第41話「記録の外へ」
『リセッター 〜目覚めたら百年後だった男〜』
第3部「観察者の影」 (第41話〜第60話)
第41話「記録の外へ」
朝の光が、窓の外から淡く差し込んでいた。
直樹は目を開け、いつもと変わらぬ一日の始まりを感じた。しかし、その感覚に心は少しも安らがなかった。昨日までと同じ日をまた繰り返しているのか、それとも新しい一日を迎えたのか――その境界は、彼にとって曖昧すぎた。
カノンは机の上に手を置き、静かに言った。
「直樹さん、ここにいては……あなたは消えてしまいます」
彼女の声は低く震えていた。観察者として冷徹であるはずの彼女が、恐れを隠せていない。その事実が、直樹に事の重大さを伝えていた。
都市の中心部は、記録と監視がすべてを覆い尽くす世界だ。どの家に誰が住み、どんな会話をし、どんな思考を抱いたかまでが刻まれている。だが直樹の存在は、その巨大な網の目から零れ落ちていた。
公式記録に「直樹」という人間は存在しない。カノンが残す断片的な覚書を除けば、彼は未来社会において影のようなものだった。
「記録の外へ出る……そういうことか?」
直樹の問いに、カノンは頷く。
「ええ。この都市を離れ、誰の目にも、どの記録にも残らない“非記録圏”へ。そこなら、あなたは完全に自由で……でも同時に、完全に孤独です」
直樹はしばらく黙り込んだ。自由と孤独――その二つはいつも背中合わせだ。彼が百年後の未来に目覚めて以来、繰り返し味わってきたものでもある。
「選べというのか」
「はい。記録の中で消されるか、記録の外で生きるか。どちらにせよ、あなたは“普通”には戻れません」
部屋の片隅に置かれた記憶ノートを、直樹は見つめた。どんなに記録しても、朝になれば白紙に戻る自分の記憶。それでも鉛筆で刻まれた文字だけが、彼に“昨日”を繋いでくれていた。
そのノートを握りしめると、直樹は小さく息を吐いた。
「……行こう。記録の外へ」
カノンの表情に一瞬だけ安堵の色が浮かんだ。
「危険です。それでも?」
「危険はもう慣れたさ。それよりも……このまま誰にも覚えられずに消えていく方が、怖い」
窓の外に広がる未来都市は、整然と光を放ちながら息づいている。その輝きから遠ざかる決意を胸に、直樹は歩き出す準備を始めた。
記録されない場所へ――自らの存在を証明するために。
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このあと続く 第42話「境界の揺らぎ」 では、都市を出発した直樹とカノンが「記録と非記録の境界」に差し掛かり、不思議な現象を目にします。




