忘れ去られた場所
下町の北端、老朽化した建物が連なる通りの外れに、それはあった。
かつて教会だったというその孤児院は、今や色褪せた木扉が軋むだけの静かな場所。貴族たちの地図にも記されていない、小さな世界の端っこだ。
薄曇りの空の下、古書店の隠し通路を抜けた四人は、それぞれ地味な外套をまとい、静かにその門を叩いた。
「……失礼します。こちらは、子どもたちが暮らしている場所でしょうか?」
コーデリアの小さな声が、古びた扉に吸い込まれる。
やがて、ぎぃ……と軋む音とともに扉が開く。
現れたのは、やせ細ってはいるがどこかやさしげな女性。年の頃は四十を少し過ぎたあたりだろうか。灰色の修道服に似た衣を身につけ、訪問者たちを目にして驚きの色を浮かべていた。
「まあ……こんな場所に、お客様だなんて…。…いったいどちら様で?」
アンドリューが一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。
「お騒がせして申し訳ありません。我々学者をしております。現在子どもたちの暮らしに関心があり、どうしても一度、現状を見ておきたいた思い訪ねてまいりました。」
女性は戸惑いながらも、どこか嬉しげに小さく笑った。
「まぁ……それでしたら。うちの子たち…訪問客なんて初めてですから失礼をしてしまったらごめんなさいね。…どうぞ、お入りください」
そうして四人は、朽ちかけた廊下を抜けて、薄暗い広間へと通された。
床には綻びの多い敷物、壁のあちこちには水染みが広がっている。けれど、その場に集まった子どもたちの瞳は、驚きと好奇心でいっぱいだった。
「こんにちは!」
コーデリアが明るく手を振ると、最初は警戒していた子どもたちが、少しずつ彼女のもとへと歩み寄ってきた。
「絵本、持ってきたんです。読んでもいい?」
開かれたページに、子どもたちの目が輝いた。文字をなぞるコーデリアの指に、小さな指がそっと重なる。読み書きを覚えたがっているのに、紙も筆もない――それでも、彼らは言葉に飢えていた。
その様子を、アンドリューとユリウス、アレッサンドロが黙って見守っていた。
やがて、奥から咳き込む音が聞こえる。
アレッサンドロが振り返ると、ベッドに横たわる老人の姿があった。痩せ細ったその身体は、まるで骨と皮だけになっているようだった。薬も、温かい食事も、清潔な寝具すら足りていない。
「……今すぐどうこうは、できないかもしれない。でも……」
アレッサンドロは、手にした水差しの温もりを感じながらつぶやいた。
「……こういう人がいるって、知ることすらなかった。それが一番……怖いことなんだよな」
その夜、四人は再び隠し通路を通って古書店の裏へと戻ってきた。
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがて、アレッサンドロがぽつりと呟いた。
「……ここまでだなんて、思ってなかった」
静かに頷くコーデリア。その手には、絵本と共に持っていた小さなノートがあった。
「まずは、何ができるかリストアップしていきましょう」
そう言ってペンを取るコーデリアに、ユリウスがすっと紙束を差し出す。
「必要な物資、足りていない医薬品、教室として使えそうな空間……覚えている限り、書いていこう」
アンドリューは窓の外を見つめながら、静かに言った。
「明日から、少しずつ始めよう。目立たないように……でも確かに、変えていけるように」
アレッサンドロは拳を握った。
「……王子。俺、本気で手伝いたい。できることがあるなら、全部やりたい」
王子は、そんな彼に微笑んで頷いた。
「頼もしい仲間がいてくれて、心強いよ」




