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「さて、それじゃあ── 騙し討ちの真意を聞こうか」
謁見終了後、スティルとレイサッシュに着いて歩いてきた場所は、神官宮と呼ばれていた。
その神官宮は副神官長以上に、個人の執務室が設けられており、真人はその内の一室であるレイサッシュの部屋に招かれていた。そして、その部屋が土の神官長の物であると聞かされた時、真人は驚きを隠せずに呆然と扉の前に佇むという場面があった。
ある程度の地位は予想していたものの、流石に小柄な少女がたった二人しか居ない神官長とまでは思い付かない。また、姉妹なのだからレイサッシュの属性も火なのだろうと思い込んでいた事が、この事態を招いた原因と云えた。
ただ「入らないなら帰れっ! 」と、嫌悪感丸出しでレイサッシュに云われ、思考停止の迷宮から抜け出した真人はやっと自分を取り巻く状況が見え始めたのだった。
真人の見解。
その1── ミルレーサー姉妹は、違う属性を持ち、またその契約精霊は共に精霊主である。つまり、エリート一家と云う事。
その2── 理由は定かではないが、レイサッシュに嫌われている。それも存在そのものを否定する程に。
その3── ライズは謁見の場で問題にされた程、神格化はされていない。つまり過去の英雄の一人に過ぎないと云う事だ。
まあ、上記の事が分かったからと云って、大局に大きく関わってくるという訳ではない。それでも、意図的に与えられた情報から導いものより、周りに落ちている情報を拾って導いたという事に多きな意味を持っている。
そして今、真人は更なる情報を求め、レイサッシュの部屋のソファにスティルを前にして腰を下ろしていた。
「だって、云ったら逃げるっしょ」
「まあ、な。── あの時の状況なら、余計な責務は受けたくなかったし、逃げないにしても王都には来なかったかもしれない」
「だったら、そのまま西の森で朽ち果てれば良かったのに…… 」
露骨なまでのレイサッシュの突っ込みに真人は思わず、
「なあ、俺、お前に何かしたか? 第一印象で嫌われたとしても、その態度はないだろ」
「アンタに『お前』呼ばわりされる謂れはないわ。
あっ、後、略称を使ったりしたら、潰すんで覚悟しておいて」
「─── なっ! 」
嫌われた原因も分からず、その理由を聞いても答える気がないのであれば、それは拒絶である。
そして、レイサッシュが行っている拒絶は人として最低の事だ。
相性が悪いのであれば、なるべく関わり合いをしないようにするべきだし、どうしても関わらなければならないのなら、上辺だけでも取り繕う。
そういう関係は、互いに伝わるので長続きはしない。それでも理性ある人間ならば、少なくともその程度の努力はしなければならないと、真人は思っていた。
「最低だな── お前」
「は? 殺すわよ」
「あぁ、殺れるモンなら殺ってみな。この状況で手を出したら、それは肯定だ。
最低の人格を理解したまま、長い人生歩んでいけや」
真人の言葉に、レイサッシュは顔を真っ赤にして「ふっ、ふ、ふ…… 」と言葉を詰まらせていた。
「ふざけるな── とでも、云いたいのか?
別に悪いとも思わないので云わしてもらうが、そりゃこっちの台詞だ。
訳も分からず云われまましか動けない中、騙されるわ、理由もなく拒絶されるわ…… 」
── ヤバイ、止まらない。
どんな状況になろうとも、真人は自分の定めた一線を越えないようにしてきた。
その一線とは、自分の意思で何時でも止まる・止める事が出来る事だ。それが出来ている内は自分を律している。だから、失敗しても後悔しなくて済む。しかし、それを守れず失敗したらそこには後悔が生まれる。
「たった一日でいきなり取り巻く環境が全て変わっちまった野郎の気持ちなんて分からねぇだろ」
「はっ! 笑わせんじゃないわよ。アンタこそ、十数年の夢をあっさりと壊された者の失意を理解出来るの。挙げ句…… 」
「レイ、アンタいい加減にしなさいよ」
真人の心境が移ったように、レイサッシュの感情も止まらない。止まれなくなった二人を止めたのは、初めて鋭い声を出したスティルだった。
「─── っ!」
「ス、スティル? 」
「ライズ、アンタもだよ」
その迫力に息を呑む二人。
スティルはその鋭い声を残したまま、真人に視線を向ける。
動揺もあっただろう、自分を律する事が出来なかった負い目もあっただろう。スティルの気勢を受けきる事が真人には出来ない。故に視線を外したのは真人だった。
「私は何も知らないアンタを利用している。知らないアンタが悪いと云ってね。こんな態度取っていても引け目はあるわ。
── それでも、感情を暴走させるアンタを擁護する事は出来ない」
「すまねぇ…… 溜まってもんが吹き出しちまった」
自分で止める事が出来なくなっていた真人は、すっかり熱が飛び、冷静さを取り戻していた。ただ、
「だからと云って、レイサッシュに謝る必然性は一切感じてないけどな」
下らない意地なのは分かっている。それでも非を感じていない相手に謝る事が出来る程、真人は成熟していない。
── 否、時が経ち大人になったとしても、円滑に進める為だけに謝るという事はしないだろう。だからこそ、真人が謝罪した時は本気で謝っているのだと分かる。
「いいさね。今回は明らかにレイが悪い。アンタが思った以上に大人なのは助かるさ」
「そんなぁ…… 」
あっさりとスティルに斬られ、レイサッシュは意気消沈な赴きで真人を見た。
── 謝りたくない。
表情からそれが見て取れる。
「よく分からないんだが、アンタにも思う所があるんだろ? だったら、無理にする必要はねぇよ。
一応、お互い様って事で手打ちにしないか? 」
「── ! 」
真人の手打ち宣言に目を丸くしていたが、その意味を理解したレイサッシュは、
「嫌よ、アンタなんかに情けを掛けられたくない」
「別に情けを掛けてる訳じゃ…… 」
「いいじゃない。情けを掛けられたくないなら、いっそ清々しく謝っちゃいな」
「うっ! 」
再度、スティルに精神的裏切りを受けて、レイサッシュは諦めたようにモジモジし始める。
「わ、悪いなんて思ってないんだからね。でも、確かに当たり散らしたかも知れない。だから…… 」
「了解だ。少なくとも今後、話を聞いてくれるなら無問題だ」
レイサッシュが「ゴメン」の一言を云う前に、真人が遮る。自分が云うのも嫌だが、円滑に進める為だけの謝罪など聞く事はない。その気持ちだけ伝われば充分なのだ。
「── うん、分かった。なるべく聞くように努力してみる」
レイサッシュの言葉に、真人とスティルは苦笑し顔を見合せる。
ここで素直に「聞く」と云えないのがレイサッシュ・ミルレーサーと云う女性の性格なのだろう。スティルは勿論、真人もレイサッシュの取り扱いについて理解したのだった。
「で、アンタの名前だけど── 」
「「ライズ」」
二人でハモるが、レイサッシュは首を横に振り、
「それは認めない。ホントの名前を云いなさい」
セルディアでは「ライズ」を名乗るべきと思っていた真人は、伝えて良いものか、スティルにアイコンタクトを取る。すると、スティルは躊躇いなく頷いた。
「神城真人だ」
「カミシロマサト── 変な名前ね」
「ほっとけっ! 地元じゃ珍しくない名前だ」
「知ってるわよ。異世界村で聞いた事があるニュアンスだもの」
聞いた事のない名称に、再びスティルに目を向ける。
「東の森にある異世界からこっちに来た民が集まっている村さね。レイは東の森の守護を任されているから、耳馴染みしてるのさ」
「異世界からの民が集まる村…… 」
「行きたいのは分かるけどね。今は駄目さ。アンタはもっと知らないといけないんだから。
一寸回り道したしたけど、本題に戻すよ」
確かにその通りだった。
何処に行くとしても、今の真人にはもう一つ強さが足りない。だが、この神官長への儀式対策として、スティルは真人に必要な力の一つである戦闘力を与えようとしているのだ。これを受けずして、謁見時に耐えた意味がないというものだ。
「だったな」
どれ程、伸びる力があるか分からない。それでもこのセルディアで自由に動けるだけの力を求めて、真人の瞳に力が宿るのだった。




