第19話 無色
「お疲れ様。交代するよ」
私は生徒会準備室——今は宝石を展示する会場にて『勇壮な翠玉』を警護するために歩いて来た。
そこに1時間仕事をしていた江さんがいたので、仕事の終了を伝える。
さっき時計を見たときは11時50分だったから、今は12時直前くらいだろう。
「ありがとうございます。特に異常はありませんので、見張りよろしくお願いします」
そう言って教室を後にした江さんの背中を見つめ、私は気合を注入する。
「・・けど、ぶっちゃけここまで何も起きてない以上はもう大丈夫なんじゃないかな?」
気合を入れておいてこの意見は自分でもどうかと思うが、何せ文化祭が始まって3時間も経っているのだ。
影も形も見えない犯人さんに動きが無い以上、別に護衛する程でもないだろう。
そう考え、私は教室のど真ん中で展示されている宝石に近づく。
黒い台座の上でガラスに全方位を囲まれたエメラルドは、萌黄色の輝きを華麗さと純粋さを兼ね備えて放っていた。
ケースの高さはだいたい私の胸あたりの高さなので、だいたい1メートル無いくらいだろうか。
ケースは周りを柵で囲まれており、手を伸ばしてもケースに触れられない距離になっている。
部屋の窓には全て暗幕が掛かっており、この教室の中の光源は天井の蛍光灯のみとなっている。
どうやら太陽光が直接宝石に当たるのは危ないんだとか。詳しいことは教えてもらえなかったけど。
もう少しあの宝石を鑑賞していたかったが、他の人に迷惑がかかるといけないのでケースの傍から離れる。
入り口の方にゆっくり歩いて戻ると、私はあることに気づく。
・・来客の数が減っている?
もうこの生徒会準備室にいる来客者は5人しかいない。
廊下にもあまり人影が見えず、気配すら感じられない。
すると、私は青里さんについ20分程前に聞いた話を思い出す。
『12時半から、体育館でダンス部と演劇部、そしてチア部が有志発表をするらしいの。さっき耳にした話によると、毎年恒例の企画で大人気みたいね。誇張抜きで校舎の客は全くいなくなるレベルだとか』
きっとその有志発表にみんな行ってしまったのだろう。
まさかここまで人がいなくなるとは思わなかった・・。
また2人、教室から出て行くのを見つめて、溜息を吐く。
「はぁ・・お客さんがいなくなるってことはつまり、犯人は盗みに来ないってことでしょ?いよいよ暇になるなぁ」
普通に考えて、人が大勢いる中で犯行を行った方が自分をカムフラージュできるので、まるで人がいなくなった今、盗みを働いたところで危険極まりない。
そんな消極的な感慨も一入、教室に1つの人影が入り込むのに気づき、顔を上げ——
———目を、疑った。
入り口に立っていたのは、数時間前に話題だった先輩。
『犯人が来るはずない』と考えていた最中に現れた、今回の事件唯一の容疑者。
—————三寧 佑磨先輩。
※※※
激突音と共にペットボトルが取り出し口に落ちてくる。
キンキンに冷えたそれを手に自販機を後にすると、俺は1人の女と目があった。
「どうした、美咲?俺に用事か?」
「ええ。単刀直入に問うけど・・例の予告状を出した犯人は『生徒会書記の三寧 佑磨』で合ってる?」
「・・・」
・・その質問への最適な答えを、今の俺は提示できない。
ここまで直球で訊いてくるってことは、美咲が珍しく焦っているということか。
書記が犯人だという証拠は沢山見つけたが、どれも所詮は状況証拠で、確信は持てないといったところか。
ただ、美咲は俺と比べて圧倒的に『情報』が足りない。
いつもなら情報共有をするところだが、今回はそういうわけにはいかないのだ。
しかし同時に、ここで美咲を見捨てるのも後々面倒になる可能性が高い。
俺はポケットから1枚の紙を取り出すと、美咲に手渡す。
そこ紙には、ワープロの字体で3行の文が記されていた。
『崇高なる幸福を
掌中に収めてみせる。
セイナン』
「これは・・」
「予告状だよ。さっきの質問には『半分正解、半分不正解』と答えておく。それが俺の示すことができる唯一のヒントだ。後はまぁ頑張れ」
そう言って俺は美咲とすれ違うようにその場を去ろうと・・
「ああ、そうだ。もう1つ大事なヒント・・というか、大事な情報を伝えておく」
俺は美咲に振り返ることなく、忠告を淡々と述べる。
「生徒会準備室、あの宝石が展示されている教室に、今すぐ行ったほうがいい」
すると、後ろで2回の足音がした。美咲がこちらを振り向いたのだろう。
「・・どういう意味?」
その言葉には焦燥や不安とは異なり、疑念の意思が込められていた。
確かにちょっと分かりづらく伝えてしまった気がする。
「申し訳ないが、後は自分の目で確かめてくれ」
冷酷無慈悲にも取れる台詞を残して、俺は再び歩みを進める。
この半年間俺と関わってきた美咲なら、俺が無責任に、無闇に発言しない人間だと信じている。
今頃は生徒会準備室に向かっているに違いない。江も呼んでいるだろうな。
持っていたペットボトルからお茶を1口流し込んで喉を潤すと、
「・・任せたぞ、お前ら」
ここにいない3人へ、無色のエールを伝える。
※※※
「あ、あなたは・・」
私の目の前で声を出して驚愕している三寧さんだが、私は先輩の何倍も愕然としている。
私の中で、唯一の容疑者が犯人ではない説が生まれてしまった。
もちろん『犯人である説』も『犯人ではない説』も、どちらもあくまで可能性の範疇なので、何とも言い難いが・・
「確か、探偵部に入部された2年生の・・?」
「あ、はい。2年1組の赤崎です。4日ぶりですかね」
至って冷静を装いつつ、警戒を解くことなく返事する。
すると三寧さんの強張った表情が和らいでいくのが見て取れた。
「今日はどうしてこちらに?」
しかも喜びのオーラを帯び始めているような・・。
「も、もちろん鑑賞ですよ。三寧さんはどういったご用件で?」
すると三寧さんは宝石の方向に視線を向け、
「僕は仕事に余裕が出てきたから、展示の様子を見にきたんです。まぁ、このタイミングで来ちゃったせいでまるでお客様はいないようですけどね・・」
苦笑いで言葉を濁し、肩を竦める。
今までの数少ない三寧さんとの接触を思い出すと、とてもじゃないが犯罪をするような悪い人には見えない。
言葉の柔らかさや声色の儚さ、どれもが三寧さんを『良い人』だと示しているが・・
「体育館での有志発表に持っていかれたっぽいですよ。また後で来てみたらどうです?」
私は適当に返事しておく。
迂闊にも口を滑らせて、仮にも犯人の危険性がある三寧さんに情報を漏らしたらいけない。
なので可能な限り少ない会話でその場を凌ごうと緊張レベルをマックスに引き上げる。
「うーん・・そうだなぁ・・・」
顎に左手を当てて考える様子を見せる先輩に、私は警戒心を解くことなく注視する。
ピリピリしながら返事を待っていると、私の耳に届いたのは先輩からの返事ではなく——
「——————え?」
「なっ!?」
私の口から出た間抜けな声、そしてそれに重なるような三寧さんの短い声だった。
一方、目に届いたのは突然の暗闇。
「て、停電!?」
教室の電気が・・全部消えた!?
あまりに急な出来事に驚きが隠し切れず、無意識のうちに前方に手を伸ばして何かに捕まった。
「うぉっ!・・え?」
布のような触り心地のするそれを離すことなく握り込む。
視覚情報は頼りにならない事を理解し、聴覚に神経を注ぐ。
——ガタン。カン!カン!・・・パタン。
遠くでそんな音が聞こえた。
最初は何かがぶつかる音だけど、少し間を置いて鳴った音は・・フタが閉じるような音?
この空間に響くことなく、余韻を残すこともなく聞こえた物音は、私の恐怖心を一層掻き立てる。
「ちょっ・・は、離して・・」
負けないように、と言うより折れないように手により力を入れて——
「うがぁ!いってぇ!」
あれ?この声って・・?
声の主への疑問のおかげで恐怖を忘れられた一瞬を狙ったかのように、視界に光が差し込む。
今度は急の明転に、思わず目を閉じる。
どうにか目を開け、焦点を必死に合わせる
まず視認できたのは、涙目の三寧さん。
「って、どうかしました?」
あれ?なんで泣いてるのかな?
私からの質問に対し、先輩は口で答えずに自分の左腕を右手で指し示す。
彼の左腕には、私の両手が添えられていた。
いや、『添えられていた』というより『握られていた』というべきだろう。
「も、もしかして・・」
「ああ、多分、爪の跡が付いてると思う・・」
「ご、ごごご、ごめんなさい!」
光の速さで手を離すと、そりゃあもう全力で頭を下げる。
「ははは、冗談ですよ。あの状況じゃ力んでも無理ないですよね」
そう言って優しくフォローをしてくれる。涙さえ拭ってくれなければ信用できるのだが。
しかしすぐに真剣な面持ちになると、
「しかし、問題はこの謎の停電ですよ」
先輩は天井を見つめ、自分の考えを伝える。
「こうして復旧しているということは、電気そのものに細工されたわけではなさそうだな。多分、スイッチの操作に原因が仕込まれているのかな・・」
・・・ん?あれ?
この人の今の発言、なんかおかしくないか?
そんな私の疑念を払拭したのは、出口にいた警備員さんの声だった。
「あれ?ああああっ!?」
そう叫んで腰を抜かし、教室にいた全員がそちらを見る。
全員と言っても、私と三寧さんと入り口の警備員さんの3人だけではあるが。
「どうかしました?」
2人で近づいていき、三寧さんが落ち着いて問いかける。
すると今度は、
「どうした?」
気の抜けた声、というかいつも通りの声で教室に入ってきたのは、いつでもクールさを失わない探偵部の同級生。あ、後ろには江さんもいる。
きっとさっきの警備員さんの悲鳴で来たのだろうが・・教室の側にいたってこと?私のことが不安だったのかな?なんか悔しい。
「なぁっ!?」
美咲さんの登場に口をへの字に曲げていると、隣の先輩から驚愕を示す声が飛び出す。
反射でそちらを向くと、先輩は左腕を伸ばして指先で何かを指していた。
指が示す先で———
「ほ、宝石が・・・・ない?」
——無価値なケースが、役目を放棄していた。




