32 ミスティたちの反撃
ミスティたちを置いてホムラたちが走り去った後、エイラが防御を消去した。
防御があったところは内側から竹と榕樹で補強をしていたので、防御が消えた時にその上に載っていた氷が若干揺れ動いたが、すぐには潰れなかった。
しかし徐々に氷の塔の高さが下がる。そして突然轟音とともに氷の塔が雪面まで押しつぶした。
「馬車があの下になくて良かった」とつぶやくミスティ。彼女らは馬車から離れてあの場所にいたのだ。
高い氷の塔は砕けたり倒れたりすることなくその場に屹立している。そして周囲に静寂が戻ってきた。
氷の塔の手前側は細かい雪の壁のせいで靄っている。ホムラたちはその中にいるはずだ。
その時、雪狼将軍の高笑いが聞こえた。
「はっはっはっ!これで光の子は死んだ!」
「しかし死体を確認するのが大変ですぞ」とモルガン卿の声も聞こえた。
「ふんっ!氷晶霧と雪を消せば、数日も経てば現れる。部下に確認させればいいだろう」
氷の塔周囲の煌めく白いもやが消えていく。しかしホムラたちが隠れている雪の壁は消えない。
その時、ホムラとフワナが叫ぶ声が聞こえた。「炎獄障壁!」「風獄火焔流!」
炎の竜巻が生じ、氷の塔の周囲を動き回る。「ぎゃあっ!」と叫ぶモルガン卿の声が聞こえる。氷晶霧で保護されていない状態の黒い兵士たちが炎に炙られたのだろう。
しかし突然、炎の竜巻の下に氷の塊が盛り上がって来た。おそらく雪狼将軍が氷のドームを作って、その中に篭って炎の竜巻を防いだのだろう。
その時氷の塔の根元で爆炎が生じた。その直後に反対側に氷のつららが何本も打ち付けられ、氷の塔は雪狼将軍が篭った氷のドームの上に倒れていった。
「これで敵将は動けなくなりますね」とエイラが言った。
「いいえ、氷の塊に下敷きになった時も、下から氷の塊を砕いて出てきたわ。氷の塔でも、動きを止められるのはわずかな時間よ」と冷静なミスティが言った。
「じゃあ、どうすれば!?」
「まあ、見ててごらんなさい」
ミスティがそう言ったとき、「水獄巨塊!」と叫ぶミナラの声が聞こえた。
倒れている氷の塔の上に大きな水の塊が落ちる。
「寒獄凍気!」すかさずトアラがその水を凍結させた。
その攻撃を繰り返し、氷の塔の周囲はどんどんと厚い氷で覆われていった。
「これでちょっとやそっとでは敵将も上に乗っている厚い氷を砕けることができないはず」
「そうなのね!」と叫ぶココナ。他の従者たちがココナの方を見ると、
「敵将は雪や氷を作る能力があるけど、自分が出した雪や氷以外、つまりミナラとトアラが作った氷は破壊しない限り取り除けないのよ!」とココナが説明した。
「つまりあれだけ厚い氷だと、自然に溶けるのを待つしかないのね?」と聞き返すティア。
「そういうこと。それまで息が保つといいけど」
そう言って見守っているとホムラたちが帰って来た。
「とりあえず閉じ込めておきました」と報告するトアラ。
「しばらくすると私たちみたいに横穴でも開けて出てくるかもしれませんが」
「あの、黒い兵士を出す影人はどうなったの?」と聞くミスティ。
「フワナの風獄火焔流で倒しました」とホムラが答えた。
「お疲れさま。で、これからどうしたらいい?敵将を置いて先に進みましょうか?」
「もし生きて出てきたら、また私たちを攻撃してくることでしょう。できれば完全に倒しておく方が、今後の憂いがなくなって良いでしょう」とホムラが答えた。
「じゃあ、どうする?」
「私に考えがあります、ミスティ」とホムラが言った。
それから半日経って、雪狼将軍は自分の周りを覆っている厚い氷を氷のドリルを使ってようやく自分がはい出せそうな横穴を開けるのに成功した。
急激に穴を開けると氷の重さで潰れる恐れがあったからだ。
穴から顔を出してぜいぜいと荒い息をする雪狼将軍。自分の身を守るために作った氷のドームの中の空気はやはり不足気味だったようだ。
荒い息を少しずつ整えて雪狼将軍が顔を上げると、氷の塊の周囲は密生した大木で塀のように覆われていた。大木と大木の間は隙間がほとんどなく、はい出すことができないようだ。雪狼将軍が見上げると、大木があまりにも高いために空はわずかしか見えなかった。
「この木々をまた砕いて穴を開けなくてはならないのか・・・」雪狼将軍がうんざりしたようにつぶやいた時、当然周囲を取り囲む木々が激しく燃え上がった。
大木の壁があっという間に炎の壁に変わる。高熱に息が詰まりそうになる雪狼将軍。
「雪狼!」両手を伸ばして雪狼将軍が叫んだ。
手の先から風雪が吹き出るが、あまりもの高熱ですぐに蒸発してしまう。
「氷晶霧!」今度はより低温の風雪を噴き出すが、焼け石に水の状態だった。
高熱に炙られ、周囲の空気は熱せられて上昇し、また息が詰まりそうになる。激しく呼吸をすればのどの中が焼ける。
氷のドームにまた篭れば、熱をしばし防げるかもしれない。しかしそれでも息は保たないだろう。
打つ手がなく天を見上げる雪狼将軍。その時、炎の壁で囲まれたわずかな空間に真上から炎の塊が落ちてくるのが見えた。
巨大な松明と化した大木の壁。それはヴェラが生やした、松脂を多く含む松の大木だった。いったん火が燃え上がれば、氷水をかけても容易には消えない松明だった。
ミスティたちは天まで焦がす勢いの巨大な松明を少し離れたところから見つめていた。
そこへ手を繋いだリュウレとフワナとホムラが空から降りて来た。雪狼将軍が厚い氷を突き破った時に3人でらせん状に飛び上がって、大木を燃やしまくりながら上空に上がり、とどめの炎獄溶弾を上から落としたのだった。
「こんな炎、私とミナラでもなかなか消せないわ」とトアラ。
「しかも吸える空気もなくなるんだもの、生きて抜け出せる者はひとりもいないわ」とミナラも言った。
ミスティたちは巨大な松明が焼け落ちるまでの数日間、この場に留まっていた。その頃には周囲に降り積もっていた雪も大概溶けていて、路面が泥状になった街道を見つけて首都ミドールを目指す旅を再開した。
ゲンスランとドルドンは相変わらずジェランの乗る馬を引きながらとぼとぼと旅を続けていた。
「しかし町や村がまばらにしかないな。畑も町や村の周囲に少しあるだけで、ほんとんどが荒野だ。この国の名は知らないが、あまり裕福な国ではなさそうだな」とジェランが言った。
「国の名前は聞いたことがないです」とドルドン。「この大陸にはひとつの国しかないようです」
「競い合う国がないから発展していないのでしょうな」とゲンスランも言った。
「この名もなき国には国王がいるのか?」とドルドンに聞くジェラン。
「国王のような支配者はいるようですが、どんな方でどんな名前なのか、今まで聞いたことはないです。ただ、私が住んでいた村に時々税理士が来て、税代わりの農作物などを持って行ってました。税を払わないと兵士たちが来るからと、村の人たちは恐れていましたよ」
「僕が国王だったら民を増やし、農地を増やす政策をとるぞ。国王に進言してやろうか」
「国王に謁見できるかわからないですぞ」と釘を刺すゲンスラン。
「なんでだ?僕はダンデリアス王国の王子だぞ?」
「今まで通った町や村では、ダンデリアス王国を知っている者はいませんでしたが」
「田舎だからだろう。さすがに首都であれば、他国のことを知る識者がいるだろうよ」
「そうだといいのですが・・・」
「だからミスティたちは首都に向かってるんだろう。グェンデュリン辺境伯なんて、ダンデリアス王国の一地方に過ぎないから、もっと名は知られてないぞ」
「そうですね」とゲンスランは答えた。ミスティの旅の目的がわからなかったので、それ以上のことは言えなかった。
その日の夜、ジェランたちは街道の道端で野営をした。焚き火を囲い、干し肉と干し芋で作った粗末なシチューを食べる3人。
「もう少し薪をくべてくれ。なんか寒くなったぞ」と文句を言うジェラン。
「そうですね。・・・まだ寒い時期ではないと思ってましたが」と答えながら乏しい薪を火に投じるゲンスラン。
「これから作物の刈り取りが始まる頃です。こんなに寒くなるのは早すぎますね。もっともこのあたりまで来たことは今までありませんでしたが」とドルドンも言った。
その時ドルドンが「あっ!」と叫んだ。
「どうした、ドルドン」と聞くゲンスラン。
「あっちを・・・都の方を見てください。火が上がってる」
ドルドンの言葉を聞いて首都の方角を見ると、細い一筋の炎が上がっているのが見えた。
「なんだ、あれは?」と怪訝に思うゲンスラン。
「焚き火にしちゃあやたら細長い火だな。・・・灯台かな?」とジェラン。
「陸地の真ん中に灯台なんて作りませんよ」と元漁師のドルドンが言い返した。
「それに相当遠くにあるように見えるぞ。巨木が燃えているのか?」とゲンスラン。
「そういう祭でもやっているのかな?」とジェランが気楽そうに言った。
「どうせ何日か進めば、あそこにたどり着くだろう。その時に確認すればいいさ」
「そうですね。今夜は寒いので早めに休みますか」
「火は絶やさないよう見張っておいてくれよ」とジェランは言って、さっそく焚き火のそばでマントにくるまって横になった。そのマントは途中の町で買ったものだった。
広いが薄暗い部屋の中、身の丈が5メテル(5メートル)はある巨大な黄金の鎧に身を包んだ支配者の前でレイモン卿が部下から報告を受けていた。この部下は普通の兵士で、特殊な力が使えるわけではない。
「モルガン卿と雪狼将軍殿がお戻りになられません」と兵士が言った。
「よもや、彼らまで光の子に倒されたのか・・・」忸怩たる思いのレイモン卿。
「とりあえず下がって、二人の捜索をせよ。それと、光の子らしき女の集団にも注意せよと各所に伝えよ」
「かしこまりました」とその兵士は答えて広い部屋を出て行った。
「どういたしましょう、支配者様」と、黄金の鎧を見上げるレイモン卿。
支配者はまったく体を動かさずに、部屋中に響く低い声で、
「四将たちが倒されたとなれば、光の子に立ち向かえる者はいまい」と話した。
「さようかもしれませんが、やつらの接近を許せば支配者様の身に危険が及びます」
「そんなことは心配するな。もし光の子が首都まで来たら、ここに招き入れよ。余が直々にねじ伏せてやろう」
「そのお言葉は大変心強く思いますが、それでも御身に危険が及ぶようなまねはいたしかねます」
「余の身を気にする必要はない!余の力を信じぬのか!」強い口調で言い返す支配者。その言葉にレイモン卿は床に伏せて震え上がった。
「そ、そんなことはありません。ただ、力の及ばぬ我々を恥じているだけです」
「恥じることはない。この場へ光の子を呼び寄せよ。その時が光の子がこの世からいなくなる時だ」
自信満々な支配者の言葉にどう反応していいかわからないレイモン卿だった。




