第二投:大地の男・シブシソ(1)
「ホント、ペース早いなぁ……」
左腕通信機カメラのズーム機能を使い、水平線を眺めるワタル。ズーム倍率の範囲では、もう先頭集団の姿は見えない。
「無理して追う? でもまだ始まったばかりだし、うーん……。ん? 何か音が……」
腕組みで悩んでいると、足元横の海の裂け目から突如として、地鳴りのような音。力強い響きが肌を震わす。
「なに!? だれか近づいてきてる??」
慌てて覗く割れた海。砂埃を上げ、露出した海底を突き進む赤茶色の岩石が一つ。大地を水面に感じさせるほどの勢いに、映像中継のドローンカメラも集まった。
「あのストーン、地面を跳ねてる!?」
『コレはッ! アフリカ合同チーム代表シブシソ選手操る、大地のストーン【ギフト】だァァ! 猛牛を思わせる天面の二本突起が特徴の巨岩は、姿に違わぬパワータイプだったぞォォォ!!』
実況が興奮し、カメラ映像とあらかじめ登録された姿見写真を伝える。ギフトはゴツゴツした無骨な赤茶色ボディに、太く鋭い二本突起がそびえる大型ストーン。今大会が初出場で、選手・ストーン共にあまり情報が出回っていない。
「ダメだ、海にぶつかるよ!」
思わず焦り、ワタルが叫ぶ。ギフトの進む先には、海の裂け目の起点があった。このままでは海の壁に激突し沈んでしまう。
起点を前に、グンッと高く飛び上がるギフト。
「すごいジャンプ! でも、高さが足りない!」
しかし海面高さには不十分。海の壁は目前、回避は不可能に見える。
その瞬間。先の地鳴りに負けない、痺れる低い声が響いた。
「ツラヌケ! ギフト!」
声の主はギフトの側に。発色の良く刺繍見事な緑色布をまとう、短髪で引き締まった体型の、長身の男。アフリカ合同チーム代表、シブシソだ。
「水ノ壁ナド、サバンナの猛獣ニ比ベレバ脅威デハナイ! 【ヌーの大移動】!!」
意思を受けたギフトは、猛牛の大群を想起させる強力なオーラを放ち、豪快に海の裂け目を突き抜ける。派手な水飛沫を上げ海面に着水する勇壮さは、さながら数百のヌーの河渡り。
「すっご……。今のが、ヌー……」
「ン?」
圧倒されたワタルは口をあんぐり。気の抜けた声が聞こえたのか、シブシソはフロートを少しだけワタルに近づけた。
「……コんナ子ドモガ代表選手とハ」
ポツリと言い、シブシソは前を向く。まるで眼中にない態度。
対するワタルは、シブシソをしっかりと見つめた。
「子どもだけど、オレが日本代表だよ! ワタルっていうんだ。よろしくね、おじさん!」
胸を張ってのニッコリ笑顔。
シブシソは小さく驚き、興味深そうに視線をワタルへと戻した。
「オマエ、悔シクナイノカ? 子ドモダト侮ラレタノニ」
「少しムッとするけど、気持ちは勝負に込めるものだし? 母ちゃんがよく言ってたんだ。『大人が競い合う大会なんだから、何か言われて当たり前。いちいちムキになってちゃ、まだまだだ』って!」
「フム、ソレハ随分と教育的ダ──」
顎に手を当て、関心するシブシソ。
ワタルの表情が、不敵な笑みに変わった。
「──だけどね。母ちゃん、こうも言ってたんだ」
膝を曲げて腰を落とし、勝負の構え。
「『子どもが大人に勝っちゃいけないルールはない』って。だからいくよ、おじさん!」
「……! ソウカ!」
シブシソは一瞬戸惑ったが、瞬時に真剣な表情に変わった。円形フロートの上で軽くジャンプ。ワタルと逆半身で、低い姿勢の勝負の構えを取る。
「サッキハ失礼ナコトヲ言ッテ、スマナイ。ワタシハ、アフリカ合同チーム代表シブシソ」
「自己紹介どうも! あらためて、オレはワタル! 日本代表!」
一触即発の空気が漂う睨み合い。
だが唐突に、シブシソが構えを解いた。
「あれ? 勝負するんじゃないの??」
「あァ。手合ワセシタいトコロダガ、陽モ落ちテキタ。戦イハ明日ニしナイカ?」
「えー、せっかく気合入れたのにー! 勝負しようよー! 勝負──」
海はオレンジ色に染まり、徐々に暗くなってきている。勝負の気持ちだっただけにワタルは不満そうにしたものの、途中で言葉をひっこめた。腹の虫が大きく鳴り、『今日はここまで』と伝えたからだ。
「──まっ、おじさんがそう言うんなら仕方ないね! 勝負は明日にしよ!」
「フフ。ソウダナ、ワタル。……チナミニワタシハ、オジサンと言ワレル年齢デハナイ」
「えっ……?」
話しながら、二人は互いに離れた位置まで移動。左腕の通信端末を操作し、自らのステータスを【競技】から【巡航】に変更した。五分の待機時間の後、各々のフロートが小鳥型のドローンを二機射出。一機はストーンを上から光で照らし、もう一機は数百メートル先の位置を維持して飛行。光に照らされたストーンは、速度を落としながらも一定間隔で跳躍。安定して進んでいる。
巡航とは、長距離水切り競技で採用される特殊ルール。進路変更と簡易的なストーン整備以外の操作を禁じられる代わりに、バトルの標的にされなくなり(巡航相手には攻撃不可・違反時失格)、光が生み出す特殊な防御空間により気象の影響が抑えられる。二十日を超える競技から選手の健康を守るためのルールで、過去大会のトラブルを機に制定された。
競技・巡航の選択は任意だが、状態の変更には五分の待機時間がかかる。また、一日最低四時間以上・十時間以内は必ず巡航でいなければならない(既定巡航時間ルール)。二十四時間を越えて規定に達しない場合は、その時点で即座に四時間の【強制巡航】に切り替わる。
この一時的な休戦により、選手達は睡眠や食事など休養を取ったり、海面研磨でストーンの調整をしたりし、長期間に渡る競技を乗り切っているのだ(サポートによるフロートのメンテナンスも行われている)。
「〈こちら保坂。ワタル君、補給物資をお持ちしました〉」
巡航後数分で、小箱を抱えた日本チームのドローンが到着。箱の中身は、サポートチームが用意した飲み物、アロマなどの休息用物資。見えない距離で随伴する自国クルーザーハウスから送り込まれたもの。
「ありがとう、保坂さん」
「〈いえいえ。それより、次からは風防を常時オンにしてくださいね? 体温が下がっていますよ〉」
「はーい」
蓋つきカップに入った温かい緑茶を口に、ワタルはホッと一息。表情には微かな疲労の色。風防というのは、小鳥型ドローンの光と似た仕組みの、気象影響を抑える装置のこと。初日は海や他の選手・ストーンの空気感を肌で感じたいと、ワタルの希望で時々オフにされていた(巡航状態で自動展開中)。
「九位・十位だけど、離れすぎかな?」
「〈今回は予想以上の高速環境ですからね。でも、まだまだこれからですよ〉」
「そうだよね! コースは今のままでいい?」
「〈バッチリです。最短ルートかつ、経路に給電ブイ(※フロート遠隔充電用洋上設備)エリア有り。完璧です。予定通りに休息を取っていただいて~~〉」
フロート周囲に複数モニタで展開した情報を整理、サポートチームと打ち合わせる。現在、シブシソと並走中のワタルの順位は九位~十位。位置はカルデラから四百キロメートルほど。ゴールの中国福州市はまだまだ遠い。
「~~わぁ! カツカレーだっ!」
「〈金曜日のカレーに、勝利を願ってのゲン担ぎです。打ち合わせは以上なので、ゆっくり休んでください〉」
「うんっ! おやすみ、保坂さん!」
「〈おやすみなさい、ワタル君〉」
打ち合わせが済み、追加で届けられた夕食を手にワタルは、早々にフロートをカプセル型に変形させ食事にした。それから、筋力低下防止のエアロバイク運動、身体の洗浄、就寝の準備。パジャマは長袖長ズボン。白地に水玉模様。
変形して広がったとは言え、フロートは寝返りが難しいくらいに狭い。
「大和錦もおやすみ!」
巡航分の意思を込め、フロート内のクッションに体を預ける。狭かろうと、疲れ切っている体には極楽。あっという間に、ワタルは静かに寝息を立てた。天井の透明な窓の先で、夜空いっぱいの星々が旅の行く末を見守っている。
……そんな穏やかさとは対照的に。
「ナントイウコトカ! ……イヤ、ダトシテモ勝タネバ。ワタシハ、精霊ノ土地ヲ~~」
容赦のないトラブルに悩まされる選手もいた。
~~
翌日。太陽が顔を出して早々、レース&バトルが始まる。先に巡航を解除したのはシブシソ。五分後にワタル。解除タイミングの差でギフトが先行し、それを最高速度で勝る大和錦が追走の後に捉えた展開だ。
追いついたとして、必ずしもバトルする必要はない。しかし、両者とも『背中を見せて無事で済む相手ではない』と、お互いを認識していた。大和錦とギフト、ワタルとシブシソ。並走する二つのストーンと選手の間で、激しいバトルの火花が散る。
「大和錦っ【手裏剣】!!」
ワタルの声に合わせ、大和錦は天面・側面の花弁型突起の一部を剥がし、切れ味鋭い石欠片の飛び道具としてギフトへ放った。
「軽イ軽イ。羽虫の軽サダ!」
対するギフトは、剛健なボディでいとも簡単に全てを弾き接近。
「ギフト! 【ナイルの死の回転!!】」
回転速度を上げ、天面の二本角を側方から大和錦に押し付ける。ガリガリと強烈な摩擦音。凄まじいパワーは大和錦の重量をものともせず、前進軌道を斜めに押し込んだ。
「とんでもない威力だ……! このままじゃ、まずい……!」
白と黒の細かな破片が飛び散らせ、ふらつく大和錦。
状況が悪いと見て、ワタルはたまらず回避技を使う。
「大和錦っ、【ナワ抜け】!」
鱗の薄さの破片が舞い、接触していたギフトが逸れる。肩透かしでもされたかのようだが、大和錦の技によるもの。攻撃が触れる面のボディを薄く剥がし、大和錦は窮地を脱した。
「あぶなかった! すんごい突進技!」
「本物ノ猛獣ハ、もットスゴイゾ? 次ハコチらカラ行ク! 【スプリングボック・ジャンプ】!」
今度の攻防はギフトの攻撃から。小型の鹿を思わせるオーラが立ち昇り、大和錦の後方で右へ左へ。軽快な跳躍を開始。
「シカっ?!」
「分類はウシ科ダ」
「うシカって、やっぱりシカ──」
「──違ウ。行クゾ!」
唐突。そう感じさせるほどの、攻撃の起こりの判別しづらさ。ギフトが大和錦に角を向け突進する。
「ええい、【岩戸かくれ】!」
「避ケナイナラ、良イ的ダ!」
大和錦は跳躍を限界まで低くし、海面をほぼ滑走。軌道が読みやすくなりチャンスだと、シブシソは迷わずギフトをぶつけた。
「……硬イ。守リヲ固メル技カ」
上から下に接触したギフトの角が音を立てる。だが、先と違ってギフトの攻撃は、大和錦にダメージを与えられていない。効果のなさに、シブシソはギフトを下がらせた。
「ナルホド。随分シッカリ防御シテいルヨウダガ──」
さらに、進路を大和錦の後方直線上から横方向へ。一気に加速。
「──スピードを犠牲ニシテイルヨウダナ」
「ばれてたの?! 大和錦、いったん止め! 進んで──って、うわっ!」
ストーン一つ分抜きん出られ、焦るワタル。慌てて防御技を解いたがその瞬間、ギフトが突っ込んできた。ギリギリで回避できたものの、息つく間もない。
「はぁ~、一瞬も油断できないよー!」
「自然トはソウ言ウ場所ダ」
猛攻の前にワタルはたじたじ。……にしては焦っておらず、素直に相手の実力に感心している様子。シブシソもまた、攻防のやり取り以外はにこやかに話した。以降は時折バトルしたり、レースをしたり。
敵同士ながらカラリとした空気感で、大会二日目は進んだ。
~~
「シブシソさん、日が暮れてきたけど、どーする?」
「……ソウダナ。コノ辺ニシテオコウカ」
ワタルの問いかけに、シブシソが頷く。勝負を止めて巡航にするらしい。両者の速度・戦闘力が拮抗しているために起こった、抜き去ることも退けることもできない膠着状態。グレートジャーニーでは稀に発生する状況だ。
明日はどうしよう。ぼんやり考えながら、ワタルはステータスを巡航に変えた。カプセル型に変形したフロートが、身体の洗浄や水流を使ったマッサージを施してくれる。
パジャマに着替えたくらいで、フロート内スピーカーに通信が入った。
「〈ワタル君、だいぶ苦戦していますね〉」
「保坂さん! そうなんだー。シブシソ選手、すっごく強くて」
心配する保坂に、ワタルは楽しげに言う。
「攻撃がまるで猛じゅうなんだ! 大和錦があんなに圧されたの、初めてかも」
「〈ええ、モニタしています。序盤からこんな強者と接敵するとは……。ノーマークでルートを工夫できていませんでした。サポートチームの失策です。すみません〉」
保坂が謝罪しているのは、サポートチームの戦略上のミス。競技が十数日に及ぶグレートジャーニーで、序盤から激しいバトルになる状況は好ましくない。選手・ストーンともに消耗する上、バトル中は速度が落ちてしまうからだ。
そのため、集団形成に参加しないのであれば、選手が必ず密集するスタート・給電ブイエリア・終盤以外は、有力選手との接敵を極力避けるのが定石、だったのだが。保坂らサポートチームはシブシソを有力選手とみなしておらず、接近を問題視していなかった。
ミスを理解していつつ、ワタルはあっけらかんと返す。
「気にしないで! 最初っから熱い勝負ができて楽しいし!! それより、シブシソ選手はどんな選手なの?」
「〈情報が少なく申し訳ありませんが……。シブシソ選手はアフリカ南東の、いわゆるサバンナの出身です〉」
「サバンナ!! たくさん動物がいるとこ!」
「〈そうです。そこに住む民族の、若手リーダーを務めていらっしゃるそうで。もとはお兄さんがリーダーだったらしいのですが、逮──いえ。事情があって交代されたようです〉」
「たい……?」
言葉に詰まりながらも、保坂はすぐに話を続けた。
「〈そうだ、ワタル君! シブシソ選手の出身地域では、乾季と言う河が乾いてしまう時期があって、その時は地面にストーンを投げて練習していたそうですよ! あと、狩りにもストーンを使っていたんだとか〉」
「地面! 狩り!! すっごいね!!!」
「〈他にも、ギフトは精霊の大岩と呼ばれる由緒ある岩に、雷が落ちた衝撃で生まれたストーンだという話もあります〉」
「へぇー、だからあんなに迫力があるんだね」
「〈足並みが揃いにくい合同チームを『組む気にさせたペア』と考えれば、強者であることは事前に察知できたのに……! 本当にすみません、ワタルく……、おっと、そろそろお開きにしましょうか〉」
ワタルがウトウトと眠たそうにしたため、保坂は話を切り上げた。
ほとんど閉じていた目に、ワタルは自分でびっくり。
「……っわ、寝てた。……あ。そうだ、保坂さん」
眠気のわかりやすい、ぼんやり口調。
それでいて内容はハッキリと。
「明日は四時から競技モードにするね。早いけど。朝食はゼリーみたいな、すぐ食べられるものにしてもらいたいな」
「〈……引き離しにかかるんですね。わかりました。バトルはもういいんですか?〉」
「すっきりはしないけど……。このペースじゃ先頭に追いつけなさそうだから」
ワタルは残念そうにした。これ以上離されると、先頭集団までの追い上げは難しいという判断。フロート内に出している選手位置情報のモニタを眺める。
「前は前で、レース固まってるね」
「〈ですね。遅れも抜けも出ていません。ルーカス選手と燕青選手がいてこの展開は予想外です。何かあるのかもしれません〉」
各選手の大まかな位置、巡航・競技状態は公開情報。そこにサポートチームが収集した情報を加えて、選手達はペース配分やスパート、バトル等の戦略を組み立てる。
「〈では、今度こそお開きということで〉」
「うん。おやすみ、保坂さん」
「〈はい。おやすみなさい、ワタル君〉」
ワタルは前日よりずっと早く眠りについた。翌早朝、こっそり競技モードに移り、シブシソを引き離すためだ。戦略上仕方のないこととはいえ、バトルから逃げる気分がして、後ろめたい思いを感じた。
そして、後ろめたい思いを抱える者がもう一人。サポートチームのクルーザーハウスで、通信を終えた保坂は深い溜息をついた。戦略上のミスのこともあるが、それとは別の、ワタルには伝えなかった【気づき】のことで。
「(これも実力の内。我々にとっては、ですが。……知ってしまったら、ワタル君はどんな反応をするでしょう)」
伝えなかったのは、ワタルに有利な事由だから。しかし有利であっても、ワタルがどう捉えるかはわからない。そのため保坂は迷い、口に出さなかった。サポートとは言え、国家の代表の立場として。
「(ごめんなさい、ワタル君。それほどの相手なんです。キミと近いプレイスタイルでいて、あちらはキミと違って完成した大人。これくらいのハンディがないと……)」
保坂の見立てでは、ワタルとシブシソ・大和錦とギフトは、意思の特徴や性質が近い。水切りプレイスタイルについて、選手・ストーンともに【テクニックorオカルト】で分析されるのだが、それが似通っているのだ(選手はどちらが得意か程度。ストーンはたいてい相反関係)。
テクニックは、選手であればストーンの操作力。ストーンであれば加工度合いを表す。オカルトは、選手であればストーンの持つ神秘性・超自然性を引き出し、不思議な現象を発生させる力。ストーンであれば神秘性・超自然性の度合いを表す。選手と意思とストーンの性質が合っていれば、相性が良い。
ワタルは、強力なオカルトに中程度のテクニック。これはシブシソも同様。大和錦は強力なオカルトに花弁の掘り込み程度の微加工。ギフトは強力なオカルトで無加工。ストーン側の差は無視できるほどだが、子どもと大人には無視できない差がある。一般的に子どもはオカルトの爆発力で大人に勝るものの、安定感では劣る傾向にあるのだ。
「(万が一バトルを回避できなければ、長引けば長引くほどワタル君が不利になる。でも、この状況なら覆せる。これは戦略。戦略なのだから……)」
自分に言い聞かせながら、保坂は投影しているモニタを消す。映していたのはシブシソと、とある地域に関するニュース記事だった。
~~
翌早朝。競技はワタルの大声で始まる。
「朝四時だよ??!! なんでシブシソさん起きてるのぉ??」
ステータスを競技に切り替えた時にはすでに、シブシソも競技状態だった。
「……って、シブシソさん?」
「……」
シブシソはワタルに反応せず、終始無言。バトルも散発的なもので、内容は例えるなら暖簾に腕押し・糠に釘。大和錦の攻撃をギフトは受け流し続けた。かと言ってバトルを放棄しレースしようとすると、逃げる大和錦にギフトが攻撃。離れることを許さなかった。
結局、大会三日目は何もワタルの思い通りにはならず、並走の膠着状態が維持された。
「ねぇ保坂さん、シブシソさんの狙いはなんだろう? このままじゃ、先頭に離されるだけなのに」
何も語らず、怪しげな行動を取るシブシソ。
ワタルはそれを、夜の打ち合わせで保坂に尋ねた。
「〈……わかりません。ですがこれ以上、先頭と離されるわけにはいきませんので。ワタル君、わかりますね?〉」
保坂は深く語らず、バトルの指示を出した。
「うん……。明日も同じだったらやってみる……」
悩ましげにワタルは頷き、打ち合わせは終了。前日と違い、次はバトルで決着を。
後ろめたくないはずなのに、ワタルの心はなぜだか騒めいた。
~~
「……また同じ。どうして」
四日目も、同じ展開。ステータスをいつ競技に切り替えても、シブシソも競技でいる。
「(ねらいは持久戦? 先頭から離れてやっても逆効果なのに……??)」
ギフトの動きは回避中心。今日にいたっては、ワタルが離れようとしなければ全く攻撃してこない。バトルの気配すら感じられなかった。
「(こっちのルートをあてにしてるとか……)」
ワタルを出し抜く動きではなく、着いて行く動き。ルート取りをあてにしている可能性もある。チラリとシブシソを見てみるが、顔を隠して布を被っており表情が読めない。
「うーん、わかんない! ……でも!」
しばらく悩んだ後、ワタルは首を左右に振って疑問を振りはらった。
「なやんでても仕方ない! こうなったら攻めるしか! 保坂さん、やるからね?」
「〈ワタル君ならできます。信じていますよ〉」
先頭集団に追いつくため、リスクを負ってでもギフトを退ける。サポートチームに伝え、ワタルは両頬を手で軽く叩いた。
「よーしっ、やるぞっ!」
目測でおよそ四メートル横。並走するギフトに大和錦を接近させ、高く跳躍させる。
「大和錦っ【浴びせ倒し】!」
超重量級の重さを使った、高空からの踏み潰し技。ギフトに影がかかった。
しかし。
「ありゃ?!」
突然、ギフトが急減速。派手な水飛沫を上げ、大和錦は海面に着水。外れた攻撃の反動で、機敏さのないぎこちない跳躍に。
「外された! 気をつけて大和錦! 反撃が……ない!?」
隙だらけの状況に焦り、ワタルはシブシソを見た。そこで、急減速はシブシソの意図ではないと知る。
「!? シブシソさん? どうしたの!? しっかりして!!」