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ログイン(仮)  作者: 江藤 乱世
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エピローグ その9

 二人はまた塔に近づいていた。しかし今回は見張りの紫の鎧はおらず、素通りできた。


 ここに来るまでに怜央の考えやそれが正しかった時の作戦、間違っていた時の作戦は大まかに話し合っていた。


 今度は黙ったまま塔を登り、頂上に到着した瞬間、ベルの音が鳴り響いた。


「こんな時間にどうしたの? 少し眠いんだけど。あと二人は隠れてるのかな」


 なんとしのぶはベッドに眠っていた。超常の力を得ているしのぶでも人の営みをやめることは出来ないようだ。


「二人はいない。確認したいことがあったから、独断でここまで来た」


「なに?」


 しのぶは支度を続けながら、片手間に答えた。不意打ちをしてもいいが、対策をしているだろうと怜央は話を続けた。


「紫の鎧を操っている紐は見えるように作ってあったのか?」


「ん? そんなこと? あの紐は極力見えないように空気と屈折率を近づけてあったはずなんだけど。あれに気づくなんて、運がいいよね」


 人はどうしても自分の優位を確信すると、警戒心が薄くなるらしい。現にしのぶも警戒することなく、怜央の質問の意図も考えることなく答える。


「それともう一つ。この塔には本当に上れるようになってたのか?」


「それなんだよね。上れないように無限ループする設定してあったはずなんだけど、縁寿あたりが何かしたんじゃないの?」


 やはりしのぶは足止めの手立ては完璧だった。それが機能しなかった理由。怜央の中で予想は確信に変わろうとしていた。


 しのぶは完全に支度を終え、怜央たちと対峙する。


「それにしても今の質問なに? 意味あるの?」


「あぁ、あったよ」


 佐奈には怜央の考えを既に伝えてある。半信半疑だった佐奈も今のやり取りでもしかしてとは思っているようだ。


 しかし、しのぶには今の質問の意図が分からない。それはしのぶと怜央の考えからの相違にあった。


「しのぶ、この勝負、俺の勝ちだ」


 しのぶは怜央の意図が本当に理解できないのか、怪訝な表情になる。


「万里奈! 頼む! しのぶのやっていることに納得できないなら、俺を手伝ってくれ!」


 怜央は腹の底から大声を出す。


 怜央の考えとは万里奈の意識に働きかけることだった。今までのあり得そうであり得ない結果は万里奈が干渉しているのではないか。怜央はそう考えたのだ。


 しばしの静寂。誰もが何も言わず、音さえない。しかしどれだけ時間が流れても、万里奈からは何の反応はなかった。


「今のなに?」


 しのぶはなおも怜央の行動が理解できていない。怜央は予想に反して反応がなかったことに焦っていた。


「怜央君、大丈夫?」


 佐奈は不安そうに問いかけてくる。


 大丈夫なわけがなかった。既に頭の中では逃走方法を模索していた。


「もしかして、何もないの? じゃあ、覚悟はいい?」


 しのぶは見切りをつけ、意味のない行動だと結論付けたのか、今までのことを一切無視した。


「さぁ、今度は手加減しないよ」


「…………わ……かり…………ました――――」


 そのしのぶの言葉に答えたような声に、またもその場は静寂に包まれた。


 今度の静寂は先ほどの反応に困った静寂ではない。驚愕し、言葉にならないために生まれた静寂だ。


「私…………やり……ます」


 その声は聞き間違うはずもない、万里奈のものだった。


 しのぶは慌てて振り向き、万里奈を確認する。


 しかし万里奈は変わりなく、蜘蛛の巣にとらわれた蝶のように、羽根を生やした天使のようにそこにあった。


 しのぶの頭の中ではいろいろな考えが駆け巡る。しかしどれも可能性として低いものばかり。現状を説明できるものではなかった。


「何を…… 何をしたんだ!」


 しのぶは初めて人らしく声を荒げ、焦って様子を見せた。


 怜央は自分が賭けに勝ったのだと知ると、にやりと笑った。


「お前が自分で言ったんじゃないか。人を完全に操るのは不可能だって」


「そう、人は不可能だ! だけど、万里奈はログイン世界の住人! 人間じゃない!」


「それがそもそもの間違いなんだよ」


 怜央は確信していたわけではない。ただ、信じたのだ。


 自分の感覚を、ではない。しのぶの能力を。そしてそのしのぶが尊敬する『お姉ちゃん』という人物のことをだ。


「しのぶ、お前が言ったんだ。ログイン世界は現実を再現するために作られたものだって。だったら、ログイン世界の住人も、同じ人間のはずだ。それなら、お前に万里奈を完璧に操れるわけがない」


 怜央がそう考えたのはそれだけが根拠ではない。


 一つは紫の鎧に結び付いた紐が偶然にも見えてしまったこと。


 一つはしのぶが上れないようにした設定が偶然働かなかったこと。


 一つはしのぶの放った魔法が偶然にも当たらなかったこと。


 どれもこれも起こりうること。偶然といえばそこまでだが、それだけとは怜央には思えなかったのだ。


 だからこそ確認した。自分の考えが正しいという確信を少しでも得るために。


「そんなわけが……」


「じゃあ、お前はお姉ちゃんっていう人が作ったものが欠陥品だとでもいうのか?」


 その言葉にしのぶは言葉を失う。


 怜央にはずるい言い方をした自覚はある。お姉ちゃんを尊敬しているしのぶにとって、その人が作ったものを否定することなどできるわけがないのだ。


「ありえない…… ありえないありえないありえないありえないありえないありえない!」


 しのぶは全てを否定するように同じ言葉を繰り返す。


「プログラムナンバー2“神の槍は万物を貫く”!」


「プログラム認証。発動します」


 そして否定したものを消し去るように、現実から目を背けるために魔法を起動した。


 しかし、怜央はもう逃げない。逃げる必要がない。佐奈も覚悟を決めたのか、怜央の服の袖を握り、ぐっと逃げるのを堪えている。


 放たれる魔法。そして静寂。


「無駄だよ、しのぶ」


 魔法は怜央と佐奈に当たることはない。コントロールのない攻撃は偶然により当たらない。


 しのぶは魔法を発動したまま、動かなくなってしまう。しかしそれは結果に唖然としているというよりも、一度整理しているといった印象だ。


「……あぁ、うん。理解したよ」


 しのぶは一瞬にして冷静さを取り戻していた。


「万里奈を完璧に操れなかったのは認めよう。でも完璧ではないだけで、何も支障はない。万里奈も僕の邪魔をする気はないようだしね」


 それは怜央も感じたことだった。


 万里奈に多少の意識があるのは先ほどの反応で分かっている。それなのにしのぶの魔法の発動は遅延なく行われている。つまり、万里奈は抗ってはいないということだ。


 万里奈が何を考えているのかは怜央にもわからない。ただ、誰も傷つかないようにしているのは確かだった。


「遠距離攻撃は偶然にも外れるようだし、直接やるしかないのかな? プログラムナンバー6“万物を切り裂く刃”」


「プログラム認証。発動します」


 しのぶの手の中に光が発生し、それが急速に形を成す。それは刀身が棒のようになっている剣だった。見た目は完全に銀色の棒に柄を付けた子供のおもちゃのようだ。しかし、それがただの剣であるはずがないと怜央はすぐに察する。


「万里奈!」


 怜央は迷うことなく万里奈を頼る。


 万里奈はまるで怜央の心を読んだように必要な魔法を発動してくれる。


 怜央の背中から純白の翼が生える。そして怜央は何の違和感もなく空へ飛びあがった。おそらく翼になんの意味もない。ただ、怜央に飛ぶというイメージを明確に認識させるために付け加えたものだろう。


「佐奈、頼むよ」


「うん」


 作戦は既に佐奈に伝えてある。目論見がうまくいった以上、撤退はない。


「なるほど。考えることは一緒だね。プログラムナンバー5“我に自由を与える”」


「プログラム認証。発動します」


 しのぶの背中にも翼が生え、空へと舞う。


「このプログラムは使う予定はなかったんだけど」


「それでも用意しているあたりがお前らしいよ」


 怜央は刀を抜き、構える。改めて持った刀はずっしりと重く、命を刈り取る重さをしていた。


「しのぶ! 行くぞ!」


「いつでもどうぞ」


 怜央は突進するようにしのぶへ向かう。そして刀を突きだした。


 しのぶはそれを下段から切り上げ、上へはじく。そしてそのまま勢いを殺さないように体を傾け、剣を中心に一回転してもう一度下から切り上げた。


 まるで曲芸のような攻撃。怜央はそれを後ろに下がるのではなく、足で直接しのぶの腕を蹴ることで受け止めた。


「おい、お前運動苦手だよな?」


 怜央はそのままの体勢のまま、しのぶに問いかけた。


「そうだよ? 持久力がないからログイン世界の別空間でちょっとずつ練習したんだ」


 しのぶは涼しい顔をしてそう言う。つまり、しのぶの動きは付け焼刃ではない。使うかどうかもわからないもののために時間を割いて練習していたのだ。物事を完璧に遂行するために努力を怠らない。それが山本しのぶだったと怜央は改めて認識する。


 怜央は一旦距離をとろうとしのぶに向かって刀を振る。しのぶも体勢を整えるためなのか、追ってこない。


「それにしても、よくこの剣を蹴らなかったね」


 しのぶはただに棒に見える剣を振りながら言う。


「それ、何でも斬るんだろ?」


「まぁね。全部わかりやすい名前にしたのは間違いだったかな?」


 しのぶの使った魔法はおそらく何でも切る魔法だと怜央は考えていた。では何故怜央の刀はきれなかったのか。


 こんなところにも万里奈の恩恵があることに怜央は驚いていた。


「こっちとしては有難いよ」


 怜央は突然頭から急降下を始める。魔法が効力を失ったわけではない。その先にはとらわれた万里奈がいた。


「やっぱりそうなるよね!」


 しのぶは怜央の考えを瞬時に看破し、怜央を超える速度で急降下し、怜央を抜くと急停止を行う。ジェットコースターが急停車したかのような慣性力がしのぶを襲っているのか、苦痛で顔を歪める。それでもしのぶの行動は止まらない。


 しのぶは急降下する怜央の首を狙って切り付ける。真正面から狙える場所がそこしかなかったのだ。当然怜央にもそれはわかっている。しかし今更軌道を変えたところで回避は出来ない。怜央はその剣を受け止めた。


「やっぱり、万里奈を縛っているあれを壊せば解決するんだな?」


「勘だったんだ?」


「そうだな。ただ、お前が意味もなくあんな風にするとは思えなかったんだ」


 怜央が狙ったのはそもそも単純な理由。


 しのぶが万里奈を操る場合、無線といことはない。そもそも魔法の原則として作用する相手に何かしらの手段で繋がっていなくてはならない。それはしのぶが万里奈に魔法を作用させる場合、ログイン世界ならばいざ知らず、この世界では有線でなければ作用できないからだ。それはしのぶの魔法がプログラムであることから考えれば当然のこと。


 ならば、万里奈を束縛するそれは、万里奈としのぶを繋ぐものではないかと考えたのだ。


 しのぶの言葉を聞いて怜央は距離をとる。振り切ることは不可能だと判断したのだ。


「それはどうも」


 怜央は次はどう攻めるべきかと考えながら答える。切り札はある。問題はそれを使うタイミングだ。


「じゃあ、ほとんどわかっているようだから、君たちの勝利条件を教えよう」


 しのぶは大仰に両手を広げて言う。


「僕はこうやって戦っていても、ほぼ自動で現状は進行していく。つまり、君の行動は妨害にならない。君たちの勝利条件は万里奈をあのコードから切り離すこと。本来ならそれも不可能なはずなんだけどね」


 そう。これは万里奈が協力してくれたから生まれた希望。しかし同時に、万里奈がしのぶを見捨てないから現状が生まれたともいえる。


 そのことに怜央に不満はない。自分自身も勝手にここにきているに過ぎないのだから。


「そして敗北条件は僕が計画を完遂すること。それほど時間はないと思ったほうがいいよ?」


 そこまで演劇のように大げさに振る舞うのをやめ、いつもの様子に戻る。


「でも、わからないことがある。なんで僕の妨害をするの?」


 しのぶには純粋な疑問だったのだろう。本当にそれだけは理解できないといった様子で問いかけてきた。


「君の性格上、世界のためになんてないでしょ? なのになんで僕の邪魔をするの?」


「なんだ、そんなことも気づいてなかったのか」


 怜央は当たり前のことのように、自分の行動理由を語る。


「お前が、万里奈の意見を聞かなかったからだ」


「は?」


 しのぶは心底理解できないといった声を出した。


 しのぶが理解できないだろうことは怜央も理解していた。だからこそ、怜央はここでしのぶの前に立ちふさがっているのだ。


「俺は世界がどうなろうと自分だけでどうにかできるなんて思ってないし、世界を救った英雄になりたいとかでもない。今までやってきたことがなかったことになるのは残念だが、お前の邪魔をするまでじゃない。ただお前が万里奈を操り、無理やり手伝わしているのが許せないんだ」


 怜央が戦う理由はそれだけだった。


 もししのぶが万里奈の意思を尊重し、万里奈に頼み込み、万里奈が手伝うといって今回のことを起こしたのならば、怜央は抵抗しなかっただろう。


 怜央はしのぶが仲間を蔑ろにしたこと。それが許せないのだ。


「だから俺はお前のやることに反対する。仲間のために俺は行動する」


「……そうか。じゃあ、絶対に抵抗はやめてくれないだろうね」


 しのぶは少し説得を考えていたのかもしれない。しかし今それも諦めた。そもそも今回のことを始めた地点で、怜央の行動理由は生まれたのだから。


「じゃあ、行くよ。プログラムナンバー7“神の瞳のみが全てを見通す”」


「プログラム認証。発動します」


 そう言いながらもしのぶは怜央から距離をとる。そして、怜央から見て顔が確認できないほど距離をとったところで止まった。


 そして次の瞬間、あり得ない速度でしのぶは怜央に肉迫した。


「!」


 しのぶは怜央の反応など気にもせず、棒の剣を振り上げる。怜央は思いっきり後ろにのけ反り回避を試みるが、完全には回避できず、左肩を切り裂かれた。


 怜央は切り裂かれた左肩の痛みよりも、しのぶの動きへの疑問が先行していた。


 そもそも、急速な挙動が不可能だといったのはしのぶ自身だ。やるためには厳密な計算を基に行わなければ体が持たない。厳密な計算をすればいいと思うかもしれないが、あのしのぶが難しいと自分で言ったのだ。それをここにきて完成させたとは怜央には考えられなかった。


「怜央君! 大丈夫!?」


 佐奈の叫び声が聞こえるが、怜央はしのぶに集中し、反応することが出来ない。


「今のを避けるなんて、いい反射神経だよね。今の不意打ちで終わらせる予定だったんだけど」


 しのぶは剣を素振りしながらいう。


「しのぶ、今のは一体……」


「さて、自分で考えなよ」


 そう言ってしのぶはこっちに向かってきた。今の魔法を解明しなければ、何度も対処できないと、怜央は必死に頭を巡らせる。


 しのぶの魔法名には必ず意味がある。その意味を考えるしかない。

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