エピローグのエピローグ
あの出来事から怜央の時間では一年が経った。怜央の感覚としてはやっと自分の知っている時間に追いついたという思いだった。
あの後怜央が目を覚ますと、怜央がログインを始める前まで戻っていた。それに気づいたのは部屋にあったはずの機械類が一切なくなっており、ベッドの中で目をさましたからだ。ここで夢ではと疑わなかったのは、腕にはしっかりとフォーアームが装着されていたからだった。
「怜央、窓の外に何かあるのか?」
創は怜央の見ていた方を観察しながら問いかけてきた。
「考え事をしてただけだ」
創にはログインをやっていたという記憶はない。一度話したときに変な反応をされたので、それ以来怜央は創にログインの話はしていない。恐らく忘れている。いや、なかったことになっていると怜央は思っている。
「進路も決まっているんだから、何も悩むことないだろ? それとも佐奈ちゃんか?」
「まぁ、ある意味ではそうかも……な」
佐奈とは既に出会っている。目を覚まして一番初めに確認したのは佐奈の無事だった。
しかし、携帯電話を確認すれば一年前の状態に戻っており、連絡が取れず、家も知らない怜央は思いつくままに勝手に拠点として使っていた喫茶店に向かった。
偶然にもそこには既に佐奈が待っていた。佐奈も同じことを考えたらしい。そこで二人は情報を交換することが出来た。
「またお前が怒らせたんだろ。早めに謝っておけよ」
「あぁ」
怜央は別の理由で悩んでいるわけだが、それを説明しても理解してもらえないので、適当に返事をした。
あれから佐奈と二人で色々な確認作業をしていた。
それでわかったのは、あの時ログイン世界で戦っていただろう丈と縁寿はこの世界に存在しないということだった。いなくなったのではない。もとより存在しないのだ。
二人の通う学校にも向かったのだが、聞き込みをしてもそんな生徒は存在しなかったのだ。しかしその理由をその三日後に二人は知ることになる。
放課後になり、怜央は校門に向かう。そこでは既に佐奈が待っていた。
「お待たせ。行こうか」
「うん」
二人は目的地を目指す。今日の憂鬱を早く終わらせるために。
「住所、わかって良かったね」
「そうだな」
移動するさなか、怜央のフォーアームから軽い音が鳴る。怜央はまるで携帯電話に出るかのような気軽さでフォーアームに応答する。
「こちら怜央」
『どうだ? 話し合いは終わったか?』
画面が起動し、そこに映し出されたのは丈だった。
「むしろこれからだ」
『そうか、悪い。こっちはあまり正確じゃないんだ』
「わかってる」
正確でないのは時計の話だ。
実は丈と縁寿はログイン世界に存在していた。しのぶが魔法を発動させるときにログイン世界にいたから巻き込まれたのではないかということだった。
ログイン世界はこの世界から『ログイン』がなくなったことで消滅したはずだった。しかし、『ログイン』が存在しなくても、ログイン世界だけは残ったのだ。
何故かはわからない。ただ事実としてログイン世界は残り、丈からフォーアームを通じて連絡がきたのは事実だった。
『まだまだ改良の余地ありだよ』
時計を作るよう提案したのは縁寿だ。今は国の技術者とともに開発中なのだ。
この状況を縁寿は前に語っていた。
縁寿いわく、『しのぶ君がしたのは多分、事象を改変して、自分は助からなかったことにしたんだよ。あの時に鳴ったアラームはしのぶ君のプログラムがうまくいかなかったってことなんじゃないかな?』とのことだった。
怜央もそれには納得していた。そしてこうも考えていた。しのぶのプログラムが失敗したのは、矛盾が生じたからだと。
そもそも、しのぶの行ったことは結局万里奈の力を利用して行っていたことだ。つまり、万里奈の力なくしては成り立たない。もし、しのぶの言うお姉ちゃんが生きていた場合、しのぶは『ログイン』を制作しただろうか。
答えは否だ。しのぶは決してログイン世界を作ることはないだろう。しのぶがログイン世界を作ったのは、お姉ちゃんを蘇らせるただそれだけのためなのだから。
故に矛盾する。しのぶも薄々は気づいていたと怜央は今では思っている。そうでなければ、この世界を作る魔法をわざわざ用意はしなかっただろう。
『それで、何を伝えるのかは決めたのか?』
「しのぶの存在自体がなかったら、ログインプログラムのヒントだけを、亡くなっていることになっていたら、全てを語るつもりだ」
そう、怜央達はこれからしのぶの言うお姉ちゃんという人に会いに行くところなのだ。アポイントはとってある。そしてすべて伝えるつもりだった。
『うんうん。あたしもそれが良いと思うんだよ』
『もしかして通信中ですか?』
画面の中に万里奈の顔が映る。万里奈は魔法を未だに使える。しかし、この世界と繋げるだけの技術はなく、現在魔法の特訓中だった。
「万里奈ちゃん。実は今からお姉ちゃんに会いに行くんだよ」
お姉ちゃんとは当然、しのぶの言っていた『お姉ちゃん』の事だ。今では名前も分かっているが、怜央達は呼び名をお姉ちゃんで統一していた。
『そうでしたか…… お辛い役目ですが、お二人にしかできません。よろしくお願いします』
「わかってる。これは、俺達にしかできないことだ」
しのぶは言っていた。ログインの原型を作っていたのはお姉ちゃんだと。だから怜央達は話し合いの末、決めたのだ。しのぶが生きていた確かな証として、お姉ちゃんにプログラムに足りないものを伝えようと。しのぶが俺達にプログラムの話をしたのは、こういったことも想定していたのではないか。そういう結論に達したのだ。
『通信は、繋いだままでよろしくなんだよ』
「ギルドの仕事の方は大丈夫なのか?」
『今日は他のメンバーに任せてある。そもそもトップの俺達がそうそう仕事に出ることはないよ』
ギルド『ディメンジョン』は王国を守った功績により名をあげ、メンバーが急増。そのリーダーになっているのが丈と縁寿なのだ。
「ねぇ、今はどんな依頼があるの?」
そんなことを話しながら、俺達は目的地に到着する。そこは一軒家で、近代的なデザインの建物だった。
怜央は代表してインターホンを鳴らす。それからすぐに応答があった。
『どちら様?』
「連絡した怜央というものです」
『わかったわ。少し待ってて』
それから十数秒後、玄関の扉が開き、一人の女性が出てきた。
「どうぞ、入って」
その容姿を見て、怜央も佐奈も言葉に詰まった。髪形や服装こそ違うが、見た目は万里奈にそっくりだったのだ。
「どうかした?」
「い……いえ、お邪魔します」
「お邪魔します」
二人は案内されるままに万里奈にそっくりなお姉ちゃんについていく。そして通されたのはリビングだった。
二人は勧められるままに椅子に座る。それを見届けると、お姉ちゃんは二人の向かい側に座った。
「本当ならお茶とか出したいんだけど、この家は寝るだけだから、何もないの。ごめんなさい」
「いえ、お構いなく」
確かにここには生活感がないと怜央は思っていた。そもそも物がない。冷蔵庫はあるが、キッチンは使ってないかのように綺麗だし、テレビもない。そして何より食器がない。生活するうえで必要なものが欠けていた。
「早速で悪いんだけど、私に伝えたい大事な用って何?」
怜央と佐奈はお互いに見つめあい、頷く。
「その前に自己紹介します。俺は佐藤 怜央」
「私は一之瀬 佐奈です」
「私は平岡 万里奈よ。よろしく」
やっぱりそうだったのか。怜央はその名前を聞いてなぜしのぶが万里奈を『万里奈』と名付けたのか理解できた。しのぶは驚いたことだろう。同じ顔をした人物がいたこともそうだが、その人が魔法の資質を持っていた。そのその時しのぶは何を感じたのだろうか。
「お話ししたいのは、山本 しのぶ君についてです」
これで何の反応もなければ存在しない。反応があれば存在する。これはそのための問いかけだった。
「……あなた達は、しのぶ君の友達かなにか?」
しのぶは確かに存在していた。その事実に何とも言えない感情になる。しかし気持ちを持ち直し、当初の予定通り話を続けていく。
「友達というにはあまりにも俺達はしのぶのことを知らなさ過ぎましたが、俺達はしのぶを友達だと思っていました」
そういうと、お姉ちゃんの眉が歪んだ。
「……しのぶ君は何年も前に亡くなってるの。貴方達のような知り合いがいるとは思えないのだけど」
確かにお姉ちゃんの感覚は正しい。むしろ怒って追い出されないだけ、優しい反応といえた。
「信じてもらえないかもしれませんけど、今から俺達が体験した全てをお話しします」
そう言って怜央はフォーアームを机の上に置き、起動させる。その現象を見て、お姉ちゃんは目を見開いた。
『はじめまして。しのぶ様のお姉さま。私は平岡 万里奈と申します』
お姉ちゃんは目を見開き、固まっている。ここまでくると、子供のいたずらのレベルではないと理解できたのだろう。
「俺達は、しのぶが生きていて、お姉ちゃんが死んでいる時間軸から来ました」
怜央、佐奈、丈、縁寿、万里奈はお互いに捕捉しあいながら今までに何があったのか話していく。その間、お姉ちゃんは一言も発することなく、五人の話を聞いていた。
ログイン世界をしのぶが作ったこと。それはお姉ちゃんを生き返らせるためだったこと。
それに失敗し、この世界を作り出したこと。荒唐無稽な話を真剣に怜央達は伝えた。それが自分たちにできることだと信じて。
怜央達は何とか語り終えた。お姉ちゃんは目を閉じ、何の反応もない。無言のまま待つこと数十秒後。ゆっくりと目を開いた。
「貴方達の言っていることが本当かどうか、私にはわからない。だけど、貴方達の語るしのぶ君は私の知っているしのぶ君と同じ感じがしたわ。そして、納得したこともある」
そう言ってお姉ちゃんは一呼吸を置く。
「しのぶ君を助けようと手を伸ばしたあの時、確かにしのぶ君は私の手をはねのけて微笑んだの。今まではそう思いたい私の思い込みだと思っていたけど、違うのかもしれないわね」
確かに、もししのぶならば、そうするだろう。怜央はその話は間違いなくしのぶ本人の覚悟の行動だったと思った。
「でもね――――」
そう言い、途端にお姉ちゃんの目は鋭くなる。
「私があの時しのぶ君を救えなかったのは事実なの。これは言い訳しようもないことよ。それがたとえしのぶ君が望んだことだったとしても、私は私を赦せないの」
確かに、お姉ちゃんとしてはそれが事実だ。しのぶが望む、望まざるにかかわらず、助けられなかったという後悔はお姉ちゃんの中でいつまでも残るだろう。
「用というのはそれだけ?」
怜央達にできることはもうない。ここに来たのもしのぶのためを思ってのことでしかないのだ。
「いえ、最後に一つだけ」
しかし、しのぶの偉業は残さなければならない。それを伝えなければ、今ここに来た意味は全くない。
「今作っているプログラムですが、しのぶはエネルギー保存の法則辺りを抜いて、手を加えていったら完成したそうです。俺には何のことかわかりませんが、伝わりますか?」
「っ! 帰って!」
お姉ちゃんは一度驚きの表情になり、すぐに怒声を上げた。
怜央と佐奈の要はすでに終わっている。二人はお姉ちゃんに追い出されるように部屋を出た。
お姉ちゃんは二人を追い出し、扉に手を当てたまま、その姿勢で固まっていた。先ほどまでの怒気が嘘のように、扉に体重をお預け、無表情になっている。
「…………ごめんなさい」
お姉ちゃんの口から小さく、本当に小さく言葉が漏れる。
「ごめんね、しのぶ君。私、今の二人の話を聞いて、思ってしまったの。“あぁ、これで完成できる”って。一瞬、貴方の事なんて忘れて、本当に嬉しかったの」
誰に聞かせるわけでもなく、お姉ちゃんは言葉を漏らす。そして、その場に崩れ落ち、両膝をついた。
「ごめんね……しのぶ君……」
その一人の懺悔を、怜央と佐奈は扉の向こうで聞いた。さながら本物の懺悔室のように、ただ、二人は答えない。どう声をかければいいのか二人にはわからないのだ。二人に出来ることは、ただその場を静かに去ることだけだった。
「本当に、これで良かったのかな?」
「さぁな。でも、しのぶはこうしてほしかったはずだ」
「でも、苦しんでたよ?」
「それは俺達には救えない苦しみだ。しのぶが生き返らない限り、永遠に続く。しのぶもそれを背負ってきたんだ。相手がどう感じるのか、わかっていたはずだ」
その時、佐奈の持つフォーアームが鳴る。佐奈は慣れた手つきで操作し、応答した。
「もしもし」
『これで、俺達の役目も終わったな』
「あぁ」
これで本当の意味で全て終わった。これで『ログイン』によって起きた騒動は決着を見たことになる。しかし、
『でもでも、お姉ちゃんが同じことするかもだよ?』
確かにその可能性はあると怜央は考えていた。しかし同時に、その時はその時だと考えていた。
「そしたら、怜央君はまた止めるの?」
佐奈は心配そうに怜央を見ながら問いかけた。
「それはないよ」
即答だった。
そもそも怜央は自分がそれほどの人間だとは思っていない。今回のことでそれを身に染みて理解していた。今回怜央が行動できたのは、ただ条件がそろっていた。それだけなのだ。
しかし、何かあった時に手をこまねいているのかと言えば、そうではない。
自分にできることを。怜央はそうすることに決めているのだ。
「そっか」
佐奈も何となく怜央の言いたいことが理解できたのか、それ以上何も怜央に問いかけなかった。
「そういえば、縁寿、一つ俺の考えを聞いてくれないか?」
『何かな何かな?』
「確かにしのぶはこの世界では死んでる。そしてそれが俺達と同じように戻ってきたしのぶだということもだ」
『うんうん。それはさっきのお姉ちゃんの話を考えると間違いないんだよ』
『でもそれがどうかしたのですか?』
これはあくまで推測。推測に推測を重ねた暴論でしかない。しかし、怜央には正解のような気がしてならないのだ。
「あの時、しのぶは二人いたはずだ。ログイン世界のしのぶと、現実世界のしのぶ。こっちの世界で死んだのはどっちだ?」
その瞬間、その場で話を聞いていたものは皆息をのんだ。
『……確かに怜央君の言う通りなんだよ。なんでその可能性を考えなかったかなぁ』
『つまり、ログイン世界のしのぶが残ってるってことだな?』
『残念ながらこちらの世界でしのぶ様の存在は感じられません』
一人、人外な力を行使しているが、気にしているものはこの場にはいない。
「それよりも、こっちの世界で死んだのがログイン世界のしのぶ君の可能性もあるよね?」
「あぁ、つまり、しのぶは全て諦めてない可能性がある」
しのぶは未だどこかにいて、この世界に戻ってくる方法を探っているのではないか。怜央にはそう思えて仕方がなかった。
『私にも一つ仮説があるんだよ?』
縁寿にも考えがあったのか、これを機にと口を開く。
『万里奈ちゃんの魔法を使ったとき、しのぶ君は現実世界で万里奈ちゃんの魔法を行使したよね? それ、なんでなのかなってずっと思ってたんだよ』
それがなぜ疑問なのか、その場にいる四人には理解できない。それはいつものことと、縁寿の説明の続きを待った。
『だっておかしいんだよ。邪魔されたくなければ、もっと上の次元なんかの私達が手出しできない場所で作業しても良かったんだよ』
確かに縁寿の言う通りだ。やるならこっそり事を進めた方がいいに決まっている。わざわざこの世界でやる必要はない。
『私の予想なんだけど、多分万里奈ちゃんの魔法では一次元上の干渉しかできないんだよ』
「だから、私達の世界で魔法を使っていたってこと?」
『そう考えるのが妥当なんだよ。それでしのぶ君は自分をさらに上の次元に送ったと私は考えるんだよ』
「つまり、しのぶは本当にまだ諦めてない?」
『そう考えられるけど、全ては机上の空論。すべては闇の中なんだよ』
怜央達がいくら考えようと、しのぶの心を知る術はない。これ以上考えようと、何位も分からないことと同じだった。
『じゃあ、俺達は仕事に戻る』
『バイバイだよ』
『失礼します』
「うん、またね」
「じゃあまた」
通信が切れると、佐奈はフォーアームをしまう。
「怜央君、フォーアーム置いてきてよかったの?」
「お姉ちゃんが持ってた方がいいと思うからな」
俺達には一つあればいい。それで十分だと、怜央は案に伝えていた。
「うん。だね」
佐奈の笑顔を見て、怜央は佐奈の手を取る。
怜央は一つ、考えていることがあった。もしかしたら、この世界がループしているのではないかと。お姉ちゃんがまたログイン世界と同じような世界を作り出し、世界を怜央達の知る世界に戻す。そして、しのぶがまた繰り返す。そういう構造になっているのではないかと。
「怜央君、どうかした?」
「……いいや、何でもない」
怜央は少し強く握りなおす。
そんなことはどうでもいいかと怜央は考え直す。
そもそも、人類の文明を滅亡させる危機など、いくらでもある。空から降り注ぐ隕石、天変地異、太陽が気まぐれを起こすだけでも簡単に文明は消滅する。それほど人類は無力だ。それを自分一人でどうにかできるわけがない。それほど怜央は驕ってはいない。
だから怜央達はこれからも当たり前の毎日を過ごしていくのだろう。過去を慈しみ、時には悔い、今を生き、未来を信じて――――




