第三投:大地の男・シブシソ(2)
円形フロートに片膝をつき、荒れた息遣いで肩を上下するシブシソ。ぽたりぽたりと汗が落ち、布で顔が見えずともシブシソの苦しみが伝わる。ワタルは急いでフロートを寄せ手を差しだすも、片手ではらいのけられた。
「……不要ダ。コレハ、生キ残リヲカケタ、弱肉強食ノ、戦イダゾ」
途切れ途切れに言い、シブシソは腕を突き出し攻撃指示。目深にかぶっていた布が翻り、やつれた顔が露わになる。
「そんなこと言って、シブシソさんフラフラじゃない!」
頬がこけ、目の下には暗く深いクマ。唇はうるおいを失いカサカサに割れていた。
「そんな体じゃレースは無理だっ! どうして?! 補給は???」
「オマエニハ関係ナイ。オマエノ目ニワタシガ、チカラナイ猛獣ニ見エルナラ逃ゲロ。弱ッタ獲物ニ見エルナラ喰ラエ。ソレダケダ!」
突き放す言葉を放ちながら、シブシソは何度も攻撃指示を出した。その度にギフトは突進。意思の籠らない攻撃に力はなく、避けずとも大和錦にダメージはない。
「なんで、こんな……???」
攻撃されるが、攻撃して良い相手に見えない。無視も同じく。ワタルは状況を飲み込めず困惑し、反撃も前進もできずに立ち尽くした。
~~
「〈……すみません、ワタル君〉」
「えっ、あ、なんで保坂さんが謝るの? というか! シブシソさんがおかしいんだ! 何か事情知ってる?!」
一、二分もないくらいで保坂から通信が入り、ワタルはすぐさまシブシソのことを尋ねる。ここまで隠していた保坂だが、弱ったシブシソと心配するワタルを見て、全てを打ち明けた。
「〈……はい。合同チーム参加国間のトラブルにより、サポートチームが緊急帰国。シブシソさんは二日目から四日目の今日に至るまで一切のサポートなし、水すら飲めない無補給で競技を行っています〉」
「無補給?! ホントなの?!」
「〈ええ。初日はフロート搭載の緊急用物資で乗り切ったようですが……。二日目からはフロートも故障し、風防や完全な変形が使用不可に。まともな休息が取れなかった影響か、バイタルに変調が見られます。そう遠くないうちにドクターストップがかかるでしょう〉」
「そんな……、飲まず食わずじゃ無茶だよ! 休めてないなら、なおさら!!」
ワタルは驚いた。ストーン操作で意思と体力を大きく消耗するグレートジャーニーにおいて、無補給など一日ですらあり得ない。なのにシブシソは、休息すらままならない状況で三日近く耐えている。同じ競技者として信じられないくらいだった。
「〈無補給で三日、驚異的な持久力です。体力自慢の選手でも、とっくにリタイヤしていたことでしょう。情報によるとサポートチームは再編成され、数日後に到着するそうですが……〉」
数日後。その言葉にワタルは顔を曇らせる。今にも倒れそうなシブシソを見れば、補給前にドクターストップがかかることは明白だからだ。
「運営のサポートは受けられないの? 突然のマシントラブルなら……」
「〈できません。運営サポートではなく選手手配のサポートを選択している場合は、選手側の責任になります〉」
グレートジャーニーは始まりが競技者側に由来するため、出場の主体は選手にあり、選手個人でも出場できる仕組みが体裁として存在する。競技連盟にそれなりの費用を支払い運営のサポートを受けるというものだが、粗末さから利用する選手は滅多に見られない(選手手配という形で自国のサポートをつける)。
当然、シブシソも選手手配サポートのため、運営の手助けは受けられない。
「ダメなら、せめてリタイヤを……、シブシソさん、これ以上は危険だよ!!」
身を案じるワタル。
シブシソは即答した。
「続行スル。リタイヤはナイ」
「命に関わるんだよ?! 大会ならまた出られるし、命懸けでやらなくても……」
「……ワタシノ命デ良イナラ、幾ラデモカケルサ」
絞り出す声と、諦めの無い鋭い眼光。シブシソは視線をギフトへと移し、この大会にかける思いを語った。
「合同チームの中ニハ、トテモ貧しイ国ガアル。明日ノ食事モ保証サレズ、飢エニ苦シム人々がイルノダ。……ダカラ他ノ国がソウしタようニ、我々モ優勝シ豊カにナラネバナラナイ。ソレニ──」
シブシソの出身国が合同チームで参加しているのは、経済的理由による。グレートジャーニーは開催ごとに規模を大きくしており、大国同士の競争もあって、優勝を争うために必要な費用は天井無しに増え続けていた。
そんな経済的不利を覆したい。それが思いの半分。そして、もう半分は……。
「──ワタシは取リ戻サナケレばナラナイ! 我ラノ愛スル、精霊ノ土地ヲ!! 兄者ト、ソウ約束シタノダ!!!」
「やめてよシブシソさん! 無茶したらホントに……!」
再び腕を突き出すシブシソ。弱まった意思に、ギフトはもはや反応すらしない。
「ドウシテコウナル……! 貧シサモ、兄者モ、ドウシテお前達ノルールで、イツモ!!」
「オレたちの、ルール……??」
両手を拳にフロートを叩き、シブシソは叫んだ。ワタルにぶつけるのは筋違いとわかっていても。
「我々ガ愛スル精霊ノ土地ハ、突然現レタ先進外国企業ノ開発で失わレタ! 抗議シてモ相手ニサレズ、仲間ハ次々ニ逮捕サレタ! 権利侵害ト言ワレテナ! ワタシの兄モ、ワタシを庇ッテ……。全テヲ取リ戻すニハ大金がイる! そノたメならワタシハ、ドンナ事ダッテ……!」
「開発? たい捕?? 大金???」
鬼気迫る様に重大な話だとは感じていても、ワタルはまだ十二歳。断片的な情報で意味を理解するのは難しい。
ワタルの困惑を察し、保坂が捕捉する。
「〈私の想像になりますが、シブシソ選手の故郷は、経済的な力を持つ他国の企業向けに売られたのでしょう。元々住んでいたシブシソ選手達先住民の、権利や意見を無視して。その故郷を買い戻すために、お金が必要なんだと思います〉」
「住んでる人がいるのに、勝手に売っていいの?! というか、売るって誰が?!」
「〈国家です。強制的に土地を奪ったか、権利者を作ったか、先住民を騙したか……。問題のある行為ではあります。ですが、未開発で権利関係があやふやな土地では、時々見られることで……〉」
そこまで話して、保坂は話の流れを変えた。
「〈ワタル君。今のは気の毒な話ではありますが、キミのグレートジャーニーには関係が……〉」
「保坂さん?」
言葉に詰まる保坂だったが、すぐに話を続ける。
「〈あぁ、いえ。すみません。外国企業が我が国かもわかりませんし、仮にそうでも、ワタル君には関係がないんです。選手一人ひとりに、譲れない事情はあるもの。国家同士もそうです。だからこそルールの中で手を尽くし、全力の勝負をする。私はそう考えています〉」
「全力の、勝負……」
二人の話に別の通信も加わった。石渡総理だ。
「〈ワタル少年。シブシソ選手や保坂の言うとおりじゃ。これはサバイバル・レース。経済力も含め、各国とも死力を尽くしておる〉」
「総理のじーちゃん……」
「〈だからの、覚悟を決めなさい〉」
先日とは違う、ゆっくり諭す口調だった。
「〈後顧の憂いはない方が良かろう。あの目は諦めておらん。せめてトドメをさしてあげなさい。リタイヤではなく勝負で散ったのなら、ちっとは気分もマシじゃろ〉」
「……」
しばらくの沈黙。
わからないなりにたくさん考え、ワタル返答した。
「……いやだ。攻撃しない」
「〈ほう。波風立てんよう振り切るなら、それも良かろう。追いすがってくると思うが〉」
「ううん、無視もしない」
「〈ん? 今なんと……?〉」
首を捻る総理をよそに、ワタルはフロートを再びシブシソに近づけた。先ほどと同じく手で追い払われるが、構わずワタルはシブシソの腕を掴む。
「これ、水と栄養ゼリー。受け取って」
緊急用のいくつかの飲食物をフロートから出し、手に握らせた。
シブシソは目を見開いて驚きながらも、受け取りを拒否。
「サッキモ言ッタロウ。コレハ命ヲ懸ケタ戦イ。情ケハ無用……!」
「〈ワタル少年! 敵に塩を送るなど──〉」
イヤホン越しに、総理の声も聞こえる。
それでもワタルは意に介さなかった。
「みんなにとってはそうでも、オレは命なんか懸けてない! オレはここに勝負しに来たんだ! ハラペコでフラフラな相手を負かすなんて、そんなの勝負じゃない!」
「ヤメロ、ワタシニ構ウナ!」
シブシソは、掴まれている腕を振りほどこうとした。なのに弱った体では、子どもの腕すら振りほどけない。限界を悟り、抵抗をやめた。
「……ホントウニ良イノカ? 裏切リ行為ニナッテシマウゾ」
渡された物資を見て、心配するシブシソ。
ワタルは元気に言い放った。
「いいよ! 考えだってあるし!!」
ニッコリ笑顔で、通信端末のカメラを見る。
「シブシソさんに消化の良いもの送って! ついでにフロートの修理も! ダメって言ったらオレ、棄権しちゃうから!」
通信端末からは、大きな溜め息。
「〈はぁ……わかったわかった。好きにしなさい。じゃが、覚悟したからには責任が伴う。コレで負けようものなら、相応の処分は下るからの〉」
「うーん……。まぁ、勝てばいいってことだよね? 勝てるように、がんばるよ!」
気持ちの良い言い切り具合だった。あまりの清々しさに、シブシソも総理も保坂も、緊迫した気持ちが消えていってしまうほど。
「……恩ニ着ル。アリガトウ、ワタル」
礼を言い、シブシソはゼリーと水を口にした。相当消耗しているため、口に含むのは少しずつ。やや時間差で日本サポートチームのメカニックが、ドローンを駆使してシブシソのフロートの修理を開始。幸いにも、いくつかの部品交換で性能を取り戻せるとのことだった。
日本チーム関係者からは、数々の手助けを批判する声も出ていたが、ワタルの知らぬところで、総理が一声で鎮めたという。
「〈こうなった以上は仕方ないじゃろ。国際支援活動とでもしておけ。どの道、全てワシの責任じゃわい〉」
~~
フロートの修理が終わり、シブシソが本当の意味で巡航に入った頃。同様に巡航で休憩するワタルに、保坂から通信が入った。
「〈ワタル君。少しお時間いいですか?〉」
「うん。どうしたの? 保坂さん」
「〈謝罪しなければならないことがありまして……。私はシブシソ選手のトラブルを知っていて、敢えてワタル君に伝えていなかったんです。大変申し訳ありません〉」
投影モニタに映る保坂が、深々と頭を下げる。
ちょっと驚いて、ワタルは聞いた。
「急にどうしたの。頭を上げてよ。あえてってことは、考えがあったんでしょ?」
「〈はい。相手が弱っていて有利でも、事情を知れば、ワタル君は全力でぶつかるのを躊躇うと思いました。ならばいっそ戦略として、何も伝えずに倒してもらおうと〉」
ワタルは腕組み。悩まし気にする。
「そっかぁ……。保坂さんがそう言うってことは、その方が勝てそうだったんだよね?」
「〈ええ、まぁ。ですが、行き過ぎた行為でした。自分で言って気づいたんです。これは、ワタル君のグレートジャーニーなんだと。勝負の責任を背負うワタル君にこそ、判断の権限がある。サポートはあくまで、判断材料を提供する立場です〉」
「そう言われれば、そうかも……?」
「〈今後は、気づいたことはすぐに報告します。今回はでしゃばったマネをしてしまい、本当に申し訳ありませんでした! 信じていただけないようなら、ただちに別の者に変わる用意もあります……!〉」
再び頭を下げる保坂に、ワタルはさっぱり返した。
「変わらなくていいよ! 許すも何も怒ってないし」
「〈ワタル君……〉」
「それにシブシソさんのトラブルで、サポートチームの仕事の大事さもわかったから! でも報告はお願いね。シブシソさんの様子がおかしいことくらいは気づいてたし、オレにだって勝つための考えはあるから!」
「〈もちろんです! ワタル君も、要望があればなんでも言ってください!〉」
保坂や総理のように国家の立場として戦略的な判断をする場合もあれば、ワタルのように選手としてスポーツマンシップを発揮する場合もある。国家同士の覇権争いでありつつ、いまだスポーツ競技でもある。それが、グレートジャーニー。
「……あ、じゃあさ! さっそく一つお願いしていい? 作戦考えたんだけど~~」
隠し事の件は終わりと、ワタルはサポートチームに一つの依頼をした。遅れを取り戻す秘策についての、検証を。
「〈~~なるほど。それは素晴らしい作戦です! 効果と結果の予測は進めておきますので、ワタル君はゆっくり体を休めてください〉」
「ありがとう! ごめんね、無理言っちゃって」
「〈いえいえ。これが仕事……、サポートチームの勝負ですから〉」
すっかり和解し、ワタルは休息、保坂は諸々のシミュレート作業と、それぞれの勝負に集中。成果は四時間後、シブシソが驚異の回復力で競技復帰してから披露された。
~~
ステータスを競技に切り替え、しっかりとした足取りでフロートに立つシブシソを見て、総理が言う。
「〈ほう。たった四時間でそこまで回復するとは、倒しておかんかったことを後悔しそうじゃわい〉」
作戦会議として近距離オープン通信であったため、シブシソが反応。
「貴国ノ助力ノおかげダ。感謝スル。勝利ヲ譲る事ハできナイガ、違反にナラない範囲で恩返シスル」
「〈それはそれは。足元をすくわれん程度に、楽しみにしておくかの〉」
やれやれ顔の総理に、ワタルが声をかけた。
「総理のじーちゃん、色々ありがとね!」
「〈ふん、そうでもしないとヘソを曲げる言うからじゃわい。して、ここからどうする?〉」
巡航に入ったこともあり、先頭集団との距離はかなり離れてしまった。シブシソのサポートチームも到着していないので、一人で速度を上げ、置いて行くわけにもいかない。
総理は半ば諦め気味だが、ワタルは自信満々に答えた。
「だーいじょうぶッ! 良い考えがあるんだよねッ! シブシソさん、協力してくれる?」
こそこそと耳打ち。
顎に手を当て頷くシブシソ。
「ムム、ソレハ……。ワカッタ。任セテくれ」
「〈どういうことじゃ?〉」
気になって仕方がない総理には、保坂が説明した。
「〈総理、こちらが作戦内容と結果のシミュレーションです。八割の確率で×日後には~~〉」
作戦を聞いた総理は上機嫌になった。
「〈~~まさか本当に考えがあったとは! 子どもである前に代表選手じゃったな! ハッハッハ!〉」
――五日後・先頭集団近海――
「……ここまでのようですね」
白色の深い髭を蓄えた男は言い、リタイヤを宣言。集団から離れた。フロートの側を跳ねる、文字が刻まれた明るい土色ストーン【十の教え】は、ところどころが黒く変色している。
「同胞に栄光をもたらしたかったのですが……。未熟ということなのでしょう」
――先頭集団――
「ヤコブをリタイヤさせるたァ……。ニック、あのストーンはなんだ? データにねェぞ」
ルーカスがテンガロンハットを僅かに上げ、横に距離を取って進む黒色ストーンを覗く。黒いモヤを纏うそれは、たった一度の接触で十の教えを退けた。接触の瞬間にモヤが散って見えたのは、無数のトゲが全面を覆う異様。経験豊富なルーカスをして、禍々しいと感じられるもの。
エモノを探す蛇行の軌道で進む黒色ストーンを操るのは、ボロボロの灰色布ローブで全身を覆い、表情すら見せない不気味な選手。
「〈調べてみたけど大会出場記録がほとんどなくて、選手もストーンも情報が取れないんだ。気を付けて、ルーカス〉」
「霧に隠れた、正体不明の通り魔ヤロウか……」
怪しい選手をルーカスは注視したが、そうする間に吐く息が白くなり、後方から海面が凍りつき始めた。
「チィッ、今度は氷点下娘かッ! オレ様に近づくんじゃねェ、寒ィんだよ!!」
フロンティアスピリッツを大きく跳ねさせ、凍結を回避。元いた海面は完全に氷ついている。ルーカスの後方十数メートルの位置で、宝石の形状と輝きの白色ストーンがキラリと光った。
そんな白色ストーンの横で、ファーを巻いた黒帽子に黒ロングコート、腰まで伸びる銀髪ロングヘアの女性が冷たく言い放つ。
「氷点下ではない、絶対零度だ。その舌、凍らせてやろうか? 震えも止まるぞ」
ロシア代表【マリーナ】。色素の薄い水色の目に、モデル仕事もこなすくらい整った顔立ちの、とても美しい選手。口調や態度はとにかく冷静で、水切りでは相手を氷漬けにする氷結攻撃を得意としている。
グレートジャーニーにおいて、エモノを探しているのは一人だけではない。選手にとって、自身以外は全て警戒すべき競争相手なのだ。
現在、先頭集団は七つのストーンで形成されている。トップを走るのは、スタート時から変わらずイタリア代表ダンテの【フォーミュラ・ワン】。集団から二十メートルほど抜け出した位置をキープしている。以降は混戦状態で、二位フランス代表イザベル【ラリー・ダカール】、三位アメリカ代表ルーカス【フロンティアスピリッツ】、四位中国代表燕青【満漢全石】、五位ロシア代表マリーナ【ダイヤモンドダスト】、六位ドイツ代表アーデルベルト【ビスマルク】、七位に怪しげなローブ男のストーン【コール】の順。
集団から離れた八位にアフリカ合同代表シブシソ【ギフト】、九位に日本代表ワタル【大和錦】が続く。ワタル達以降の下位集団は、ヤコブの攻撃の影響で大きく後れを取っている状況。残距離は一万二千キロメートル。レースは中盤。給電ブイエリアのため集団からの離脱が難しいこともあり、上位の各選手は仕掛け時を探していた。
「さァて、観衆も退屈してきただろうし、盛り上げてやるかァ! ニック、アレを使うぞ!」
ルーカスが指で銃の形を作り、前を進む選手のストーンに狙いをつけた。
「〈オッケー。睨み合いなんてガラじゃないもんね。撃ち過ぎには気を付けてよ?〉」
「ハッ、無駄撃ちなんてするかよッ! 見てなッ!!」
ニックとの通信を終え、ルーカスはフロンティアスピリッツの位置を変更。前を跳ねるラリー・ダカールの後方直線上につけた。そばでストーン操る女性選手が動きを察知、視線を向ける。
「しかけるつもりね……!」
フランス代表イザベル。くっきりした華のある顔立ちに、長く見事な金髪縦ロール。綺麗でお嬢様っぽい風貌ながら、服装はカーレーサーのものとよく似た、白色ベースにスポンサーのロゴがたくさん入った、スポーティな競技服。赤黒ツートーン手袋。
「よーく狙えよ、フロンティアスピリッツ。撃ち漏らしはカッコ悪ィぜ?」
フロンティアスピリッツが跳躍をやめ、海面を滑走。六回上下動し、ストーン中部を海につけて給水。
即座にイザベルは回避指示。
「! 来るわよラリー、回避を――」
「――遅ェ! くらえ! 【ウォーターマグナム】!!」
一瞬の攻防を制したのは、フロンティアスピリッツ。ラリー・ダカールが空高く【撃ち】上がる。
「リタイヤ知らずの通り名も今日までだッ。蜂の巣にしてやるぜェ!!」
攻勢を緩めず、フロンティアスピリッツは跳ねて横向きに。空中のラリー・ダカールへ、ストーン側面の穴から五発の水の弾丸、【水弾】を連続発射。
「全弾回避……は、無理ね。できるだけ回避なさい。ラリー」
ラリー・ダカールもまた、空中で体勢変更。素早い対応だったが、回避できたのは二発。三発の水弾が命中し、更に高々と飛ばされてしまう。
膠着が解けた先頭集団に、実況も反応した。
『あーっと!! ラリー・ダカールが宙を舞うっ! レースは続行できるのか?!』
数台のカメラドローンが、空中のラリー・ダカールに大注目。
実況の煽り文句に、イザベルが腹を立てた。
「この程度なんともないに決まっているでしょ! ほら見なさい。ラリーはダメージを受けていないわ。中盤の順位なんて多少の上下動はあるもの。最後に勝てば良いのよ!」
ラリー・ダカールが海面に戻らず暇なのか、次から次へと矢継ぎ早に反論。主な内容は、余裕のアピールとルーカスへの挑発。
「むしろ深刻なのはルーカスね。マグナムとか大層な名前してるけど、威力はぜんっぜん慎ましいじゃない! 水鉄砲のおもちゃの方がよっぽど威力があってよ? それに――」
『――おォーっと、今の攻防で順位が動き始めたかー?!』
「ちょっとぉ! ワタシの話を聞きなさいってば!」
ルーカスとの距離はとっくに離れ、他の選手の動きもあって注目はそちらへ。
イザベルは肩を軽く上下。不満そうにした。
「まぁいいわ。ラリー、下がっていいから気をつけて着水なさいね。……ッ!? 耐えて! ラリー!!」
視界を奪う黒いモヤ。遅れて、ラリー・ダカールの着水位置で強烈な衝突音。禍々しいストーンがモヤを飛び出し先へ進むのを見て、イザベルは事態を把握する。
「やられた……!」
着水の隙を狙ったコールの一撃で、ラリー・ダカールは独楽型ボディの角が抉れる深い傷を負った。しかし幸いにも跳躍、つまりレース続行は可能な様子。他の選手にダメージを悟られぬよう、イザベルは可能な限り集団側方へと離れるのだった。
~~
「ルーカスが動いた今が好機!」
ラリー・ダカールを攻撃したことで、フロンティアスピリッツの速度が低下。燕青はすかさず満漢全石を進め、フロンティアスピリッツの下をくぐって二位につける。
「てめェ! オレ様がアイツをどかしたんだぞ!!」
口を尖らせ声を荒げるルーカス。
燕青は涼しそうな顔。
「オマエラの小競り合いなんて知らないヨ。朕はただ真っすぐ進んだだけ」
わざとらしく満漢全石が派手に水飛沫を立て、挑発。ルーカスとフロンティアスピリッツに海水を浴びせかけた。
「××××! 燕青テメェ、ずっと突っかかってきやがって、腹立だしいんだよッ!」
「悔しかったから当ててみればいい。この××××!」
ルーカスが放送禁止用語を言い放ち、満漢全石へ向け、フロンティアスピリッツからウォーターマグナムを乱射。燕青もまた、早口で放送禁止用語をまくし立て、回避&応戦。二位、三位争いは大荒れの状況。
乱戦模様に、四位まで順位を上げたマリーナが目を細めた。
「この辺りが仕掛け時か。……ん?」
微かな物音に気がつき、後ろを振り向く。
「……この音、ストーンか!」
水平線上の彼方から、猛スピードで接近してくるストーンが一つ。赤茶色ボディをしており、並走するフロートには緑服の背の高い男が乗っている。シブシソだ。
「見エタっ、先頭集団ダ!」
低く強く、シブシソの声が響く。
「ふん、なかなか出来そうだ」
感心するマリーナ。
しかし続いて聞こえた別の声に警戒。眉を動かす。
「シミュレーション通り! 良い考えだったでしょ? シブシソさん!」
「子どもの、声???」
奇妙なことに、子どもの声が聞こえる。視界に映るのは赤茶色ストーン一つなのに、二人分の声がするのだ。不審に思いマリーナが目を凝らすと、赤茶色ストーンのフチがわずかにぶれた。
更に注視。見えた。前を進むストーンにぴったり追従する、白黒色ストーンの姿が。
「後ろが子どものストーンか。……であれば、良い操作精度だ。順位表からすると、日本代表の、ワタル」
シブシソの後ろから姿を現すワタル。
笑顔で顔を見合わせ、二人は楽しそうに話した。
「ウム。随分とチカラを温存デキタ。良イ旅ダッタナ、ワタル」
「楽しかったね、シブシソさん! じゃあ、そろそろ──」
「ソウダナ。ココカラハ──」
言葉に合わせ、二つのストーンが先頭集団後方で左右に広がる。
シブシソが厳しい表情に変わり、ワタルもまた真剣な表情になった。
「──勝負だ! シブシソさん!」「──勝負ダ! ワタル!」
声が重なり、ストーン同士が衝突。すさまじい衝撃と音が、ビリビリと大気を揺らす。先頭集団の各国選手達が一斉に振り返り、鋭い視線が集まった。
ワタルとシブシソが用いたのは、あらゆるレース競技で古典的に用いられる【風除け】戦術。前を進むストーンの至近で跳躍を完全同調させることで、先導ストーンが風を受け、後続ストーンの消耗を減らす。
ボディの薄いストーンでは効果は薄いが、大型ボディの大和錦とギフトには効果絶大。前後を適宜入れ替えつつ進み、消耗を抑えた分、長時間の高速を維持。効率的に先頭集団まで追いついた。
協力には副次的効果もあり、お互いの存在が励ましや刺激になって長い移動の集中力を維持。合間の休息時の歓談も、リラックスに寄与した。
大和錦を自分で掘りだしたことを話したり、ギフトの母国語での名を(意味は『精霊の恵み』。ストーン名らしい適切な翻訳がなかったそう)教えてもらったり。弱っていても迫力があって手が出しづらかったとか、実はその間、大和錦とワタルを狩りの獲物と思って耐えていたのだとか。何気ない話をたくさんした。シブシソのサポートが戻ってからは、お互いの食事を交換することもあった。
先頭集団を追走するハードな状況のはずが、ワタル・シブシソ双方とも楽しく過ごし、気づけば追いついていた、というのが今。
眼光飛ばす選手達の中で、マリーナが不敵な笑みを浮かべる。
「フフ……。やはりここが仕掛け時か」
操るダイヤモンドダストが強烈な冷気を発し、周囲がキラキラと輝いた。
「いくぞ、ダイヤモンドダスト!」
マリーナの意思により、ダイヤモンドダストが強烈な冷気を拡散。瞬く間に広範囲の海が凍り付き、辺りはまるで北極海の景色。巨大な海氷と隙間を縫う海面の海となった。




