第9話 隠された真実2
仕事の合間に書くしかないかな、と。でも楽しいです。
沙樹が姿を消してから半日が過ぎた頃、彼女の通う高校では一部の生徒達の間でまことしやかな噂が流れていた。
学校でも指折りの美少女が行方不明になったことで、事件との関連性を噂する者が後を絶たなかったのだ。
教職員達も、さすがに敏感にこれに反応した。毎日のように紙面を賑わす事件の影は、知らないうちに生徒達の日常生活にまで影響を与えていた。
担任教師が事態を把握すべく生徒から事情を聞こうにも、彼女と親しい友人達も二人揃って学校からいなくなっていた。
そして彼女に親族がいない事が、事態の悪化を更に加速させた。
噂の真偽はともかく、不安な生徒達を抱えた教師達は落ち着かせる事を第一に対応していたが、それが却って生徒達の噂話に信憑性を持たせることに繋がった。市内の各学校が事件後に立ち上げたSNSに、他にも行方不明になっている生徒達の情報が挙げられていたからだ。
当然、沙樹達の高校でも裏サイトの一つとして知られていたため、情報が瞬く間に広まっていた。
その結果として、春香が出ていってからすぐに静香達が個別に職員室に呼び出される羽目になっていた。昼休みの後半と放課後を職員室で過ごすことになった彼女達は、むしろ正確な情報を得られるだけマシだった。
順番で呼ばれる最後の一人が開放されて、静香達は待っていた友人を見つけた。
「智子?! ゆっこはなんて?」
「うん、何か事情を知らないかって……。葛西先生、本当に困ってたみたい」
「そう。いま春香が探してるんだけどねぇ……」
静香は溜め息と共に、項垂れた。ゆっこ、こと担任の葛西裕子が、心配性な性格であることを生徒達は皆知っていた。静香達もできることなら、彼女に協力したいのがやまやまだった。
どうにもならない状況に、彼女達も友人の無事を祈るしかなかった。集まった少女の一人が心配した表情で言う。
「まさか、ホントに関係ないよね?」
「朱美、大丈夫だから。噂に流されたらアウトだよ」
静香は朱美を宥めるが、ここにいる皆が同じ思いでいることは明らかだった。静香は、春香がいたならこうするのではないかと思って朱美を励ましていた。先の見えない状況下で、不安と戦っていたのは彼女のほうだった。
今の静香には、春香の生来の明るさが羨ましく思えた。
「分からない事が多いけど、沙樹ちゃんが無事に帰ってくるのを待つしかないね」
静香は努めて明るく言った。
「あたしらがネットの噂話なんか信じてちゃ、春香が怒られ損になっちゃうよ。まぁ、あの行動力は規格外過ぎるけど?」
「静ちゃん……」
「今回は、ゆっこに何も言えないのが痛いなぁ」
静香が感傷めいた台詞を吐いた。心情を吐露することも仲間内なら彼女は平気だった。それが共感を呼ぶのか、彼女の周りには友人が多かった。
一緒にいる智子が口を開き、静香に尋ねた。
「でも、春香ちゃん大丈夫かな?」
「柳樂君が一緒だしねぇ。春香がキレなきゃいいけど……」
戯けたふうに応える静香に、朱美が横から聞いてみる。
「あの二人って、仲悪いのかな? そうは見えないんだけど」
「あはは、悪くはないね~。もっとも、春香が自分で気付いてないから良くもならないかなぁ」
静香の発言に、朱美達のほうがのってくる。
「でも、それって微妙なんじゃない?」
「大丈夫じゃないかな? 春香は沙樹ちゃんラブだし」
「静ちゃん、面白がってる場合じゃないでしょう?」
「……ごめんなさい」
それが彼女の茶目っ気だったのか、智子に指摘された面白がってる事実をサラッと認めて謝罪する。
「でもさぁ……」
静香は端末の画面を自動で流れていく情報を流し読みしながら、その概括的な意味を掴んでいく。
「裏サイトの噂くらいは知ってるけど、どうもおかしな感じなんだよねぇ」
静香が手持ちの携帯用端末を操作しながら言う。その様子を見て、智子が尋ねた。長めの綺麗な髪が屈んだ拍子に揺れる。
「何が変なの?」
「おかしな所は沢山あるけど、一番は内容が詳しい板が何故か、オカルト系サイトのヤツってことかな?」
全員が怪訝な顔をしていると、不意に静香が手持ちの端末機を見ながら言った。
「あの事件だけじゃなくて、昔の事件とかも連続する一連の事件記事にまとめて、情報を流してる。その中に事件の詳しい内容があって、学校とか実名で全部載ってるんだけど……」
「やだ、実名なの?!」
「待ってよ。学校名まで載ってるなら、実際に行方不明の娘とかも載ってるんじゃ……」
彼女の説明に、周りで聞いている少女達のほうが吃驚していた。それは彼女達の担任教師達が、慌てた理由の一つでもあるのだが。
「立てられた板は別に、愉快犯的なやつだとか探偵気取りのやつじゃないのに、まるで祭りみたいにグルチャとか盛り上がってるんだよね」
静香が見ている画面を流れる文字の羅列が、意味を持つ会話となっていく。
「中には犯行に関わってたとかいうのもあってね……。なかなか、炎上中なんだよね」
「管理者に通報しないの? それ、規制違反じゃん?」
「裏サイトにも管理者に通報する連絡先があるし、対応もしてくれるけど遅いからねぇ」
少女達が心配する内容が、具体的に思い描けるという事実に、余計に不安感が増していった。
「それで、静ちゃんは何したの?」
「過去ログから辿って、一応目は通したよ。やっぱり、気になったし。あの事件までは幽霊の噂も無かったし、行方不明になる生徒もいなかったよ」
「あの殺人事件って、まだ犯人が捕まってないよね?」
「うん。板じゃ祭りみたいに言われてて……。あぁ、なんか頭痛くなってきた」
流し読みを続けていた静香が、端末機から眼を逸らして嘆息する。
右手の指で眉間のあたりを押さえる仕草を取って、軽く頭を振る。
「まったく、誰が呼んだのかしらね。魔術師の饗宴だなんて……」
陰鬱とした館の一室で、使い魔である蛇が灯りも無い場所で姿を現していた。白と黒の錯視の円が、形をとって隣室に這い進んで行く。魔力の塊のような姿を目にすれば、気の弱い者なら卒倒しかねないだろう。
使い魔として破格の力を持つ蛇は、隣室にいた猫の元に這う。
「主は何処だ? 猫よ」
蛇が問う内容に、猫が応えた。動く度に艶のある黒い毛並みが眼を引く。
「今は二階の私室で休まれている。聞けば昨夜、何者かの干渉があったようだ」
「ほう、それでどうする気だ?」
「決まっている。沙樹様に敵意を向けた輩は生かしておかぬ」
猫は迷い無く明言した。猫にとって、新たな主人となった沙樹の安否は最も優先すべき事項であり、それを脅かすものは排除すべき敵であった。
「主の四肢には霊体特有の接触痕が視えた。それ故、危機に直面したと推察したが……」
「低級霊ごときが触れて良い方ではないのだ、蛇よ」
不遜な態度を取る蛇だが、主である沙樹の状況を把握する事には努めていた。だが、使い魔としての格が自分を上回る猫に言い切られては、強く意見などできようはずもなかった。
「霊体であっても容赦なし、か……。それはいいが、術者を突き止めるのが先ではないか?」
「魔力の残滓を辿れば嗅ぎつけることなど造作もない」
猫は翠の双眸に強い意思を秘めて言った。
「蛇よ、手出しは無用だ。それに私が狩りに行くとなれば、お前が沙樹様を護るのだ。結界に長けているのは伊達ではなかろう?」
「頼まれずとも、主の無事は確約しよう」
昏い笑い声が聞こえた気がしたが、それは直ぐに消えた。その声が消えた間を紛らわすかのように、蛇は話題を替えた。
「ところで、猫よ。これで大魔法陣の継承は成る訳だが、連中に教えてやるのか? 世にも貴重な魔術遺産を何も知らぬ小娘が持っていると」
「馬鹿な、沙樹様が成人された暁には連絡を取ってやらぬでもないが、連中にそんな義理は無い!」
強い魔力の膨張が、客室を満たす。一瞬で高まる殺意のような気配に、蛇は何の動揺も見せない。猫が発したであろう怒気の余波に、室内が見えない何かで満たされたような息苦しさを伴う。
押し込めた怒りを消さぬまま、猫は傍らの蛇に命じた。
「それより貴様も手伝うのだ。初級魔術の教本程度の仕事はできよう?」
「……ククク。承知した」
昏い笑い声は、今度こそ錯視の蛇から漏れ聞こえた。
「近く、継承の儀式のために館を外さなければならないのだ。亜流の魔女など敵ではないが、沙樹様に満足な時間さえ用意できぬとは……」
猫は己の非力さを恥じているようだった。それは、主人となった沙樹の母親への思慕を思いやる心から出た言葉だった。
「猫よ、主は稀代の才能を持つ魔女。魔法界の伝統を学べば、自ずと理解しよう」
気遣うようにも聞こえる蛇の声に、猫は翠の双眸に力を込めた。
「沙樹様を館に匿い、お守りする事は容易だ。しかし、これまでの生活を放棄しては沙樹様が要らぬ注目を集めてしまう」
「その程度、障害でもあるまい?」
「言うな、蛇よ。正統な継承者である沙樹様の持つ優先権は、お前が言う通り魔法界でも貴重だ。余計な干渉を許さぬためにも、沙樹様の教導を急がねばなるまい……」
猫はそう言うと、ふと室内にある時計を見上げた。三針が止まったそれは、精緻な造形で組み上げられているのが分かる。何れかの日に止まっただろうその時計は、再び動く時を待っているように見えた。
猫の視線の先には、過去の在りし日に止まってしまった時間が見えているのかもしれなかった。
「この館に、再び主が戻られたのだ。二度と失う訳にはいかぬ」




