第六投:永久凍土・マリーナ(1)
『さぁ、残りはおよそ六千キロ、レースはいよいよ後半戦だァ!! しかァし、各選手あまり動けていないようだぞォ!?』
ゴールの中国福州市まで約六千キロメートル。現在の順位は、一位がフォーミュラ・ワン。そこから三十メートルほど離れて、二位ダイヤモンドダスト。十数メートル後ろに、三位以下のストーン四つが集団を形成している(ギフト、フロンティアスピリッツ、満漢全石、コール)。ビスマルクは未だ潜航から浮上していない。
そんな状況で、実況の言の通り試合が動いていないのは、悪天候が原因。空は黒々とした雲に覆われ、風は強く。波が大きくうねるなど、海はしけっていた。
『荒れた海は軽量ストーンにはキツイか?!』
先頭集団のストーンは、ワタルの大和錦とシブシソのギフト以外、重量の軽いストーンが多い。軽量ストーンはスピードや小回りで優れるが、波など天候の影響を受けやすく、荒れた海は不得手だ。……であれば逆に、この嵐が追い風となる選手もいる。
「やっと追いついた! さぁ、オレと勝負だ!!」
後方からワタルが猛追。大和錦は削れていても、まだまだ大型。さらに重量がかなり重い。波にも風にも強い耐性がある。
気配を察知し、先頭集団で一番初めに動いたのは、先日と同じく燕青──。
「ここで大型ストーンの相手はしたくないネ。秘技【万里の長じょ……って、アリャ? チカラが入らな……」
──だったが、技が発動しなかった。満漢全石を覆う紫色のオーラもかなり薄い。
「〈スタミナ切れですな、燕青様。軽々しく大技を使うからです。だから控えてくださいとあれほど……〉」
「ぐぬぬ、すぐ戻る! 調子に乗るんじゃないヨ!」
大技発動に荒天の航路。意思がもたなかった燕青は、納得していないじっとり目つきで横方向にフラフラ進み、集団を離脱した。
対して、燕青と激しい勝負を繰り広げていたルーカスは、余裕を感じさせる大声でワタルに反応する。
「やれやれ、ペース配分も勝つためには大切だぜ? さァて勝負といくかァ、ワタル!」
「もちろん!」
ルーカスに余力があるのは、意思の特徴がオカルトではなくテクニック寄りであるため。オカルトは爆発力や窮地の底力に優れるが、安定性・再現性・回復力・消耗の少なさでテクニックに劣る。
「まずは挨拶代わりだ! くらえっ【ウォーターマグナム】!!」
フロンティアスピリッツが大和錦の進行方向を塞ぐ進路を取り、後方へ水弾を発射。
直撃コースの水弾を前に、ワタルは回避を選ばない。
「がっぷり四つだ! 下手に避けるくらいなら!!」
正面から受け止め。ふらつくことなく突き進む大和錦。
ワタルは『どうだ!』と拳を握る。
「へへっ、正面からならナンボか耐えられるよ! ほらほらっ、道を開けないと弾き飛ばしちゃうからね!」
「Oops! しかたねェ、位置を変えるか」
接触を嫌い、フロンティアスピリッツは横移動。あっさり進路を譲った。
順位が上がり、喜ぶワタル。
「よっし! ここから大暴れして──ひぃぃ!」
後方から鋭い水弾が飛来。大和錦をかすめる。ボディ端を軽く擦られた程度ながら、大和錦はバランスを崩し、不格好な跳躍を数回するはめになった。
後方でルーカスがニヤリ。
「お分かりになったかな、ボーイ?」
「なるほど……。フロンティアスピリッツは後ろにつかれる方が厄介なストーン、だよね?」
「ご明察!」
前進するストーンは前方からの攻撃には高い防御力を発揮する。逆に、後方からの攻撃には隙ができやすい。順位が上だろうと必ずしも有利とは限らず、危険度が増す場合も少なくないのだ。
「だとしても、気をつけてれば避けるくらい……」
「~♪ ~♪」
「口笛なんかしちゃって、余裕なんだ──危なっ?!」
テンガロンハット目深に口笛を吹くルーカスに警戒を解きかけ、直後に撃ち込まれた水弾で(回避はしたが)肝を冷やす。
慌てるワタルをルーカスは面白がった。
「ハハハ、油断したらオワリだぜ? 背中に銃口を突き付けられるプレッシャー、存分に楽しみなッ!」
「うへぇ……気が抜けないよ……」
「フフフ、気にスるノは後ろダケデ良いノか、ワタル。ワタシもイルゾ?」
「シブシソさん!」
フロンティアスピリッツとの攻防から一息もなく、ギフトが側方十数メートル先から、荒れた波に負けない水飛沫を上げ迫ってきた。
ビスマルクとの勝負前後を思い出し、ワタルは恨み節。
「さっきはよくも出し抜いてくれたね!」
シブシソはいつぞやと同じバツが悪い顔で済ませようとして──。
「許セワタル。コレモマタ勝負」
「勝負でも恨みは恨み! 牛はさばいて焼肉にしてやる! 大和錦ッ【回転切り】!!」
──済まずに攻撃を受けた。
大和錦が鋭い側面エッジを向け、ギフトは真っ向から衝突。
「我ガ国ノ屈強な牛ハ、肉質ガ固イゾ? ギフトよッ【ヌーの突進】!!」
二人の間で激しくぶつかり合う、二つのストーン。さらに両ストーンを撃ち抜こうと水弾も飛び、勝負は激しさを増していった。
「こうなったら一気に加速を……あら? 大和錦?? どこ行った???」
水弾対応でワタルが目を離した瞬間、大和錦が視界から消えた。見つけたのは数秒後。真っすぐ跳ねていたはずの大和錦が、どういうわけか上空から落下してくる。
「いったい何!? シブシソさんの技??」
見てみるとギフトもまた、上空から落下し海面に叩きつけられていた。
「ムム……? ソウイウコトカ!」
シブシソは目を凝らして何かを発見。ギフトを集横方向に離れさせる。
「ギフトじゃない……? じゃあ一体何が……? ああっ!?」
荒れる波間で視界が遮られた時、またしても大和錦は上空に飛ばされた。今度はかなり斜め前方向に進路を歪められている。
「受け身だっ、大和錦!」
飛ばされるところから見ていたため、なんとか着水のコントロールに成功。ダメージは防いだ。とは言え疲労はあり、十日を越えて競技を続けるストーンにとって、無視できる負担ではない。
「何度も受けてられないのに……。冷たっ?!」
頬に当たる冷たさ。触れたら指が濡れた。
水滴を見て、ワタルは考える。
「水……。……そうか!」
正体がわかり、視線を前方へ。ダイヤモンドダスト付近の海面が、波打つ状態で【動きを止めている】。
「あなたの仕業だねっ、マリーナさん!」
マリーナが振り向いた。艶やかな銀髪がなびき、澄んだ水色の目が見つめてくる。
「キミは日本の……。技だとわかったとしても【氷防壁】の前では接近すら叶わないだろう」
起伏の少ない冷静な声色。表情は冷たく、近寄り難い雰囲気。わかりやすくプレッシャーをかけられているが、ワタルは心ここにあらず。口をぽっかり開けた。まるで白銀の飾りで縁どられた、二つの水色の宝石。これほどの美人と目が合う経験は初めてで、見惚れてしまっていた。
黙ったままのワタルに、マリーナは首を傾げる。
「ん? 私の顔に何かついているか?」
「……。……あっ、えっと、すんごい美人さんでびっくりしちゃっただけ!」
「口が達者だな。しかし、私ではなく前を見た方が良い。このままだとまた飛んで行ってしまうぞ?」
「え?」
美貌に釘付けになっているうちに、大和錦は氷の発射台の前まで来ていた。波間に仕掛けられた氷の罠。ダイヤモンドダストの技、【氷防壁】。発射台だけではなく様々な種類があり、着水地点に氷を配置しスリップを狙うものや、凍らせた波を壁にしているものなどある。
「回避は、間に合わない! それならいっそ……大和錦っ、テイクオフ!!」
ワタルは早々に回避を諦め、加速させた。氷の発射台を滑り出した大和錦は凄い勢いで、あらぬ方角の空へと飛び立っていく。
「ヤバっ! めっっっちゃ飛ぶ!! うぉーい大和錦ぃー、戻ってこーい!」
誰もいない遠く側方を飛翔する大和錦。
少し追いかけた位置で意思を込めて呼び戻すワタルは、大変な状況にも関わらずどこか楽しげ。
「……アハハッ。そのまま飛び立たせるなんて!」
そんな姿が愉快で、マリーナは思わず子どもっぽく笑う。
ワタルは不服にした。
「だって! 変に動いて不安定に飛ぶくらいなら、勢いつけて安定させた方がマシ! スキージャンプだと思えば楽しいし(?)」
不器用な子どもであっても、代表選手。三度目ともなればコントロールに慣れ、大和錦は完璧な着水に成功。さほど時間を要さず、ダイヤモンドダスト付近まで戻った。
「なかなかやるな。飛ばされて楽しむなんてまるで……」
機嫌の良さそうだったマリーナが、話の途中で言葉を詰まらせる。
「まるで……? どうかしたの?」
様子の変化をワタルは気にしたが、話は大粒の雨に遮られた。波はいっそう高くなり、ついに嵐の様相。
実況が盛り上げる。
『おォーっと、これは厳しい! 荒れた海に大雨が降り始めたぁ!! まさに波乱の幕開けかァ?! ……えー、映像と音声の乱れは嵐の影響なので、お使いのモニターは正常です』
雨に加え、ゴロゴロと雷鳴まで聞こえ始める。モニタ映像が乱れたり、音声にノイズがかかったりもした。自然の脅威に晒され、難しい判断を迫られる選手達。速度を優先し高波や強風の影響下を進むか、巡航にして消耗を避けやり過ごすか。
「こりゃキツイなぁ……。でもっ、もうちょいやれるよね、大和錦!」
ワタルは巡航ではなく競技継続、しばらくの前進を選んだ。他の選手が巡航を選べば、バトルせずに順位を上げられる。バトルより荒天を進む方が消耗は少ないと考えた。他の選手では、七位燕青は競技継続ながら前進ペースを抑えた様子見。六位ルーカスも近い選択で、水弾の射程限界まで距離を取っている。五位ローブ男も集団から離れた。
四位シブシソは前進したがっているものの、荒れた海は不慣れ。繰り返す高波に苦戦し、速度が上がらない。一位のダンテも速度が落ち、リードを失いつつある。
しかし、それらの選手以上に嵐の影響を受けた選手がいた。マリーナだ。
「……天も味方しないか。当然だな。私は罪深いのだから」
空を見上げ、力なく呟く。ダイヤモンドダストが作り出した氷の罠【氷防壁】が、荒れ狂う波で崩れていく。
進路妨害が崩れた隙をつき、ワタルは大和錦を進めた。
「チャンスかも! 悪いけど追い抜くよ!」
順位を入れ替えダイヤモンドダストの前に出られれば、凍結攻撃を恐れずに済む。荒れた海を力強く進んだ大和錦は、ダイヤモンドダストの後ろまで詰め寄った。
「思いきりの良い子だ。でもね──」
マリーナの雰囲気が変わる。落胆から、身も凍る冷たい表情へ。体から青色のオーラが溢れ、ダイヤモンドダストに宿った。
「──私は絶対に負けられない! それが、夢を奪った私にできる、唯一の償いだから!」
オーラに反応し、ダイヤモンドダストは強烈な冷気を放出。真っ白のモヤは周囲一帯どころか天にまで到達する。
「ダイヤモンドダスト、すべてを止めて。【永久凍土】!」
雨は結晶に、荒波は氷塊に。瞬く間に世界は時が止まったかのような、雪と氷の世界へと変貌した。
『これは凄いッ! ダイヤモンドダストの凄まじい冷気が、荒れ狂う海を凍らせたぁ!!』
「全部が凍った?! 大和錦、大丈夫ッ!!??」
最も近い位置のため、ワタルは焦って大和錦の身を案じる。幸いにも大和錦はまだ凍りついておらず、分厚い氷上を跳ねていた。
「良かったぁ。さすが寒いとこ出身! 氷漬けにされたかと思ったよ……って、だいぶ凍ってるじゃん!!」
ボディが氷と接触する度、大和錦の凍結が進む。周りでは、他の選手のストーンも程度の差こそあれ、徐々に凍結し始めていた。
状況は一見、マリーナ優位。だが、当人の表情は険しい。
「終盤まで残るストーンは手強いか。……ダイヤモンドダストっ!」
更に意思が込められ、ダイヤモンドダストが冷気を天へ。降雪の量と風の勢いが増し、吹雪となって選手達を襲う。
テンガロンハットを手で抑え、ルーカスが舌打ちした。
「チッ、ブリザードってヤツか。凍結対策してたってのに、トリガーが凍っちまった。なんて寒気だしやがる」
攻撃・回避など挙動の要である圧縮水放出を封じられ、たまらず離脱を選択。狙われない安全圏までフロンティアスピリッツを移動。
「ウーム、前ガ見エン。まルで砂嵐のヨウダ! 嵐ハ、ヤリ過ゴス他ナイ」
ほぼ同時に、シブシソもルーカスを追って退避した。二人以外では燕青も退避、アーデルベルトはビスマルクの潜航を継続。ローブ男はコールを横向きに操作し、突起をスパイクに前進。ワタルとマリーナをギリギリ目視できる範囲に留まっている。もっとも影響を受けたのは、一位のダンテ。胸元の大きく開いたカッターシャツに赤色ジャケット、短髪顎ヒゲの日焼け色男がオーバーリアクションで嘆く。
「マンマ・ミーア! チェーンないから滑っちゃうYO!」
極扁平の超軽量ストーン【フォーミュラ・ワン】は、本体下部の凍結によりスリップを連発。右に左に進路をブレさせつつどうにか待機時間をやり過ごし、巡航状態に。速度低下で先頭集団最下位まで順位を落とした。
『レース後半で試合が大きく動いたァ! ここまで先頭を譲らなかったダンテ選手を抑えて、マリーナ選手が前へ! 一番に大地を踏むのははたして誰なのかッ!?』
残り距離は、上位選手なら六日~八日で踏破できる程度と、ラストスパートに向け準備を始める頃合い。マリーナが支配する戦況。バトルで冷気放出を止めるか、大きく遅れて追走するか、最短距離を諦め迂回するか。悩みどころだ。
『~~現……の順……一位マリ……手【ダイ……ト】、二位……ワタ……選……【……錦】、三位……ロト……【コー……】……』
吹雪が強まり、実況音声のノイズが酷くなる。GPSの類も不安定で、ワタルは通信状況を気にした。
「もしもし! 保坂さん、聞こえるっ?」
「〈……せん、……君。……〉」
「あらら、途絶えちゃった」
サポートチームの音声も乱れ、ノイズばかりになってしまう。
ワタルは短く考え、掌で太ももを軽く叩いた。
「よし、今は目の前に集中しよう! 勝負だ、マリーナさん!!」
考えが理解できず、前を進むマリーナが首を捻る。
「どうしてついてくる。自慢じゃないが、生半可な寒さではないだろう?」
「た、たしかに、しょーじき寒すぎだよ。風防使ってるのに顔が痛いし、鼻水は止まらな──うわー! 凍ってる!?」
まつ毛まで白くなり、鼻水はカチコチ。フロートの風防機能で天候の影響を抑えていても、カタカタ震えるくらい寒い。それでもワタルは戦意を喪失しておらず、ポケットからタオルハンカチを出して鼻を抑え、大きな声で言った。
「寒い、けど! 大和錦が耐えてるんだから、オレがへこたれるわけにいかないよ! マリーナさんを追い抜ければ一位なんだ、挑戦するっきゃないでしょ!!」
笑顔で気合の正拳突きポーズ。
マリーナはほんの少しだけ、口角の険しさを緩めた。
「キミはストーンと良い関係を築いているんだな。……一つアドバイスをしよう。こう寒い中で話す時は、口を大きく開けない方が良い」
さらにまさかのアドバイス。口を小さく動かすお手本を見せてくれる。
「な、なるほど。さっきからのどが痛いの、寒さのせいだったんだ」
ワタルはすぐに真似し、嬉しそうにする。
「あ、マシになった。だけど、うぅ、すっごい寒さ……。大和錦、動ける? 厳しいけど、やるしかないからね!!」
表面の凍結と吹き付ける風雪で大和錦の動きは鈍い、が。ワタルはダイヤモンドダストとのバトルを選んだ。相対するマリーナは吹雪を背に、迎え撃つ構え。ダイヤモンドダストの周囲で、名前の通り小粒なキラキラが光る。
両者の視線がぶつかり、勝負のゴングが鳴った。
「美人さんに、濃すぎる雪化粧は余計だよ!」
「子どもらしく寒さを気にしないか。だが、ここからは大人の時間だ!」
~~
「~~とは言ったもののコレ、もしかしてかなりヤバイ?」
ワタルが呟くのも無理はない。勝負を挑んで数分。大和錦はダイヤモンドダストに、近づくことすらできていない。跳躍の度、不格好にスリップする大和錦とは対照的に、ダイヤモンドダストはスケート選手のごとく優雅に滑走移動。小回りの良さが違う。加えて大和錦は、飛び道具の石欠片が消耗と凍結により使えず、突進攻撃もスリップの影響で失敗リスク有り。
機動力と主要な攻撃手段を封じられ、残っているのは頑丈さと重量くらい。氷上バトルの適正と練度に差があり過ぎる。
「近づけないし、近づく手もない……。このままじゃ……!」
「さっきの威勢はもうお終いか? 無理もない。我が国で育った人間にとっても、雪と氷の世界は厳しいものだからな」
勝負らしく、冷たく挑発的な言葉。しかしなぜか、ワタルへと向ける眼差しは他の選手へのそれと異なり冷めておらず、温かみすらある。
「私は何を期待して……。似ているだけであの子とは違う。違うのに……」
首を横に振り、気持ちを切り替え。マリーナが意思を込めた。
「もう少しキミを見ていたかったけど、これで終わりにしよう。【氷柱】!」
ダイヤモンドダストの冷気が空へ。吹雪の一部が氷柱に変わり、空から大和錦に襲いかかる。
「そんな技まであるっていうの!? 避け……るのは無理! 大和錦っ、耐えてくれ!」
広範囲に激しく降り注ぐ、親指~中指サイズの氷柱。ワタルは氷上移動の不安定さを重く見て、回避を諦め、大和錦に防御させた。ダメージコントロールであるが、あくまでも耐えるのみ。長く使える作戦ではない。
「(何か手はあるハズだ……! 絶対見つけるから、それまで耐えてくれ! 冷気の放出を止めるか、氷柱だけでも──)」
ボコボコと音を立て氷柱を受ける大和錦。無傷とはいかず、ボディが微かに白黒破片を散らす。苦しい気持ちで大和錦をチラリと見て、視線をダイヤモンドダストへ。
「──ダイヤモンドダストがいない!?」
一瞬の隙に、ダイヤモンドダストが消えている。激しい吹雪と砕けた氷柱のモヤが合わさり、ホワイトアウトが発生。極寒の白が視界を塞いだ。
「……そこか。くらえ、【氷柱】!」
見通せないのはお互い同じ。はずが、ダイヤモンドダストの攻撃は続く。固まって降り注ぐ氷柱が直撃した大和錦は、右へ左へと進路を流された。
「なんだってこっちの位置がっ?!」
「そこか!」
「ッ! (もしかして……!)」
白に隠れたマリーナが話しかけてくる。
「雪と氷の世界の恐ろしさはわかったか? 吹雪が激しい時は、家の周りでも遭難してしまう。キミも気をつけ……」
話の途中でマリーナは黙った。『吹雪の恐ろしさ』を『歳の離れた男の子に言い聞かせた』ことで、記憶がフラッシュバックする。
「(『~~吹雪の怖さはわかったかい、マルク。しっかりついてこないとダメだよ』)」
突然黙られては驚く上、ワタルには都合が悪い。話を続けるべく尋ねた。
「気をつけ? どうしたの??」
「……なんでもない。自然を侮ってはいけないということだ」
「オレもそう思う! ……にしてもマリーナさんの技はすごいね! 大和錦を掘った場所も雪が降って寒いとこだったけど、全然上かも!」
「そのストーン、自分で掘ったのか」
「うん! 閉じた鉱山で!」
「……」
「何かまずい?」
「……いや。無断で入ってなければ、別に」
「地主のじーちゃんと一緒に行ったよ!」
勝負の最中でありながら、雑談の調子。純粋な興味もあるが、別の狙いがある。話しつつワタルは、大和錦をダイヤモンドダストがいるであろう場所へ突進させた。
マリーナは平静に会話を続けてダイヤモンドダストを操作。当たり前に回避させる。
「お喋りはコチラの位置を把握するためだな?」
「ありゃ、バレてた。まぁ作戦だけど、お喋りも楽しんでるよ!」
ワタルは狙いを透かされ、茶目っ気っぽく舌をペロリ出し。
直後、自然に制裁される。
「あがっ、舌がひっつくッ」
「言ったろ。自然を侮るな。こんな吹雪じゃ、お喋りも満足に楽しめないものだよ」
呆れるマリーナ。
慌てて舌を口に収納し、ワタルはフロートから厚手のジャンパーを取り出して、口の高さまでファスナーを上げた。
「大丈夫! 声を出さなくても、ほら!」
突進する大和錦と、氷上を華麗に舞い回避するダイヤモンドダスト。順位を競い、相手を退けるバトルであっても、水切り。ワタルは楽しい。
「遊んでやってるワケではないんだが……。全く、困った子だ」
マリーナも、まんざらでもなさそうにした。楽しげな二人と二つのストーンは寒さも忘れ、しばらく追いかけっこした。
~~
十分近く経った。未だダイヤモンドダストに攻撃を当てられないワタルは、手で顔を覆って天を仰ぐ。
「ダメだ、攻撃が当たらない!」
「そんなこと言って、キミもなかなか強かだ。こうして常に距離を詰めていれば氷柱は使い辛いし、見失わないで済む」
「バレてたんだ」
またもマリーナに狙いを見透かされ、顔を覆っていた手の隙間から苦笑い。
「バレバレだ。しかし演技はダメだが、大柄で鈍重なストーンをよく動かす。寒さにだって耐えているし」
「慣れてきたんだ! マリーナさんこそ、ダイヤモンドダストの動き凄いよ。スケート選手みたい!」
「雪も氷も使い様だ」
「そっかー。あーあ、オレもマリーナさんみたいにストーンを扱えたらなー」
見事な操作技術をワタルが羨ましがる。何気ない一言であったが、マリーナにとってはそうではない。
「(『~~お姉ちゃんすごいや! ボクもお姉ちゃんみたいにストーンを使いたい!』)」
再び記憶のフラッシュバック。弟の姿が脳裏をよぎった。髪は銀髪で顔立ちも性格もワタルとは違うが、同じように水切りが大好きで、技を見せれば目を輝かせていた弟。
「……あぁ、やっぱりキミは似ている。キミと水切りをするのは楽しい。……けど」
「似てる? だれに?」
ワタルは困惑した。知らない誰かの話と辛く悲しげな表情をされ、理解が追いつかなかった。
マリーナは構わず声を荒げる。
「私だけが楽しく過ごしちゃダメなんだ! マルクの夢を壊した私が! ……残念だけど終わりにしよう。ダイヤモンドダストっ【吹雪】!!!」
ダイヤモンドダストから迸る冷気。
ストーン進行方向右手から、とんでもない暴風が吹き始める。
「マルク? 夢?? ……くっ、立って、いられない……!」
フロートが警報を鳴らし、つかまるための手すりをぐるりと円形に展開。ワタルは手すりで掴まり立ちし、吹雪に耐えた。
「大和錦ッ、低く跳ねて! 滑るんでもいいくらいに!」
暴風の影響を抑えるため、大和錦の跳躍を限界まで低くする。それでも風にあおられ、進路通りに進めない。
「抵抗は無駄だ、諦めろ。危険な目にあいたくなかったらな」
イヤホンからマリーナの声。辺りを見回すが、ホワイトアウトが深刻で、足元の大和錦を見失わないのがやっと。他に何も見えない。
「いやだ、あきらめない! オレもそうだし、大和錦もあきらめてないんだから!!」
完全に氷に覆われても、大和錦は意思に応え跳躍している。水切りは投げ手だけでもストーンだけでも成立しない。距離が長大なグレートジャーニーなら尚更。旅が続いているのは、ワタルと大和錦の双方が望んでいるから。
「なぜそこまでして進む? 遭難したり、大切なストーンを失ったりするかもしれないんだぞ?」
「それは……」
視界は悪く、フロートは暴風に煽られ恐ろしいほど揺れた。万が一の時は保護機能が発動するはずだが、無事でいられる保証はない。
ワタルは少し考えたが、首を横に振って答える。
「どうもこうも、進みたいから進む! それだけだよ!」
「聞き分けの悪い子だ。そんな考えなしじゃ、いつか取返しのつかないことになる」
「おどしのつもり?! 悪いけど聞いて、あげないっ……!」
「脅しなんて甘いことはしない。無茶をし過ぎるとどうなるか教えてやろう! 【雪崩】!」
暴風なのに聞こえる大きさで、ゴロゴロと何かが崩れる音。大きな影がワタルと大和錦にかかった。
逃げ場はないと直感でわかる。
「やばい!」
前方右手側に山がそびえていた。もちろん、陸地ではない。ダイヤモンドダストが海水で作り出した巨大な氷山で、崩れる音はその氷と雪が砕け落ちてくる音。雪崩を再現した大技だった。
「大和錦ッー!!!」
即座に大和錦を操作。雪崩からの離脱は間に合わない。白に飲み込まれフロートの保護壁が視界を遮る中、ワタルは必死に大和錦へ意思を注ぎ込んだ。




