エピソード20:王妃が母に戻る時
エタン魔導国から最新鋭の「魔導ホバー」で帰還したナバールとアルテオ。
正式な同盟の調印を終え、張り詰めていた空気が緩んだその時、
気丈に国を守り続けていたアイリス王妃に、ある変化が訪れます。
地獄の二日間を乗り越え、私とオーウェンを乗せた魔導ホバーは、轟音とともにドラグーン王国の王都に到着した。
底面から噴き出す魔力で浮上する巨大な鉄のソリは、城門前で大きな人だかりを生み出していた。
「最高だ! やはりこの出力なら、空気抵抗を考慮すれば時速二百まで出す必要はなかっ……」
アルテオは疲労の欠片もなく機体から飛び降りると、好奇心旺盛な国民たちに向かって目を輝かせた。
「皆、聞いてくれ! これが世界初の魔導ホバーだ! 見ての通り車輪はない! 強力な魔力炉で発生させた磁場と反発力を利用し、地面を数センチ浮上しているんだ! 時速二百キロを出しても安定するんだぞ!」
私は、頭痛と吐き気に耐えながら、即座に彼の腕を掴んで制止した。
「アルテオ! まずは母上の元へ。君の技術講義は、無事にすべてが片付いた後でいくらでも頼む」
私とオーウェンは、アルテオの訪問が、亡き父を弔い、母を見舞うための、一時的な弔問と援助だと信じて疑っていなかった。
王城の謁見室。母上は厳格な顔つきで私たち二人を出迎えた。
そして、久しぶりに見る甥のアルテオに対し、一礼を返した。
まず、アルテオがエタン魔導国の国王として、公的な使者の役割を果たした。
「アイリス王妃。亡きアラン王の逝去に心より哀悼の意を表します。この度の貴国からの支援要請、並びに同盟の提案に関し、エタン魔導国は全会一致でこれを受諾しました。魔族の脅威に対し、エタンは軍事力、技術力、及び資金援助を全面的に行うことを、ここに約束いたします」
私は、その堂々たる約束に心から安堵した。
これで、国は支えられる。
公的な報告と感謝が終わり、アルテオが一歩下がり、謁見室の緊張が緩んだその瞬間だった。
母上の、仮面のように保たれていた厳格な顔が、一瞬にして崩れ去った。
思えば母上も、私も、父の死からその感情をあらわにすることはなかった。
悲しい、辛いという気持ちよりも、国や民のことを優先して考えてきたからだ。
今、公務もひと段落し、私とアルテオの顔を見て、張り詰めていた糸が切れたのだろう。
母上は駆け寄り、私とアルテオを同時に、強く抱きしめた。
その瞬間、堪えていたすべてが崩壊したかのように、母上は声を上げて泣き始めた。
「……ナバール、ナバール! 私の、大切な子……!」
背中に回した腕に力がこもる。母上は王妃の威厳を完全にかなぐり捨てていた。
嗚咽が止まらない。私の肩は、あっという間に母上の涙で濡れた。
「アランが……あなたの父が死んでから……私は、怖くて仕方がなかった……!」
震える声で、母上は続けた。
「私が弱さを見せたら、国中が、あなたまでが不安になる……そう思って、毎日、ただ笑って、厳格な王妃のふりをしていたの……。誰も、私の胸の内を知らない……」
父が亡くなった後、ずっと気丈に振る舞っていた母上。
その姿の裏にあった途方もない重圧と孤独が、今、私たちにぶつけられている。
私は安心した。
王妃ではなく、ただの母に戻ったからだ。
「ナバール、アルテオ……本当にありがとう。無事に帰ってきてくれて……無事でいてくれて……!」
私は何も言わずに、ただ母上を抱きしめ返した。アルテオもまた、優しく母上の背中を撫でている。
落ち着くまで、私とアルテオは、静かに母を抱きしめ続けていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
王としての顔を脱ぎ捨て、一人の母として、一人の妻として涙を流したアイリス。
ナバールにとっても、母が弱さを見せてくれたことは、何よりの救いだったのかもしれません。
固く結ばれた三人の絆、そしてエタン魔導国との全面同盟。
ドラグーン王国の逆襲の準備は、着実に整いつつあります。
次回、新体制となった王国の次なる一手とは。
物語はさらに熱く動き出します!




