第32話「記録ノートのゆくえ」
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第32話「記録ノートのゆくえ」
それは、静かな朝のことだった。
直樹が目を覚ますと、いつも肌身離さず持ち歩いていた“記憶ノート”が、影も形もなくなっていた。
「……ない……?」
いくら鞄の中を探しても、隠しポケットを覗いても、あの厚みのあるノートは見つからない。焦燥が心を焼いた。
ノートには、日々の観察記録、感じたこと、断片的に浮かんだ夢の記憶、非記録圏で出会った人々の言葉──そして、リセット現象に関するあらゆるヒントが記されていた。直樹にとって、それは外部記憶装置のような存在であり、自分が“自分であるための証”でもあった。
「カノン、昨夜……誰か、近づいてたか?」
「センサーには反応なし。でも……微弱な電磁攪乱があった。何か、技術的な介入があったのかもしれない」
誰かが“記録ノート”を狙っていた──それも、未来都市に匹敵する技術を持つ存在が。
直樹は、胸の奥に不気味な予感を抱いた。
ノートには、彼が観察者から聞いた“もう一人のリセッター”の痕跡、赤い記録石の場所、そして過去に封印された都市機構の脆弱性まで記されていた。それが、もし都市連盟の手に渡ったとすれば──
「記録の奪還は、記憶の奪還に等しい」
直樹は静かに呟き、ノヴァの情報端末にアクセスした。ノートに装着されていた追跡チップの断片的な信号が、かろうじて検出される。
「位置、特定可能ですか?」
「微弱だけど、信号源は北西の旧地下通路──“第4記録網の廃ルート”と一致」
そこは、非記録圏でも立ち入りを禁じられた、都市連盟の旧管理網が眠る場所だった。
彼はノートを追って廃ルートへと向かう決意を固めた。そこに待つのは、記録に埋もれた過去か、それとも意図的に葬られた未来か。
そのとき、カノンがふと問いかけた。
「……直樹、もしそのノートに、君自身の“消したい記録”が残っていたら、どうする?」
直樹は、ほんの少し考え、笑った。
「それも含めて、僕が歩いてきた道だ。消されたくない。誰にも、何にも」
記録ノートの奪還。それは、直樹が“存在する”ための、最後の戦いの始まりだった。
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次は第33話「赤い記録石」の執筆に進めましょう。




