第39話「明けない朝の先へ」
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第39話「明けない朝の先へ」
初めて訪れた“未来”。
直樹はその朝を、何度も確かめるように深呼吸しながら迎えた。
冷たい空気、かすかな土の匂い、そして遠くで響く人々の生活音――。
どれもが「初めて経験するもの」のように鮮やかだった。
「……これは、本物の朝なんだな」
隣でカノンが静かにうなずいた。
彼女の表情には、安堵と不安が入り混じっている。
記録にも観測にも残らない、未知の時間。
観察者としての彼女にとっても、それは“外れ値”に等しかった。
「直樹、この先は誰も知らない。記録が存在しない未来を……あなたは歩こうとしている」
直樹は黙って空を見上げた。
夜明けの光が、瞼を刺すように眩しい。
だが同時に、強烈な解放感が胸に広がっていく。
これまでの彼は、過去と同じ日々を繰り返す“囚人”に過ぎなかった。
けれど今は違う。
選択することができる。進む道を決めることができる。
「カノン。俺は……“今”を生きることを選ぶ」
そう告げる直樹の声には、確固たる決意が宿っていた。
それは未来都市に縛られることなく、記録に依存することなく、
ただ自分の存在を刻みつけるための誓いでもあった。
カノンはその言葉に、わずかに震える笑みを浮かべた。
観察者としてではなく、一人の人間として――彼と共に歩むことを決意した笑みだった。
しかし、その選択の瞬間。
遠くで轟音が響いた。
非記録圏の空を切り裂くように、無人の監視機が飛来していた。
都市の管理者たちが、ついに彼らの動きを察知したのだ。
「直樹!……来るわ!」
直樹は反射的にカノンの手を握りしめ、走り出した。
リセットが訪れない今、この瞬間の判断と行動こそが彼の運命を決める。
振り返ることはできない。
戻ることも、やり直すこともできない。
ただ前へ――“明けない朝”の先へ進むしかなかった。
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次回
第40話「第2部・終幕『記録と存在』」
記録がすべてを支配する世界で、直樹は「存在すること」そのものの意味に答えを出す。
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