表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死が彼らを巡り合わせるまで  作者: 直紀けい
第一章 砂上の贄柱 スナトリ
27/33

5-6 面影も。姿形も。声色のそれすら

 夢を、見た。


──呼び声が聞こえる。

 暗い暗い、墨を落とした暗闇のその最奥。重たい瞼はそのまま抱擁を続けている。

 知覚するよりも先に。その暗闇は青年の瞳を通り抜け、頭蓋を押し広げ、脳裏に悲嘆と憎悪を浴びせかける。


 「あんな最期はあんまりだ」「納得できない」「裏切りに値する」「国がなんだと言うんだ」「あんなやつのために命を捧げるなんて」「間違ってる」「これではあまりにも可哀相だ」「これではあまりにも彼が報われない」

 「こんな結末は許されない」「これまでの時間は何だったんだ」「今までの彼の人生が救われない」「積み重ねた努力も、何の意味も無い」「正義に殉じるよりも、もっと己のために生きられなかったのか」「例えば、言うならば、そうだ、


 やり直しを…」


 口を割いて出た言葉は、果たして本当に自分の言葉だったのだろうか。


 暗転。


 声が聞こえる。涙を堪えながら、それでも必死に呼び掛ける男の声。苦渋を耐え、辛酸を舌の上に乗せながら編まれる声色は酷く掠れている。

 いっそ泣いてしまえばいいのに。そうすれば楽になれるのに。ばかな子。君がそうまでして苦しむことはないんだよ。何のために、離別を決意したと思っているんだい。

 まるで懇願するような言葉を耳朶が拾う。声の主が浴びせてくる言葉が妙に気になったので、隗斗はそっと耳を澄ませてみた。相も変わらず瞼は上がらない。重たくて仕方無い。


──もう苦しまなくていいからね

 (…べつに、何も苦しんではいない)


──もう悲しいことなんてないよ

 (悲しいことなんて、何もなかった)


 眠っている相手に、まるで呪詛のような錆びた言葉を掛けている。鉛に似た瞼を押し上げて、声の主を確かめることは不可能だった。君は誰ですか? と問い掛けることも、縫われた唇では叶わない。

 声の主の正体に覚えは無い。記憶に潜り込み探そうにも、冷たい海の底では身動ぎひとつ出来なかった。聞き覚えがあるような、無いような。分からない。そもそも、他人に執着なんてしない自分に知己など居ない。

 君ねえ、と苛立ち混じりに隗斗はごちる。そんなに死にそうな声を出すくらいなら、僕のことなんて放っておけばいい。別れたまま、綺麗な思い出として記憶の底に置いておけば、こんなことにはならなかった。

 存在ごと、何事も無かったように無視してもよかったんだ。僕との日々を、忘れてもよかったんだよ。それなのに、君は茨の道を進むのか。ああ、なんということだろう。僕のためなんかに。僕のせいで。


 聞き苦しい耳障りな声の主を閉じ込めようと、そっと鍵を掛ける。何重にも、幾重にも色んな鍵を掛けた。決して扉が開かないように厳重にした。

 これで安心して眠れるなと思っていたら。そうしたら、本当に声の主を忘れてしまったんだ。面影も。姿形も。声色のそれすら、跡形も無く。


「…それじゃあ、その記憶の中にいる人はどうなるのかな」


 ふと、聞き慣れた鈴の声。砂糖と言うよりは蜂蜜のように甘い声に、隗斗は(かぶり)を振る。

 どうなるって、どうにもならないだろう。生き埋めの形で、時を止めたまま。そのまま僕と一緒に朽ちるだけ。そのほうが彼にとって幸いでしょうとも。


「忘れてしまった記憶の中で、今もきっと寂しがってるよ」


 淡いマスカットの瞳が隗斗を見詰める。慈愛に満ちた目が隗斗の居心地を少しばかり悪くさせた。

 寂しがるような性格だっただろうか、彼は。飄々としていて、自分の命すら泡沫の夢だと思っていただろう。彼との出会いも、随分と退廃としていたはずだ。


「記憶はね、その人への想いそのものだよ。絆とも呼べるとっても大切なもの」


 栗色の柔らかい髪がふわりと揺れた。少女の紡ぐ言は、まるで霞のように掴めない。

 その人への想い。絆。あまりにも自分と不釣合いの言葉に笑みが零れる。絆なんて、そんなお綺麗じゃない。彼にとって僕はただの……ただの、ええと、


「貴方はどうして忘れてしまったの?」


 どうしてって、それは……、

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ