第八投:黒いダイヤ(1)
「もしもしっ、もしもし! 保坂さん、聞こえる?!」
「〈……ワタル君……聞こえ……〉」
「聞こえてたら、あのローブの男のことを教えて!」
未だ続く嵐の影響でノイズ混じりの、保坂との通話。男を追って既に三日、ようやく繋がった通信でワタルは、ダイヤモンドダストを破壊したローブ男の情報を求めた。
ゴールまで残りおよそ四千キロ。バトル・レースの疲労や嵐の影響で思うように速度が出せず、現在順位は六位。知らぬ間にマリーナとのバトルを迂回した選手達に追い抜かれてしまっている。もどかしい時間が続いた。
「〈名……ロトス……マギルダスト島……小さな……〉」
「保坂さん! おーい! ……切れちゃった」
いよいよノイズ以外聞こえなくなり、情報の詳細は後に届いた資料メールで確認することとなる。資料によると、ダイヤモンドダストを襲った男の名は【ロトス】。小さな島がそのまま国になったマギルダスト島という場所の出身・代表選手。世界水切り連盟に登録こそあるものの、島も選手も世界的に全く知名度がなく、競技スタイルの情報は得られなかったらしい。
「情報がない選手……。ううん、どんな相手でも関係ない。絶対に、ダイヤモンドダストの敵を取るんだ……!」
競技開始から十数日。疲労の色濃い体と大和錦に意思を込め、ワタルは風雨と荒波を進んだ。
――翌日・現在一位・ロトス周辺――
「もう終わりか? 大国の代表共の実力がこの程度とは」
ロトスが嘲笑う。選手集団先頭を悠然と進むコールの数メートル後方で、フロンティアスピリッツが黒煙を上げていた。苛烈な攻撃を受けたであろうボディは、至るところに亀裂を走らせている。
「フロンティアスピリッツをこんなにしやがって……! だがッ!!」
ルーカスは険しい表情をしつつも、戦意は失っていない。フロンティアスピリッツから二発の水弾を撃ち出し、コールのトゲの一つを欠けさせた。
「悪足掻きにしてはやるではないか。ロートルと思っていたが」
「ハッ、てめェもオレ様とナンボも変わらねぇオジサン選手だろ!」
欠けさせたとは言え、無数のトゲの一つ。ダメージはほぼない。依然としてロトスは余裕の笑みを浮かべている。
頬に汗を滑らせ、ルーカスはイヤホン越しの小さな声に意識を向けた。
「〈無理したね。今のでストーンの損傷率は四十七%。ダブルバレッタも使えなくなったよ〉」
「すまねぇニック。一緒に調整したフロンティアスピリッツが……」
「〈ルーカスのストーン扱いが悪いのは昔から。物は目的を果たすためにある。優勝してくれれば許してあげるよ〉」
「……サンクス」
戦闘継続は危険と判断。ルーカスは一時、フロンティアスピリッツを後退させた。
現在の先頭集団は、一位からコール、フロンティアスピリッツ、満漢全石、ギフトの順。以降の順位は五位フォーミュラ・ワン、六位大和錦、七位ビスマルク、八位ラリー・ダカールと端末上は表示されているが、他の選手の姿は見られない。
コール付近の選手達は、その圧倒的な攻撃力の前に、いつストーンが沈んでもおかしくない緊張感に包まれていた。
「なんと憎たらしいことか──」
燕青が不貞腐れた顔で呟く。
声が聞こえたのか、ロトスは鋭い眼光で睨みつけた。
「──何か言ったか? 小皇帝。俺に歯向かうなら、今すぐそのお宝とやらを海に沈めてやろう。【グローリーアイランド】の取引も無くなるな」
「な、何も言ってないヨー。朕はただ、自分の通信機に文句言ってるだけ。ルーカスのとこは生きてるのに不通なのは納得いかないネー」
威圧的なロトスに、燕青は目立った抵抗をしなかった。満漢全石をコールの後方につけ、ある程度の距離を保っている。
「ふん。まぁいい。……さて、次はお前だな」
ロトスは視線をシブシソに移した。
「ムム」
眉を寄せるシブシソ。ギフトはいくらか破損しているが、大きなダメージは負っていない。
様子を見ていたルーカスが反応する。
「待てよ……、牛ヤロウとはまだ決着が――」
「――黙れ、お前に興味はない。【バケットホイール・エクスカベーター】!!」
「指図すんじゃねェ! 【ウォーターマグナム】!」
コールが速度を落とし、フロンティアスピリッツと並走。横方向に助走をつけ、体当たりを仕掛けてくる。ルーカスは水弾で妨害するが、威力が低く突進を止められない。
「万事休す、か……!」
「ギフト! 【ナイルの死の回転】!!」
接触の寸前、ギフトが割って入り壁となった。コール側面のトゲと、ギフト天面の二本角が衝突。お互いを削り合う。
ロトスはコールを、ギフトから離れさせた。
「邪魔するか。ならばお前にも消えてもらうぞ?」
「邪魔トイウカ……。カウボーイとハ、勝負ノ決着ガついテいなくテナ」
シブシソは頭をかく。
ルーカスが声を荒げた。
「余計な事をすんじゃねェ! テメェがコイツからダメージ受けたら、オレ様が倒したことになんねェだろうが! それにお前、リタイヤするわけにはいかねェんだろ!?」
「ダメージにツイテは、ソックリ言葉ヲ返そウ。……しかシ、ドウシタモノカ」
頬に汗を伝わせるシブシソ。コールとの接触は、常にリタイヤの危険がつきまとう。今ダメージがなくとも、数秒後にはどうなっているかわからないのだ。
睨み合い続く膠着状態。その空気を、後方より急接近したストーンが一変させた。
「大和錦ッ! 【アマノムラクモ】!!」
大和錦だ。横でワタルが叫び、大和錦は稲妻のオーラをバチバチと発しながら、コールへと飛び込んでいく。
「いつぞやの小僧か。コールよ、削り取ってしまえ!」
後方からの突進を、コールは横方向にステップし回避。二つのストーンが横並びになり、互いに何度もぶつかった。耳をつんざく摩擦音が響く。
先に離れたのはコールだった。
「なるほど、策もなく突っ込んできたのではなさそうだ」
「逃がすか! ダイヤモンドダストの敵!! 大和錦ッ【ヤマタノオロチ】!!!」
オーラを発する大和錦の周りで、空と海が暴れ始める。嵐が激しさを増し、ピシャリと雷鳴が轟いた。前進する大和錦に追従して、人をも飲み込む大きさの、八つの【海流のうねり】が出現。その姿は海水でできた大蛇、もしくは竜。
「絶対に、絶対に許さない!」
ワタルがロトスを睨みつけ、うねりが一斉にコールを攻撃。鎌首をもたげ襲い掛かる。
「なかなか面白い! だが、水気の多さはこちらにも都合が良い。コール、圧をあげろ!」
コールが黒煙を上げ、伴ってストーンの回転が高速化。速度が上がり、紙一重でうねりを回避する。
様子見していたルーカスが目を細めた。
「またアレか……。ニック、あの技の分析はできたか?」
「〈できてるよ。どうやらあのストーン、石炭の性質を持っているようだね。内側を燃焼させて蒸気を作り、加速や攻撃に使っているのかも〉」
ニックは話を付け加えた。
「〈別件だけど、大和錦の方は嵐と反応し合っているね。こっちはストーンの性質じゃなく、オカルトで〉」
「ニック、ワタルのはありゃあ――」
「――暴走シテイルナ」
横からシブシソが、腕組みで話に加わる。
ルーカスは眉を動かして威嚇、かと思えば、気さくに口角を上げた。
「他所の作戦会議を盗み聞くとはイイ度胸だ。……なんて、さっきの礼だ。許してやるよ」
嵐の影響により、通信装置の性能が突出して高いアメリカチーム以外は、まともな通信ができないでいる。分析した情報はとても貴重だが、ルーカスは盗み聞きを許した。
「礼ニハ足リテイナイ気ガスルガ……。ソレニシテモ、ワタルノやり方ハ良くナイ。コントロールできナイ技ハ、無用ナ破壊ヲ生ム」
「だな。事情は知らねェが、意思がグツグツに煮えてやがる。あんなんでやっても楽しくねェだろ。あんまし肩入れするもんでもないが」
遠巻きに息を整えながらも、シブシソはワタルの行動を案じ、ルーカスもまた気にした。
~~
「ダイヤモンドダストとマリーナさんの痛み、思い知れ!!」
「この小僧、思ったよりやる……!!」
大和錦の技、【ヤマタノオロチ】で作り出されたうねりが、徐々にコールを追い詰め始める。しかしそれに伴い、破壊のための意思が作り出したうねりは、攻撃対象を広げていた。
「……キタカ」
後方のギフトを、うねりのひとつが狙う。身を起こした蛇のごとく待ち伏せ、通過しようとする獲物に飛び込んだ。
「圧はアル。が、ニシキヘビよりハ小サイ。ギフトよっ、【ヌーの大群】!!」
シブシソは冷静に、真っ向からギフトを突進させ、うねりを粉砕。
隣ではルーカスも迎撃。
「アナコンダよりゃ圧はねェが……、コイツら次から次へと湧いてきやがるじゃねェか!」
うねりの胴体を水弾で破壊するも、即座に再生されてしまう。ギフトが粉砕したものも同様。攻防が十を越えた辺りから、二人とも次第に追い詰められていった。ギフトは動きを鈍らせ、フロンティアスピリッツは射出する水弾に空砲が混ざる。
意思の続く限り再生し続ける海水の竜。それが、ヤマタノオロチ。
「終盤ニ体力勝負トハ……。少々ツライ……」
「チッ、射撃が追っつかねェ……!」
両ストーンの疲弊を見抜き、数本のうねりが一束に結集。巨大な塊となった。
「Oh……。随分立派なスネークじゃねェかよ」
「カウボーイ、アレハもうドラゴンだロウ」
さながら巨大な【龍】の勇壮さに、唖然とする二人。巨大な水流の塊【カイリュウ】は身を起こし、ストーンを叩き潰そうと飛び込んだ。
「まァなんだ。グッドラック」
「オマエもな」
互いに顔を見合わせ送る、餞別の言葉。終わりを覚悟し、しんみりとした空気が流れた……のだが、荒れ狂う海から金髪オールバックの男と多面体ストーンが浮上。おかしな空気に変わる。
「フハハハハハ! やっと追いついたぞ!! まさか海面が凍結して、浮上できなくなるとはなぁ!!!」
腕組み大声のアーデルベルト。
ビスマルクがボディで海水を弾き、キラキラに輝いた。
「驚いたろう! 潜水状態でも私のストーンは高速を維持しており――」
「――こんなタイミングで出てくるか普通よォ!?」
「驚イタ。ズット潜リ続けテいたトハ」
損傷甚大のフロンティアスピリッツ、疲労困憊のギフト。間に現れたピカピカのビスマルク。
アーデルベルトは意気揚々とする。
「誰かと思えば。ルーカスと姑息な選手か。嵐程度でそこまで弱るとはな。ここからは私の快進撃を指をくわえて──」
「──ヘイ、アーデルベルト。後ろ、見てみな?」
「は?」
ルーカスに促され、アーデルベルトが振り返った。目の前には、食らいつく体勢のカイリュウ。敵が増え一時停止していた攻撃が再開し、改めて巨大な海水の塊が飛び込んできた。
「ぬぉぉ! どういうことだ──どこに連れていくッ!! おおい!!!」
なぜだかカイリュウは、フロンティアスピリッツやギフトよりも、ビスマルクを優先。噛みつきで取り込み、海中へと引きずり込む。そのまま海面を沈んだり浮上したりと、のたうち回った。進む方向がワタルのいる前方なのは、ビスマルクの抵抗によるものかもしれない。
「……九死に一生ってやつか」
「……幸運ナ事モあるモノダナ」
狙いがビスマルクへ移ったことが幸いし、フロンティアスピリッツとギフトは左右に飛ばされただけの軽傷。思わぬ展開でピンチを脱した二人はあっけに取られた顔で、カイリュウを追うアーデルベルトの背を眺めた。
~~
「コレで終わりだッ! ロトス!!」
「小僧が! 図に乗るなよ……!!」
カイリュウの進む先で、大和錦とコールが激闘を繰り広げる。コールは大和錦が作り出した海のうねりに左右を挟まれ、逃げ場を失いつつあった。そこに後方から、先ほどのカイリュウが(ビスマルクを飲み込んだまま)突っ込んでくる。
コールへ向け進んでいると察し、アーデルベルトが呼びかけるが……。
「む? あの少年はしばらく前に……。おい少年! 何をするつもりだ! やめろ!!」
「大和錦ッ、【龍のアギト】!」
ワタルは一切反応しない。聞こえていない様子だった。
「……ぶつけるつもりか。しかしあの少年、以前と雰囲気が違う」
ビスマルクを頭に取り込んだ時点で、カイリュウはただの海水の塊ではなくなっている。最強の防御力を持つビスマルクを飛び込みでぶつけられれば、コールはたちまち、粉々に破壊されてしまうだろう。
暴力的な過剰攻撃を危惧し、アーデルベルトは再び呼びかけた。
「少年! このまま攻撃すれば、あのストーンは木端微塵になるぞ? いいのかっ?!」
依然としてワタルは反応せず、ロトスを睨みつけるばかり。
アーデルベルトは表情を険しくし、声のトーンを落とす。
「あれを戦闘不能にするだけなら、こんな威力は不要だ。これは勝負か? それとも……」
「知らないよっ、アイツが先にやったんだ……!」
視線をロトスに向けたまま、ワタルは感情を爆発させた。
カイリュウが高く首を上げ、眼下のコールを見下ろす。
「ダイヤモンドダストは大切なストーンだったのに、アイツは壊した!! だから──」
「──だから、同じ目に合わすのか? 私は賛成できないな」
言葉を遮り、アーデルベルトは淡々とビスマルクに指示。
「目的は少年の技を砕くことのみ。火種を増やすべきではないからな。ビスマルクッ! 【攻撃形態】に移行せよ!!」
意思を受け、海水の中で変形するビスマルク。ストーン天面が内側から外側に開き、パラボラアンテナを載せているような見た目に。中心部には一つの突起もある。形状から狙いが読めない奇怪な姿。そうしているうちにカイリュウの下では、海のうねりがコールの前後左右を完全包囲。飛び込み攻撃の準備が整う。
アーデルベルトは空を見上げた。
「通常攻撃では速度も威力も足りない。だが、この天候ならばっ!!」
黒く厚く、ところどころで発光する雲。大和錦によって強化された、とびきりの悪天候。で、あれば目には目を。自然には自然を。嵐を利用できるストーンは、大和錦だけではない。
「照準合わせ! ビスマルクッ、【パルスレーザー照射】!!」
ビスマルクが高速回転。円柱状の突起から雨雲へ、眩い光線が連続して照射された。
「誘起・誘導完了! ここだっ!! 【落雷】!!!」
カイリュウが動いた瞬間、眩い閃光がこの場全ての選手の視界を奪った。続けて轟音が聴覚を麻痺させ、衝撃波が海面を揺らす。誰もが動けず、ただただストーンとフロートが前進する時間が十数秒続いた。
「……ドンナーシュラーク、落雷か」
しばらく経ち、眩暈する目元を抑えながらロトスが呟く。カイリュウも海のうねりも、どこにもなくなった。ビスマルクの技【落雷】は、空にレーザーを照射し雷を誘発、自身に落とすもの。雷の直撃でカイリュウは砕け散り、衝撃波で海のうねりも消え去った。なお、雷がほぼ直撃したにも関わらず、ビスマルクにダメージはなく、悠々と着水。前進している。他の選手のストーンも、被害は全くナシ。
全選手を航行不能にすることも容易な、超大技。しかし結果は全員無事。助けられた立場ながら、ロトスは歯ぎしりして苛立った。
「これが俺たちを踏み台に先進し、手に入れた力……! 憎らしくておかしくなりそうだ……!」
圧倒的な力を直接的に使わず、余裕を見せる。耐えがたい屈辱だった。ただし、カイリュウが脅威であったのも事実。
ロトスは額に滲む汗を腕で拭き、アーデルベルトに言葉をぶつけた。
「そこの大男! なぜ俺を助けた! あの程度の技、どうということはない!!」
アーデルベルトはきょとんと驚く。
「ん? てっきり、アレを受けたらひとたまりもなかろうと。安心しろ、お前を助けるつもりは毛頭ない」
「助けるつもりはない……? だったら目的を言え! 俺と貴様達は今、一位の座の奪い合っているのだろう?!」
問いかけにアーデルベルトは、キリリとした顔つきになった。
「フッ、もちろんずっと勝負のつもりだ。だが私は先達として、少年の行為が気にかかった。安易に報復へと走らず、熟考すべきだと」
「先達……。お前たちはいつもいつもそういう態度を……! ますます憎らしい!!」
歯をギリギリと噛みしめるロトス。
その心境を、存在を、アーデルベルトは考慮していない。
「お前、何の話をしているんだ? ……まぁいい。ビスマルクよ、防御形態に戻れ!」
ビスマルクが攻撃形態を折りたたみ、元の多面体に戻り始める。その時。
「なんで邪魔したんだ! 人の大切なものを傷つけるヤツなんか、どうなったって!!」
ワタルが声を荒げた。大和錦がコールに狙いをつけ、後方から急接近する。
「くらえっ、【四十六センチキャノン】!!」
「小僧?! どこにそんな意思が……!」
天候をも操る大技を使ってなお、強力な意思が込められた体当たり攻撃。ロトスには予想外の不意打ちになった。
反応が遅れ、回避の間に合わない直撃コース。
「やめろ少年! 度を越した攻撃は禍根を残す!!」
だが、この攻撃もアーデルベルトに防がれた。
砲弾のごとき突進の射線をビスマルクが遮る。ストーンの衝突は空気を揺らした。
「じゃま! そこをどいてっ、アーデルベルトさん!!」
「感情に振り回されて行動してはいけない! 頭を冷やせ!!」
衝撃が伝播し、海が波打つ。
海面に押しつける大和錦の強烈な回転摩擦で、火花が散った。
「振り回されて、何が悪いってのさ!」
「ストーンを破壊された相手は少年を恨む! そしていつか、少年に報復する!」
顔の横を火花が通り過ぎようと、変形途中のビスマルクがボディを削られようと、アーデルベルトは引かない。表情を苦しくしても、ワタルを見つめ、説教した。
「報復の連鎖から、抜け出すのは容易ではないんだ! それでもやるか? 少年!」
ビスマルクが押し返そうとし、大和錦が更に強く海面に抑えつける。
「それじゃあ、悪いことしたヤツを野放しにして良いってこと?!」
「そうではない! 行いの責任を取らせる方法は、他にある!」
「それって、どんな!」
「ゴールまでレースを続け、ヤツがスポーツマンシップに欠ける行動をしていたと運営に報告し──」
欠片を飛び散らせても、ビスマルクは【絶対防御】と称される防御型ストーンの意地を見せ、砕け散らないぎりぎりのところで耐えている。
そのがら空きの背中を、厄介なストーンを蹴落とすチャンスを、ロトスは見逃す男ではない。
「――素晴らしいご高説だ。ならば報復を恐れない俺は、堂々と破壊させてもらおう」
コールがビスマルクの進路上に移動。跳躍を止め海面を滑る移動方法に変わり、速度を落とした。
「くっ……、挟撃とは……!」
アーデルベルトの表情が険しくなる。大和錦にのしかかられるビスマルクが、待ち構える(よう速度を落とした)コールにより、挟み撃ちに。ギャリギャリと嫌な音がした。
ロトスが嬉々とした表情で言う。
「なぁ小僧。悪いことをしたやつらを野放しにしちゃあ、いけないよなぁ?」
それから、ニヤリと笑み。
ワタルは背筋がゾっとした。報復を楽しむロトスに、自分の行動が重なる。
「ち、違う……。オレは、オレはそんなつもりじゃ……」
急に恐ろしい気分になり、動揺で固まってしまう。足元でビスマルクが透明の破片を散らした。
「どうした小僧! せっかく俺と同じで怒れるお前に、『やり返し方』を教えてやろうというのに」
「同じ……? オレがコイツと……」
「聞くんじゃない! 少年とあの男は違う!!」
口を挟むアーデルベルト。
言い争いが、ワタルの前で交差する。
「違うことがあるか! やられたままでは悔しいから、悲しいから、やりきれないから。それで憎らしくなって、小僧は俺にやり返したのだろう! 俺だってそうだ! 何も変わらない!!」
「頭に血が上っただけの子どもと、悪意ある大人を同列にするな! 第一お前はなんだ、何をそんなに憎んでいる!」
「俺達を置き去りに先進していった連中に、この憎しみはわからないさ! ……話は終わりだ。ここで消える者にかける労力はない。小僧諸共に砕いてくれよう!」
「なんだと?!」
コールが黒いモヤを噴出。ダイヤモンドダストの時と同様の、爆発攻撃の予備動作。
アーデルベルトは狙いには気がついたが、挟撃を脱する術がない。
「爆ぜろ、【ダスト・エクスプロージョン】!!!」
掛け声により着火。瞬く間に爆発が起こり、立ち込める黒煙の中からストーンの破片が飛び散った。