実も葉も種も!
執務室の中。ベルフィオーレ家の主、アルベルト=ガブリエーレとその妻レティーシア=フィオレンツァが、机上の報告書に目を通していた。
「……以上が、びわチンキの試作と試用の記録です。対象者は市井の者を中心に三十名、軽い症状に対して高い効果を示しました」
報告を終えたアレッサンドロに続いて、ユリウスとコーデリアが静かに頭を下げる。
「びわは…コーデリアが言っていた“前世の知識”とやらに基づくものなのだな?」
アルベルトが興味深げに尋ねる。
「はい」
コーデリアは真っ直ぐに父の目を見て頷いた。
「でもこの世界では、それは“偶然の発見”として扱われた方が良いと思います。特定の誰かが特別というふうにはしたくありません。」
その言葉に、レティーシアが柔らかな笑みを浮かべた。
「民が癒され、笑顔になるのなら――偶然知り得た事を広めるため、私たちが支援しない理由などありませんわ。ねえ、アルベルト?」
「もちろんだ」
夫はゆっくりと頷く。
「この偶然の産物に、領の名を冠する必要はないだろう。…とは言え粗悪な模倣品が“びわチンキ”を名乗り、信頼を損なうような事態は最も避けなければならぬ。品位を保つためにも、適正な価格で“特産品”として取り扱おう。そして、利益を独占する事が無いよう、またびわ自体が市井へ自然と広まり育つよう耕作地を増やし、公爵家の温室の一部も明け渡す事とする。」
コーデリアは、思わず胸に手を当てた。
「……ありがとうございます」
それに合わせるように、ユリウスも深く一礼する。
「…模倣の問題なのですが…」
ユリウスが言葉を継ぐ。
「将来的に、他の領地や商会が利益のために粗悪な類似品を製造し、“びわチンキ”と称して売る危険があります」
「薬効がない、あるいは害のあるものが出回れば、“本物”まで疑われることになります」
リュカが低い声で静かに頷いた。
「それを防ぐために、“保護制度”を整えておくべきかと思います。」
アレッサンドロが立ち上がり、机から一冊の記録簿を取り出す。
「王都の錬金術師協会と薬剤管理組合に“製法と処方の登録”を申請します。これにより模倣や無断製造への訴訟が可能になるはずです」
「名前も品質も“公的に守る”ってことね!」
コーデリアの声が少し高くなった。
「独占ではなく、信用を守るための措置として妥当だろう。」
アルベルトが静かに補足する。
「それに、もし王室の後援も得られれば、その信頼性はさらに増すだろう。皆のためを思うなら最善だと私は思うよ。」
「はい。……それが、一番大切なことです」
コーデリアは、深く頷いた。
その時、リュカが新たな話題を口にした。
「ところで、びわの“実”についてなのですが……。果肉には薬効は乏しいものの、香りが良く、甘みもあって女性や子どもには特に好まれる味です」
「前世では、コンポートやゼリー、タルトにしたびわスイーツが人気でした」
コーデリアも自然に話を継ぐ。
レティーシアの瞳がふっと輝く。
「それは……とても良いわね。領内の菓子職人たちに、試作を依頼しましょう。市場での販売も良いし、社交の場で振る舞えば、領の新たな魅力にもなるかもしれません」
「びわの葉は薬に、種はチンキに、実は菓子に……」
アルベルトも静かに頷く。
「まさか、すべての部分がここまで活かされるとはな」
「まずは苗木の増産と、実の保存法も確立しましょう。塩漬け、砂糖煮、乾燥びわ――方法はたくさんあります」
リュカが記録帳にさらさらと書き込みながら答える。
「ユリウスの好きなびわがまさかこんなに凄いなんてね…。」
ぽつりと呟いたコーデリアの横顔をユリウスは愛おしげに優しく見つめていた。




