びわスイーツ
びわの実が入った木箱がいくつも運び込まれ、公爵家の厨房はふんわりと甘く上品な香りに包まれていた。
「…これは、なんとも可愛らしい実ですねぇ」
ベルフィオーレ家の料理長・グランツがつぶやく。恰幅の良い中年の男で、普段は鋭い眼差しを持つが、今は興味深げにびわの実を手のひらで転がしている。
「柔らかくて繊細な味。酸味は控えめで香りが良い。……これは、菓子に向いているな。山に自生しているのは見たことがありましたが、まさかこんなに美味しいとは」
「前世では、コンポートやゼリー、タルトにするのが定番でした」
コーデリアの言葉に、グランツの眉がぴくりと跳ね上がる。
「タルト、ね……。果汁が出すぎず、食感が保てれば、かなり上質な一品になるでしょう」
料理人たちが動き始める。果実を丁寧に剥き、砂糖とレモンで軽く煮たもの、リキュールに漬けたもの、刻んで生地に練り込んだもの――数々の試作が生まれていく。
「冷やし固めたゼリーなら、夏の贈り物にもなりそうです」
副料理長が試作したゼリーは、透明感のある琥珀色で、見た目にも涼やかだった。
「お茶会で出したら、貴婦人たちの話題になるわね」
レティーシアがスプーンですくい、口に含んで微笑む。
「……香りが口いっぱいに広がって、喉ごしがとてもなめらか。これは、暑い日にぴったりだわ」
一方、焼きたてのタルトを前にグランツが腕を組む。
「生地との相性はいいが、果実が柔らかすぎて崩れやすい。……下処理を工夫すれば、もう少し締まる。蒸してから水気を抜くか、寒天で軽く固めてもよさそうだ」
「食感が残ってるのがいいですね。歯ざわりが楽しいです!」
試食したユリウスの言葉に、コーデリアも頷いた。
「びわは、見た目よりもずっと繊細なんです。扱い方次第で、上品にも素朴にも仕上がる。だからこそ、幅広い人に届けられるお菓子になると思うんです」
「……素朴な美しさ、か」
グランツは焼きたてのタルトをもう一切れ取り、じっくりと噛みしめながら言った。
「菓子ってのはね、誰かの記憶に残るような味ってのが一番価値があると思うんでさぁ。案外、こういう素材が生み出すものなのかもしれん」
その日の厨房は、いつになく熱気と笑いに満ちていた。
焼き上がったびわタルトの香ばしい匂い、ほんのり甘いコンポートの湯気、涼やかに揺れるゼリー――
ベルフィオーレ家の厨房で、新たな特産品が生まれていた。
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公爵家・広場前での試食会
春の陽光が心地よく降り注ぐ午後。
公爵家前の広場に仮設された白布の天幕の下には、びわを使ったお菓子がずらりと並べられていた。
コンポート、ゼリー、タルト、びわジャム入りのビスケット、そして香ばしく焼き上げた小さなパウンドケーキなど…。
「おお、これが噂の“びわの実”か……」
「甘い匂い……初めて見るけど、うまそうだな」
市場帰りの親子、農作業を終えた夫婦、子どもたちの手を引く母親たち――
普段は公爵家に近づくこともない人々が、目を輝かせながら集まっていた。
「ひとり1種類ずつ、ぜひお召し上がりくださいね」
そう声をかけるのは、コーデリアとユリウス、そして厨房から同行した料理人たち。
「……これ、ほんとに貰ってもいいの?」
びわ湿布を試したことのある洗濯場のルチアが、戸惑いながらつぶやく。
「もちろん。今日はみなさんに食べてもらって味の感想を聞かせて欲しいんです!それだけで嬉しいんです」
コーデリアが優しく答えると、周囲の空気がふっと和らいでいった。
「このゼリー、つるんってしてて、冷たくておいしい!」
「私はこの柔らかい甘煮が好きだわ。優しい味ねぇ……」
「タルト、サクサクしてて……これ、特別な日に食べたい!」
子どもたちはびわゼリーに目を輝かせ、母親たちはゆっくりと焼き菓子を味わいながら感想を言い合う。
料理人たちは一人ずつ丁寧に耳を傾け、紙にその声を書き留めていた。
「こんなに喜んでもらえるなんて……思ってた以上だ」
ユリウスが感慨深げに呟くと、コーデリアも静かに頷く。
その時、小さな男の子が顔を真っ赤にして、コーデリアの前に立った。
「おねえちゃん……この、びわのクッキー、すっごくおいしかった。ぼく、大人になっても忘れない、すごく、すき」
コーデリアは思わず胸に手を当て、優しく微笑んだ。
「ありがとう。……その言葉、わたしもずっと、忘れないわ」
その日、ベルフィオーレ領の広場には、
たくさんの笑顔と、びわのやさしい甘さが、春風のように広がっていった。




