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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第一章 DAY BEFORE
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第四話 神器争奪戦の幕開け

 自分が思っているよりも周りの状況の変化は早い。

 いつの間にか神器たちが、雪城の手を離れ、宙に浮いていた。

 雪城は唖然とした表情を見せている。

 なにやら思惑とは違ったことが起こったようだ。

 雪城は自分が呼びだした、六つの神器を満足げに眺めていた。

 それを発動させようとした瞬間、神器が一斉に空へ舞ったのだ。


「か、勝手に動いて、一体どういうつもりよ!」


 雪城の怒声にも全く動じない、上空でゆらゆらと楽しげに浮かぶ神器たち。

 まるで全ての神器が、雪城を裏切ってしまったようだった。

 雪城の視線は、上空にある六つの神器に向いている。


「まさか、アンタらも赤羽君に力を貸すって、言うんじゃないでしょうね!?」


 空に投げられた雪城の問い。

 返事が一斉に降ってくる。


「ふはははっ、冗談は止せ。そんなわけないだろ」

「その通り、資格なき者と印なき者。どちらにも力は貸せない」

「ま、そういう事だ。わりぃな、嬢ちゃん」


 どれもこれも明らかに雪城をからかっている。

 どう考えても雪城をマスターだと認めているような発言ではない。

 神器たちからの一方的な罵詈雑言。人格まで否定されるような言葉が飛び交う。雪城は涙を浮かべるでもなく、拳を握りしめ、唇を噛み締めていた。

 バカにされたような声が響くたびに、俺の神経を逆なでしていく。

 雪城の辛そうな様子が、クラスメイトから受けた自分の姿とリンクして、胸が締め付けられるのだ。

 そう思ったら、もうダメだった。黙ってなんかいられない。

 あの時、雪城が声を出してくれたから、俺は孤立せずにすんだんだ。


「てめえら! ふざけんじゃねえよ!」


 全く関係ないのない俺の声に反応し、場はシーンと静まりかえった。

 場違い感満載ではあるが、いまさら引っ込めない。

 拳を握りしめ、俺は上空に向ける。


「雪城がなにをしたから、そんなひどいこと言われなきゃいけないんだ!」


 俺の質問で、黙っていた神器たちが一斉に騒ぎ出す。


「なにをしたかだって! あはははっ! なにもしてないから認められないんじゃないか!」

「その通り。玲菜には私たちを扱う資格がない。それだけじゃ」


 その資格とやらがなんなのかわからない。

 だけど、こんな一方的に雪城をバカにされてたまるか。

 怒りは頂点に達していく。


「ふざけた言動したこと謝罪して、雪城に従わないなら許さねえぞ!」


 俺が上空に浮かんでいる神器たちにソードを向けると、圧倒的な魔力が走っていくのがわかった。ソードも俺に気持ちに答えようとしてくれているようだ。

 神器たちに飛びかかろうとする俺を、雪城が両手で押さえてきた。


「ちょ、ちょ、ちょっと! あのね……私、さっきまでアンタを殺そうとしてたのは覚えているわよね?」


 俺はコクリと頷き、雪城の手を丁寧に退け、またソードを握る。


「だ、だったら、神器が私の手元に戻ると……やばいわよね? アンタ」

「――あ、それはそうだな。でも、お前をバカにしたアイツらは許せない!」


 俺の言葉に雪城は目を丸くして、呆れたようにため息を吐く。


「――はぁぁぁっ、アンタって、本当にバカね……いえ、大バカね」


 言い終わると、雪城はクスクスと楽しげに笑った。

 その顔があまりに綺麗で、かわいくて、バカにされていることも忘れて魅入ってしまった。そんな空気を壊したのは、空に浮かぶ神器たち。

 集中砲火のように魔法を降り注いでくる。

 しかし、ソードの力を得た俺はそれらをすべて、打ち返す。

 上空に跳ねた魔弾が、まるで花火のように破裂した。

 俺は上空にある神器たちにソードを向ける。


「どうやら俺の方が強いようだな! さっさと雪城に謝ってもらおうか!」

「さすがにマスターがいるソードを相手にするのは、無理か……」


 神器たちがぼそぼそと会談をし、再び声を響かせる。


「ソードのマスターよ。お前の意見、大変参考になった。ならば、俺たちもマスターを選ぶ。そして、勝った奴が全てを決める。それでどうだ? ソードよ」

「……はい。私が認めたマスターは、誰にも負けませんから」


 ソードがはっきりと返事をする。

 どこから来る自信なのか、さっぱりわからないが、ソードはそれだけ俺を信じていてくれるのだろう。ちょっとくすぐったい。

 ソードの声に、神器たちがけたたましく騒ぎ出した。


「はははは! マジかよ! こりゃあ、おもしれぇコトになったな。まさか、俺たちが争うことになるなんてな!」

「だねぇ、僕も誰が強いのか、一度決着つけておきたかったんだよね」

「うへへっ、久しぶりに好き放題やっていいってコトだな……」


 好き放題騒ぐ神器達。やかましさを増していく。

 完全に蚊帳の外になった雪城がとうとう吠える。


「そんなこと勝手に決めないで! 私抜きで話を進めるとかありえないわ!」

「玲菜。お前も俺たちが選んだマスターと戦い、全てを勝ち取れ。それが出来れば、資格がなくても、お前をマスターと認めよう。悪い条件ではあるまい?」


 何か神器から大きな力が向けられているのが分かる。

 それだけで背中から、じっとりと冷たいものが流れ落ちた。


「わかったわよ。やってやろうじゃないの! 私が勝ったら、今度こそ、全員言うことを聞きなさいよ!」


 雪城の叫びに苦笑、失笑、微笑、談笑、歓笑、嘲笑、様々な笑い声が響く。

 そして、神器たちが一斉に光を放つ。


「話はまとまったようだな。それでは、再会を楽しみにしているぞ」

「じゃあ、嬢ちゃん、達者で暮らせよ!」

「達者で暮らせって、二度と会わない気か!」


 雪城の突っ込みに反応することなく、神器たちは騒ぎながら天高く舞い、四方に散る。それはまるで流れ星のような美しい光輝を放ち、瞬く間に消えた。

 ――雪城がそれに手を伸ばす。

 届くはずがないのに精一杯伸ばしていた。

 唇を噛み締め、悔しそうな顔をしながら。

 こうして、雪城玲菜の神器を賭けて戦う――神器争奪戦が幕をあけた。


「って、ちょっと待て! 俺は関係ないよな? なんか参加する流れになってた気がするけど……」


 状況変化が早すぎて、危なく巻きこまれてしまうところだった。

 俺の問いに、雪城はゴミでも見るかのような、冷たい目をする。


「一番の戦犯がずいぶんな発言ね。こうなったのはアンタが挑発したのが原因なのよ? それ、わかってるわよね?」

「それはそうだけど……お前が全部の神器と戦って、取り返せば解決だろ?」


 俺の言葉に雪城はふむ、と考え込む。一理あると思ったのだろう。

 しかし、パッとなにかを思いついたように顔を上げる。


「やっぱりダメね。アンタはソードと契約しているし、無関係じゃないわよ」

「じゃあ、こいつを返せば良いんだな……?」


 俺は刀を雪城に渡そうとすると、刀からの発光が強くなっていく。

 まるで、俺の手元から離れるのを嫌がっているようだ。


「はん。それができるなら、最初からもめてないわよ!」


 雪城を敵に回して、俺に力を貸してくれたのだから、そういう事だ。


「だったら、俺からマスター権を奪ってくれ。それでこれはお前の物になるんだろ?」

「え? ほんと? 死んでくれるの?」


 嬉々とした顔で近づいてこようとする雪城。

 俺の方がたじろいでしまう。


「って、何? 俺って死ぬしかないのか!?」

「そりゃ当然でしょ。負けました、なんて口約束で譲ってもらえるほど、甘い物じゃないわよ。そんなんじゃ、ソードは絶対に認めない」


 なんとか神器を雪城に返したいが、条件が死だけとなると、難しい。

 がっくりと膝を落とす。

 俺が生き残るには、勝ち抜くしかないようだ。


「あと、一つ忠告すると、他の神器にアンタは顔を見られている……確実に最初に狙われるでしょうね」


 聞きたくもない情報を次々に聞かされ、目眩がしてきた。

 確かに他の神器達だって、誰とも知らないマスターを探すよりも、居場所も顔もわかっている俺の方が狙いやすいのは間違いない。

 俺には戦わないという選択も、参加拒否という選択もないようだ。

 自分でまいた種とは言え、一番弱い人間が、一番危険な場所にいるとか、どんな無理ゲーだよ。


「安心しなさい。アンタが弱くてもソードが強いから。神器の中で一番強いのはソードなのよ。――ま、問題もあるけどね」

「え?」

「な、なんでもないわ! とにかくそれは預けておく、どこに逃げても絶対に探し出すから、そのつもりで」


 雪城は俺の手にある刀を指さし、決め顔を見せた。

 ソードを握っている間は、不思議な力が湧き上がってくる。

 素人の俺でも雪城と戦えたのだから、その力は相当なものなのだろう。

 けれど、どんなに力があっても、殺し合いでは勝ち残れない。

 俺は、俺のために誰かが死ぬのは大嫌いだ。

 だから、誰かを殺すなんて、きっと出来ないだろう。


「神器を奪うって言うのは、やっぱり……殺す、しかないのか?」

「たぶん、殺す殺さないは別として、神器が負けを認めればいいと思うわ」

「そうなのか?」

「……まだ嬉しそうな顔しないで。神器は簡単には負けを認めないから、結局殺すのが手っ取り早いでしょうね」


 そうかもしれないけど、殺さなくて良いというのは大きな発見だ。

 襲ってくる奴を返り討ちにして、負けを認めさせる。

 それなら勝ち目があるように思えた。だとすると問題は一つだ。


「……なあ、重要な問題があるんだけど、訊いてもいいか?」

「なによ。言ってごらんなさいよ」

「こんな物を持ち歩いてたら、逮捕されちまう……」


 俺はソードを見て、大きくため息を吐いた。

 平和ボケしている国ではあるが、銃刀法には厳しい国なのだ。


「それは神器よ? 小さくするくらい簡単にできるわ。『小さくなぁれ♪』って念じてごらんなさいよ」


 雪城は可愛いポーズをつけてくれた。

 しかし、高校生にもなって、『小さくなぁれ♪』は恥ずかしい。

 魔法少女でもイメージしたのだろうが、俺に真似出来るはずが無い。

 俺の気持ちが伝わったのか、雪城の顔がだんだんと赤く染まっていく。


「ちょっと! アンタ、人にここまでやらせておいてやらない気!?」

「悪い……。そのポーズもかけ声も無理だ。恥ずかしすぎる……」

「ああっ――! 別に何でも良いのよ。小さくなって欲しいって願えばね!」


 思いの外、恥ずかしかったらしく、雪城は顔を真っ赤にして腕を組み、そっぽを向いた。やらなくても良いのに、無理をして頑張ってくれたようだ。

 俺は刀を見つめ、小さくなれと念じてみる。

 すると、刀から重さがなくなり、手にはボールペンほどの大きさの刀が残った。


「す、すげー、本当にできた! ありがとうな!」


 雪城は喜ぶ俺を見て、目を丸くすると慌てて目を逸らす。

 それから、少しだけ頬を染めると、俺をチラリと覗く。


「ねえ……さっき、どうして、神器たちに相手に庇ってくれたの?」

「あ、あれは……なんか黙って聞いてられなくて……」

「ど、どうして?」


 雪城は少しだけ期待したような顔で、俺を見上げた。

 なんだか、その表情がこそばゆい。顔が熱くなっていく。


「ま、前に、クラスで俺を庇ってくれたことあっただろ?」

「……え?」


 雪城は全く心当たりのない顔をした。なんだかひどくショックだ。

 俺は夏頃に起こった、戸田の女癖の悪さが引き起こした事件を話す。

 それを聞き終えた雪城はポンと手を叩いた。


「ああ、あれか……」


 思いついて、雪城はがっかりしたような顔を見せる。


「あんなのどう考えても『戸田』が悪いんだし、下らない問題でクラスがばらばらになるのが嫌だっただけよ。気にする必要ないわ」

「お前にはそうでも、俺は嬉しかったんだ! ずっと感謝してた……」


 あの時、言えなかった感謝を、やっと口にできたような気がする。

 雪城はそれを真剣な顔で受け止め、頷いた。


「……なら、これで貸し借りはナシね。もう遠慮もナシよ?」


 今まで遠慮があったのかどうか謎だが、雪城と戦うのは避けられないようだ。

 俺は拳をキュッと握りしめる。


「……じゃあ、続き……やるのか?」

「え?」

「お前……俺を殺したいんだろ?」


 俺の問いに雪城は毒気の抜けた顔を見せた。

 逡巡したあとに、雪城は肩を竦める。


「……そろそろ結界が切れるし、また今度にするわ」


 雪城は最後に一言付け加えると、空に舞い姿を消す。

 結局、俺のしたことは、雪城からソードを奪ってしまっただけのようだ。

 おまけに、神器争奪戦まで引き起こしてして、逆に雪城に迷惑をかけている。

 余計なコトをしてしまった感がぬぐえない。

 だけど、雪城が立ち去る前に『庇ってくれて、嬉しかった……』と、少しはにかんで呟いた。一つだけでも、力になれたような気がする。

 今は後悔なんてしてる場合じゃない。まだ何も終わっていないし、むしろ、始まったばかりだ。

 神器と契約したマスターたちと、雪城が戦っていくなら、また何か力になれるかもしれない。

 そんな淡い期待と決心を胸に、ソードを取り出すと、空に浮かぶ月に手を伸ばし、強く握りしめた。それから、『大きくなれ』と念じるとソードが大きくなる。

 本当に自由自在に変化させられる。すごい力だ。

 元に戻して、家に帰ろうとした瞬間、ゾクリとする声が後ろから聞こえた。


「待て、少年。そのまま立ち去られては困るな」

「マスター! 後ろです!」


 俺が咄嗟に振り返ると、甲高い金属が木霊する。

 雪城よりも遙かに、速くて重い攻撃。

 辺りに鮮血が飛び散る。何が起こったのかわからない。

 まさか、新しいマスターがもう決まったと言うのか。

 状況は刻一刻と変わる。

 新しい戦いはすでに始まっているようだ。


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