新しい風
瞼を開けると自分の部屋だった。
ベットの上にはルナもいる。
すやすやと丸くなって眠るルナを起こさないように気をつけながらシャワーを浴びる。
服は昨日のままだった。
新しいローブを買わないといけないか。
でも、そろそろブレザーが届くはずだ。
買い替えるかどうか悩みながら部屋に戻ると、水貴がいた。
「おはよう。」
水貴は優雅に玉露を飲んでいる。
「あ、ああ、おはよう。」
当然のように座って挨拶をしてきた水貴をそのまま流しかけたが違和感がある。
「ちょっと待て! なぜ水貴がここにいる?」
「なぜって言われても困る。居たいから此処にいる。」
「そ、そうか……。」
よく考えれば水貴は私と契約しているのだから一緒に居てもおかしくはない。
むしろ召喚獣とは一緒に暮らすものだろう。
大きすぎて部屋に入らない場合を除いて。
くつろいでいる水貴の分も朝食を用意する。
「昨日はあの後どうなった?」
「あの後? ああ、赤い髪の男に不審者扱いされたくらいで特に問題はなかった。色々わめいていたが、よく分からなかったので放置してリュウカを部屋まで運んだ。」
「放置……。」
すみません、風紀委員長。
今日風紀室に行ったら謝らないといけないだろう。
「リュウカ変な顔になっている。リュウカの顔は凛々しく整っているのだから、そう妙な顔をするでない。」
凛々しいって褒め言葉だろうか。
女性に向かって言う言葉ではない気がする。
とりあえずお礼を言って、朝食を終える。
魔法陣の刻まれた箱に入れて実家に手紙を送った後、教室へ行くと、犯人が捕まった事がすでに知れ渡っていた。
学園としては理事長が退任し、召喚魔法が使える人も面接でふるい分けをするという事が決まったらしい。
これだけの事件が起こったというのにやめていく生徒はほとんどいなかった。
魔法を学ぶのにフェーリエ魔法学園以上の場所はないという事の表れだろう。
数少ないやめていった生徒の中に転入生の取り巻きとなっていた男子生徒と襲撃にあった女子生徒が1人ずついて複雑な気持ちになったが……。
今日の授業を全て終え、風紀室へ向かう。
小鳥のさえずりがどこからか聞こえてくる良い天気だ。
途中で少し散歩をしたとしても怒られないだろうか。
ぶらぶらと庭を歩いていると、懐かしい声に呼び止められた。
「リュウカ!」
振り返るとそこにはガリアスが立っている。
しきりと辺りを見回し、誰もいないのを確認した後頭を下げた。
「すまなかった。家のごたつきでイライラしていたんだ。リュウカにひどい事をしてしまった。」
ガリアスの母国は軍事国家であり力がすべてだ。
そのため頭を下げる事は敗者の証とされ厭われる行為だが……。
困惑してしまい上手い言葉が返せないでいると、ガリアスは私が怒っていると勘違いしたようで謝罪を重ねていく。
「婚約の解除なんて本当にするつもりはなかったんだ。家と家のつながりがあるから、そう簡単に婚約破棄などできないと思ってた。本当にすまない。」
「まず頭を上げてくれ。私はガリアスを侮辱したいわけでも謝罪を求めているわけでもない。」
「本当か?」
勢いよく頭を上げたガリアスに頷いた。
「ただ、少し聞きたい。なぜ婚約を破棄しようと思った?」
「おれの国は男よりも女の方が強ければ女が家の跡取りになる事もあるが、嫁いでくる方が家を守るのが当たり前だ。おれが婿養子としてリュウカの家に行くのならリュウカが今のままでも問題なかったが、家を守るのならば今のままだとリュウカが困ると、そう思ったんだ。」
「だから婚約破棄を目前にすれば私の性格がおとなしくなると?」
「そうだ。だから婚約破棄を考えていると実家に手紙を送った。まさかあんなに……。」
ガリアスは悔しそうに唇を噛んだ。
婚約事態が消えかかっているのは婚約解消の手紙が届く前から何となく感じていた。
あの頃はガリアスしか見ていなかったから私も婚約が破棄されるはずがないと思っていた。
しかし私の家が2人が思いあっているなら意を尊重するとして婚約が破棄されてなかっただけだ。
一度目を閉じて揺れそうになる心を落ち着かせる。
「予想したよりもガリアスの家の動きが早かったという事か。私も実家からはガリアスとの婚約を解消するかという手紙が届いている。私の家とガリアスの家の婚約など所詮その程度という事だ。」
「今回の件で嫌と言うほどよく分かった。だがリュウカがまだ婚約破棄に頷いていないから破談していないんだろう? もう一度やり直させてくれないか。」
問いかけではなく決定か。
昔からガリアスは変わらない。
私が首を横に振るとは一切考えていないのだろう。
「悪いがもう無理だ。私はあの頃のような激情をガリアスに持つ事がもうないだろう。」
「なんでだ!?」
「私は盲目すぎたんだ。全員が全員私の性格を嫌がるわけではない。こんな男っぽい私とも仲良くしてくれる人がいる。婚約が破棄されてようやくそれに気づいたんだ。婚約は破棄するという手紙をもう実家に送ってある。言い出したガリアスの家が多少の違約金を払うくらいで特に問題もなく解決するらしい。」
私の言葉にガリアスが崩れ落ちた。
その姿に申し訳ないと思うが、ガリアスを前にして胸が高鳴るという事はもうない。
ガリアスとの思い出も今となってはあの時の私はガリアスが好きだったなと思うだけだ。
「すまない。」
最後に心から謝り歩き出す。
「なんでだよ!?」
背を向けた私にガリアスが殴りかかってきた。
それを避け、ガリアスに頭を下げる。
「私はもうガリアスと一緒に歩む未来が想像できない。」
衝撃を受けたような表情を浮かべた後、ガリアスが唇を噛みしめて立ち去った。
「大丈夫か?」
ガリアスではない男性の声に顔を上げるとルージェンスがいた。
「大丈夫だ。何もない。ただ、ガリアスを傷つけてしまった。」
あんな顔が見たかった訳ではない。
むしろガリアスはもう私に興味がなくなったと、そう思っていた。
肩を落とすと、ルージェンスが頭をかき混ぜてくる。
「先にリュウカを傷つけたのはあいつだ。リュウカが気にすることはない。それともまだあいつの事が好きなのか?」
「いや、恋愛感情の好きという気持ちはもうない。婚約破棄の手紙を巡ってのガリアスの言葉に熱が冷めたのだろう。」
あれがきっかけだった。
互いに思いあってなどいない夫婦が他国ではよくいると聞く。
恋愛感情の有無で婚約がある程度決められる私は幸せだろう。
流石に他国の人との婚約や婚約破棄は難しいらしいがガリアスとの婚約破棄もガリアス側からの申し出という事でまとまるはずだ。
「この国は貴族も結婚に関して随分と自由がきくよな。」
ぽろっと口から出た言葉にルージェンスが苦笑する。
「そうだな。突然どうした?」
「いや、幸せだなと思っただけだ。」
「そうか。」
ただ相槌を打つだけだがルージェンスの目元は優しい。
温かい日差しの下という事もあってなんだかくすぐったい。
「ルージェンスは誰か好きな人がいるのか?」
誰かと付き合っているという噂は特に聞かないがルージェンスに言い寄る人は多い。
特定の相手がいてもおかしくないだろうと思って聞くとルージェンスが一瞬複雑な表情をした。
「いない訳ではない。…………俺が好きなのはリュウカだ。」
どんな冗談だと言おうとしたが、真剣なまなざしを受けて口をつぐむ。
「私……?」
「告白しようと思った時に婚約発表をされて歯噛みしたものだ。俺の笑顔の壁を崩し、あちらこちらで問題に巻き込まれるリュウカをいつも追いかけていた。信じられないだろう?」
どこか自嘲ぎみに笑うルージェンスに驚く。
呆然としていると、ルージェンスの視線が強くなり、笑みが自信にあふれたものへと変化した。
「だが、リュウカの婚約は破棄される。それなら俺がリュウカに好きだと告げようが何も問題がなくなる。絶対に落としてやるから覚悟しろよ。」
もう落とされている。
そう思ったが、放心状態から戻った時には告げるような空気でもなくなっていた。
それに、今告げるのは婚約破棄の発表と重なる事もあり、時期が悪いと理性が告げる。
もう少し落ち着いた頃に私の方も好きだと告げるのもいいかもしれない。
どこか機嫌の良さそうなルージェンスと共に風紀室へ向かう。
いつもとは異なりルージェンスと手をつないで歩き、たどり着いた風紀室には私用のブレザーが届いていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
気が向いたら続きを書くかもしれませんが、キリの良いここで話を終わらせていただきます。
本当にありがとうございました。




