第46章 ビーラブドラバーボーイが海外でバズり始めた
約11年前にリリースした、【ビーラブドラバーボーイ】がユーチューブやスポティファイでバズり始めた。フランスの女性が流暢な日本語で歌っている画像がきっかけだった。それで美織にもう一度スポットライトを浴びる機会が訪れた。美織は40歳を超えていた。が当時の映像が今もオフィシャルで流れている。その折、宮園未来社長は原盤を焼き直すと言い始めた。この時原盤権はABCレコードに帰属していた。美織には著者権しか入って来ないとわかりABCレコードと話し合いを持った。CDの売り上げの30%をバックするとまとまった。1枚1000円だから1枚売れば300円貰える計算になり、作詞作曲権と歌手の著者権を入れるとそれ以上だった。CDジャケットは現在の姿で撮りなおした。そして、新バージョンを発売するとたちまち売れた。美織も表舞台に引きずりだされた。嬉しい誤算であった。が結婚が先に延びた。奥田清とはデートをかさね。日本各地にカメラを片手に撮り鉄を二人でしていた。その頃、美織の新潟市への転勤も話しがでていた。新潟市吹奏楽部強豪の東京学館新潟高等学校への転勤の話があったが吹奏楽部顧問が美織に対して反対だった為、その話はなくなった。吹奏楽部弱小の新潟第一高等学校が手をあげて、この高校の吹奏楽部をメジャーにおしあげていった。先に断った高校を打ち負かしての代表だった。清と美織は新潟市内に新居を構えて結婚した。新居が出来てすぐ美織は新潟市内に引っ越し新しい生活を始めるとともに盛大な結婚式をあげた。美織の仲間が全員出席してくれた。宮園会長、宮園未来社長、宮園渚さん。筒井マネージャー、遠藤マネージャー、未来、長谷川社長、佐藤社長、成田社長、竹下さん、今後、美織の作った曲で大スターとなる錦織紗友里や新人歌手5名他マネージャー、新人事務員3名などが駆けつけお祝いをしてくれた。花嫁のウェディングドレスが素敵過ぎて文句無しの結婚式だった。美織が結婚式で歌った曲は成城学園中学校軽音部で初めて聴いたボンジョビの【bedof roses】(安楽な境遇)を情熱的に歌ったのだった。勿論、オーケストラは郡司さんが率いる郡司オーケストラたった。その頃、ビーラブドラバーボーイ旋風は世界のトレンドになっていた、40歳になった美織はテレビ出演もした。そして、1年後男の赤ちゃんが生まれ、2年後に女の赤ちゃんが生まれた。幸せな日々が続いた。二人の撮り鉄は勢いを増した。写真集まで出版した。中井精也さんの監修の元で二人は撮り鉄仲間から歓迎された。美織はABCレコードのロゴと名前の入った背番号は99の赤ジャージでいつも目立つ格好していた。日曜日には二人で全国のローカル線を回っていた。中でも美織は福島県の只見線が好きだった。
この作品は長くなりました。これにて終了いたします。長い間お付き合い有り難う御座いました。次回作品は、タイトル【どうかしてるわ/obsesshon】ミステリーホラーになります。投稿欄より後日お知らせいたします。作者。




