第七投:永久凍土・マリーナ(2)
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「~~痛ってて。って、痛くないや」
真っ暗なフロート内に灯る、オレンジ色の非常灯。フロートが展開した卵型の保護壁でワタルの身は守られた。雪と氷が多少入ったくらいでどこにも怪我はない。
「……一瞬だった。じーちゃんも『自然を侮るな』って言ってたけど、ストーン一つでコレならホンモノはもっと怖いんだろうなぁ」
冷え切った内壁に触れ、昔のことを考えた。ストーンを掘るため知り合いのお爺さんと山に入った際、雪崩や落盤事故の恐ろしさは聞かせてもらっていた。今は非常灯が点いているから落ち着いていられるだけで、もし消えたらとか操作ができなかったらとか。考えると身震いする。
「……でも、今は!」
操作盤に触れ、身の安全を示す信号を発信。
フロートがかなり揺れ、上昇する感覚の後、保護壁が解除された。
「おーい! 大和錦っ!! どこだー!!!」
暴風ほどではないものの、未だ吹雪。視界は悪い。大きな声で呼びかけ大和錦を探した。フロートが前進しており、意思の繋がりも感じるため、止まったり沈んだりはしていないはず。わかっているのに、なかなか見つけられず焦ってくる。
「どこ、どこに……! ……いた! 無事だったんだね!!」
幸いにも大和錦は呼びかけに応え、視界の範囲に現れた。速度は落ち、二回り大きくなるくらいに凍っているが、目立ったダメージはない。
ホッと胸をなでおろしていると、イヤホンからマリーナの声が聞こえた。
「リタイヤしていなかったとはな。やれっ、ダイヤモンドダスト! 【氷柱】!!」
「くっ……! 大和錦っ、つぶてを飛ばせ!」
右側横を並走する人とストーンの影。大和錦付近に氷柱が降り注いでくる。対抗して大和錦は強く着氷。足元の氷を割り飛ばし、氷柱の相殺を図った。
「狙いは悪くない、が。風が計算に入っていないぞ」
「うっ……」
ダイヤモンドダスト側から吹く強風。風に乗る氷柱は氷つぶてを簡単に破壊、大和錦に直撃した。
「だったら次は……【雲隠れ】!」
距離を取り、吹雪に隠れる大和錦。
マリーナは近くを動く影に狙いを定める。
「稚拙だ。影が見えている。そこだっ、サスーリ……増えた?!」
「忍法【分身の術】! 今だ大和錦!! 【浴びせ倒し】!!!」
突然、二つ三つと影が増えた。狙いを絞れないうちに、一つがダイヤモンドダストに飛び込んでくる。大和錦だ。
飛び込み体当たりは見事、命中。白い欠片が散った。
「くっ、やる……! だが、カラクリはわかった」
重めのダメージながらマリーナは冷静で、即座にダイヤモンドダストを吹雪に隠れさせる。
ワタルはチャンスを逃すまいと追いかけ、立て続けに攻撃を選択。
「もいっちょ行くぞっ、大和錦! 【分身の術】!」
再び影を増やし、ダイヤモンドダストと並走。先ほどと同じく、いつどれが飛んでくるかわからない状況を作る。
マリーナは初め動かず、影の一つが少しだけ大きくなった(迫った)タイミングで反撃した。
「アレが本体だ! やれっ、ダイヤモンドダスト!」
氷柱をコントロールし、変化のあった影を撃ち抜く。
白と黒の破片が散った。
「うそぉ?!」
「分身とは、ハッタリもいいところ。実体は割った氷を並走させていたのだろう。近づいてこられるのは、本体一つのみ。わかっていればどうとでもなる」
「っ……。だったら、これはどう!?」
今度はダイヤモンドダストの左右に加え、後方にも多数の影が発生。取り囲む。
かなりの数だが、マリーナは落ち着いて後方を見つめた。
「ダイヤモンドダスト後方から、氷つぶてを飛ばしたな? しかしキミは、ストーンの大きさを計算に入れていない。所詮子どもの浅知恵か」
左右の影に迫る気配はなく、後方の影だけが接近。マリーナはダイヤモンドダストを動かさない。影のほとんどが晒した実体は、避けるまでもない小型の氷つぶて。残るいくつかの、大きな影にのみ集中する。
「本体が来たか。……よく聞いてくれ。これから私は最大の技を放つ。受ければキミのストーンは今度こそ、ただではすまないだろう。それでも進むか?」
攻撃前の、最終警告。
わざわざ口にしたのは、弟を想起させるワタルを悲しませたくない思いから。
「オレは……」
「もう勝負が始まって随分経つ。ストーンも弱っているし、体も冷えて辛いだろう。どうしてキミは、そこまでして進む?」
マリーナの問いに、ワタルはハッキリと答えた。
「オレは、世界一の水切り選手になりたくてここに来たんだ!」
「(あぁ……キミは本当に似ている。マルクもよく、そう言っていたよ)」
思い出される弟の口癖。『お姉ちゃんみたいにストーンが操れるようになって、世界一の水切り選手になる』。それが重なるワタルの言葉は、今のマリーナには受け止められない。
声を荒げて否定した。
「そんなの誰だって同じだ! まともに反撃できないで戯言を!!」
「できてないけどっ。オレも大和錦も、まだ全部出し切ってない! だから倒れるまで全力でやる! ダメだったら次できるようがんばる!! そうじゃないの??!!」
「次などと軽々しく! チャンスは何度もないっ、不幸は前触れなく訪れるっ!! 倒れて失い、痛みで学べ!!!」
ダイヤモンドダストから放たれる、一番の冷気。
上空に巨大な三本の氷柱が出現し、後方から迫るとりわけ大きな影を狙う。
「決めろ、ダイヤモンドダストっ! 【絶対零度】!!!」
「やるぞ、飛び込めっ! 大和錦ッッ!!」
巨大な影がダイヤモンドダストへ進み、大氷柱が落下。
轟音が響き、落下地点を中心に砕けた氷が白いモヤを広がらせた。
「……はぁ、はぁ。勝負あったな」
マリーナが言う。巨大な影は、取り囲んで落ちた三本の大氷柱により封じられ、放たれた氷塊にされた。取り残され遠くなる氷塊を見て一つ息。ダイヤモンドダストもまた、冷気の放出量を減らしていく。
「……勝負あったね、マリーナさん!」
ワタルの声。
吹雪に浮かぶ、子どもの人影。マリーナは目を疑った。
「!? 止まっていない?! どうして──」
近づき姿を見せ、ワタルは『してやったり』の顔。
「──フロートが進み続ける理由は一つしかないよ。忠告しとくけど、足元に気をつけてね。もう遅いけどっ! 忍法【畳返し】!!!」
ダイヤモンドダストの進路上。分厚い氷に亀裂が入る。マリーナは回避を試みるが、間に合わない。亀裂上にストーンが達した瞬間、海水と氷を散らし大和錦が浮上。勢いのまま突き上げ攻撃を放ち、ダイヤモンドダストを空中に弾き飛ばした。
「潜水だと?! 重量級ストーンが浮上できるはずが……!」
マリーナの疑問には、大和錦が先に答えた。大和錦にまとわりつく氷が、時間差で粉砕。元の白黒ボディの光沢を見せる。
「っ! なるほど、それで浮力を得たか……!」
「おかげさまで。氷漬けが役に立ったよ。雪も氷も使いよう、だから」
「!」
ダイヤモンドダストによる凍結。大和錦はボディを包む氷から浮力を得て、潜水のまま沈まず浮上攻撃が可能となったのだ。
「ビスマルクのマネだけど……。経験を活かせて良かったね、大和錦っ!」
「……やられた。私の負けだ」
横でガッツポーズするワタルを、マリーナは称えた。天候はもとの嵐に戻り、海を覆う雪と氷が崩れていく。空から海面へダイヤモンドダストが戻ってきたが、もはや跳躍に力はない。大技の連続で意思を大きく消耗。軽量級ストーンの身で重量級ストーンの体当たりを二回被弾。疲労とダメージで速度と跳躍安定性を失った。優勝争いどころか完走も厳しいだろう。
勝負を振り返り、マリーナは苦笑いで話した。
「脅かして自然の恐ろしさを教えるつもりが、むしろ私が驚かされてしまった。……いや、ただの八つ当たりだったんだろう」
「ちゃんと怖かったよ。言葉だけじゃわからないこと、学べた気がする! それはそうと、八つ当たりって?」
不要になったジャンパーをフロートに押し込み、ワタルは尋ねる。
答えるマリーナは視線を落とした。
「……水切りを楽しむキミを見るのが辛くて、つい拒絶してしまった」
「辛く? 楽しんじゃいけないの?」
「いけなくはない。楽しんで良い。これは私の問題。私には水切りを楽しむ資格がないんだ」
「資格?? どういうこと???」
ますますわからなくなり、首を傾げるワタル。よその国では、水切りは遊びじゃないのかも、などと想像する。
マリーナはそんな勘違いを察し、伝えるべきか迷いつつも表現を改めた。ワタルが気にしないよう、さらりとした口調に平静な表情を添えて。
「すまない。言い方が紛らわしかった。……私は昔、大きな判断ミスをしてしまって、弟を水切りができない身体にしてしまったんだ。水切りが大好きな弟をね。だから、そんなことをした私が水切りを楽しんではいけないと思っているんだよ」
「あっ……えっ……」
「こうして水切りをしているのは、罪滅ぼし。弟はキミみたいに『世界一の水切り選手になりたい』とよく言っていたから、せめて代わりに夢を叶えようとね」
「そんな……」
言葉を失うワタルに、マリーナは穏やかな顔を作ってみせる。
「気にしないでくれ。だから恨むとか、慰めてほしいとかじゃない。……っ。ならどうして私は八つ当たりだなんて──」
「──弟って、もしかして名前、マルク君っていうの?」
話を聞いて、ワタルは勝負中のやり取りを思い出していた。マリーナが『マルクの夢を壊した~~』と言っていたと。
他人の口から発せられた弟の名は不意打ちとなり、凍らせていた感情を溶かしてしまう。
「……っ、そうだ。マルクは私の弟で……」
頬を伝う涙。
ワタルは焦って、身振り手振り。
「ご、ごめん。もし嫌じゃなければ、もう少し話せたらって思って。なんだかこのままじゃ、マリーナさんやマルク君? のこと、誤解しちゃいそうだから。……ダメかな?」
マリーナは黒の手袋の指先で目元を拭い、頷いた。
「……キミが良いのなら。これ以上速度は出せないよ?」
「いいに決まってるよ。大和錦もヘロヘロだし、速度も気にしないで。……ダイヤモンドダストもごめんね。疲れてだろうけど」
遅くゆっくり跳ねるダイヤモンドダストと、大和錦の速度を合わせる。大和錦もバトルの疲労があるので都合は悪くない。
二人はしばし息を整え、落ち着いたところで話を再開した。
「弟のマルクは私の七つ年下で、見た目は似てないが、キミと同じで水切りが大好きな子だったよ。『世界一の水切り選手になる』が口癖で、私に何度も勝負を挑んできてね」
「へぇー。オレにもマリーナさんみたいな姉ちゃんがいたら、もっと強くなれてたかも」
羨ましがるワタルに、マリーナは首を横に振る。
「そうでもないさ。私のせいでマルクは事故にあったのだから」
「事故……」
「五年前、私が国の強化選手に選ばれた頃のことだ。なぜだかマルクが毎日どこかへ出かけ、やたら汚れて帰ってくるようになった。日に日に手がボロボロになり、時には擦り傷まで作って……。不審に思って様子を調べたら~~」
──
─
「~~今日も泥だらけ……。この土、パパの採掘場のでしょ。勝手に入ったの?」
「し、しらないよ!」
「はぁ……。お姉ちゃんが土の違いをわからないと思う? 怒らないから正直に言って」
「……。……はいって、る」
「よろしい。いいかい、マルク。自分のストーンが欲しいのはわかるけど、あそこは閉まって長いし手入れされてないから、地盤が緩んでる。危ないから近づいちゃダメ」
「ごめんなさい……。でも、もうちょっとで掘れるから、あと一日だけチャンスをちょうだい! 一生のお願い!!」
「うーん……。……。……わかった。あと一日だけだよ」
──
─
「~~私はあの日、マルクにストーン掘りを許してしまった。弟を守る姉として、絶対に許しちゃいけなかったのに。危険だと知っていながら、自然を甘く見て……!」
深い悲しみ、悔しさ、自分への怒り。悲痛な表情と声色でマリーナは言う。
恐る恐るワタルは聞いた。
「いったい、何があったの?」
「……採掘場で落盤事故が起きてしまった。気温が高く雪が融け、地盤に水が染み込んだのが原因。巻き込まれたマルクはなんとか命は助かったけど、利き手の右腕を挟まれ、失ってしまった」
マリーナの弟マルクは、ストーンを掘っている時に発生した落盤事故で、右腕を岩に挟まれた。その時点で右腕はどうしようもなく、救出を阻んでいたこともあり、最終的に右腕を諦めることになった。現場での処置は出血や強い痛みを伴う大変危険なものだったが、マルクは掘り出したストーンの力で腕を凍結させ、乗り切ったという。
「腕を……」
思わずワタルは、自分の右腕を左手でさすった。マルクを襲った事故は、自分にだって起こり得ること。想像し、悲しい気持ちがしてくる。
「判断を誤り、マルクに水切りをできなくさせた。夢を奪ったんだ。そんな私が水切りを楽しんで良いわけがないよ」
「でも、それは……。マリーナさんが水切りを苦しくなっちゃったら……」
「……本当にそっくりだね、キミは。マルクも『気にしないで』って言ってくれたよ。だけど私にはできなかった。病室で目覚めたマルクは腕よりも何よりも、別のことを気にしたんだ~~」
マリーナはダイヤモンドダストを見た。バトルによって若干欠けているが、その白き氷の宝石は輝きを失ってはいない。
──
─
「マルク、その、腕……」
「あー……。……大丈夫だよ、なんとかするから。それよりこれ、プレゼント!」
「これは掘ってたっていう──え?? プレゼント???」
「そう、プレゼント。名前は【ダイヤモンドダスト】。お姉ちゃん、ストーン壊しちゃったんでしょ? だからコレ使って。そんで世界一になってよ!」
「じゃあマルクは、私のために……」
「まぁ、うん。お姉ちゃんは意思についていける強いストーンさえあれば、きっと世界一になれる。ボクは、そんなお姉ちゃんを倒すのが目標なんだ」
──
─
「~~病室に届いていたダイヤモンドダストを私に持たせて、『プレゼント』だって、『これで世界一になって』って。私が判断を誤ったせいで大好きな水切りができなくなったのに、マルクは笑顔で言ったんだ」
俯くマリーナの目から、玉となった涙がポロポロ零れる。
聞いていてワタルは悲しかったが、それ以上にマルクの心の強さを感じた。
「……すごい子なんだね、マルク君って」
「あぁ。優しくて、とても強い子だ。……話は、こんなところ。情けなくなってくるよ。悩みを聞いてもらいたくて、ほのめかすようなことを言っちゃって。弟みたいな子どものキミを頼ってしまった」
涙を拭き、困り顔のマリーナ。
ワタルは元気に返した。
「オレは話せて良かったよ! 中途半端に聞いたままだったら、マリーナさんを『酷いことをした人』って誤解しちゃいそうだった! でもそんなことない『弟思いの優しい人』ってわかったから!」
「弟思い、か……」
マリーナが表情を柔らかくする。優しい眼差しでワタルと大和錦を見つめた。
「話を聞いてくれてありがとう。……キミ達に負けて、良かったのかもしれないな」
「こちらこそ、熱い勝負ができて楽しかった! ありがとう!!」
眩しい笑顔で答え、ワタルはもう一つ尋ねた。
「その……、マルク君は今、どうしているの?」
「どうだろうな。退院してからはあまり会っていないんだ。両親の話では、左腕だけの生活に最初は苦戦していたけど、今は大抵のことを自分でできるようになったそうだよ。あの子のことだ、きっとたくさんがんばったんだろうね」
「いつか会ってみたいな。マルク君に」
「ぜひそうしてくれ。その時は故郷を案内するよ。……っと、さすがに話過ぎた」
ダイヤモンドダストの速度が落ち、回転が弱まる。
ワタルはその段になってボディの欠けに気づき、慌てた。
「……あっ、大きな傷! 大事なストーンなのにごめんなさい!!」
「気にしなくて良い。今度は、本当に。競技に使っているんだ、壊れもする。覚悟しているさ。それにこのくらい大した傷じゃない。じきに修復されるよ」
言葉の通り、ダイヤモンドダストはボディの欠けを、海水を素材に修復・再生。少しずつ元の形に戻っている。
「わぁ! 修復できるなんて、すごいストーン!」
「氷でできているからね。多少の傷なら水気があれば元に戻るよ。……だが競技中の修復は、この辺りが限界かな。ダイヤモンドダストも私もスタミナ切れだ」
修復はできても、跳躍は弱々しい。
そこでマリーナは、あるお願いをした。
「一つ、頼んでいいか?」
「いいよ!」
「キミの攻撃でリタイヤしたい」
「えっ?」
二つ返事しておいて、予想外のお願いにワタルは困惑。
マリーナが事情を説明する。
「私のチームは少し面倒な風潮があって、勝負で倒れるのは良いが自主リタイヤには厳しいんだ。申し訳ないが、頼む」
グレートジャーニーはゴール時の順位を競うもの。追撃の危険が無い場合は、わざわざバトルで相手ストーンを倒す必要はない。追いかけてこない相手に労力を割くのはもったいなくすらある。しかもワタルはストーン好き。無暗に傷つけることは好んでいない。
「でも……」
「頼む」
「……わかった」
けれどマリーナに応えたいと思った。
大和錦をダイヤモンドダストから離し、僅かに助走をつけ、軽い体当たりのため近づける。
「軽くでいいからね、大和錦。【突っ張──」
瞬間、敵意に満ちた男の声がした。
「――そんなにトドメを刺されたいのなら、俺がやってやる! まずはデカいのからだ! 【コール】ッ!! 【バケットホイール・エクスカベーター】!!!」
後方から黒モヤを纏ったストーンが凄まじい勢いで接近。大和錦へと飛び込んでくる。ワタルは完全に不意を突かれ、辺りにガリガリと嫌な摩擦音が響いた。
コールを操る、小型円形フロートに乗ったローブ男が舌打ちする。
「チッ。死にぞこないだと後回しにしたが……、まさか他人を庇うとはな!」
大和錦へとコールが放った、トゲを用いた掘削攻撃。それをダイヤモンドダストが間に入り、受け止めている。
ワタルは動揺した。
「……あ? えっ? ダイヤモンドダスト?? マリーナさん、どうして???」
「キミが先に進む姿を見たくなった。それだけだよ。どの道、私はゴールまで辿り着けないんだ。ここは私に任せて先に行くか、巡航申請して逃げなさい」
マリーナが微笑む。
「ダメだよ! 早くソイツから離れるか、リタイヤして! じゃないとダイヤモンドダストが……!」
コールの強烈な攻撃で、ダイヤモンドダストはみるみるうちにボディを削られていく。
「いや、離れない。私との勝負でキミは消耗している。狙われて連戦になれば五分ともたない。安心してくれ。私も巡航にする。待機時間を耐えるだけだ」
「っ……! でも……!!」
腕の端末に、マリーナが巡航への待機時間に入ったと示す表示。ワタルも同じく巡航を申請、待機時間に入った。しかしマリーナの言う通りの離脱はしない。
横方向に大和錦を離れさせ突進の助走。ローブ男を睨みつけ声を荒げた。
「アンタ何すんだ! そんな攻撃続けたら、ダイヤモンドダストが壊れちゃうだろ!!」
ローブ男はバカにした態度で大笑いする。
「ハッハッハ! 当たり前のことを言うな小僧。壊そうとしているのだ! 粉々にな!!」
「なんでそんなこと! ダイヤモンドダストはマリーナさん達にとって大切なストーンなんだ! 大和錦ッ! アイツを止めろ!!」
ワタルは全速力で大和錦をコールへと突っ込ませた。
その様を見て、ローブ男は言葉を吐き捨てる。
「大切だから、壊すんだろうが……!」
コールから漂う黒いモヤ。
狙いに気づき、マリーナがワタルを制止する。
「近づくな!! ダイヤモンドダストっ【氷防壁】!!!」
ダイヤモンドダストから僅かな冷気が放たれ、氷壁が出現。大和錦の突進を阻んだ。
「マリーナさん?!」
壁に隠れ、ダイヤモンドダストが見えなくなる。
ローブ男の声が聞こえ、ワタルは背筋が冷たくなった。
「まとめて消すつもりだったが、まぁいい。爆ぜろ、【ダスト・エクスプロージョン】!」
カチっと音がした瞬間に爆発音。遅れて黒煙。氷壁が粉々に砕け散る。
飛び散った氷の中に、ワタルは見覚えのある白い破片を見つけた。
「ダイヤモンドダストが……!」
煙を抜け出る、モヤを纏ったストーン。
その横をコインくらいの大きさの透明な欠片が跳ね、次第に速度を落とした。ローブ男が高笑いする。
「ハハハハハ。粉々にしたつもりだったが、存外大きな破片が残ったか。慈悲だ。それくらいは持ち帰らせてやる。……さて、次は」
ローブに隠れた目が光る。狙いはワタルだ。
「小僧、貴様だ。その不格好な石ころも粉々にしてやろう」
「なんで、なんでこんな酷いことを……!!」
睨み返すワタル。
だが意外にも、反撃せず速度を落としていく。
「なんだ? 怖気づいたか?」
「……アンタより、ダイヤモンドダストが大事だから」
馬鹿にされ、爪が食い込むくらい拳を握りしめても、返す言葉は静か。
ローブ男は苛立った。
「敵を大事と言うか! 順位勝負でなければ、この場で粉々にしてやりたいが……!」
端末をチラと見て、大和錦の巡航が間もなくであるのを確認。先のコールの爆発を加速に使い、ローブ男は去って行った。
~~
「マリーナさんっ、ダイヤモンドダストはどう?!!」
「……どうしたんだ。キミのレースはまだ終わってない。進まなくちゃ」
先へ進めと促すマリーナの声は震えている。足元のダイヤモンドダストを見つめ、目を合わせない。
「その、ごめんなさい。オレのせいでダイヤモンドダストが……」
ワタルの目に涙が滲んだ。
「キミのせいじゃない。さっきも言ったろ? 競技に使えば壊れもする。執拗な攻撃は褒められたものではないが……悪いとしてもあの男だし、庇ったのは私がそうしたかっただけ。だからキミは気にせず先へ進んで。いいね?」
顔を上げ、マリーナは微かに口角を上げる。
半袖の肩で涙を拭い、ワタルは答えた。
「うん。オレ、行くね」
「そうだ。最後に一つ、聞いてもいいか? キミに聞いても、仕方がないんだけど」
二人のフロートが離れ始めた時、マリーナが問いかける。
「もちろん!!!」
またもワタルは二つ返事。
マリーナは不安そうに、胸の前で両手を握った。
「私はマルクに、嫌われてしまわないかな? ダイヤモンドダストをボロボロにしたし、世界一にもなれない。こんな何にもしてあげられない姉で……」
「嫌われるなんて絶対ない! 世界一にも、オレがなっとくよ!!」
今度は動揺せず、ハッキリ即答。
可笑しくてマリーナは小さく笑った。
「フフッ、そうか。私に勝ったキミが世界一になれば、セーフ、なのかな。理屈になっていない気もするが」
「えー、そうかなぁー?」
「まぁいい。私に勝ったんだ。絶対一番でゴールしてくれ、じゃなきゃマルクに示しがつかない!」
「任せて!! ……あ、そうだ!!」
互いの顔がだいぶ遠くなったくらいで、ワタルは大きな声を出して手を振る。
「オレの名前はワタル、覚えといてね! いつかまた一緒に水切りしよう!! マルク君も、一緒に!!!」
マリーナもまた、声を大きく答えた。
「ああ! また一緒に水切りをしよう、ワタル! マルクにも、そう伝えておく!」
ダイヤモンドダストの先に回り、フロート速度を落としキャッチ。マリーナは一人、嵐の中を進んでいくワタルの背中を見送った。
~~
自国クルーザーハウスの甲板上。マリーナはオレンジ色アタッシュケースをテーブルに置き、ぬるい温度の風を受けた。
「元には戻らないかもしれないな……」
ポツリと呟く。ケースは超低温の特殊冷凍容器で、ダイヤモンドダストが収納されている。リタイヤ後、速やかに対処したのだが、サイズは戻っていない。オカルトが尽き融けきってしまうのだろうと、マリーナの胸は痛む。
「ダイヤモンドダストを壊したこと、マルクに謝らないと。それに、私だけ水切りを楽しんでしまったことも……」
物思いにふけっていると、後ろから足音が近づいてきた。
「……どっちも違うよ。お姉ちゃん」
「っ! マルク?!」
男の子の声がして、マリーナが振り返る。そこに居たのは、白シャツの右袖を靡かせる、サラサラ短め銀髪で整った顔立ちの少年──マルクだった。
観戦に来ていると知らず、マリーナは慌てる。
「どうしてここに?! ええっと、その、お姉ちゃん謝らないといけないことがあって……レースでダイヤモンドダストをこんなに――」
「――だーかーら、ちがう! 謝る必要はないんだって」
マルクは呆れた調子でケースを開け、ダイヤモンドダストを取り出した。
「な、何をするんだ?! そんなことしたら融けてなくなって――」
「――なくならないよ。だってダイヤモンドダストのコア部分は氷じゃないから」
「へっ……?」
きょとん顔のマリーナに、マルクはつらつらと説明する。
「ダイヤモンドダストのコアは、ダイヤモンド。周りに氷がついてあの形だったんだよ。気づいてなかったの?」
左手で握ったストーンを高く掲げ、光を反射。どこから見ても溢れだす眩しさは、紛れもなく宝石のダイヤモンド。
「そう、だったのか……! 壊れてなくて、良かっ――」
「――おりゃ!」
「……ん? ……え??」
安堵も束の間。マルクは持っていたダイヤモンドダストを、勢い良く海上へと投げてしまう。
「な、何してるんだ!? 捨てちゃうなんて……」
海をのぞき込み、マリーナは言葉が出なくなった。ダイヤモンドダストは高速で海上を進み、ぐるりと方向転換。船まで戻って大跳躍。マルクの左手に納まる。明らかにコントロールされていた。
マルクが胸を張る。
「言ったでしょ? どっちも違うって。ダイヤモンドダストは壊れてないし、お姉ちゃんだけが水切りを楽しんでるんじゃない」
「!!!」
「そういうことだから、もう暗い顔しないでよね」
「……あぁ!」
マリーナの頬を、温かな涙が流れた。
向かい合う二人の間で、ダイヤモンドダストが美しい光を放っている。
「そうだ、お姉ちゃん。世界一になれなかったことは謝ってよ? 世界一になった姉ちゃんを倒して世界一になるのが、ボクの目標なんだから」
「……そうだな、わかってる」
「あと、ダイヤモンドダストの氷が戻るよう、ちゃんとお世話しといてね」
「……わかってるさ」
「なんか返事テキトーじゃない? ホントにわかってる??」
「なぁマルク。今日は雪解けみたいだな!」
「なにそれ、海のこと? まったく姉ちゃんは話を聞かないなぁ……」
「聞いてるよ。大丈夫ってことだろう」
二人は笑った。
春の訪れを喜ぶように。
「……でも、本当に大変だったろう? あそこまでストーンを操れるようになるのは」
「とんでもなく大変だったよ。だけど、大丈夫って言っちゃったからね」
「そっか。まだまだ私には遠いが、今度コーチしてあげよう」
「まだまだ、ね……」
「遠いさ。世界にはたくさん強い選手がいるんだ。まだ子どもなのに、私を倒してしまう選手だってね」
「知ってるよ。ワタル君って名前でしょ?」
「なんだ、知ってたのか」
「試合、見てたからね。映像ガビガビだったけど。彼、面白い技を使うよね。ボクも勝負してみたいな!」
マルクは瞳を輝かせた。以前の夢を目標にして、以前より強い思いで追う。
そんな姿を見てマリーナも、次の勝負が、水切りが楽しみに感じられた。
「お姉ちゃんに任せなさい。既にワタルとは、一緒に水切りをする約束を取り付けてある」
「本当?! さすがお姉ちゃん!」
「大会が終わったらすぐに連絡しよう。……楽しみだな、マルク!」
水切りを楽しむため、これからも二人はストーンと技を磨き続ける。その眩しさと輝きこそが、きっと。
永遠のダイヤモンド。




