に立つのは、パウルもよく知る天使の姿──アマノテルシエだった。白銀の髪を揺らしながら、冷静な瞳でこちらを見据えている。その後ろには、可憐な微笑みを浮かべた悪魔、ヤミノミコタマもいた。
「パウル。」
アマノテルシエは、彼を呼び捨てにすると、そのまま真っ直ぐ歩み寄ってきた。どこか急ぎ足で、しかしその動きは気品に満ちていた。
「…久しぶりだな、テルー。」パウルは、わずかに目を細めながら応じた。
「無事で何よりです。」
アマノテルシエは短くそう言うと、すぐに視線をナナへと向けた。「そして……こちらが、ナナ様ですね。」
ナナは少しだけ戸惑ったように、パウルの後ろに隠れかけたが、勇気を出して小さくお辞儀をした。「ナナと申します。…はじめまして。」
ヤミノミコタマがふわりと歩み寄り、にこやかにナナに微笑みかけた。「ようこそ、ギルド団の城へ。パウル様は、あなたのことをとても大切に思っているのですね。ベン様もご帰還くだされば良いのに」
「ベン様?」ナナは不思議そうに首をかしげた。
パウルは苦笑して頭をかいた。「ああ、ベンは……俺の、兄貴だ。今は生きてるのさえ、分からないけどな。」
その言葉に、アマノテルシエが静かに頷く。「パウル、実は……ベンも、既にこの世界に転移しています。」
「なにっ?」パウルの表情が一気に引き締まった。「ベンも生きてるのか?」
「はい。しかし……存在は感じるのですが、どちらにいらっしゃるのかは不明でして……」アマノテルシエは少しだけ言葉を濁した。
パウルは深く息を吸い、吐き出した。──とにかく、無事でいるならそれでいい。
「よし、まずは中に入ろう。」パウルはナナに手を差し伸べ、優しく促した。「俺たちの、新しい拠点だ。」
ナナはその手をぎゅっと握ると、うなずいた。「はい、パウル様。」
パウルとナナは、アマノテルシエとヤミノミコタマに導かれながら、ギルド団の城の中へと足を踏み入れていった。
巨大な城門が開かれると、そこに広がるのは――
整然と並び、静かに王たちを待つ無数のNPCたちと、城を守護するモンスターたちだった。
彼らは一斉に跪き、深く頭を垂れる。
「王よ……我らの創造主よ……お帰りなさいませ。」
声を揃えたその敬礼に、ナナは思わず息を呑んだ。
パウルは小さく苦笑して、皆を見渡した。
「ずっと、守ってくれてたんだな。」
先頭に立っていたのは、天使アマノテルシエ。
その隣に、悪魔ヤミノミコタマもいた。
彼女たちはパウルとベンによって創られた、城の守護者たち。
そして今なお、忠誠を誓い続ける存在だった。
「王たちの帰還を、我らは幾星霜待ち続けました。
この城も、我らも、すべて王たちのもの。
どうか……再びご指揮を。」
アマノテルシエは静かにそう告げ、パウルの前に片膝をつく。
ヤミノミコタマも、しなやかに頭を垂れた。
「……あぁ。今度こそ、ちゃんと守る。」
パウルは静かに言い、ゆっくりと玉座の間へと進んでいった。
城内では、各区画を管理するNPCたち――
防衛隊長、魔導士団長、錬金術部門責任者、医療班指導者――などが次々に現れ、パウルに現状報告を行った。
広間の円卓には、城とその周囲の立体地図が展開される。
レイビスが一歩進み出て、頭を垂れたまま話す。
「王よ。この城は、長きにわたり周囲の脅威から自律防衛を行ってまいりました。しかし、転移の影響で外界の存在に気づかれ、現在、三つの勢力から敵対的な視線を受けております。」
パウルは頷く。
「――それでも、おまえたちは守り続けてくれたんだな。」
ナナがぽつりと呟く。「すごい……。」
モンスターたちもまた、王たちに忠誠を誓っていた。
炎を纏った魔獣も、氷の霊獣も、翼ある魔竜も、静かにパウルを見守っている。
「さあ、作戦会議を始めよう。これから、この城と、おまえたちみんなを……絶対に守り抜く。」
パウルがそう宣言すると、広間にいる全員が胸に手を当て、誓いを新たにした。
この城―アークディア―で生きる者たちにとって、パウルとベンは絶対的な存在だった。
かつて、CPW時代、
何もなかった土地に、ふたりの王はこの城を築き、命なき存在たちに魂を宿らせた。
天使たちに「敬愛」を、悪魔たちに「魅了」を。
モンスターたちに「力」を授けた。
それが、アークディアの誕生だった。
以来、城に生きるすべての者はこう信じてきた。
――王たちは必ず戻る。
――必ず、再び世界を導く。
幾千回の夜を越えても、
幾百回の戦を越えても、
ただ、王たちの帰還を信じて。
***
城のあちこちには、「王50人の伝説」を記した壁画や、歌が残されていた。
中央広場には、パウルとベンの石像が立ち、日々誰かが祈りを捧げていた。
「パウル様は知恵と錬金の神様……ベン様は剣と召喚の神様……」
幼い天使の子供たちが、そんなふうに口ずさんでいる。
武具庫には、かつて王たちが使ったとされる剣や銃が、大切に封印されていた。
触れる者は、誰もいない。
「それは、王たちが再び手に取るためにある」と信じられているからだ。
魔獣たちの間でも同じだった。
最強と呼ばれる竜王グリューガルさえ、城を守るため自ら封印に入ったという。
「我らは王たちの刃。王たちの盾。」
それが、アークディアにおける最大の誓いだった。
***
そして今。
王――パウルが、城に帰還した。
NPCたちは涙をこらえ、モンスターたちは地を震わせるほどの歓喜を押し殺し、
ただ静かに、ただ誇り高く、王を迎えた。
誰も、王の前で声を荒げない。
誰も、無様に喜びを表さない。
それが、彼らなりの最大級の「歓迎」だった。
パウルは、それを痛いほどに感じ取った。
「……ただいま。」
ぽつりと呟いたその声は、
まるで城全体に響き渡ったかのように、深く、静かに染み込んでいった。
50の椅子が並ぶ玉座の間は、静寂に満ちていた。
高い天窓から差し込む光が、二つの玉座を照らしていた。
左にあるのが「知恵と錬金の王」パウルの席。
右にあるのが「剣と召喚の王」ベンの席。
ふたつ並んだ玉座は、まるで再会を待ちわびるかのように、長い長い時間を耐えてきた。
パウルは、ためらいながらも左の玉座に歩み寄った。
背後に控えるNPCたち――
天使のアマノテルシエ、悪魔のヤミノミコタマ、そのほか大勢が、
まるで神聖な儀式を見るかのように、ひざまずいて見守っている。
パウルが玉座に腰を下ろした、その瞬間。
「――ッ!」
空気が震えた。
城全体に張り巡らされていた魔法陣が、一斉に目覚めた。
床、壁、天井に、無数の光の線が走り、心臓の鼓動のようにリズムを刻みはじめる。
ギルド城アークディアは、王の帰還を感知したのだった。
「……王の鼓動だ。」
アマノテルシエが、静かに目を伏せる。
「パウル様、お帰りなさいませ。」
ヤミノミコタマも、深く頭を垂れた。
そして次の瞬間――
城に住まうすべての存在、天使も悪魔もモンスターも、
一斉に叫んだ。
「王、万歳!」
「パウル様、万歳!」
「アークディアに栄光あれ!」
その声は轟音となり、城中を揺らした。
それは単なる歓声ではない。
絶対なる忠誠の証、王への誓いの咆哮だった。
パウルは玉座に座ったまま、静かにその声を受け止める。
胸に、確かなものが宿る。
ここは、間違いなく自分たちの「城」だった。
待ち続けてくれた、帰るべき場所だった。
(……俺は、戻ってきた。)
(ベン。必ず、お前も取り戻す。)
***
その夜。
ヤミノミコタマは、パウルを「王の書庫」へと案内する。
「ここには、パウル様、何を閲覧されるのでございますか?」
「秘密だよ」
厚い扉を開けると、そこは果てしなく続く螺旋階段。
本棚にびっしりと書物、設計図、魔法陣の写本、錬金レシピ、召喚獣の契約書……
ありとあらゆる叡智が、そこには詰まっていた。
パウルは一冊の古い本を手に取る。
『王たちの誓い』
そう、題されたその本には、50人の王が交わした約束が、静かに記されていた。
しかし、その本に目をくれず、中のメモを手に取った。そこには
「たとえ何があろうとも、必ず共に歩む。」
「世界が滅びようとも、互いを見捨てることはない。」
パウルは、ぐっとメモを握りしめた。
(……ベン。お前を、迎えに行くからな。)
***
そして、作戦会議が始まった。
今や浮遊城となったアークディア再起動後、
最初の作戦――
それは、
「ベン奪還計画」
だった。




