25 双頭の竜
軍営所の出入口から飛び出すミスティたち。周囲にいた衛兵が驚いて彼女らを見たが、次の瞬間、軍営所の石造りの壁が崩れ始めた。
「ピデア、ミナラ、馬車を動かして!」ミスティの言葉に2台の馬車の御者台に飛び乗る二人。
すぐに馬車を動かすが、そのすぐ後ろに壁のがれきが降り注いで来た。
この城の兵士たちは何が起きたのかわからず、口々に叫びながら右往左往している。その間を馬車が走り、追いついた従者たちが次々と馬車に飛び乗った。
足が遅いミスティ。ピデアがその体を抱え、馬車の中に放り込む。続いてココナ、エイラ、ティア、ヴェラ、リュウレなどの非戦闘員もピデアが次々と馬車に乗せていった。
馬車の中に座り込んで後方を見るミスティ。崩れる軍営所の建物の中から巨大な双頭の竜が首を伸ばしているのが見えた。さっきよりもさらに大きくなったようだ。
双頭の竜の出現に城の兵士たちも恐怖を覚え、槍を構えながら後ずさりする。双頭の竜はがれきを押しのけてその全身を現した。
口々に叫びつつ槍を突き刺す兵士たち。しかしその穂先は双頭の竜の皮膚には刺さらない。兵士たちを意に介していない双頭の竜はいきなり突進し、ミスティたちの馬車を追いかけ始めた。近くにいた兵士を吹き飛ばしながら。
狭い路地を抜けて広場に出る。双頭の竜が狭い路地に体をこすりつけて両側の建物を破壊しながら追いかけてくる。ミスティたちの前に城門のぶ厚い木の扉が見えた。
「炎獄溶弾!」馬車の中からホムラが火の玉を打ち出し、扉を破壊する。
2台の馬車は城門を抜け、そのすぐ後に双頭の竜が城壁を破壊して外に出て来た。
「このままじゃ、直に追いつかれるわね」
「馬車を降りて迎え撃ちましょう。行くぞ!」とホムラが叫び、女騎士たちが馬車を飛び降りた。
「でかいと言っても大鯨竜ほどじゃない。炎獄障壁!」ホムラが双頭の竜の前に炎の壁を出現させた。
炎の壁を突き破る双頭の竜だったが、全身に火が着いて苦しみ出した。
「火が効くぞ!」
「じゃあ、風獄火焔流!」フワナが炎獄障壁のそばに竜巻を生じさせた。
竜巻は炎を巻き込み、燃える竜巻となって双頭の竜を取り囲む。悶え苦しむ双頭の竜の表面から黒いもやが少しずつ分離していき、火の粉となって消滅していった。
風獄火焔流が消えるとそこにはまだ一部が燃えている焼け焦げた何かが横たわっていた。その煤の塊の中から何かが起き上がる。全身が黒くなっているが、そのフォルムは蒼龍将軍そのままだった。
鎧兜は元のままだが、むき出しになった肌は赤く爛れていた。ひどいやけどを負っているようだ。青龍刀も盾も消えていたが、爛れた皮膚の周りにはまだ黒いもやがわずかに漂っている。
「ホムラ、一気に倒しなさいよ」と焚き付けるトアラ。
「しかし、敵とはいえ普通の人間を炎に包むのはちょっと・・・」
ホムラたちは本格的な戦に出陣したことはない。だから戦って敵兵士の命を奪ったことはなかった。また、彼女らの異能は黒いもやが変化した化け物を倒すのに使ってきたが、その強すぎる力を生身の人間に向かって使うことには抵抗があった。
「でも、まだ黒いもやみたいなのがまとわりついているわよ。ほっておくと、また変化して襲って来るわ」
「それはそうだけど・・・」躊躇しているホムラ。
「それなら私がやるわ」とフワナが前に出て来た。
「どうするの?」
「あの黒いもやを風で吹き飛ばすのよ!風獄飛竜!」フワナが強い風を起こし、蒼龍将軍に叩き付けた。
必死に踏ん張る蒼龍将軍。その周りの黒いもやは端が体にくっついているようで風に耐えていたが、少しずつ吹き飛ばされ始めた。
やがて完全に黒いもやが吹き飛ばされると、残ったのは全身にやけどを負ったひとりの男だった。男、つまり蒼龍将軍はその場に倒れた。
「ヴェラ?」とミスティが言うと、ヴェラがすぐにその場にやけどに効く薬草を生やし始めた。その間にホムラたちが蒼龍将軍の鎧を剥ぎ取り、薬草の葉を摘んで来たヴェラがその葉をやけどの箇所に貼っていく。
薬草といても一瞬で治癒できるわけではない。意識を失ったままの蒼龍将軍を看病していると、壊れた城壁の中から兵士たちが出て来た。
「蒼龍将軍?・・・さっきの化け物は?」と聞くひとりの兵士。
「竜は炎に包まれて逃げて行ったわ。その跡に将軍がやけど負って倒れていたから治療しているの」
ミスティの嘘の説明を聞くと兵士たちは驚いて、城の中に戻り、まもなく担架を持って来た。
「将軍を中に運びます。・・・やけどの具合はいかがでしょうか?」隊長格のひとりの兵士がミスティに聞いた。
「かなり広範囲にやけどを負っているから今夜が峠ね。明日の朝まで生き延びたら助かるでしょう」とヴェラが説明し、ミスティが通訳した。
青くなりながら蒼龍将軍を担架の上にそっと横たえ、数人の兵士たちで持ち上げる。
「あなた方も来て、治療を続けてもらえませんか」とその兵士はヴェラたちに頼んだ。
「いいわよ」担架の後について馬車を引くミスティたち。
「ところで何があったのでしょう?軍営所が崩れて、中にいた衛兵たちも亡くなったようで・・・」
「私たちは将軍に招かれ、あいさつしてから帰ろうとしたの。そしたらどこからか竜が現れたので私たちは逃げ出したわ。竜が追って来て、城壁を壊した隙に城の外に逃れたら竜が炎を吐いてきたけど、ちょうど突風が吹いて来てその炎が竜の体に降りかかったの。竜はあわてて逃げて行ったけど、その跡に将軍が倒れていた。竜に捕まっていたのかもしれないわ」
ミスティは事実をぼかして説明した。ホムラたちが竜に変化した蒼龍将軍を倒したと知られれば、面倒な立場に置かれるからだ。
蒼龍将軍は壊れていない建物に運び込まれ、そこに担架ごと横たえられた。ヴェラが治療を続け、その場には言葉がわかるミスティと、相手の本音を聞き出せるココナと、護衛のピデアが残った。
もちろん城の兵士も2、3人が常駐して、ヴェラの治療を手伝っている。
ホムラたちには馬車を城壁内に入れ、そこで待つよう言っておいた。
蒼龍将軍は意識を失ったままだった。薬草を貼り、水で濡らした布で体を冷やし続ける。そのうちに日が暮れてきた。兵士が灯台を持って来てろうそくを灯す。
蒼龍将軍はなかなか目を覚まさなかった。見守っていたミスティや兵士たちは夜中になってうとうとし始めたが、看病を続けていたヴェラが、蒼龍将軍が目を開けたのに気づいた。
「ミスティ、目を開けています」囁くヴェラ。
ミスティはあわてて起き、近づいて蒼龍将軍の顔を見下ろした。瞳をミスティに向ける蒼龍将軍。
「気がついたの、将軍さん」話しかけるミスティ。
「・・・お、おまえはやはり光の子だったな。支配者が仰られた通りだった」と蒼龍将軍が囁いた。
「光の子?それは何?なぜ私たちを襲ったの?あなたは影人なの?」
「・・・そう、矢継ぎ早に質問するな。俺はもうすぐ死ぬ」
蒼龍将軍はしばらく目をつむってから、再び目を開けた。
「光の子は破滅の使者だ。支配者は光の子がこの国を滅ぼしに来ると予言され、それを防ぐために我らに力を与えられた」
「私は影使いの覇王・・・支配者のことを以前から知っていたわ。でも、私たちの国にその手を伸ばさなければ、私はこの大陸に来ることはなかった。・・・支配者は何をそんなに恐れているの?」
「・・・光と影は互いに引かれ合う。そして両者が出会った時、この世界ごと消滅すると支配者は仰られた。そこでその前に光の子を倒そうと考えられたのだ・・・」
「・・・私にそんな力はないのに。・・・なら、あなたの仲間はこれからも私を襲いに来るのね?」
答えず、目を閉じる蒼龍将軍。ミスティはそれを肯定の仕草と捉えた。
「あなたたちの支配者は異世界から来た存在。この世界からどこか別の世界に追い出せば、この世界が消滅することはないはずよ。・・・支配者は首都ミドールにいるの?そこまでの最短ルートは?」
蒼龍将軍は目を閉じたまま答えなかったので、ミスティはココナの方を見た。
「吐露」と唱えるココナ。蒼龍将軍は再び口を開いた。
「大陸の中心にある首都ミドールからは北東、北西、南東、南西の4方向に広い街道が延びている。この城から北に行けば鬼門城に着く。そこを抜けて南西に進めば、いずれ首都に到達しよう・・・」
そう言うと、蒼龍将軍は口を閉じた。もう話す気力が残っていないようだった。
「将軍が危篤よ!」ミスティがうたた寝をしていた兵士を起こすと、兵士はあわただしく蒼龍将軍の容態を確認して部屋の外に飛び出した。
その後、何人もの兵士が出入りしたが、最終的に息を引き取ったのを確認したらしく、遺体のそばで黙祷を捧げ始めた。
ミスティたちも一礼すると、その部屋を出て馬車に戻った。
馬車の中で待っていたホムラが「どうなりましたか?」とミスティに聞く。
「蒼龍将軍は息を引き取ったわ。竜から城を守ろうとした英雄として埋葬されるみたい」
「そうですか。これから私たちはどうしますか?」
「蒼龍将軍を看取った身として葬儀には参列しなくちゃならないようね。その後、北へ進んで鬼門城というところを目指すわ」
「わかりました。看病お疲れ様でした。しばらく休んでください。ヴェラも、ココナも、ピデアも。・・・その間に旅の準備を進めておきます」
「よろしくね」とミスティは言って馬車の床の上に寝そべった。
蒼龍将軍の葬儀は3日後に行われた。その間、城の兵士たちは埋葬の準備だけではなく、崩れた城壁や軍営所の修復も行って忙しそうだった。
ヴェラは馬車の影でこっそりと野菜や果物を栽培し、収穫したものを食糧保管庫に持って行って小麦粉の袋との交換を交渉した。城には備蓄として小麦粉や干し肉はたくさんあったが、野菜や果物は乏しかったので、喜んで交換してもらえた。
3日後には城の近くの平地に10メテル(10メートル)四方の立派な墳丘が造られ、蒼龍将軍の遺体が恭しく埋葬された。神官のような存在はおらず、兵士の隊長が葬式を取り仕切っていた。
葬儀が終わるとミスティたちは隊長に礼を言ってから北を目指して旅立った。
その数日後に南に伸びる街道からラクダに引かせた装甲車が10台近く現れた。乗っているのは兵士たちで、その司令官は赤色の鎧に身を包んだ大柄な女だった。
城壁の衛兵からの知らせであわてて城外に出て装甲車を出迎える隊長。
「こ、これは、炎凰将軍。遠路はるばるようこそお越しくださいました」隊長はそう言って平伏した。
「蒼龍将軍はどうした?我を出迎えぬのか?」と聞く炎凰将軍。
「蒼龍将軍は先日亡くなられました」
「何だと!?」隊長の言葉に驚く炎凰将軍。
「どうして急に死んだのか、詳しく説明しろ!」
「は、はい・・・」
隊長は、東から来た女騎士の集団を出迎えたところ、まもなく双頭の竜が現れて城の一部を壊して逃げ去ったこと、竜を倒そうとした蒼龍将軍は竜の吐く炎で大やけどを負い、治療のかいなく亡くなったことを説明した。
首をひねる炎凰将軍。双頭の龍は蒼龍将軍が変化した姿のはずだ。蒼龍将軍には火を操る能力はないはず。となると・・・?
「その女騎士の集団はどこにいる?」
「蒼龍将軍の葬儀に参列された後、北を目指して旅立たれました」
「北?鬼門城に向かったのか?」
「さあ・・・?」
「すぐに追う!水と食糧を供出しろ!」炎凰将軍は部下に命じて城の食糧保管庫に押し入り、手当り次第に食糧を運び出していった。あわてふためくも手が出せない衛兵たち。
装甲車いっぱいに食糧を詰め込むと、炎凰将軍の一行は北を目指してあわただしく旅立った。
「そいつらの中に光の子がいる。追いついて、鬼門城のエイビル卿より先に倒してやる!」と炎凰将軍は息巻いていた。




