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アンケートお礼小話2~ヴァリアス~

 執務室に山と積まれた書類は、処理すれども増えることはあれど、減ることはない。文句を言っても、自分以上に仕事をこなしている補佐官を見れば言葉に詰まる。彼の仕事の大半が、ヴァリアスの仕事でもあるから余計に。いい加減嫌気が差したところで、丁度タイミング良くクレハがお茶を淹れてきた。


 この時彼は疲れていたのだ。正常な判断が出来なかったといっても過言ではない。


「は~い、隊長。いつもお疲れ様です~」

「クレハか。仕事は?」

「ちょ~っと休憩中です~。隊長も休憩しましょう~?リトルもこっちおいで~」


 終わらせた書類を運ばせてからヴァリアスは立ち上がった。長時間同じ体勢で居たせいか、体中が凝っているようだ。その間にリトルが隣の室へと消える。恐らくお茶とお茶請けを取りに行ったのだろう。暇さえあれば城下で菓子屋巡りをしているので、菓子のストックがなくなることはないはず。


 香り高いお茶と共に持ってきたのは、大通りにある老舗菓子屋スローテスの焼き菓子だった。以前、リアナ嬢と行ったのもあそこだったなと感慨深く思いながら咀嚼する。木の実の香ばしい味と控えめな甘さが相まって、暫しの余韻を残す。隣にはリアナ嬢ではないがそっくりのリトルで我慢するとして、リトルの淹れた美味しいお茶を一口飲み。

 彼はその場で昏倒した。




 長閑な青空が広がっている。目の前には馥郁とした芳香が漂い、彼は薫りを楽しんでいるところだった。


「どうかされましたか、ヴァリアス様?お茶が不味かったでしょうか」

「いいや。いつもお前の淹れるお茶は最高だ」


 閉じていた目を開き、カップを戻そうとして彼は驚いた。そこにはポットを控えめに持つリアナ嬢が立っていたのだ。心配そうにこちらを覗き込んでおり、透明な菫色が彼の姿を映す。


「リアナ嬢!?俺は確かリトルと飲んでいたはずだが」

「お兄様?ここにいるのは私とヴァリアス様だけですわ。それとも、私よりもお兄様の方がお好みですか?」

「いや、君とでいい。あいつとはいつでも飲めるからな」

「ふふ。私もヴァリアス様と御一緒できて嬉しいですわ」


 リアナ嬢が柔らかく微笑みかける。それがまたリトルと重なり、彼は苦笑した。やはり二人は似ている。ちょっとした仕草や笑った時の笑顔が同じだ。


「はい、ヴァリアス様。あーん」


 フォークを持ったままにこにこと待っているリアナ嬢。


 これは俺にどうしろと!?


 ここで食べればいいのだというのは判る。育ての父であり実際は兄であるリュディアスとヴィエッタを見て育ったのだから。けれど、いざ自分がされる側になると、これはかなり気恥ずかしい。

断れば悲しまれそうでそれは嫌だった。


 障害物のない見晴らしの良い平原で隠れる場所などないのだが、それでも周囲を確認して彼は恐る恐る口を開けた。口に入ったそれはほろほろと口の中で溶けて爽やかな柑橘とカカオの味がぱっと広がる。


 第二環状線沿いにあるロゼッタの店のチョコレートムースだった。彼の好物の一つである。他にも机の上には彼の好物が置かれ、自己主張をしていた。


 太るからと敬遠する女性も多いのだが、リアナ嬢は気にすることもなくぱくぱく食べていく。それがまた好ましく、彼は頬を緩めた。一心地ついた後は、手を組んで散歩する。風が金にも銀にも見える髪を攫う。


「今日は前と同じように話してくれないのだな」

「え?」

「公爵邸で会った時だ。貴方はリトルと同じ様な話し方をしていた。あちらが素なんだろう?」

「まぁ。あの時は、皇弟殿下とも知らず失礼致しました」

「いや。あの時と同じように話してくれないか?型苦しくされると変な感じがする。無理にとは言わないが」


 髪を掻く彼にリアナ嬢は口元を押さえて小さく笑う。判りましたと了承を得て、彼はほっとした。リトルが他人行儀に接しているようで気持ちが悪かったのだ。こんな時でさえ比較してしまう自分が滑稽だ。折角好いた女性と一緒にいるのに。


「ヴァリアス様?」

「ああ、何でもない。少し思い出しただけだ」

「そうですか」


 ざぁっと風が草原を駆け抜ける。リアナ嬢は目を細めて身体一杯に風を受け止めた。しかし、足場が悪かったのか体勢を崩す。


「危ない!」


 倒れそうになったところを間一髪で間に合った。腕の中で可憐な一輪の花がふわりと微笑む。抱きしめる腕に力がこもった。目を閉じて顔が近づいてくる。彼もまた頭を引き寄せて唇を押し当てようとして。




 突然昏倒したヴァリアスにリアナはさっと顔を青ざめる。動脈に手を当てしっかり動いているのを確認する。瞳孔は完全に開いており、反応はない。むやみに動かすのも憚られて、ソファに身体を横たえた。


「あはは~、ごめんね~。リアナのを隊長が飲んじゃったみたい~」


 成る程。リアナが淹れたはずのお茶はそっくり残っており、代わりにクレハの持ってきたカップが割れて散乱している。それだとしたら、非常に不味いのではないだろうか。


「中身は?」

「ん~と、通常の希釈倍しかしてない新手の麻痺毒だよ~。解毒剤はちゃんと用意してあるよ~」


 それを聞いてほっとした。解毒剤を用意してないことも多々あるのだ、クレハという人物は。受け取った濁った緑色の液体を口に流し込む。嚥下したのを確認して、襟首をくつろげてやった。


 効き目は遅く、逆に解毒剤の効きは早いそうなのでそんなに苦しいことはないだろう。ほんの少ししか口にしていなかったのも幸いした。今日はこのまま様子を見るために医務室へと泊まらせる予定だ。ヴァリアスの自宅へと連絡を済ませ、クレハも反省もとい証拠隠滅のために掃除をしてそのまま部屋へと戻っていった。


「ヴァリー…」


 見た目に反して柔らかな黒髪が、さらさらと手からこぼれ落ちる。前は一緒に住んでいたこともあり、こうした寝姿も見慣れている。出会った当初より大人びて、なだらかな頬は引き締まり、より男らしくなった。毎朝髭を剃るのが面倒だと零していたことを思い出す。こうした変化が始まる前に、リアナはヴァリアスの前から消えなければならない。


 三年の間、ほとんど同じ時を過ごした人。精悍な顔つきをした男になったヴァリアスの元には以前よりも縁談が増えている。そのうち結婚して、子供を産み、安心しきった軟らかい表情をその人に向けるのだろう。それは喜ばしいことなのに、寂しい。


「あまり遠くに行かないでくださいね」


 普段ヴァリアスがリアナに思っていることを、リアナが口にしたその時。腕が伸びて抱きしめられた。とくんとくんと衣越しに力強く脈打つ音が聞こえる。


「起きたんですか?」


 顔を胸に押しつけられているので判らない。身体の横に両手をついて起き上がろうとしたら、今度は首の後ろへと腕が回った。驚く間もなく引き倒され、軽く唇が触れ合う。


「っ!?」


 片手で多少手加減をしながら鳩尾へと食らわせる。ぐえと蛙が潰れたような声を出して、ヴァリアスが覚醒した。鼻先が触れ合うほどの至近距離に、束の間固まる。


「…………」

「……ヴァリー。いい加減放してください」

「え?ああ」


 ぼぅっとしているヴァリアスを押しのけ、リアナは立ち上がった。服の皺を伸ばして全くと呟く。その頬がほんのり色づいていることに気づいた者はいなかった。


 手袋越しに素早く触診して、異常がないことを確かめる。枕元に座り、覗き込んだ。


「ヴァリー。貴方は倒れたんです。憶えていますか?」

「そうか。そうだったな。確かお前とクレハとお茶を飲んでいた……」


 では、あれは完全に幻だったのか。嬉しいような悲しいような。


「……です。聞いてますか?」

「ああ。お前もよく見れば紫の瞳だな」


 今発見したとでも言うように、さらりと前髪が退けられる。まるで慈しむかのような目で。露わになったそれを隠すように、リアナは窓の外へと顔を背けた。どうかしている。銀色の耳飾りが太陽の陽射しを受けて光った。


「兎に角、今日一日は医務室にいて貰いますから。今、担架も呼びますから、それまで大人しく寝ていてくださいね」


 早口に告げてリアナは一旦外へ出た。迷いを振り切るように頭を振って、歩き出す。




 後日、機嫌の良かったヴァリアスによってクレハはお咎めなしとなり、リアナは時々向けられる優しい眼差しから逃げるようになった。

まぁ、彼の場合は夢オチが限界ですね。

何だかんだで、リアナ(リトル)のことを一番大切に思っています。

彼の妄想だからかもしれませんが、リアナ嬢のよく似た仕草がリトルを連想させるっていうあの辺りが無意識の内に意識してるんじゃないかなーと。


作中出てきたクレハさんがこの後本編で登場します。リアナの部下の呟きとか書きたいなぁ。


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