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43 皇女ターニャ

市民たちが歓迎の声を上げる中、ミスティは近くにいた露店の売り子の女性に話しかけた。


「この騒動は、どなたが来られるからなの?」


「あんた、知らないのかい?」


「はい。今日この都に着いたばかりなので」


「こっちに向かっておられるのは皇帝陛下の長女、皇女ターニャ姫だよ」


「ターニャ姫・・・。どのようなお方ですか?」


「この国を、いえ、世界を暗黒教徒から守って来られたお方だよ」


「そうなんですか?」


「そうよ。そのために結婚をされずにこの国に留まられているの。美しいお方なのにもったいない話だよ」


「年齢はおいくつぐらいのお方ですか?」


「そうねえ。30くらいだったかねえ。ほんとうなら10年も前にどこかの王家に嫁入りしたんだろうけど、私たち国民のことを第一に思っておられる慈悲深いお方なのさ」


「へ〜。立派なお方なんですね」ミスティはそう答えてから後にいるジェランに訳してあげた。


「世界を救うって?皇女だか王女だか知らないが、女なのにどうやって世界を守ってるんだ?」


「さあ・・・」としかミスティには言えなかった。


ひょっとしたら私が昔読んだ本に書かれていた、光の神に与えられた異能タラントを使って闇の神を世界から駆逐した少女のことかもしれない。


ミスティは期待しながら皇女ターニャ姫が現れるのを待った。


しばらくすると観客の体の間からこちらに向かってくる馬車が見えた。無蓋の軽馬車で、前後に騎兵が4騎ついている。垣間見えた馬車の上にはひとりの女性しか乗っていないようだった。


徐々に近づいてくる馬車。観客の歓声はますます大きくなる。


ミスティにもようやくターニャ姫の姿が見えるようになった。


流れるような長い黄金の髪と透き通るような白い肌、青い瞳に真っ赤なくちびる、真紅のドレスを着て、市街の人たちに微笑みながら手を振っている。・・・確かに美人だ、とミスティは思った。


年齢が30ぐらいだと聞いたが、若々しく輝いて見える。


ターニャ姫の乗る馬車がミスティのすぐ前を通り過ぎようとした時、微笑みながらこちらに顔を向けたターニャ姫とミスティの目が合った。その瞬間、ターニャ姫の目が大きく見開かれた。


「停めて、馬車を停めて!」ターニャ姫が御者に大声で指示するのが聞こえた。


あわてて馬車を停止させる御者。その間、ターニャ姫の目はミスティに注がれ続けていた。


「ドロシア!?」そう叫んでターニャ姫は馬車を降りて来た。思わず後ずさる観客たち。


ターニャ姫はまっすぐにミスティのそばに来ると、両手でミスティの両手を取った。


「ドロシアね?ドロシアなのね!?」


ターニャ姫の勢いに押されそうになるミスティ。しかしターニャ姫の手を取ったまま、すぐにミスティは否定した。


「い、いえ、違います!私はドロシアとかいう人ではありません!」


「でも、顔が瓜二つなのに!」と手を離そうとしないターニャ姫。


「ドロシアでないとしたら、あなたは誰なの?」


「わ、私はミスティ。・・・ミスティリア・グェンデュリンと申します。ここからは遠くにある国から来ました」


「グェンデュリン?聞かない名前ね。どこの国の人なの?」


その時、ターニャ姫は自分たちが観客の注目の的になっていることに気づいた。


「ここじゃゆっくり話せないわね。とりあえず馬車に乗って。私の部屋でお話ししましょう!」


ミスティの腕を抱えて馬車に乗せようとするターニャ姫。そのミスティのもう片方の腕をジェランが握った。


「ミスティ、どこへ行く気なんだ!?」


その声を聞いてジェランの顔を見るターニャ姫。


「何て言ってるの?まるでわからない言葉ね?・・・あなたの連れなの?」


「同じ国から来た人なんです。知り合いですが、親しい関係ではありません。でも、この国の言葉がわからないので、さすがに置いていくわけにはいきません」


「わかったわ。マードル!」とターニャ姫は馬車の後について来ていた、馬に乗っている騎士らしい男性に声をかけた。


「はい」と答え、馬を降りてターニャ姫に近づく貴賓のある騎士。その様子から平民ではないように思われる。・・・もっとも、この国に貴族制度があるのか、ミスティにはよくわからなかったが。


「私はこの方をお城に連れて帰るから、あなたは後の男性を馬に乗せて、適当に歓待してあげて。・・・言葉がわからないらしいけど、丁寧に扱ってね」


「わかりました」マードルと呼ばれた騎士はジェランに近づいて行った。


「な、なんだ?」騎士が近づいて来てあわてるジェラン。


「私はお姫様のおうちに呼ばれたの。あなたのことはこの方が面倒見てくれるそうだから、一緒に行ってね」


「そんな、ミスティ!・・・あわわ」


ジェランはマードルに腕を引っ張られ、そのままマードルの馬の鞍の上に押し上げられた。その後に騎乗するマードル。


「じゃあ、行きましょう!」ターニャ姫は嬉しそうに笑いながらミスティと一緒に馬車に乗り、御者に出発するよう命じた。


ゆっくりと走り出す馬車。ミスティが後ろを見ると、目を丸くしているジェランがマードルと一緒に馬にまたがり、馬車の後をついて来るのが見えた。


馬車は外城壁と中城壁の間の街路を進み、中城壁に開いた門を通ってさらに内側の街路に入った。ここは中城壁と内城壁の間の道ということらしい。


しばらく進んでからターニャ姫が再び馬車を停めさせた。その横の内城壁は柱や彫刻を象った装飾で覆われ、大きな出入口が設けられ、大勢でにぎわっていた。


「ここは演芸場よ。この中で寸劇や歌劇や語り芸が披露されるの。私も時々通っているわ」


「は、はあ・・・」なぜここで停まったのか、意味がわからないミスティ。


馬車が停まった直後に出入口の中からひとりの中年女性が飛び出して来た。


「ターニャ姫、ご観劇でしょうか?」ターニャ姫に聞く中年女性。


「いいえ。支配人ヘレンテを呼んでもらえるかしら?」


「わ、わかりました!直ちに!」建物の中に飛び込んでいく中年女性。


まもなく建物の中から背の高い女性が出てきた。ターニャ姫とはタイプが異なるが目を引くような美人で、しかも威厳を備えている。髪はブルネットで目は黒く、年齢はターニャ姫よりも何歳か若いように見えた。


「ターニャ様、お久しぶりです」と会釈をする支配人ヘレンテ。ターニャ姫は返事をせず、にやにやしながら支配人ヘレンテを見ていた。


返事がないので不思議に思って顔を上げる支配人ヘレンテ。その時ようやくターニャ姫の隣に座っているミスティに気づいた。


「お、お嬢様!?」驚いて声を上げる支配人ヘレンテ。「や、やっぱり、生きておられたんですね!?」


「ね、そっくりでしょ、ドロシアに?」とからかうようにターニャ姫が言った。


「そっくり?・・・お嬢様じゃないのですか?」


「別人だと言っているけど、これから私の部屋でじっくりと話を聞こうと思ってるの。通りがかったついでにあなただけにこの方を見せに来たのよ」


「もしお嬢様なら、会いたがっている人がたくさんいます。ターニャ様、その方がお嬢様でないとしても、近いうちに私のところにお連れください!」


「わかったわ、ニェート。約束するわ。・・・じゃあ、馬車を進めて」とターニャ姫は御者に指示をした。


進み出す馬車。支配人ヘレンテはずっと見送っていた。


「あの方はどなたですか?」


「この演芸場の支配人ヘレンテよ。子どもの頃から演芸を極めて劇場を持ちたいと言っていたから、少しだけ援助してここに出してもらったの。舞台に出るのは歌手も芸人も役者も女性ばかりなのよ」


「見た感じでは繁盛しているようですね」


「そうなの。けっこう人気で、外国からも観客が来るわ」


「あの方が言っていたお嬢様とは?」


「私がさっき言ったドロシアのことよ。ニェートはドロシアが拾ってきた子で、ドロシアの元で働きつつ芸を磨いていたの。今では経営に忙しくて、本人はあまり舞台に立たなくなったけどね」


「そうなんですね・・・」女なのに劇場を主宰しているのか。ダンデリアス王国では想像もつかないことだ。この国では女性がけっこう社会で活躍しているようだ。


やがて馬車は内城壁から都の中に入る城門の前に着いた。すぐに衛兵が門を開け、馬車は内城壁のさらに内側に進んで行った。


内城壁より内側の街路には、同じ青色の屋根とクリーム色の壁を持つ建物が並ぶ、きれいな街並だった。ここが青瑠璃ラピスラズリの都と呼ばれるのは、この屋根の色に由来するのだろう。


そして街路はまっすぐに、都の中央にある大きなお城に向かっていた。その城の屋根も青い色に統一されている。


「あの城が皇帝の居城である皇宮なの。私の住まいもあの中にあるのよ」


「立派なお城ですね」とミスティはほめた。ダンデリアス王国の王城よりもはるかに大きくきれいだった。


後続の馬に乗っているジェランとは話ができないが、ジェランも驚いて目を見張っていることだろう。


馬車はお城の正門には向かわずに、向かって左側、つまり西側の入口に入って行った。しかし西門もけっこう大きく豪勢な造りで、通用門というわけではなく、お城が広いので複数の入口が設けられているようだ。


入口の前で停車する馬車。すぐに御者が降りてターニャ姫が降りるのを手伝った。


街路ではターニャ姫はひとりで勝手に降りたので、御者の手が必要というわけではないが、そういうしきたりのようだ。ミスティはターニャ姫の後から勝手にひとりで馬車を降りた。


「ターニャ様、この男はどうしますか?」と、後続の馬にジェランと一緒にまたがったまま騎士のマードルが聞いてきた。


「私の部屋に通すわけにはいかないから、衛兵の詰め所に案内しておいて。一応丁寧に迎えて、飲み物と食事も出してあげてね」とターニャ姫は言い、意見を聞くかのようにミスティの顔を見た。


「それでかまいません」ミスティはそう答えると、所在無さげに馬にまたがっているジェランに向かって、


「その人が衛兵の詰め所に案内してくれるそうだから、しばらくそこにいて。食事も出してくれるそうよ」と告げた。


「ミスティ・・・」心細げにミスティの名前を呼ぶジェラン。


「我慢してね、ジェラン。その間に少しでも言葉を習ったら」


ミスティはそう言い捨て、ターニャ姫に誘われるままに城の入口に入って行った。


お城の中の廊下にはきれいな絨毯が敷かれ、壁にも様々な風景を描いたタペストリーが飾られていた。天井には大きなシャンデリアがいくつも並び、それぞれにろうそくが灯っている。


「このあたりは私の区画なの」と説明するターニャ姫。


「だから男性は、家族でも基本立ち入り禁止なの」


「ご家族は何人おられるのですか?」


「皇帝である父と、三人の母と・・・」ここまで聞いてミスティは目を白黒させた。


「あ、この国は一夫一妻制なんだけど、皇帝に限って妃を三人娶れることになっているの。そして兄が四人いて、長兄は皇太子、次兄以下は国内外の各所で重職に就いているわ」


「そ、そうなんですか・・・」


「今のところ父や兄に会ってもらう気はないから、気楽にしてね」


「は、はい。わかりました」


「ここが私の部屋よ」と言って、侍女が開けた扉の中に入るととても広い部屋だった。


天蓋付きのベッドや広いガラス机など、高価そうな調度品が並べられている。


ターニャ姫は大きなソファに座ると、ミスティに横に座るよう促した。


二人の前に木製の小さなテーブルが置かれ、侍女がそこにお茶が入ったカップを置いていった。


「さあ、あなたの話を聞かせて」とターニャ姫がミスティに言った。


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