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恒久の無限軌道  作者: えくりぷす
第ニ章 セルディア
20/65

6

 扉が開かれた後、真人は真っ赤な絨毯の上をスティルとレイサッシュの後ろを頭を下げてついていった。

 そして、玉座の手前で二人が膝を折るとそれに合わせた。程なくして、


「面を上げなさい」


 王というには優し過ぎる声が三人の耳に届く。


「「はっ」」


 スティルとレイサッシュは、声を揃えて応じた。そして、真人は二人が顔を上げた事を気配で悟ると、声を出す事なく顔を上げて王を見た。


 声を聞くまで全く想像していなかったが、真人が玉座を確認すると、そこには軽くウェーブが掛かった白髪の女性がそこに居た。そして、その右側に文官、左側に騎士が立っている。

 文官は白を基調としたローブを纏い、年の頃なら六十代。どちらかというと柔和な顔立ちをしていた。そして、騎士は白銀の鎧を纏い、三十代の精悍な顔立ちをしている。


 ─── なるほど、有り得る話だったな。


 セルディアの一国、ラフィオンは女王が治める国だったのだ。


「スティル、ご苦労様でしたね」

「勿体無いお言葉です。ファリス様」


 女王ファリスは、スティルに労いの言葉を掛けると、真人に視線を向ける。


「それで、その者が」

「はい、契約の儀を行わずして精霊と契約をした異質の精霊使い。筆頭宮廷魔術師マルガ様の星読みにて、予言された西の森で発見し連れてまいりました」

「では、この度の謁見は、神官承認という事で間違いありませんね」

「はい、相違ありません」


 淀みなくスラスラと報告をしている様を、真人は黙って見ていた。

 そして思う。

 予定調和だな── と。


 ファリスとスティルのやり取りは、あっさりとし過ぎて無駄がない。二人で前以て決めた事を、そのまま行っているだけなのが丸分かりだった。

 ファリスの横で聞いている騎士と文官の顔も「コイツら」と、いうようなものになっている。

 だが、そんな事を行っている二人が、意味もなくやっていると考える者はここにはいなかった。


 ─── ここからがスティルの色々企んでいる事になる訳だ。


 これからファリスより聞かれるであろう事に備えて、真人の顔が引き締まる。


「新しい神官候補よ。名は?」

「ライ── っ! 」


 ライズと云いかけて、真人は言葉を呑み込んだ。


「ライ? 」


 ファリスを筆頭に、文官や騎士も怪訝な表情を浮かべていた。


「陛下に失礼ですよ。早くお伝えなさい」


 戸惑う真人にスティルは急かすように云う。


「い、いや…… 」


 真人が云い澱んでいるのは、自身で選んだ名前にラストネームが無いという事に気付いたからだった。

 図書館で秀明が云っていたが、状況が状況だっただけに覚えていない。


 ─── 適当に云って有り得ない名前だったら、どうしようもないな。


 少し悩んで真人は「ライズです」と、そのまま伝える事を選択した。

 しかし、


「「─── なっ!」」


 騎士、文官の顔色が変わる。その一方でファリスは平然とし、スティルはしたり顔。そして、レイサッシュは苦虫を噛んだような顔をする。


「貴様っ! その名が持つ意味を分かって口にしたのだろうな」

「へっ…… 」


 文官は怒りを超え、憎悪まで昇華させた顔で真人を睨む。


 ――― おいおい、何だよそれは。

 ラストネームを名乗らないから失礼だと云うなら理解出来る。だが、ここに居る者達が反応をしたのが「ライズ」という固有名詞になのだ。一瞬、スティルに担がれて大変無礼な言葉を発したのかとも思った真人だったが、もっと重い何かを感じていた。


「スティル殿。これは些か悪乗りが過ぎるのではないか? 」


 意外な事であったが、文官より騎士の方が落ち着いているようだっだ。だが、その身に感じている不快感を隠そうとはせずスティルを糾弾する。


「悪乗りとは心外ですね。デュランダル将軍」


 そして、スティルは高みにいる騎士デュランダルを見上げ一歩も退かない姿勢を見せた。


「ほう、我が国を守護する英雄の名前を持ち出しておいて、それか。神官を纏める立場にある貴殿とてその罪は許されるものではないぞ」


 スティルはニヤリと不敵な笑みを浮かべ「罪? 」と聞き返す。それは、自分の非を認めないとする主張でもあり挑発行為でもあった。


紅の焔(スカーレットフレア)、己が二つ名に掛けて恥じる事はないと云い切れるのか? 」

「ええ、当然ですわ。今更と云われるかもしれませんが、マルガ様に星読みを依頼したのは私ですから」

「云っている意味が今一理解出来んな」


 デュランダルが分からないのであれば、それ以上に真人には分からない。

 話題の中心にありながら、迫害されているようで気持ちの良いものではなかった。それでも、話はどんどん進んで行く。


「簡潔に申し上げれば、このラフィオンに英雄の加護はもはやありません。

 これは本人から、私が確認した確かな事です。そして、もう一つ── 」


 ─── ちょっ、ライズは存命なのか?


 スティルの言葉で真人が固まる。

 裕司は真人がライズの生まれ変わりだと、云って憚らなかった。

 真人は、生まれ変わりはあるとしても、自身がそんな英雄などとは思っていなかったが、そう信じる者には根底から全て覆される事だった。



「ここに居るライズは、間違いなくライズ・クラインの転生者である保証も賜りました。

 嘘偽りない報告をして、恥じる事はありませんわ」

「なるほど── しかし、そうなると陛下も人が悪いですな。

 既に報告を受けていたにも関わらず、私とウォッカ殿に隠していたのですから」


 ウォッカと呼ばれた文官は頷き、ファリスに視線を送る。


「残念ですが、私は詳細の報告は受けておりませんよ。── ねぇ、スティル」

「はい」


 皆の視線が、ファリスからスティルに変わる中、真人だけが完全に蚊帳の外だった。

 それでも、着いていけないからといって話を聞かなければ、少しでも分かる事すら無くなる。

 真人は一言一句聞き逃しをしないように、スティルに意識を向けた。


「私は、全て一任して頂けるよう陛下に嘆願しただけですわ。

 それ以外の事は、全て事後報告と云う事で快く了承頂きました」

「まったく、陛下はスティル殿に甘過ぎます」


 ウォッカは参謀のプライドからか、憮然と云い放った。


「そう云われると返す言葉はありませんね。

 しかし、スティルは伝説の精霊使いと唯一コンタクトが取れる者。敵対しないのならば、その意思は尊重すべきだと考えているわ」

「心配り、痛み入ります」

「ただね。── この場で必要な答えを返さないのであれば、その特権は剥奪せざる負えない。

 分かるわね、スティル」

『─── !』


 その時、その場に介した全ての者が息を呑み、ファリスの前で膝を折った。

 これまで感じられなかった王の威厳が、確かにそこにある。

 王という概念の薄い真人ですら、立ち尽くすのは失礼と皆と同時に動いたのだから恐れ入る。


「はっ! これまでの経緯を余す事なく、お伝えする事を炎の神官スティゴールド・ミルレーサーの名において誓います」

「ええ、お願いするわ」


 スティルの宣誓後、ファリスの威厳は嘘のように消えた。だが、だからと云ってスティルは嘘や偽りで濁すつもりなどない。


 スティルは、英雄であるライズとの会話をその時のままに話し出したのだった。




 ◆



「── 師匠。隠れてないで出てきてくださいよ」


 ラフィオンの北に広がる森の中、大岩がある場所でスティルの声が響く。


 ラフィオンは、四方森に囲まれている国だが、北と南には守護者がいるとされていた。

 されていたというのは、それまで守護者の確認をした者が居なかったからなのだ。しかし、この三百年、ラフィオンは北と南から侵略者の進行を許した事はない。

 また、今は同盟している国からの情報で、ラフィオン侵略の際、たった一人に敗走したという記録が残っていたのが、その信憑性を高めていた。

 そして現在、その存在を認識する者がスティゴールド・ミルレーサーだった。


 とある事件に巻き込まれたスティルを助け、その時の縁にて今は師匠と弟子の関係にある男、ライズ・クライン。

 三百年前の世界に生き、伝説の精霊使いとして名を残す存在── そんな居るはずのない存在(もの)が、守護者の正体だった。


「また、こんな所まで来やがったな」


 そう云って、大岩の側に現れる男。


「そんな事云われても、ここに来なければ師匠に会えないじゃないですか」

「存在しない存在(もの)に会いに来るな」

「もう、またその問答ですか。云うだけ無駄なのに」


 スティルの台詞に、ライズはやれやれという表情を浮かべる。そしてその顔は、神城真人と全く同じものだった。



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