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死が彼らを巡り合わせるまで  作者: 直紀けい
第一章 砂上の贄柱 スナトリ
10/33

3-1 寝起きでも隙がないってどういうことだよ

──現実世界 八月二十二日・side【神代隗斗】──



 (……ん?)

 夢も見ない深い睡眠の中、隗斗はふと生じた違和感に意識が明確になる。ゆっくりと瞼を押し上げると、眠気にまどろむ蒼紅の瞳が色彩を主張する。

 簡易的な硬いベッドの微妙な寝心地で意識が浮上したのではなく、単に人の気配がして目を覚ましたらしい。テントの外で息衝く人影があった。


「おーい、旅人。起きてんのかよ。かってに入っちまうぞ~」


 誰だろう。起きたばかりで頭があまり回らない。ちら、と横目を流し人影の輪郭を辿る。声の主は少年の域を出ない幼いもので、背丈も然程育った様子は無い。

 隗斗は上体を起こし頭を軽く振る。ぱさぱさと栄養の不足した蒼髪が揺れ動く。久しぶりに夢を見ずに眠れたな、と腕を伸ばした。時計を覗き見すれば早朝六時を指し示している。

 

「いま、起きました。中に入っても構いませんよ」


 寝起きの声は掠れて聞こえ辛かっただろうに、呼びかけた人には伝わったらしい。すぐに扉代わりの垂れ幕が遠慮無く捲られ、体を滑り込ませていた。

 声の主は、みくよりもやや幼いと思われる少年。墨を落としたような艶のある短めの黒髪に、猫に似た鋭い眼光の彼は「はよ」とものぐさに挨拶をしている。

 げえ、と明らかに顔を歪ませ「荒れてんじゃん」と少年は実に嫌そうだ。朝っぱらから害虫にでも出会ったような表情である。

 そういえば昨夜はろくに片付けず眠りについたな、と隗斗は眉間を親指で解しながら芋づる式に思い出す。荷物の整理はまた後でやろう、と予定にも満たない思考に至る。


「ああ、おはようございます、カナタ」

「アンタ記憶力いいねぇ。つーか、寝起きでも隙がないってどういうことだよ」


 少年──砂取カナタ。

 目付きが悪いのは視力が悪いからだろう。黒縁の無骨な眼鏡の奥にある瞳は、柚葉(ゆずは)色。暗い緑色のそれは、眼鏡のレンズを通せば多少明るく見えた。


「そんな野生動物みたいに言わなくても」


 隙が無いのは隗斗にすれば至極当然である。旅人としては寝起きが悪いほうだが、すぐに人や獣の気配を察して意識を起こすスキルは持っている。

 旅をすれば嫌でも野営を必要とする場面に遭遇するのだ。それが緑の豊富な山ならまだマシで、寝具のひとつも無く己の身を晒して眠ることだってある。

 夜間に襲撃されるかもしれない。獣に獲物と定められるかもしれない。賊と遭遇して身包みを剥がされるかもしれない。旅には危険が山盛りで、顕著に表れるのが就寝時だ。

 (気付いたら旅の道具が全部盗まれてました、じゃ話にならない)

 荷物だけならまだしも、自分の命まで奪われてはおしまいだ。少しでも体力を回復させるのを目的に今まで過ごして来たので、自然と寝付きは良くなった。

 まあ、寝起きは見ての通りお察しだ。「そういう意味じゃねーし…」とごちるカナタは、手に持っていたバスケットを指差す。


「ま、いいや。朝飯持ってきてやったぜ、いっしょに食うぞ」

「おお、ありがとう」


 ふわり、と漂うのはパンの匂いだった。

 思わず腹を押さえて鳴き暴れそうな虫を宥める。年上としての、なけなしのプライドである。食い意地が張っているとは思われたくない。


 ちょっと失礼、と少年に一言断ってから隗斗は軽く身支度を整える。

 シャツとジーンズの寝巻きの上からパーカーを着て、備え付けてあった簡易洗面所で身繕いを終える。

 数分も掛からない支度に、カナタはわざわざ待っていてくれたのか微妙な硬さを誇る簡易ベッドに腰掛けていた。ぶらぶらと両足を揺らして遊んでいる。

 大量のパンはサイドテーブルに置いてあった。朝食に手をつけず、一緒に食べるつもりらしい。何というか、本当に砂漠の民スナトリは律儀だ。先に食べていても良かったのに。


「明日の朝さ、あ、今日とおなじくらいの時間だけど…狩りにいくんだ。アンタどう? グロいのへいき?」

「おそらく大丈夫かと。足を引っ張るかもしれませんが、ぜひご一緒させてください」

「へへ、いいぜ」


 にかっと歯を見せて笑えば、カナタは途端に愛嬌のある顔になる。標準装備の表情がむすっと不機嫌そうに見えるからだろう。隗斗は勿体無い、と感じた。

 しかし狩りに誘われるとは。ベッドに腰掛ける偏屈そうな少年の隣に座ろうとは思えず、旅人は椅子を引っ張り出してそこに落ち着く。予想通り少年は特に気を害した様子は無かった。

 何の狩りだろう。みくよりも幼い少年のカナタが行うような狩りならば、病み上がりの自分でも出来るだろうか。また明日、詳細を尋ねることにしよう、と隗斗は朝食に取り掛かる。


 カナタが持ってきてくれたバスケットには二人分の朝食が所狭しと並んでいた。

 焼きたてであり、手に持つとほかほかと温かい。パンの種類は豊富で、バケット、クロワッサン、チョコパン、他にも見たことが無いもので溢れている。

 まさか砂漠でパンを食べることになろうとは、と隗斗はこっそり驚いていた。昨日の夕食は、どちらかと言えば狩猟民族と呼ぶに相応しい食事風景だったと記憶している。


「クニミツさんは、僕のことで何か言ってましたか?」

 二人でバスケットの中のパンを取り出しつつ、隗斗は会話を切り出す。

「なにかって?」

「どれくらい滞在許可が下りているのか知りたくて。そう長くお世話になるのは心苦しいです」

「あー、そういうやつ」


 豪快だが綺麗にパンを食べるカナタは、バスケットを覗いてずれた眼鏡をぐいっと押し上げる。

 えーっと、と柚葉色の瞳が上を向いた。次いで旅人と視線を合わせた少年は「どうだったかな」と結局答えにならない言葉を零す。


「べつに、いつまでとかはっきり決めてねぇと思う。今までもそうだったし」

「今までとは、僕と同じように旅人が居たってことですよね」


 熱中症から生還した際、クニミツが微笑みまじりに言っていたな、と記憶を掘り返す。この砂漠の地スナトリでは行き倒れる旅人が居たと。

 隗斗のコメントにカナタはパンを頬張りながら「おう」と短く返答する。少年曰く、このスナトリの地に訪れた旅人の大半は一ヶ月ほど滞在しているらしい。

 旅人が一ヶ月も何をしているのかと疑問を抱く。それはもはや一種の定住では無いか?と隗斗は訝しむ。この砂漠の地スナトリは観光巡りをするには向いていない。

 (根無し草の旅人がそんなにも長い期間居座るなんて)

 一ヶ月も居付けば、生活習慣が出来上がる。サイクルが完成する。その国や民族との交流が生まれる。

 身体を構成する成分がその土地のものと化す。体内時計だって、勘だって鈍るに決まっている。それを旅人と呼ぶにはあまりにも粗雑だ。

 けど、と批判的になる思考を打ち止める。それほど長い期間滞在するのは、怪我をした者や迂闊に旅に出られない状態にあるのでは?と思い直す。それならば納得も出来る。

 単純に、気風を気に入ったから出来るだけ長く留まりたい者も居るだろう。隗斗とて、一ヶ月以上留まった地はある。好きな場所にはついだらだらと居着いてしまう心理も共感出来よう。


「オレなぁ…あんま旅人好きじゃねーから、くわしくはしらねぇ」


 ばっさりと刃で切り捨てる少年の言葉。まるで隗斗の想像を根本から否定するようだ。

 聞くところによると、カナタは今までの旅人を遠巻きにしていたらしい。民の一員…全員で個という意識が強いのだろう、余所者が民族の和を乱す様に不快感を抱く傾向がありそうだ。

 それにしても、好きではないのに朝食を持ってきてくれて、狩りに誘ってくれるのはどうなのか。隗斗の思考を何となく察したカナタは、言葉とは裏腹に突き放すような声色を吐き出す。


「あっ、アンタはいいんだよ。嫌いなタイプじゃなかったから」

「光栄です。明日の狩り、手解きをよろしくお願いしますね」


 カナタは、ふん、と小馬鹿にするように鼻を鳴らした。

 むすっと表情を尖らせるのは、もしかして照れているのか。だとしたら、雪彦とは異なるタイプの照れ屋だなと本人に知らせず隗斗は思った。



* * *



「ごめんください、隗斗。いらっしゃる?」


 昼下がり。太陽が最も己の威厳を示す時間。散らかった荷物を元通りにせっせと詰め込んでいると、鈴を転がす聞き覚えのある声が来客を告げた。

 どうぞ、と短く答えると想像通りの姿が現れる。視線の先には、オフホワイトの膝丈ワンピースの上に、紺のボレロを羽織った少女がご機嫌ななめの様子であった。

 今日も眩い若葉の目。両頬の幼いそばかすが印象的な女の子みく。せっかくの可愛らしい顔が台無しだと隗斗は意表を突かれる。昨日知り合ったばかりとは言え、いつも笑顔を携えた少女だったのに。


「昨日はよく眠れた?」

「まあ、ほどほどに」

 世間話も切って落とし、少女は「ところで、」と(まなじり)を吊り上げる。

「私はとっても怒ってます。あと、同じくらいに悲しい。隗斗、どうしてか分かる?」

「えっ…と、すみません。心当たりが…」


 不機嫌の理由を探してみるが、とんと分からない。記憶の中に検索結果は何も無し。該当せず。

 隗斗が本気で理解していない様子だと受け取った少女は「昨日!」と声を張る。床に座り込む隗斗の視線からすれば、仁王立ちになって怒りを露にする少女の気迫は二倍であった。


「昨日の夜、遺跡の中に入ったでしょう」


 引き伸ばさず、焦らさず告げられたみくの怒りの理由。

 隗斗は見られていたのか、と険しくなりそうな目尻を意識的に下げた。両手を胸の高さまであげて降参のポーズを取る。


「ご存知だったんですね」

「もう! 毒があるから危ないって言ったよね? なんとなくいやな予感がしたから遺跡まで行ったんだよ、私!」


 人知れず安堵に胸を撫で下ろす。良かった、これで旅人用簡易テントを抜け出したところを尾行していた、と言われた日には自分の注意力を疑ってしまう。

 最初から遺跡の傍で控えていたならまだマシだ。どん底よりも遥かにマシ。素人同然の少女の気配を僅かにでも察知していればまた違った行動を取っていたというのに。

 それにしても、なんとなくで遺跡にスタンバイするとはとんでもない直観力と行動力である。無謀にしてはやけに計画的のような、考えなしとは異なる少女が、旅人には物珍しく映った。


「そしたら本当に隗斗が来て、きらきら光る…階段? みたいなものを作って行ってしまうんだから、すっごく怖くって…」

 昨晩の光景を思い出したのか、みくは両手をぎゅうと握って顔を青くさせる。

「心配したの。どうしよう、どうしよう…って思ってたらすぐに隗斗は戻って来たんだけど」


 声を掛けようかどうか迷っていたら、隗斗は居なくなっていたらしい。

 危険な場所だと説明したのに。死んでしまった人も居るのに。淀みない足取りで岐路を辿る旅人が、無事にテントの中に入るまで生きた心地がしなかったと少女が悲痛に喘ぐ。

 ああ、こうなるから嫌だったんだけどな。隗斗の人目を忍ぶ理由の一つに、恐怖に慄く少女の姿があった。バレてしまっては仕方無い。姿勢を正し、みくに頭を下げる。


「ご心配をお掛けして申し訳ない。みく、君を怖がらせる気は全くなかったんです。もう僕のことを心配しなくても、」

「もしかして、また行こうとしてる?」

 ……思惑が完全にバレている。頭上に位置する少女が纏う雰囲気が更に悲愴になっていた。

「あっ! やっぱり行こうとしてる! 隗斗、危険なのにどうして遺跡の見学なんてしようとするの?」


 表面的に貼り付けた申し訳なさそうな表情はそのままに、隗斗は少女の姿を蒼紅の瞳で捉える。

 無垢な女の子だ。荒波に晒されたこともなければ、害意をその身に浴びたこともない、平和の象徴のような子供。繰り返される日々を享受する平凡の具現化のような少女。

 彼女に己の願望を伝えるのは、どうだろうか。到底受け入れられるような代物では無い。心構えも、覚悟もしていない無防備なその心に、己のような無頼漢が何を血迷ったことを。


「旅の目的のためです。神秘には必ずそう成らざるを得ない()()がある。僕にはその理由が必要なんだ。そのために…」

 言葉を区切り、旅人は少女と向かい合う。

「今晩も遺跡に行こうと思っています。スナトリの皆には内緒で」

「…内緒にするのは、なんで?」

「みくのように、心優しい人達に要らぬ心配を抱かせないように。君達スナトリは穏やかで温かい。心苦しい思いをさせるのはさすがに堪えます」


 (いや、まあ、余計な詮索をされないようになんだけど)

 あれこれ根掘り葉掘り問い質される行為は受けたくない。人によっては、血眼で止められるような願いなのだ。

 にこ、と疲労を滲ませた笑みを浮かべる隗斗。困ったように笑う旅人の姿には、問答に付け入る隙間が無かった。完璧かつ、余所余所しい、綺麗な微笑み。

 みくは包み隠さず、あからさまに狼狽している。先程まで抱いていた怒りは萎み、次いで旅人の身に不安を覚えてしまう。言葉は、自覚する前に流れ落ちた。


「……だったら、私も」

 きゅ、と一度一文字に結ばれる唇。少女は意を決して旅人に告げる。

「私も行くよ! でも、夜はだめ。暗いから。お昼なら許します! じゃないと、雪彦や長老に喋ってしまうかもしれないわ」

 幼い脅し文句は効果覿面。隗斗は瞳を瞬き、眩しそうに笑んだ。

「それじゃあ、ご一緒してくれますか? みく」

「ええ! 隗斗は見張ってないと、危ないことをなさるもの。ご一緒しますとも」

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