Don’t Worry Be Happy
敷地内に拵えた小さなログハウスの屋根は、ほぼ水平に設計してある。
周辺の木が、適度な日影を投げかけていた。
シェリフは屋根の上に寝転んで、数式と戯れていた。
エドモンの好きな曲が口笛で聞こえてきて、肘の分だけ身を起こす。
〝Don’t worry be happy〟
もう昼食の時間か……?
影の具合を見て、シェリフはちょっと眉を寄せる。まだ早いように思う。
半身を起こすと、木陰から一人で現れたアルベールの姿が見えた。
家の脇に固定した梯子の所まで来ると、上がっていい? と父は好奇心いっぱいの顔で見上げてきた。いいよ、と笑って諒承すれば、軽々と登ってくる。
屋根の上に立って、アルベールは辺りを見回した。見えるのは、せいぜい濃く繁った林の枝葉のみだ。それでも愉快そうに訊いてくる。
「トム・ソーヤとハックルベリー・フィンの真似をするの?」
「友人の世界を体験できるんだ」
語弊を承知で告げ、立てた片膝に頬杖をつく。
同じような恰好で腰を下ろし、父は静かに言った。
「長いこと葉書をくれていた人が居たね。二年前くらいからくれなくなったけど……元気なのかい?」
別の意味で受け取られそうだが、事実を口にする。
「まぁ、多分。彼の世界で、今年の春頃から」
そう……と、やはり父は表情をかげらせた。
母が行ったことのある世界だと教えたら、更に誤解するか、若しくは、踏み込んでいってしまう。そうそう事細かに説明するわけにもいかなかった。
老後を楽しむような心境にでもなったら、送り出してみるのもいいかもしれないが。
「そのうち、流星群でも観測しようかと思ってる」
話題を転じてシェリフが夏の青空を仰ぐと、アルベールは仰向けに寝転んだ。おー、こりゃいいね、と上空を見る。
「せっかくだからローズを誘ったらどう?」
「……なんでいつもローズなの」
アルベールは、ふにゃりと笑んだ。
「昔、オレリアがローズをあずかった時、シェリフの友達になれそうな子だと思ったんだ。歳も近かったし」
「ふぅん?」
あの年頃で三つも離れていたら、随分と差があったような気もするけれど。ローズがマーニュ家に初めて来たのは、シェリフが三、四歳の時分だ。
「シェリフは、もう何ヵ国語かマスターしかけていたな。色々と自信満々だった。一方のローズは、とても自信が無さそうで、俺に気づくと慌ててオレリアの後ろに逃げ込んでた」
何やら今と大して変わっていない。
容易に幼いローズが想像できて、シェリフは頬が緩む。アルベールは頭の後ろで両手を組んだ。
「二人足したら、丁度いい感じになりそうだと思ったんだよなー」
ていうか、これまで友達としてローズを推してたのか?
胸中に、いささか複雑な気分が訪れる。
自分に呆れて、シェリフは鼻で息をついた。
「さっきの口笛、エドモンが好きだよね」
「あぁ、俺の執事をしていた頃からだな。俺も〝Que sera sera〟より好きになっちゃった」
楽しそうな曲と、はにかんだ顔で話していたローズが浮かんで。
複雑さが割り増しされた。
どうも悔しい。
悔しいので、アレンジを加え、かの曲をピアノのレパートリーに入れようと決める。
取り敢えず、C六号が柔術をマスターするより早く。
「何かやる気になってる顔だ」
アルベールが無邪気に白い歯を覗かせる。「ローズ、結構、美人だもんね」
「いちいちローズを持って来なくていいから。父さんの言い方は紛らわしいよ」
「そう?」
とぼけた顔で、アルベールは例の曲を口笛で吹き始める。
夏空を仰げば、小鳥が羽ばたき、高らかに上昇していった。
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