ドワーリンのリンクス
リンクス・エルダーは、いつもより少し早く目を覚ました。
まだ夜明けの鐘も鳴っていない時間、宿舎の窓から差し込む光は淡く、石壁の部屋は冷えている。
寝台の脇に置かれた木剣を手に取り、静かに演習場へと向かった。
◇
広場にはまだ誰もいない。
砂に覆われた地面に足を踏み入れると、霧が薄く漂い、遠くに王城の尖塔が霞んで見えた。
リンクスは深呼吸し、木剣を握り直す。
「……はっ!」
乾いた音が霧を裂くように響いた。
素振りを繰り返すたび、肩と腕にずしりとした疲労が溜まっていく。
「おい、また一人でかよ」
背後から声が飛んだ。振り返ると、カイルが呆れた顔で水袋を振っていた。
「少しは寝ろって。訓練で居眠りして倒れたら意味ないぞ」
「……もう少しだけだ」
「その“もう少し”を何回聞いたと思う?」
カイルは笑いながら近づき、リンクスの肩を軽く叩いた。
「お前が頑張ってるのはみんな知ってる。でも、仲間を頼るのも大事だぜ」
その言葉に、リンクスは思わず目を伏せた。
◇
午前の訓練が始まる頃には、他の候補生たちも集まってきた。
剣士志望の者、魔術の基礎を学ぶ者、盾を掲げる者――それぞれが汗を流し、声を張り上げる。
その輪の中で、リンクスも木剣を振るい続けた。
休憩の合間、仲間の一人が笑いながら言った。
「なあ、英雄候補の試験、俺たちにも回ってこねえかな」
「やめとけやめとけ。中央区の訓練所からなんて、滅多に選ばれねえって」
「でも、もし選ばれたら……」
冗談交じりの会話に笑い声が広がる。
リンクスも微笑みながら耳を傾けたが、胸の奥で言葉が静かに響いていた。
――守るべきものがある時、自分は剣を振れるのか。
◇
昼の食堂。木製の長卓に並んで座り、黒パンをちぎりながら仲間たちが賑やかに話す。
「おい、カイル! この前の模擬戦、杖の先っぽ折っただろ!」
「違う、あれはリンクスの剣捌きが荒いからさ」
「はははっ!」
笑い声が石壁に響き、食堂は活気に満ちていた。
リンクスは苦笑しながらも、心の奥が少し温かくなるのを感じた。
この場にいる限り、自分は一人ではない。
◇
その日の夕方、再び演習場に立ったリンクスは、夕陽に染まる空を見上げた。
昼の笑い声がまだ耳に残っている。
「……俺も、負けてられないな」
木剣を握る手に力がこもる。
仲間と共に切磋琢磨しながら、彼は少しずつ、自分の道を歩み始めていた。




