第三話 戦いたくない相手
雪城との付き合いなんてほぼ皆無。
街中で見かけても挨拶さえしない関係だろう。だけど、雪城に恩がある。
数ヶ月前の夏頃、戸田に振られた女子が、腹いせにひどい誹謗中傷を繰り返していたのを注意したことがあった。
強く言ったつもりはないが、なぜか大泣きされて、俺が悪者になったという苦い経験だ。解決したからいいようなものの、女の連帯感ってマジで怖い。
その時に救ってくれたのが雪城。
『友だちの文句言われて、笑ってる人よりマシじゃない?』
俺への暴言の飛びかうクラスの中で、雪城がみんなの前で言ったその言葉。
雪城がどういうつもりだったのかわからない。
でも、それからみんなの態度が変わった。俺が引きこもりや登校拒否などにならずにすんだのは雪城のおかげ。
話しかけるのが照れくさくて、感謝を口にはできなかったけど、いつかその借りを返したいと思っている。
※ ※ ※
その日の夜。バイトの帰り道。
放課後の雪城との会話が気になり、バイト中もどことなく落ち着かなかった。
一緒に帰っていた戸田が心配げな顔を俺に向けてくる。
「なあ、朝から変だけど、なにか余計なコトに顔を突っ込もうとしてないか? 俺を庇ったときのように……」
珍しく真面目な顔の戸田。本気で心配しているのがわかる。
相談しようかと思ったが、何も覚えていない戸田に話しても意味がないだろう。
下手をすると朝の会話の繰り返しだ。俺は茶化すように声を出す。
「心配するな。もう二度と女関係で、お前を庇うことないから」
「いやぁ、あの時は本当、悪かったって……」
戸田は両手で拝むように合わせた。
「本当に悪いと思うなら、女癖の悪さをどうにかしろ!」
「それは無理だ! バイトしてるのも女とのデートの為だしな」
「…………どうしようもねえヤツだな……」
その後、コンビニの前で戸田に寄っていくかと誘われたが、雪城からの言葉が引っかかり、断ることにした。
戸田と別れて、一人になったところで、突然の嫌な感じに俺は振り返る。
背後から誰かに見られているような気がしたのだ。
しかし、街灯の弱い住宅街が広がっているだけで、誰もいない。
気のせい、頭をポリポリとかいて、前を向こうとする。
「惜しいわね。こっちよ」
不意に上空から声が降ってきて、慌てて見上げると、人が空中に立っている。
浮かんでいるのでなく、見えない足場があるかのように、しっかりと立っているのだ。あまりにも奇妙な光景に、俺は思わず息を呑む。
雪城だ。雪城が五メートルほどの上空に浮かんでいる。
俺と目が合うと、ニコッと微笑む。
「赤羽君、こんばんは」
「こんばんは――って、どうやってそこに立っているんだ?」
「あら、これがそんなに不思議?」
不思議も何もあり得ないだろう。
必死に考えて、一つの可能性を口にする。
「――糸か? ピアノ線とかそういったものを使ってるんだろ?」
「ふっ、本当にそう思う?」
雪城はスッとさらに十メートルほど上昇してみせた。
驚いている俺の顔を見て、一気に落下してくる。
「ちょっ――!」
地面にぶつかる寸前、雪城の体がぴたりと制止する。
今度は地面から一メートルくらいの辺りだ。
雪城は俺の顔を見て楽しそうに笑い、悠々と地面に降りた。
「正解、ピアノ線よ。すごいでしょ?」
ありえない。ピアノ線ではどうやっても反動を殺せないのだから、ぴたりと動きを止めるなんて無理だ。そもそも、それらを操っている機械もない。
明らかなウソに顔をしかめてしまう。
「やだな、そんな顔しないでよ。冗談よ冗談」
顔は笑っているが、その眼は非常に鋭く、朗らかさの欠片もない。
いつもの雪城とは違う、この時間の雪城。愛嬌と親しみなど全くない、冷徹とした雰囲気を纏っていた。
「……どっちが本当のお前なんだ?」
「素で言うならこっち。学校では優等生を演じているだけよ」
「……何のためにそんなことやってんだ?」
「色々探られないようにかな。――ふふふ、実はね。私、魔法使いなのよ」
ピシリと世界が止まった気がした。
こいつは、何を言っているんだろう。
「……魔法使い? はあ? この現代に、そんなのいるわけ――」
「今見せたじゃない。私の魔法による浮遊。ピアノ線じゃないってわかるわよね?」
「そ、それはそうだけど、さすがに魔法なんて……」
さっき浮いていていたのを見せられても、魔法なんてものを簡単に受け入れられるはずがない。
目の前で起こった事象を理解出来ずにいると、雪城がにこりと微笑んだ。
「まあ、信じる信じないはあなたの勝手よ。けどね、ここであなたを殺すのは、魔法の力よ」
「へ?」
俺が首を傾げた瞬間、雪城の手から青く光る玉が放たれた。
それは俺の頬をかすめ、派手な音を立て後ろの壁をけずって消えた。
首を傾げてなかったら、頭が吹き飛んでいたかもしれない。
ぞくっと寒気が走る。
「へぇ、避けられるのね。楽に殺してあげようと思ったのに」
「な、ななな、なんだよそれ!」
「魔法の弾、魔弾よ。攻撃魔法って言った方がいいかしら?」
軽い口調で言って、雪城は再び魔弾を放ってくる。
ものすごい速さで俺に迫ってきた。
普段なら、そんなものを避けられるわけがないが、今日はなぜか体が異常に調子が良い。俺は軌道を確認し、大きく横に飛び、なんとかそれを避けた。
後ろから響く大きな爆発音。
さきほどまで、俺が立っていたところは、壁が粉々に破壊されていた。
「やめろ! そんなの当たったら死んじまうぞ!?」
「だから、殺すって言ってるでしょ! さっさと覚悟なさい!」
三度放たれた魔弾。派手に転がりながら、ぎりぎりでかわす。
慌てて振り返り、雪城に視線を向けたとき、彼女の右手が俺の目の前に掲げられていた。どうやら、完全に詰んでいたようだ。
「これで終わりよ」
襲い来る死の恐怖。絶対に避けられない状況。
何か口にしなければ、次の瞬間には殺されるだろう。
「ひ、一つだけ! 一つだけ質問していいか?」
「やめてよ。死ぬだけですもの、聞いても無駄よ?」
「それはそうだけど! 訊かないと絶対に成仏出来ない! お前の枕元に毎晩立つことになるかも知れない」
「はあ? なによそれ。……まあいいわ、一つだけよ?」
雪城は小さく笑うと、スッと殺意が薄れたのがわかった。
質問を許してくれたようだが、この質問で雪城の殺意を完全に消さなければ、俺は殺されるだろう。
しかし、どんなに考えてもプロの交渉人のような会話構成が思いつくはずもない。
おまけに時間の余裕もない状況では、難しい事を考えるだけ時間の無駄だ。
シンプルな質問から、突破口を見つけるしかない。
「もしかして、昨日ケガが治ったのも、その、魔法の力なのか?」
「ええ、そうよ。すごい力でしょ」
「なんでそんな力がありながら、俺なんかの命を狙うんだ?」
俺の質問を受け、雪城はゆっくりと手を下ろす。
「正直、殺す気はなかったわ……。アンタはただの素人ですものね。放っておこうと思ってた」
「だったら――」
俺の言葉を遮るように、雪城は一歩前に踏み出す。
「でも、覚えてる? お昼休みにアンタは魔力を使おうとしたのよ。もし、アンタが殴っていたら、あの三年を殺していたわ……間違いなくね」
「お、俺が魔力を……?」
「そう、私も驚いたわ。どうして、アンタが魔力を使えるようになったのか、わからないもの」
意味のわからない話に目眩を覚えてしまう。
雪城は一体、何を言っているのだ。
俺が魔力なんて意味のわからないものを使うはずがない。
呆然とする俺に雪城は言葉を続ける。
「今日、色々と変だと思わなかったの?」
言われて気がつく。思い当たることしかない。
クラスで女子の声がハッキリ聞こえたこと。
屋上にいる雪城がハッキリ見えたこと。
着地ができないほど、前に跳んでしまったこと。
今だってそうだ。細かいことを言い出せばきりがない。
「で、でも……」
「思い当たるわよね……そりゃあ、当然よ。それだけ垂れ流していればね」
おそらく俺は魔力というものを気づかずに出しているのだろう。
そのおかげで色々と強化されてしまった。そういうコトだ。
「だ、だったら、魔力とやらはもう使わない。だから――」
「無駄よ、やめて。殺すのは決定事項なの」
「な、なんでだよ……」
雪城は俺の疑問に答えるように、どこからか刀を取り出す。
いきなり出現したので、まるで手品のように見えた。
その刀を雪城は恨みがましく眺める。
「こいつがアンタの魔力にいちいち反応して、面倒なことになっているのよ。もう私の言うコトなんて訊きやしない!」
叩きつけるように、乱暴に刀を地面に突き刺した。
あの刀は、昨日俺が使ったヤツだ。
「ど、どういうことだ?」
「昨日、自分の力だけで人形を倒したとか、勘違いしてない?」
あの人形がすごい力を持っていたのは覚えている。
だが、刀に話しかけられた辺りから、驚異を感じなくなった。
それはつまり――
「急激にパワーアップしたのは、その刀となにかあった。そういうことか?」
「正解。刀には、契約者の基礎能力を高める力があるのよ」
そんな覚えは全くないが、力を貸してくれたと言うことは、俺がソードと契約をしてしまったのだろう。
「悪かったな、本当にすまない……」
「ううん。謝るのはこっち。だって、アンタを殺すことしか、解決方法を見つけられなかったんですもの。……ごめんなさい」
ウソみたいな優しい声で雪城は呟いた。
その声を聞いて、俺はゴクリと息を呑む。
雪城の中で完全に覚悟が決まっている。どうあっても俺を殺す気だ。
迷っている暇はない。雪城は今、手を下ろしている。逃げるなら今しかない。
体中に力がこもり、いつもより速く動けそうな気がする。これが魔力というヤツなのだろう。逃げられるかもしれない。
俺は雪城に背を向けると、一目散に逃げようと踵を返す。
しかし、次の瞬間、腹部に強烈な痛みが走り、俺は吹き飛ばされた。
人間離れした速さで回り込んだ雪城が、俺に蹴りを放ってきたのだ。背中から壁に激突し、ずるずると崩れ落ちる。
腹部に猛烈な痛みが走り、うずくまりながら吐き出しそうだ。
「無駄な抵抗はやめて。逃がすわけにはいかないのよ……」
「……た、助けてくれ! だ、誰か! 助けてくれ!」
俺は声の限りに叫ぶ。ここは住宅街だ。誰かしら顔を出してくれるのではないか。そうなれば、雪城だって諦めるはずだ。
そんな淡い期待をしたが、雪城の様子は変わらない。
「無駄よ。ここは結界によって隔離してあるわ。どれだけ騒いでも他の人間には気づかれない。観念なさい……」
冷たい声を響かせながら、雪城が近づいて来ている。
逃げ場もなく、いや、仮に逃げ場があったとしても、雪城には簡単に追いつかれてしまう。目の前が真っ暗になった。待っているのは死だけだ。
死にたくない、と首を横に振りながら助けを乞う。
しかし、近づいてくる雪城の顔には確固たる決意が滲んでいた。
「ごめんなさい。せめて痛みを感じないように、一撃で葬ってあげるから、大人しくしてて、ね」
すでに十分な痛みを与えられているが、それはカウントしないらしい。
少しだけ哀愁を漂わせた顔で、雪城が俺の目の前までやってくる。
腕をまっすぐこちらに向けられ、死を覚悟し目を瞑った。
だが、いつまで経っても痛みは感じない。ゆっくり見上げる。
――地面に刺さっていた刀が俺の前にあった。
まるで、雪城から俺を守るように、空中に浮かんでいる。
「浮いてる! ど、どうなってんだよ、これ!」
「だから、魔法の力だって! っていうか、なんでそいつの味方をしているわけ?」
「マスター。ご指示を……」
突然聞こえてきたあの声。
俺に向けられた声。
――透き通った優しい声。
「お、俺を助けて、くれるのか?」
「はい。我が力の全ては、あなたのためのものです。マスター」
俺の質問にどこまでも頼もしい声で応えてくれた。
どうやら刀には本当に意思があり、俺を助けてくれるようだ。
「あ、相手が……雪城でも、いいのか?」
「もちろんです。それがあなたのご指示なら……」
月明かりに照らされた刀が妖しく光った。
「だったら、よろしく頼む! 雪城から守ってくれ」
俺は立ち上がり、刀をつかむ。
体中に湧き上がってくる不思議な力は、昨日感じたものと同じ。
いや、それ以上に頼り甲斐のあるものだった。
さっきまで朧気だった魔力というヤツを、全身に感じる。
夢なんかじゃない。これは現実の話なんだ。構えなきゃ殺される。
生き残るため、俺は恩のある相手、雪城に刀を向けた。
※ ※ ※
どうしてこんなことになったのだろう。
そもそもで言えば、俺はあの時、雪城を守ろうと思っただけ。
それがどうして、逆に傷つけることになってしまったのだ。
頭の中には疑問だけが浮かんでくる。
目の前では、殺気立った雪城が俺を、いや、ソードを睨んでいた。
ピリピリと張り詰めた空気になっていく。
「いい加減悪ふざけはやめて。そいつ、素人よ?」
「玲菜。確かにあなたは優れた魔力を持つ術者です。しかし、残念ですが雪城家の当主とは認められません」
「な、認められないですって!」
「聖印はどうなさいました? あれを持つ者が当主になる。それは三百年続いてきた雪城家の掟だったはずです」
「うぐっ、そ、それは、そうだけど……聖印は必ず見つけるわ! だから――」
「聖印を持たぬ者を敬う義務も義理もありません」
ソードの意思は固く、揺れる気配がない。
雪城はやれやれと肩を竦め、瑞々しい黒髪を払う。
「私を認めないのはわかった。だったら、どうして彼を認めたの?」
ソードは何も答えない。沈黙の時間が続く。
雪城は急に腕を組み、顎を上げる。
そして、ニヤリと勝ち誇ったような顔を見せた。
「答えないならいい。私の方が優れてるって教えてあげるわ! 赤羽君、もう遠慮はしないわ!」
さっきまで遠慮していたのかはいささか疑問ではあるが、雪城の眼には殺意が溢れんばかりに込められていた。
戦いたくはないが、身を守らなきゃ殺されてしまう。
俺がソードをしっかり握りしめると、まっすぐ延ばされた雪城の手の平から、青い光弾が放たれる。
「くっ!」
物怖じしながらも、飛んでくる魔弾をソードを振り抜き、切りつける。
するとバットでボールを打ったかのように、彼方へ飛んでいった。
ソードによって強化された今の俺なら、この程度の攻撃は問題ないようだ。
「へ、へぇ。やるじゃない。……つ、次はこれよ!」
雪城は拳を握りしめ、圧倒的な速度で俺に向かってきた。
だが、そんな高速の動きも、今の俺なら補足可能だ。
目の前に現れた雪城が放ったのは、腰の入ったハイキックだった。
黒のニーハイソックスを履いた長い足。
黒いショートパンツの隙間から、ちらっと顔を見せた白いパンツ。
シワの数さえもハッキリと捕えることができる今の動体視力。ダメだと思いながらも、どうしてソコに集中してしまう男の性欲。
しかし、見ている場合ではなかった。気がつくと、首でも落とすかのように、どこまでも切れのある蹴りが迫ってきていた。
やばいっ、身をかがめようとすると、ソードが自動で動く。
「マスター、あなたの身はわたしが守ります」
激しい火花が飛び散り、雪城は後ろに跳ねた。
生身と剣で火花が散るなんて異常な光景、どうやら雪城は足を魔法で強化をしているようだ。まともに喰らっていたらと思うと、冷や汗が止まらない。
「ふーん。マスターがのんきにパンツ覗いていても、反応できるんだ。オートガードとか反則ものね。――って、勝手に見るんじゃないわよ! この変態!」
「だったら、そんな格好で蹴りとかやめろよ!」
思わず突っ込んでしまう。
雪城は頬を赤らめつつ、小さく咳払いをする。
「……見たことを否定しないのはいい度胸ね。蹴りも魔法も防いだからって、調子に乗っているのかしら?」
「別にそんなつもりは……」
さすがにパンツを覗いて、調子に乗るのはかっこ悪い。
「いいコトを教えてあげるわ。魔法にはね、三段階あるの。ほぼ無詠唱の簡易魔法。それと詠唱を伴う通常魔法。そして、魔方陣を用いた大魔法よ」
「……それがなんだ?」
「わからないかしら? つまり、さっきまでの魔弾は、一番弱い魔法ってコトよ。ふふふ、二段階目の魔法を見せてあげるわ!」
雪城のそこまでの言葉は日常的だった。
しかし、そこから流れるように始まったのは、わけのわからない発声。
言葉というよりも、理解も発音もできない音の羅列だ。
これが魔法の詠唱だろうか。
雪城の体が蒼く光り始め、辺りが急激に寒気を帯びていく。危険が迫ってきているようだ。戸惑う俺にソードが語りかけてくる。
「マスター、魔法の詠唱をわざわざ待つ必要はありません」
詠唱中に叩き切ればいい。あまりにも正しい意見。
しかし、そんな不意打ちみたいな方法で雪城は納得するだろうか。
いや、雪城が負けず嫌いなのは、今までのやりとりで明白だ。言い訳させないほどハッキリ打ち負かさなければならない。
俺は息を呑むと、ソードを強く握る。
「なあ、ソード。お前ならアイツの魔法を切れるのか?」
「はい。マスターの力添えがあれば、何でも切り捨てて見せましょう」
迫る恐怖は未知なものだったが、俺もソードとならできる気がした。
力を見せつければ、雪城は諦めてくれるかもしれない。
「だったら、待ってやろうぜ。アイツの本気を俺たちの力で叩き返すんだ」
「……承知。全てマスターにお任せします」
ソードは楽しげな声を上げた。
紡がれた雪城の言葉が、その手に強い蒼を灯らせる。
「意外ね。詠唱中に襲ってくるかと思っていたけど――バカなの?」
「そうかもな。お前の本気を打ち破って見せる!」
「じゃあ、お望みどおり、本気の一撃を喰らいなさい!」
雪城のものすごい形相から放たれた、青色の光線。
さっきまでの魔弾が可愛らしく見えるほど圧倒的なパワーだ。
それに向かって、俺は渾身の力を込め、ソードを振り下ろす。
斬撃と蒼の光線がぶつかり合う。
「ぐぬぉぉぉぉぉっっっ!」
「たぁぁぁぁりゃぁぁぁぁぁっ!」
俺と雪城の激しい叫びが続く。力は拮抗し、互いに押し合う形になった。
一歩でも下がった方が、飲み込まれる。
「マスター、私を信じてください」
ソードの言葉を受け、俺はソードを強く強く握りしめた。
すると、ソードと一体化したような不思議な感覚に包まれる。
昨日感じたものよりも、遙かに大きな力が体中を駆け巡った。
これなら、いける。なんだってやれる。
「いけぇぇぇぇっっっ!」
雪城の魔法に一筋の剣閃が描かれた。
「な、なによ、それ……」
呆然としたような雪城の声。
魔法は真っ二つに切断され、俺の左右を通り抜ける冷たい風となり、蒼く、碧く、そして、儚く消えた。
湧き上がる安堵感と達成感。小さく拳を握ると、同時に悲鳴が響く。
目の前では雪城が傷つき倒れていた。
魔法を切り裂いた俺の剣閃が、無防備になった雪城に襲いかかったようだ。
「だ、大丈夫か……」
こぼれるように漏れた俺の声。
俺は自分のしてしまったことを激しく後悔する。
恩を返したいとか思っていながら、やってることは正反対だ。急いで駆け寄ろうとするが、雪城はそれよりも早く、悔しそうな顔で立ち上がった。
全身に相当なダメージを受けているらしく、動きは鈍く重い。
左肩から右脇腹辺りまで、一直線に切れていた。絶対に重傷だ。
俺が痛々しくそれを見ていると、雪城は苦しげに胸に手を当て、何かを呟く。
すると、傷はみるみる回復していき、出血も止まる。
「な、治ったのか?」
「応急処置よ。こんなところで完治させられる大魔法は、用意してないわ」
「だったら、もう無理はしない方が……」
終戦を呼びかけたつもりだったが、雪城の顔が真っ赤に染まっていく。
「か、勝ったとか思ってない? アンタがはじけ飛ぶとこなんて見たくないから、手加減したのよ。――か、勘違いしないでよね!」
決して負けを認めようとせずに、雪城は胸を張った。
これはどうすれば諦めてくれるのだろうか。
「さっき本気の一撃って、言ってなかった?」
「――っ、うっさい! 殺す、何があっても殺す! 絶対に殺すからね!」
容赦なく、雪城から放たれる魔弾の数々。
俺はそれを切り捨てようとして、手を止める。
「ま、マスター?」
慌てた声のソード。咄嗟に動いて、魔弾を弾いてくれた。
だけど、その弾いた魔弾が雪城に飛んでいきそうで、俺は逃げ続けることしかできない。そんな俺を見ていたのか、雪城の攻撃の手がピタリと止まった。
その表情は憂いを帯びたものになっている。
「どうして、手を出してこないの?」
「だ、だって……俺、お前を傷つけたくない……」
泣き言のように漏れた声。
雪城の眉間には、くっきりとシワが寄っている。
「なにそれ? 私のコト舐めてるわけ?」
「ち、違う! そうじゃない。ただ、お前が傷つくのが嫌なんだ!」
慌てて否定をするが、雪城の表情はますます険しくなるだけだった。
「それが舐めてるって言うのよ! いいわ、だったら、そのまま死になさい。私は本気でやるから!」
雪城が空に向けて手を伸ばす。
その瞬間、雪城の全身を黄色い光が包む。
「指輪、首飾り、衣、耳飾り、護符、髪留め――来なさい!」
雪城に声に応じて、次から次に物が姿を表す。
それは眩い閃光を放ち、宙に浮かぶ。
「神器は全部で七つ。ソードだけじゃないのよ。力の差を理解出来たかしら?」
「そ、そんなにたくさんあるのかよ……」
雪城が手にしたのは、六つの神器。ソードだけでもこれだけ力があるのに、六つとなるとどれほどの力なんだ。
恩を返したい思っていた相手と、なぜか本気で戦わなければいけない最悪な状況になっていた。どこで間違えてしまったのだろう。