エルティスさんの診察
翌朝、私はサティさんの背中に揺られながらエルティスさんの所へと向かった。
ルミアスさんとの朝食を済ませたあとだ。
サティさんにおんぶしてもらうのは2回目で、2回目だけどとてもドキドキした。
「大丈夫? ゆみ子ちゃん」
「へ!?」
「いや、さっきから一言も話さないから、どこか悪くなったのかと……」
サティさんは立ち止まり、心配そうな視線をこちらへ向けてきた。
「だ、大丈夫です!」
「本当かい? どこか悪くなったら早く言うんだよ?」
「はい、ありがとうございます」
サティさん本人におんぶされてるからドキドキしてる、なんて言えない。
でも、また黙っていたらサティさんに心配されそうなので声を振り絞った。
「あ、エルティスさん起きてますかね~? 」
そう話題を振った私に
「ああ、どうだろう。あいつはだらしないから」
とサティさんが笑いながら答えた。
会話が終わってしまった……、愕然としているとサティさんがあるドアの前で立ち止まった。
「ついたよ」
「へ、ここですか? 」
「うん、そう」
「私の部屋から近くないですか……?」
「そういえばそうだねえ~」
サティさんはのほほんと答える。
私の部屋からエルティスさんの部屋は15m歩くくらいだ。
これなら一人で歩いてこれたような……と疑問に重いながらもサティさんがドアをノックするのを見ていた。
「エルティスー、エルティス、入るよ」
「どうぞ~」
間延びしたエルティスさんの声が聞こえ、サティさんがドアを開けて中に入ろうとした。
ドアを開けた真正面にエルティスさんがいて思わず
「きゃっ」
と声をあげてしまった。
そして急いで右手で目を覆う。
左手はサティさんの肩を握ったままだ。
「エルティス! なんて格好をしてるんだ」
珍しくサティさんが声を荒げた。
「ゆみ子ちゃんがいるんだぞ!」
「あぁ、すみません。でもなんでお嬢様が? 」
と言いながら、バサッと音がしエルティスさんが何かを着たような気配がした。
「お前がゆみ子ちゃんに来いと言ったんだろう」
サティさんの声がどんどん怖くなっていく。
「あー、あ? そういえばそうでしたねえ」
エルティスさんは思い出したように言った。
「まったく、お前は」
呆れたようにサティさんはエルティスさんに言い
「もう見ても大丈夫だよ」
と私には優しく声をかけてくれた。
私はゆっくり右手を外すと、エルティスさんのほうをちらっと見た。
Yシャツを羽織ったらしく、羽織っただけなのでまだ前が開いたままだ。
その開いたYシャツからは鍛えられた腹筋が見え、思わずドキッとしてしまった。
エルティスさんもサティさんも、私のお父さんより少し下か同じくらいのはずだと思っていたのに、二人とも体ががっしりとしていて、たるみがない。
しっかり鍛えてるんだな~と感心してしまった。
急いでエルティスさんから目をそらすと、サティさんが
「下ろすよ、ゆみ子ちゃん」
と言って、椅子に座らせてくれた。
椅子に座って、エルティスさんを見ないように部屋を見回した。
よく見るとエルティスさんの部屋は診療室になっているようだ。
そして私が座ったところは患者が座る椅子で、目の前にはエルティスさんが座るであろう椅子があった。
そしてその椅子の背もたれには白衣がかけられていた。
そこへエルティスさんが座った。
「いやぁー、ごめんね。ちょっと忘れてて」
自分で診察においでって言ってたのに……
さっきドキッとしたのは取り消しだ、と心の中で思った。
「じゃあ、診るね」
と私に言って
「サティ様は出るか、向こうを向いててください」
とサティさんに言った。
「はいはい」
サティさんは部屋は出ていかず、向こうを向いた。
「じゃあ、まず足からね」
と言われ右足を差し出す。
右足をエルティスさんは軽く掴み、自分の太ももの上に乗せた。
そしてひねった辺りを触れ、
「痛くない?」
真剣な視線で聞いてきた。
昨日ユリアンさんにさんざん、エロ医者だ、ヤブ医者だの言われていたのでこんな真剣な目をするとは驚きだ。
「……痛くないです」
なぜかエルティスさんには素直になれず、少しツンと答えてしまった。
「じゃあ、次は内診ね~」
といつも通りのエルティスさんに戻り、足を下ろした。
このために昨日と同じ部屋着を着てきていた。
上の服をめくり、聴診器を入れやすくした。
エルティスさんは、聴診器を当てながらうんうん唸り
「うん、もう大丈夫そうだね」
と言って、私の頭をぽんっと叩いた。
「サティ様、もう大丈夫ですよ」
「本当かい?」
「サティ様、信じてくれないんですか?」
少し意地が悪そうにエルティスさんは、聞く。
「信じる信じる」
サティさんは苦笑しながら答えた。
今日のやり取りを見て、改めてサティさんとエルティスさんは仲がいいんだなぁと思った。
私もあの中に混じってみたい。
そう考える自分に驚いた。
自分の部屋への帰りもサティさんがおんぶしてくれた。
もう大丈夫だと言う私に
「いいからいいから」
と言い、エルティスさんまでもが
「ゆみ子ちゃんをおんぶするのがサティ様の幸せだからいいんだよ☆」
とかなんとか言っていた。
サティさんにおぶさられて、部屋を出る前にまたエルティスさんは頭を撫でてくれた。
「またなにかあったらおいで」
と言ってくれたが、顔が近かったのでバレない程度に顔を引いてみた。
「ありがとうございました」
とエルティスさんに挨拶をし、エルティスさんの部屋を出て廊下に出るとユリアンさんじゃない若いメイドがいた。
これはやばいのでは、とさっとサティさんの背中に顔を隠してみたがメイドさんはサティさんに頭を下げただけだった。
「ゆみ子ちゃん」
サティさんが声を笑わせなが言う。
「別に隠れなくていいんだよ」
「え、でも……」
「前は一人で出歩いたらダメって言ったけど取り消すよ」
「へ? いいんですか? 」
「うん。だって、きょ……」
「きょ……?なんです?」
「な、なんでもない」
んー?と首をかしげる私には返答をくれず、サティさんは部屋まで送っていってくれた。
私をベッドに下ろしながらサティさんは言う。
「さっきも言ったけど、もう一人で出歩いても大丈夫だから、散歩とか行っておいで。足も治ったしね」
「散歩……」
「あ、でも迷子にならないように。外には植物園とかもあるから行ってみるといいよ」
と微笑んで、サティさんは仕事があるからと部屋を出ていった。
「植物園かぁー」
一人ぽつりと呟く。
一人での出歩きを許してもらったが、いざ出歩こうとするとどこへ行こうか迷った。
「行ってみようかな」
ぽつんと言い、立ち上がった。
いつもこの部屋には誰かしらの訪問があったから誰もいないのは寂しかった。
その寂しさをまぎらわせるために、植物園に行くことにした。
ゆっくりと廊下へ出ると、
「お嬢様? 」
と聞き覚えのある声がした。
そちらへ目を向けると、ルミアスさんがいた。
「ルミアスさん!」
「お嬢様、どうなされたのですか?」
「ちょっと植物園に行こうと思って」
「植物園に? お一人で?」
そうです、と答える私にルミアスさんはさっと不安そうな顔つきになった。
「はじめての場所にお一人では迷子になってしまわれます。ですから私もご一緒させていただきます」
「ルミアスさん、お仕事は…?」
「それよりもお嬢様のほうが大切です」
わ、私のほうが大切って大丈夫なのかな、お仕事は……
でも、一人では心細かったので正直嬉しかった。
「では、参りましょう」
「はいっ」
と顔が笑みの形になるのをおさえられずにルミアスさんの少し後ろを歩いた。
「お嬢様」
「はい?」
「お手を……」
「手?」
「はい、途中ではぐれたら大変なので」
はぐれるかなぁ?と思いながらも手を服で拭って差し出した。
やんわりとルミアスさんが握ってくれた。
これは見られたら大丈夫なのかな?と思いながらもルミアスさんをちらっと見ると耳が真っ赤だった。
それを見たら私まで顔が熱くなってきて、俯いたままルミアスさんの隣を歩いた。