第四話 神器争奪戦の幕開け
自分が思っているよりも周りの状況の変化は早い。
いつの間にか神器たちが、雪城の手を離れ、宙に浮いていた。
雪城は唖然とした表情を見せている。
なにやら思惑とは違ったことが起こったようだ。
雪城は自分が呼びだした、六つの神器を満足げに眺めていた。
それを発動させようとした瞬間、神器が一斉に空へ舞ったのだ。
「か、勝手に動いて、一体どういうつもりよ!」
雪城の怒声にも全く動じない、上空でゆらゆらと楽しげに浮かぶ神器たち。
まるで全ての神器が、雪城を裏切ってしまったようだった。
雪城の視線は、上空にある六つの神器に向いている。
「まさか、アンタらも赤羽君に力を貸すって、言うんじゃないでしょうね!?」
空に投げられた雪城の問い。
返事が一斉に降ってくる。
「ふはははっ、冗談は止せ。そんなわけないだろ」
「その通り、資格なき者と印なき者。どちらにも力は貸せない」
「ま、そういう事だ。わりぃな、嬢ちゃん」
どれもこれも明らかに雪城をからかっている。
どう考えても雪城をマスターだと認めているような発言ではない。
神器たちからの一方的な罵詈雑言。人格まで否定されるような言葉が飛び交う。雪城は涙を浮かべるでもなく、拳を握りしめ、唇を噛み締めていた。
バカにされたような声が響くたびに、俺の神経を逆なでしていく。
雪城の辛そうな様子が、クラスメイトから受けた自分の姿とリンクして、胸が締め付けられるのだ。
そう思ったら、もうダメだった。黙ってなんかいられない。
あの時、雪城が声を出してくれたから、俺は孤立せずにすんだんだ。
「てめえら! ふざけんじゃねえよ!」
全く関係ないのない俺の声に反応し、場はシーンと静まりかえった。
場違い感満載ではあるが、いまさら引っ込めない。
拳を握りしめ、俺は上空に向ける。
「雪城がなにをしたから、そんなひどいこと言われなきゃいけないんだ!」
俺の質問で、黙っていた神器たちが一斉に騒ぎ出す。
「なにをしたかだって! あはははっ! なにもしてないから認められないんじゃないか!」
「その通り。玲菜には私たちを扱う資格がない。それだけじゃ」
その資格とやらがなんなのかわからない。
だけど、こんな一方的に雪城をバカにされてたまるか。
怒りは頂点に達していく。
「ふざけた言動したこと謝罪して、雪城に従わないなら許さねえぞ!」
俺が上空に浮かんでいる神器たちにソードを向けると、圧倒的な魔力が走っていくのがわかった。ソードも俺に気持ちに答えようとしてくれているようだ。
神器たちに飛びかかろうとする俺を、雪城が両手で押さえてきた。
「ちょ、ちょ、ちょっと! あのね……私、さっきまでアンタを殺そうとしてたのは覚えているわよね?」
俺はコクリと頷き、雪城の手を丁寧に退け、またソードを握る。
「だ、だったら、神器が私の手元に戻ると……やばいわよね? アンタ」
「――あ、それはそうだな。でも、お前をバカにしたアイツらは許せない!」
俺の言葉に雪城は目を丸くして、呆れたようにため息を吐く。
「――はぁぁぁっ、アンタって、本当にバカね……いえ、大バカね」
言い終わると、雪城はクスクスと楽しげに笑った。
その顔があまりに綺麗で、かわいくて、バカにされていることも忘れて魅入ってしまった。そんな空気を壊したのは、空に浮かぶ神器たち。
集中砲火のように魔法を降り注いでくる。
しかし、ソードの力を得た俺はそれらをすべて、打ち返す。
上空に跳ねた魔弾が、まるで花火のように破裂した。
俺は上空にある神器たちにソードを向ける。
「どうやら俺の方が強いようだな! さっさと雪城に謝ってもらおうか!」
「さすがにマスターがいるソードを相手にするのは、無理か……」
神器たちがぼそぼそと会談をし、再び声を響かせる。
「ソードのマスターよ。お前の意見、大変参考になった。ならば、俺たちもマスターを選ぶ。そして、勝った奴が全てを決める。それでどうだ? ソードよ」
「……はい。私が認めたマスターは、誰にも負けませんから」
ソードがはっきりと返事をする。
どこから来る自信なのか、さっぱりわからないが、ソードはそれだけ俺を信じていてくれるのだろう。ちょっとくすぐったい。
ソードの声に、神器たちがけたたましく騒ぎ出した。
「はははは! マジかよ! こりゃあ、おもしれぇコトになったな。まさか、俺たちが争うことになるなんてな!」
「だねぇ、僕も誰が強いのか、一度決着つけておきたかったんだよね」
「うへへっ、久しぶりに好き放題やっていいってコトだな……」
好き放題騒ぐ神器達。やかましさを増していく。
完全に蚊帳の外になった雪城がとうとう吠える。
「そんなこと勝手に決めないで! 私抜きで話を進めるとかありえないわ!」
「玲菜。お前も俺たちが選んだマスターと戦い、全てを勝ち取れ。それが出来れば、資格がなくても、お前をマスターと認めよう。悪い条件ではあるまい?」
何か神器から大きな力が向けられているのが分かる。
それだけで背中から、じっとりと冷たいものが流れ落ちた。
「わかったわよ。やってやろうじゃないの! 私が勝ったら、今度こそ、全員言うことを聞きなさいよ!」
雪城の叫びに苦笑、失笑、微笑、談笑、歓笑、嘲笑、様々な笑い声が響く。
そして、神器たちが一斉に光を放つ。
「話はまとまったようだな。それでは、再会を楽しみにしているぞ」
「じゃあ、嬢ちゃん、達者で暮らせよ!」
「達者で暮らせって、二度と会わない気か!」
雪城の突っ込みに反応することなく、神器たちは騒ぎながら天高く舞い、四方に散る。それはまるで流れ星のような美しい光輝を放ち、瞬く間に消えた。
――雪城がそれに手を伸ばす。
届くはずがないのに精一杯伸ばしていた。
唇を噛み締め、悔しそうな顔をしながら。
こうして、雪城玲菜の神器を賭けて戦う――神器争奪戦が幕をあけた。
「って、ちょっと待て! 俺は関係ないよな? なんか参加する流れになってた気がするけど……」
状況変化が早すぎて、危なく巻きこまれてしまうところだった。
俺の問いに、雪城はゴミでも見るかのような、冷たい目をする。
「一番の戦犯がずいぶんな発言ね。こうなったのはアンタが挑発したのが原因なのよ? それ、わかってるわよね?」
「それはそうだけど……お前が全部の神器と戦って、取り返せば解決だろ?」
俺の言葉に雪城はふむ、と考え込む。一理あると思ったのだろう。
しかし、パッとなにかを思いついたように顔を上げる。
「やっぱりダメね。アンタはソードと契約しているし、無関係じゃないわよ」
「じゃあ、こいつを返せば良いんだな……?」
俺は刀を雪城に渡そうとすると、刀からの発光が強くなっていく。
まるで、俺の手元から離れるのを嫌がっているようだ。
「はん。それができるなら、最初からもめてないわよ!」
雪城を敵に回して、俺に力を貸してくれたのだから、そういう事だ。
「だったら、俺からマスター権を奪ってくれ。それでこれはお前の物になるんだろ?」
「え? ほんと? 死んでくれるの?」
嬉々とした顔で近づいてこようとする雪城。
俺の方がたじろいでしまう。
「って、何? 俺って死ぬしかないのか!?」
「そりゃ当然でしょ。負けました、なんて口約束で譲ってもらえるほど、甘い物じゃないわよ。そんなんじゃ、ソードは絶対に認めない」
なんとか神器を雪城に返したいが、条件が死だけとなると、難しい。
がっくりと膝を落とす。
俺が生き残るには、勝ち抜くしかないようだ。
「あと、一つ忠告すると、他の神器にアンタは顔を見られている……確実に最初に狙われるでしょうね」
聞きたくもない情報を次々に聞かされ、目眩がしてきた。
確かに他の神器達だって、誰とも知らないマスターを探すよりも、居場所も顔もわかっている俺の方が狙いやすいのは間違いない。
俺には戦わないという選択も、参加拒否という選択もないようだ。
自分でまいた種とは言え、一番弱い人間が、一番危険な場所にいるとか、どんな無理ゲーだよ。
「安心しなさい。アンタが弱くてもソードが強いから。神器の中で一番強いのはソードなのよ。――ま、問題もあるけどね」
「え?」
「な、なんでもないわ! とにかくそれは預けておく、どこに逃げても絶対に探し出すから、そのつもりで」
雪城は俺の手にある刀を指さし、決め顔を見せた。
ソードを握っている間は、不思議な力が湧き上がってくる。
素人の俺でも雪城と戦えたのだから、その力は相当なものなのだろう。
けれど、どんなに力があっても、殺し合いでは勝ち残れない。
俺は、俺のために誰かが死ぬのは大嫌いだ。
だから、誰かを殺すなんて、きっと出来ないだろう。
「神器を奪うって言うのは、やっぱり……殺す、しかないのか?」
「たぶん、殺す殺さないは別として、神器が負けを認めればいいと思うわ」
「そうなのか?」
「……まだ嬉しそうな顔しないで。神器は簡単には負けを認めないから、結局殺すのが手っ取り早いでしょうね」
そうかもしれないけど、殺さなくて良いというのは大きな発見だ。
襲ってくる奴を返り討ちにして、負けを認めさせる。
それなら勝ち目があるように思えた。だとすると問題は一つだ。
「……なあ、重要な問題があるんだけど、訊いてもいいか?」
「なによ。言ってごらんなさいよ」
「こんな物を持ち歩いてたら、逮捕されちまう……」
俺はソードを見て、大きくため息を吐いた。
平和ボケしている国ではあるが、銃刀法には厳しい国なのだ。
「それは神器よ? 小さくするくらい簡単にできるわ。『小さくなぁれ♪』って念じてごらんなさいよ」
雪城は可愛いポーズをつけてくれた。
しかし、高校生にもなって、『小さくなぁれ♪』は恥ずかしい。
魔法少女でもイメージしたのだろうが、俺に真似出来るはずが無い。
俺の気持ちが伝わったのか、雪城の顔がだんだんと赤く染まっていく。
「ちょっと! アンタ、人にここまでやらせておいてやらない気!?」
「悪い……。そのポーズもかけ声も無理だ。恥ずかしすぎる……」
「ああっ――! 別に何でも良いのよ。小さくなって欲しいって願えばね!」
思いの外、恥ずかしかったらしく、雪城は顔を真っ赤にして腕を組み、そっぽを向いた。やらなくても良いのに、無理をして頑張ってくれたようだ。
俺は刀を見つめ、小さくなれと念じてみる。
すると、刀から重さがなくなり、手にはボールペンほどの大きさの刀が残った。
「す、すげー、本当にできた! ありがとうな!」
雪城は喜ぶ俺を見て、目を丸くすると慌てて目を逸らす。
それから、少しだけ頬を染めると、俺をチラリと覗く。
「ねえ……さっき、どうして、神器たちに相手に庇ってくれたの?」
「あ、あれは……なんか黙って聞いてられなくて……」
「ど、どうして?」
雪城は少しだけ期待したような顔で、俺を見上げた。
なんだか、その表情がこそばゆい。顔が熱くなっていく。
「ま、前に、クラスで俺を庇ってくれたことあっただろ?」
「……え?」
雪城は全く心当たりのない顔をした。なんだかひどくショックだ。
俺は夏頃に起こった、戸田の女癖の悪さが引き起こした事件を話す。
それを聞き終えた雪城はポンと手を叩いた。
「ああ、あれか……」
思いついて、雪城はがっかりしたような顔を見せる。
「あんなのどう考えても『戸田』が悪いんだし、下らない問題でクラスがばらばらになるのが嫌だっただけよ。気にする必要ないわ」
「お前にはそうでも、俺は嬉しかったんだ! ずっと感謝してた……」
あの時、言えなかった感謝を、やっと口にできたような気がする。
雪城はそれを真剣な顔で受け止め、頷いた。
「……なら、これで貸し借りはナシね。もう遠慮もナシよ?」
今まで遠慮があったのかどうか謎だが、雪城と戦うのは避けられないようだ。
俺は拳をキュッと握りしめる。
「……じゃあ、続き……やるのか?」
「え?」
「お前……俺を殺したいんだろ?」
俺の問いに雪城は毒気の抜けた顔を見せた。
逡巡したあとに、雪城は肩を竦める。
「……そろそろ結界が切れるし、また今度にするわ」
雪城は最後に一言付け加えると、空に舞い姿を消す。
結局、俺のしたことは、雪城からソードを奪ってしまっただけのようだ。
おまけに、神器争奪戦まで引き起こしてして、逆に雪城に迷惑をかけている。
余計なコトをしてしまった感がぬぐえない。
だけど、雪城が立ち去る前に『庇ってくれて、嬉しかった……』と、少しはにかんで呟いた。一つだけでも、力になれたような気がする。
今は後悔なんてしてる場合じゃない。まだ何も終わっていないし、むしろ、始まったばかりだ。
神器と契約したマスターたちと、雪城が戦っていくなら、また何か力になれるかもしれない。
そんな淡い期待と決心を胸に、ソードを取り出すと、空に浮かぶ月に手を伸ばし、強く握りしめた。それから、『大きくなれ』と念じるとソードが大きくなる。
本当に自由自在に変化させられる。すごい力だ。
元に戻して、家に帰ろうとした瞬間、ゾクリとする声が後ろから聞こえた。
「待て、少年。そのまま立ち去られては困るな」
「マスター! 後ろです!」
俺が咄嗟に振り返ると、甲高い金属が木霊する。
雪城よりも遙かに、速くて重い攻撃。
辺りに鮮血が飛び散る。何が起こったのかわからない。
まさか、新しいマスターがもう決まったと言うのか。
状況は刻一刻と変わる。
新しい戦いはすでに始まっているようだ。