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水切りワタル!!!  作者: 小鷹 纏
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4/17

番外:水切ワタル

 二〇××年、七月下旬。曇り空の下、片側一車線の山道を古い車体のバスが登る。右側は下方に幅のある川、左側は切り立った山の岩肌。河川の浸食で作られたと一目でわかる地形の先には、国内有数の長大な落差を誇る二股の滝がそびえる。

 夏の観光地のため普段であれば観光客で座席が埋まるところ、つい先日大雨に見舞われた影響で乗客はまばら。カラフルなハイキングスタイルの男女が一組と、滝の見物とは思えないオフィスワーカー然とした格好の男が一人いるばかりだ。

 一人客の男はカッチリとした印象の紺色スラックスに、白色半袖カッターシャツ、銀縁眼鏡。荷物は黒色のビジネス用バックパック。足元で磨かれた黒の靴が光った。文部科学大臣臨時補佐官、保坂優一。三十歳。

 とある少年を訪ねるため、保坂はこの山あいの町に来ている。

「(雄大な自然環境ですね。なるほど、水切りに親しむにはもってこいです)」

 車窓から見える川は、比較的上流でも幅広。今日は増水して茶色に濁っているが、いつもは透き通るエメラルドグリーンの流れで知られている。

 景色を眺めているうちに、バスは滝まで徒歩ニ十分ほどの場所にある広場に停車した。

「(かなり涼しい、はずですが……)」

 町の気温は三十度越えであっても、滝は二十度程度でとても涼しい。という事前知識によりクールビズでの訪問に臨んだ保坂だったが、歩き始めて数分で後悔した。優しい勾配の坂道でも動けば暑く、容赦なく噴き出した汗でシャツが肌に張りつく。

「あぁ、涼しい……」

 滝が見えたあたりで涼やかな風が吹き、思わず声が漏れた。もう少し歩けば、滝を正面から眺められる橋。バスが同じだった男女が、一足先に見物していた。他に観光客の姿は見えず、橋もその先の展望エリアもほぼ貸切状態。

「(いたいた。大会前の精神統一、でしょうか……?)」

 展望エリア最奥のベンチに、半袖半ズボンで黒髪の少年が一人で座っている。保坂はバックから写真を取り出し、見比べた。写真には白黒ストーンを脇に抱えてVサインする、ツンツン髪の少年が写っている。

「(水切(みずきり)ワタル君。十二歳。史上最年少での国内大会優勝。僅か二度目の挑戦で世界への切符を手にした、天才水切り少年──)」

 思い出される日本代表決定戦。十八歳~三十五歳の大人相手にワタルは堂々勝利。日本代表の座を掴んだ。長距離水切りで世界二十八位の記録を持つベテラン長瀬、バトル水切りで世界十三位の若手ホープ間島、スプリント水切りで世界三十四位の試合巧者早川……etc。ワタルが勝利した相手は猛者ばかりだった。

「(ギリギリの勝負もありましたが、レースの中で成長し、『限界』は見せず。子どもとは思えないテクニック、粘り強さ、そしてピンチを跳ね除ける柔軟な発想は、まさに素晴らしいの一言……)」

 保坂は写真をバックにしまい、向こう岸のワタルに声かけ。

「おーい、ワタルくーん! 保坂ですー! お迎えに上がりましたー!」

 気がついたワタルも手を振り返した。……のだが、様子がおかしい。保坂というよりその後方の上を指差し、何か言っている。

『保坂さ……上……、岩……!』

「(よく聞こえませんね。上? 岩?)」

 意味がわからず、不思議に思う保坂。すると肩にパラパラと、ゴミのようなものが降ってくる。それが小石や砂利だとわかってようやく、ワタルの言葉の意味を理解できた。

「まさか、落石?!」

 見上げる頭上。背にしていた山肌の上に、今にも欠け落ちそうな岩。大きさは人の上半身くらい。慌てて退避しようとするも、その瞬間に崩れ落ちてきた。

「(まずい、間に合わな──)」

『──大和錦っ! 【突っ張り】!!!』

 ワタルが叫び、大和錦を投じた。橋の欄干を伝い高く跳ねた大和錦は、屈む保坂の頭上で落石に体当たり。バコンと大きな衝突音。

「助かっ、た……?」

 シャツの肩に土埃はついたが、怪我は一切なく無事。ホッと胸を撫でおろすうちに、ワタルが橋を渡ってきた。

「保坂さん、大丈夫?!」

 心配そうに尋ねるワタル。手には大和錦が抱えられている。小さめサッカーボールサイズのボディには、傷一つついていない。

 グレートジャーニーを控える大事なストーンにダメージがなかったことにも、保坂はホッとした。

「はい、お陰様で無傷です。本当に助かりました。ありがとうございます」

「良かったぁー。嫌な予感がして来てみたら怪しいのがあって。観光の人に当たらないよう見張ってたんだー」

 にこやかに話すワタル。

 今になって保坂は、その実力の高さを真に理解した。

「(数十メートル離れた距離から、落ちる岩に命中させるとは……。恐らく、破片の飛び方まで配慮して)」

「どうかしたの?」

「いえ。あまりゆっくりしている時間もありませんので、出発の準備を済ませましょう」

「っ! そうだった! うわー、もう出発時間になっちゃうよ!! もしかしてオレの帰りが遅くて、ここまで来たの??」

「まぁ、そうですね。お母様からここだと伺いまして。でも、一度寄ろうとは思っていましたよ。ワタル君を磨いた場所を見ておきたかったので」

 ちなみに、どんなに急いでも東京での集合時刻には遅れてしまうが、保坂はワタルが気に病まないよう取り繕った。帰りはあらかじめ呼んでおいたタクシーで家まで送迎。それから、ワタルの荷物チェックの手伝い。


 東京着後は、遅刻で代表出陣式に出席。一泊の後、チリ・カルデラを目指し、国際線の飛行機に搭乗。保坂は保護者兼マネージャー動きで、ワタルと大和錦の移動をサポートした。


~~


 イヤホンを通して聞こえる、男性声のナレーション。

『~~人類の運動能力には、動物に勝っているものがいくつかある。物を正確に投げる力、投擲能力もそのうちの一つだ。投擲できるサイズや重量では野生動物に劣るが、正確性で人類の右に出る種は無い』

 乗り換えを挟む、計数十時間の空の旅。暇つぶしにワタルは、航空会社が提供する映像コンテンツを楽しんでいた。石をテーマにした、ドキュメンタリー番組だ。

『筋力や運動能力で圧倒的に勝る動物よりも速く、正確に、人類は物を投げることができる。加えて人類は、発達した脳がもたらす強い精神エネルギー【意思】により、岩石や鉱石など自然物の【石】の持つ力を引き出したり、コントロールしたりできる。これらが、人類が地球に広がることができた要因の一つであり~~』

「へぇ~。この番組面白いね、保坂さん」

「私も好きです。この回は昔の再放送ですね」

「飛行機の中でテレビが見られるなんて、驚きだよー!」

 ワタルは楽しげに、隣り合う保坂と話した。東京を出発し数時間経過したが、疲労よりも好奇心が上回ってはしゃいでいる。少し前には、本場の『ビーフorポーク?』に大喜びしていた。

「国際線は移動時間が長いですから、退屈しのぎは大切です。適度に眠って時差ボケに備えるのもオススメですよ」

「うん! 今度はどれを見ようかなぁ。……『意思の力』にしよっ! 『エジプトのピラミッドやイースター島のモアイなど石を使った建築物は、古代人が意思で動かし作ったとされ……』。すごいなー、昔の人はこんな大っきなストーンを動かせたんだー」


~~


「~~保坂さん! この人なんて言ってるの?!」

 経由地のアメリカで、大柄強面の男性係員に入国審査を受けた際の一幕。

 慌てるワタルに、保坂は優しく教える。

「旅行計画についての質問です。目的地への航空券を見せて、目的を伝えてください。伝わらなかったらフォローしますので」

「うん! えっと……。ディスイズ、マイチケット。アイム、スキッピングロックスプレイヤー。アイ、プレイ、グレートジャーニー!」

 言葉の正確性はともかく意味はなんとなく伝わり、係員はびっくりして『本当なの?!』と英語で反応。そこに保坂が証明書類を見せつつ『この子は日本代表選手です』などと補足。係員は大きな手でワタルと握手し、『がんばれよ!』と応援してくれた。

「~~はぁー、端末の電源切ってたの忘れてたよー」

 審査を終え、胸を撫で下ろすワタル。

「通訳ソフトは便利ですが、頼り切ってはいけませんよ?」

「はーい。保坂さんすごいね、英語ペラペラだった!」

「昔ちょっとかじりまして。留学やら、海外ボランティアやら」

 さらりという保坂に、ワタルは感激。

「かっこいー!」

「大したことはありません。ボンボン学生の道楽ですよ」

「そんなことないよー!」


 その後もワタルは時々大慌てしながら、保坂のフォローのおかげで無事、チリまで移動。三十時間近い移動にも関わらず元気いっぱいで、到着するなりイースター島のモアイ像を見に行き、意思で数センチ動かしてしまったり(ちゃんと元に戻した)、砂漠でストーンを投げたりと、驚異的な体力で活動した。


 なお、時々ワタルが現地語で受け答えすることになったのは、海外らしい経験をさせて上げようという保坂の配慮である。

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