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朦朧とする意識の中、スティルが見た英雄の第一印象は『ひ弱な優男』であった。しかし、その印象は喝を入れる為に、風の精霊術をスティルの腹部に叩き込み、挙げ句「覚醒なら帰れ」とのたまわった事で『自己チューの無礼者』に一新した。
だが、その印象はまたも変わる。
今のスティルにとってライズは『尊敬すべきいい男』になっていた。
ここまではまた別の話になるのだが、いつかスティルの口から語られる事になるだろう。
◆
「ここには色々なものが集まる。その怖さは身をもって知ったはずだが」
「ですね。私は弱い、だからもっと色々教えてもらわないといけないんです。── 例え、無駄になったとしても」
「なれねぇよ」
悲壮な表情で云うスティルを、冷たく突き放すライズ。だが、
「俺と同じで、お前の成長は止まってる。俺が何をしたって何も変わらねぇ。── だから、今ある力を活かす方向に切り替えろ」
突き放すような態度を取りながら、ライズは別の道を指し示す。
─── この人は嘘は云わない。ただ云い方がね。
スティルは少ない邂逅で、ライズの人柄を見抜いていた。
ライズは人との付き合いに慣れていない。誰よりも人の事を考えているのに、それをオブラートに包んで云う事が出来ない。
「私の力を活かす方法ですか? 」
「ああ」
「例えば? 」
聞き返すスティルに、ライズは少し悩んで、
「後人の育成なんてどうだ? 」
「私がです、か? 」
「ああ、もうすぐ力の使い方を知らないヤツが、このセルディアに来る。多分、お前から見ても使えないだろうが、資質だけは保証する」
── 保証?って、この人が。
スティルが唖然として、ライズの顔をなめ回すように見ると、
「何だ、その顔は」
照れ隠しに頬を掻きながら云い返したのだった。
「いえ、師匠が他人を認めるなんて珍しい…… と、云うか初めてじゃないですか」
こうして会話をしてくれていても、スティルを認めるような発言をライズはした事がない。
「お前が俺をどんな目で見てるのか良く分かったよ。
けどな、今回ばかりは認めるざるを得ない。なんせ、否定は自己否定になるからな」
「えっ!って、事は? 」
「お前に託すのは、俺だ。正直、不安が残るがお前しか居ないんでな」
一言多い── スティルはその一言を呑み込み、ライズとの対人スキルの差を見せる。が、当の本人は全く気付く様子がない。
「師匠…… もう少し対人スキル身に付けましょうよ」
「やかましいっ! こんな場所に来るヤツは敵かお前だけだ」
「友好を望む者が来てもシカトするじゃないですか」
スティルがライズの事を報告した後、ファリスは幾度が使者を送ったのだが、出てくる事はなかった。
それでもスティルが信用を失っていないのは、たった一度だけスティル同伴の友好師団の前に現れたからだった。
このままなら確実にスティルは信用を失う。ライズはそれが分かっているからこそ、極端なまでに人を避けていた男のくせにこうして顔を見せた。
まあ、出てきたといっても一切をとり合わず「帰れ」と一言云っただけで、また姿を消したのだが……
「必要なものなら覚えるが、お前の云うところ三百年、必要に感じた事はない」
「今回、必要になった癖に」
「誰の所為だろうな」
ライズの呟きに、スティルは何も云い返す事が出来ない。
ライズが本気で責めていないと知っていても、やはり心の傷として残っているのだ。
「── 私は何をすればいいのでしょうか? 」
「そうだな…… 」
そこからの会話について、スティルは報告しなかった。
理由は二つ──
ファリスに報告すべき事は、嘘偽りなく全て報告した。これによって、真人がライズの生まれ変わりである証明は済んだ。
そして二つ目は、真人が来た事によってスティルが本当にすべき事をする為に、この先の会話は聞かせる事が出来ないという事だった。
「概要は分かりました。では── 」
一方、ファリスもスティルが本当に全てを語っていない事を理解している。だが、報告すべき事をキチリと語り、その話に嘘がないのなら追求の必要なしと配慮する。
「新しい神官の承認をしましょう」
『御意』
スティル、デュランダル、ウォッカが声を揃え応えると、真人は小さく息を吐き、少しだけ緊張を弛める。
── これで終わりならいいんだがな。
スティルが色々企んでいると公言していたのだ。ライズという名の意味を隠していただけで済む訳がない。寧ろ、これは真人に対する単なる嫌がらせなのだから……
── 完全にもう一人の俺への当て付けだよな。…… ったく、勘弁してくれよ。
そして、その予感は的中する。
「さて、スティル殿。新しき神官となられた方の契約精霊はジン様ですよね。さすれば、承認に続いて神官長になる為の儀式を行う必要がありますな」
「ええ、そのつもりですわ。デュランダル将軍」
── は?
その時やっとスティルの狙いが分かった。
だが、既に時遅し。真人を神官長にする為の車輪は回り始めている。
「しかし、ライズはまだ何も知らない素人同然です。この状態で模擬戦だとしても、騎士団長との戦闘を行わす事はできません」
─── ナニイッテンダ、コノアマ。
スティルとデュランダルの会話を、真人はこめかみの辺りに血を集めながら聞いていた。
「これは英雄の生まれ変わりとは思えない弱気な発言ですね」
「いえいえ、生まれたての雛に過分な期待をかけるのはどうでしょう。
ただその資質には確かな保証があります。だから一ヶ月の期間を頂きたいですわ」
「資質が保証されているなら、一週間もあれば充分でしょう」
スティルの謀略に腹を据えかねていた真人は、目の前で行われている交渉に怒りを倍増させた。
── ふざけんなよ。重責を背負わされる上に、戦闘のプロである騎士と戦わされてたまるかっ!
真人の目的は建前上、信司に会う事。そして、もう一度、秀明と裕司に会う事だ。それ以外に時間を割くつもりなど毛頭ない──と、そのつもりだった。
ここで真人が騒ぎ立てれば、全てを無に戻す事は出来る。だが、真人自身の弱さがそれをさせなかった。
どの世界でも弱い者は、強い者の庇護下に置かれる。
今までは精神的な強さがあれば、乗り越えられる壁だけだったが、このセルディアでは更にもう一つ必要だった。
それが戦闘力、権力、財力どれでも構わない。
「では、二週間。これ以上は罷りません」
まるで商人のようにスティルが云うと、デュランダルは苦笑いをしながらも了承し、初めて真人に言葉を掛けた。
「それではライズ殿、二週間後にまた。
── あっ、そうそう私の部下はそれなりの実力者揃いです。単なる模擬戦と侮れば、怪我では済みません。心して下さい」
「ご丁寧にどうも── 」
完全に侮った発言に、真人の返答も御座なりになる。ただ騎士道に準じないデュランダルの顔に、真人は何か不吉なものを感じ得なかった。
そのままデュランダルは去り、続いてウォッカも去る。そして、ファリスも去ろうとするが足を止めて、
「ライズ殿、色々戸惑う事も有りましょう。それでも、私は── 否、我がラフィオンは貴方に期待しております。
身勝手な期待だとしても、受け入れお力添え下さいね」
「ご期待に応えられる自信は、今の私にはありません。ただ── 出来る限りの努力は怠りません」
「誠実ですね。ならば、今は私個人の期待に留めておきましょう。
それとスティル、後で私の部屋へ。ゆっくりと話したい事があります」
真人に語り掛けたように微笑んでいるものの、ファリスの目は笑っていない。そして、そのままスティルの返事を待つ事なく姿を消す。
「おい、完全に陛下にバレてるぞ」
「みたいだね~。ま、必要な事は云ったからおとがめはないだろうけど…… 」
「んじゃ、陛下の前に俺への説明を求む。
隠し事なら兎も角、騙しはちぃーとばかし不誠実だろ」
「ま、そーさね」
曖昧に返事をして、スティルは残っていたレイサッシュを呼び、真人を置いて歩き出す。
── ったく、今回だけはのらりくらりやり過ごせると思うなよ。
スティルの態度から話を聞くだけでは、騙されるだけだと真人は判断する。
騙されない為には、知る為の努力が必須なのだ。
生まれたての雛が、その巣から飛び立とうとしている様がそこにあった。




