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ステップ5



 ○月◎日(水)



 こんにちは、疲労困憊の僕です。

 無理でした。双子を振り切れませんでした。あの二人には僕限定で寄り道するぞアンテナでも脳内に備え付けられているのだろうか。


「今日こそアイスー!」

「フランクフルトー!」

「…………だから、夕飯入らなくなるから駄目だって言ってるだろ」


 僕の逃亡を恐れてか、二人は僕のカバンを掴んでいる。やめろ。カバン高いんだから、壊れたら僕の小遣いが大打撃だ。


「で、今日は何を探すの?」


 今日は、ではなく、今日もです。主にお前達のせいです。


「伝説のオオクワガタだね!」


 どこに行くつもりか。

 彼女らの辞書にあるショッピングモールと言う単語は虫食い状態の様だ。もう良い。もう良いから、今日こそ、文房具を買わせて。

 僕は既に諦めた眼差しで、ショッピングモールへの道を、双子を引きずって歩いた。


 ショッピングモールに着くと、双子は光の速さで僕を振り切って駆け出した。僕は必要だったのか。どうなんだそこの二車両編成の暴走列車。


「お母さんに駄目って言われる前に買い食いするよー!」


 もう駄目って言ってる。真っ先に注意した。


「安心して! オオクワガタはしっかり見付けてくるからね!」


 いらないいらない。どこに行く気だ。ペットショップとかにいるのか。居たとして買えるのか。財布の中身が二人共、およそ二千円だって知ってるからな。

 叫びながら二人は僕を置き去りにした訳だが、周囲の僕に対する視線をどうしてくれる。


「……あ、アルパカのガチャポンだ」


 多数のガチャポンが並ぶコーナーへと、僕は数枚の硬貨を握り締めてふらふらと向かうのだった。現実逃避、大事。

 片手いっぱいの小さなアルパカストラップを手に入れた頃、満面の笑みの双子姉が二段アイスを頬張りながら歩く傍ら、双子妹はしょんぼりしながらアイスを頬張っている。


「……どうした妹」

「す、すまねぇ、オヤビン」


 声を掛けたらいつかのオヤビンが復活した。


「オオクワガタは、敷居が、高かったです……っ」


 本気だったのか。


「次のステージにはオオクワガタは必要不可欠だったのに!」


 何のスクロールアクションゲームだ。日常的に飛んでくるキノコとか避けなくちゃいけない世界は勘弁願いたい。


「しっかりしなよ」


 空想……いや、そんなお上品な話じゃないな。妄想が荒ぶる妹の肩を、姉がぽんと叩いた。大変珍しい光景だ。姉が諌めた。口の周りはチョコミントアイスまみれだけどな。


「オオクワガタが必要なのはもっと先のステージ……、生け贄の嵐のステージだよ」

「そうだった! 私、勘違いしてたよ!」


 諌めたと思ったのは僕の悲しい妄想でした。通常運転でした。オオクワガタをどうする気だ。生け贄にするのか。残酷描写注意だな。一度くらい僕の期待に応えてくれ。頼むから。そして相変わらずの打ち合わせなしのやり取りに頭痛が凄いです。


「オオクワガタはもう良いから、次は太鼓のタクトがやりたい」

「私はポプ夫ミュージックやりたい」

「僕は文房具買いに行きたい」

「「却下です! 満場一致で却下です!」」


 双子には今一度、今日の目的について思い出してもらいたい。決して子守りではないのだ。僕はお母さんではない。


「三秒以内について来ないと、日曜日のおやつのマカロンは僕の胃の中だからな」


 新たな三秒ルールを提示した瞬間、僕は宙を舞った。そんな気分になった。僕の二本の腕を双子がそれぞれ掴んで走り出したのだ。某有名な連行される宇宙人だって、きっとこんな連れ去られ方はしなかったはずだ。腕、凄く、痛いです。

 日曜日には呼んでなくても、おやつの時間に侵入してくる生物。それが僕の幼なじみ。マカロンの威力は絶大だ。絶大すぎて僕はとても不憫です。


 あっという間に本屋に連れ込まれた僕は、周囲の奇異の視線と店員の冷たい視線に縮こまりながら、文房具コーナーに急いだ。僕は空気。僕は本棚の一部。必死に自分自身に言い聞かせた。双子は視線などものともせずに店内を練り歩いている。神経太すぎる。何でそんなに偉そうなの。

 文房具を見て回ると、色々と機能が充実した品が多い。けれど、僕はノーマルな物が好きなので、多機能は求めない。多少の手間が好きなのだ。ボールペンも赤も黒も一緒でなくて良いし、シャーペンも芯の残りを確認して入れ替えるのが良い。カチカチと芯を出すのも面白い。

 まあ、そんな僕の文房具への思いはどうでも良いので、双子に邪魔される前に必要な物を手にしてレジに向かった。

 会計を終えると、双子がほくほくと何やら分厚い本をそれぞれ一冊ずつ手にしていた。


「何を買うんだ?」


 意外かもしれないが、双子はそれなりに読書家である。ラノベが中心ではあるが、歴史小説や純文学、絵本やエッセイも読む。国語の文学系の授業には強い。他はともかくとして。

 二人はいつもなら図書室で借りているのに、わざわざ買うのだから、僕も興味が湧いた。映画化するらしい児童書かもしれない。

 二人は勿体ぶる事もせずに、僕に本を見せてくれた。


「哲学と一人の私〜」

「数字から見えるひとの生き方、心の在り方〜」

「…………」


 一度で良いから、意外性の無い会話がしたいです。


 少し疲れた面持ちで、ショッピングモールを出ようとすると、前方から二人の赤ん坊を抱いた男性が歩いて来た。ピンクの揃いのベビー服を着た――多分、双子の女の子の赤ん坊だ。一人でも大変だろうに、両腕に二人も赤ん坊を抱えるとは、脱帽である。頑張ってお父さん。育ちかたによっては、その子達に両腕を掴まれて引きずられる日が来ますよ。


「あにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!」

「あきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!」


 赤ん坊は父親を挟んで何やらテンション高く叫んでいる。父親越しにお互いを見て、同時に叫ぶのではなく、交互に叫ぶ様はまるで。


「あれは、会話してるね〜」

「え」


 僕の背後から少し双子の姉が顔を覗かせ、件の親子に目をやる。


「双子ってさ〜、小さい頃はお互いにしか通じない言葉で話してるらしいよー。科学的根拠があるのかは知らないけどね〜」


 妹も姉同様に親子を見る。


「二人もそうだったか?」


 ちょっと記憶に無い。小さい頃とはいくつくらいだ。僕の記憶は二人がハイテンションで跳んだり跳ねたり走り回っていた幼稚園の頃の印象が強くて、それより前はよく覚えてはいない。


「幼稚園に入る前は、多分?」

「私達、言葉が遅かったし」


 それは意外だ。こんなに口の回る二人が言葉が遅いとは。あ、いや、待てよ。少し記憶に、引っ掛かりが。

 あれは確か、幼稚園に入る前か。三人で双子の家で遊んだ記憶がある。二人は「きゃ〜!」とか「ぶーぶー」とか「わんわんは、これ〜」とか、テンションは高かったけれど、話せる言葉はとても少なかった。もしかしたら、二歳児の方が語彙は多いかもしれない。

 当時、僕は二人のテンションに振り回されてばかりで、あんまり意思の疎通は出来ていなかった気がする。あの時も、双子のおもちゃ箱にしていた大きな箱の中身を全部取り出すと、何故かその中に僕を入れられたりした。箱自体はとても大きくて四歳児が二人くらい余裕で入れたし、蓋も着いて無かったから、閉塞感に気分が悪くなる事は無かったけれど、本当に意味が分からなかった。双子はニコニコと嬉しそうにしていた。


「確かに、会話らしい会話は、無かったかな」

「でも私達は会話してたつもりだったんだけどね」

「そうそう、目で会話も出来た」

「凄いな、それ」


 テレパシーの一種か。双子を神秘化して見てしまいそうだ。


「だから、昔は君と上手くコミュニケーション出来なくて苦労したよー」


 双子の口からまさかの「苦労」の二文字が飛び出した!


「何言っても、きょとんとしてるんだもん」


 僕の記憶が正しければ、「きゃ〜」や「にゃー」ばっかりの双子と意志疎通など無理ゲー過ぎる。

 しかし、双子は互いに会話が成立していた様だから、本当に双子特有の言語はあるのかもしれない。


「確か、幼稚園の入園前もさー」

「あー、宝箱事件?」


 宝箱事件? ちょっと物騒だな。幼児がやる事なら大した内容ではないだろうが、相手はこの二人である。油断大敵。

 二人は「てへ」といった風に、照れくさそうな笑みを僕に向けた。


「いやー、君は覚えてないかもなんだけど」

「私達、おもちゃ箱に、君をしまった事があるんだー」


 …………なんだと?


「二人でね、大事なものは宝箱行きだーって」

「君の事は大好きだったからさー」

「しまっちゃおう! と」

「あ、ちゃんと「しまっていい?」って聞いたんだよ?」

「でも、何にも言わないから」

「じゃあ、良いか、と」


 じゃあ良いかで、ひとを仕舞うな。僕は仕舞われたのか。雛人形や五月人形ポジションか! あの「にゃー」とかにそんな恐ろしい質問があったとは。 幼児な双子、怖い!


「…………明日から英訳、三十ページがノルマだからな」

「「そんな馬鹿な!」」


 馬鹿はお前達です。四歳の僕の恨みを思い知れ。



 総評:大好きと言われたが、誤魔化されない。それが僕だ。



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