【1】-6 静かな説得
騒ぎを起こした生徒二人は、職員に連れられて反省室へと向かった。それを見送った後、場所を教室に移した。外で話をするのは落ち着けないし、距離をとって取り巻くような話し方はよくないという判断のもとであった。
しかし、場所が変わっても心の内まではそうはいかない。生徒たちは相変わらずレヴァンを遠巻きに見ていた。
「全員、席に着け」
教官の言葉に表面上はいつもの光景に。しかし、漂う空気は明らかに常ではない。レヴァンは無意識のうちに俯いていた。心配そうにフロルとアミナはレヴァンに視線を送る。
「……レヴァン、説明を頼む」
教官の言葉にわずかに震えた後、困ったような笑い顔。いつものようなほのぼのしたものではなく、胸の痛くなるような泣き顔にも見えた。
周りを見ないように俯きながら、長い沈黙のあとレヴァンは言った。
「……俺は人間じゃ、ありません」
周りの息を飲むような反応に一瞬顔を歪ませるも、レヴァンはすぐに表情を元に戻して、ぽつりぽつりと口を開きだした。
「俺は、魔物なんです。人型っていう特殊な形ですけど、こうやって――」
ゆったりとした動きで腕を持ち上げる。その腕は蒼光に包まれている。それも半端ではない密度である。下手につつけば制御できずに爆発させてしまうほどの魔力を腕の周りだけに凝縮させていた。
「――魔力が自由に扱えるんです」
辺りがしんと静まった。
全員がまるで反応出来ていなかった。それもそうだろう。クラスの一員としか思われていなかった少年が、実は人間ですらないと示されたのだから。
「……属性は」
「わかりません。ただ大きな魔力を扱えることしかわかってないんです」
静寂の中、疑問を発したのは教官だった。そうか、と静かにつぶやいて、教官は続ける。
「では、招魔の儀の失敗もそれが原因と思っていいんだな?」
レヴァンが肯定を示すと、教官は表情とは裏腹に納得したような言葉を言った。場が再び静寂に支配される。他の学年は自習中なのか、教師の声も聞こえてこない。生徒たちにとっては気まずい沈黙であり、レヴァンにとっては……辛い静けさであった。
そして、教官の質問はまだ終わったわけではなかった。しばらく迷うような素振りを見せてからやがて、教官は口を開いた。
「……貴様は契約が出来るのか?」
凛々しい雰囲気を崩さない姿勢に軽く感服しながら、レヴァンはうまくごまかそうと口を開こうとする。けれど、
「私が契約者です」
そうやって毅然として言い切ったのは、フロルだった。驚いたように目を見開く面々。その中でも何か言おうとしたレヴァンに、
「いいの」
制止の声をかけた。
「私を庇おうなんて考えなくていいから」
そういって、教官の方へ向いた。同時にレヴァンの方へと寄る。
「……なるほど。アイヤネンの失敗も、そういうことか」
教官はようやく納得したように声を出した。一人で考え事をしていた様子であったが、しばらくすると顔を上げ、ふむ、と勢いづけると、
「本日の講義は切り上げる。各自自主訓練に励め。以上」
そう言って教室を後にしてしまった。
「……」
教官が去った後、教室は再び、というよりそれ以上にいやな沈黙だった。身動きすらためらわれる空間。
こんな空気をレヴァンとフロルは知っていた。
「……また、バレちゃったね」
フロルがレヴァンだけに聞こえるように話しかけた。
「なんで契約のこと言ったんだ。言わなきゃこんな晒し者みたいにならなくて済むのに……」
レヴァンは周りを見渡した。周りの奇異の視線が刺さってきていた。直接目を合わせようとはしない態度にイラついた。舌打ちをする寸前でフロルが返事をしてきたので、レヴァンはあわててやめた。だって……、とフロルは言う。
「孤児院での時も今も、私を守るために……」
そこで言葉を止め、泣きそうになるフロル。脊髄反射的に「関係ねーよ」とレヴァンはつぶやいていた。
「え……?」
「関係ない。招魔として契約者を守るのは当然だろ? それにそんなことで謝られたら、招魔の意味ないよ、俺」
レヴァンは微笑んだ。無理に笑っているということが丸分かりなぎこちないものであったが、フロルは、
「……そうだね」
気にすることをやめた。
「……ねえ」
ふと声をかけられる。レヴァンがその声の主を探して顔を上げると、すぐに見つかった。亜麻色のショートカットをした少女だ。運動後であるからか、ゴムで髪を束ねていなかったが、それは、少し会話したことのある少女だった。
「ラナ……だっけ?」
「うん。聞いてもいいかな……?」
レヴァンは促す。少女はおずおずと言った感じに口を開いた。質問の内容は、レヴァンの過去について。
「自分は魔物だって言ったよね? ってことは魔界で過ごした記憶、あるの?」
そういった質問は過去にもされていて、レヴァンは慣れていた。
「いや、ないよ」
あっさりとそう答える。それを見て、ラナが表情を明るくした。「じ、じゃあ――」と言いかけた優しい少女を、
「でも、人間としての記憶なんてのもないんだよ」
できるだけ優しく見えるように微笑んで遮った。意味が分かっていない様子のラナにレヴァンは続ける。
「記憶がないんだ。十歳で孤児院に入った時が最初の記憶でさ……だから、本当に魔物かどうかもわかんないけど――」
人間には、見えないだろ?
そんな言葉にラナは言葉が継げなくなってしまう。レヴァンは思わず苦笑をもらした。こんなことは相手を気味悪がらせること以外しないだろう。しかし、自分が魔力を操ったのを見られた以上、レヴァンは隠すことはしたくなかった。昔と同じことになろうとも嘘をつくことはしたくなかった。
そんなことを考えていた時だった。諦観した表情でため息をつこうとした時だった。周りの視線が移動した。レヴァンからフロルへ。そして二人ともを見るような視線に。そして、
「…………化物」
瞬間、レヴァンは、つぶやいた男子生徒を殴り飛ばしていた。
ゴッとすごい音がなり、生徒が吹っ飛ぶ。落ちこぼれが打っていいような強力さではなかった。周りはおろか、生徒自身が吹っ飛ばされたことに気づいていなかっただろう。
ようやく状況を理解した者たちは、悲鳴を上げる。そのまま混乱に包まれそうになったその場を、
「黙れッ!!」
レヴァンの一喝で強制的に静寂へと戻された。
「フロルは関係ないだろうが! フロルは普通の人間だ。俺を使役しているからといってそれは変わらないだろ!? フロルのこと化物とか思った奴出てこい!! 俺がぶっ飛ばしてやるッ!」
炎がうねるような怒りを叫んだ後、レヴァンは殴り飛ばした者も含め、周りの生徒たちを見回した。全員がレヴァンから目を逸らし、顔を俯け、無関係を主張している。レヴァンはその態度に腸が煮え返るというのを実感した。フロルがなにか言っているのが視界の端で映っていたが、気にすることも出来なかった。
「確かに俺は化物だよ! 否定出来ない。……でも! フロルは違う!! ちゃんとした人間……いや、ちゃんとしすぎてるぐらいだ! 優等生で、性格も問題ない! おまえらも憧れとか持ったことあるだろ!? そんなフロルに手のひら返したように接してんじゃねえよ! あんまりだろうが!! ……だから――」
ひとしきり叫び続け、何度も声が裏返るレヴァン。しかしその勢いも次第に弱ってきて、やがて最後には激情は消え失せていた。
「――……だから、フロルは関係ねぇんだよ……」
そういってレヴァンは俯く。周りの視線を見ることが出来なかった。きっと呆然としているであろうことを思いながら、レヴァンは足を教室の出口へと踏み出していた。
「……レヴァン」
フロルだろう。レヴァンはその呼び止めるような声に従う気には、なれなかった。
入口の目の前まで来たところで、脇にいる人影に気づいた。小柄で、それ相応の不安そうな目でレヴァンを見てくる。アミナだった。
「…………あ……」
「……言わなくて、ごめん」
遮った言葉に込められた純粋な悲しみに、アミナは言葉を返すことが出来なかった。
そんなアミナを見て顔をくしゃっと歪めてから、レヴァンは入口を出て自分の部屋がある寮へと足早に向かった。階段を降りるところでフロルらしき人の声が聞こえた気もしていたが、振り向こうとは思わなかった。思えなかった。
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翌日。比較的気候も穏やかで過ごしやすい朝。
朝の自主練が終わり、準備ができた者から、講義を受けるため生徒たちが教室に集まりつつあった。
全員がなんだか微妙な表情を浮かべていること以外はいつも通りの光景である。友達と雑談している者、講義の予習復習に励む者。それぞれが自分のやりたいことをやるという時間であった。
そんななか、一人。ある生徒が入ってくると、全員がそちらを向いた。レヴァンであった。
全員の視線を感じたレヴァンが気まずげに顔をしかめた後、無言で端の席を目指す。が、ふっと後方の席を見やるとそこで一人の生徒と目があって立ち止まってしまう。その頬に貼ってあるガーゼを見てレヴァンは思い出した。前日レヴァンが殴ってしまった生徒だった。
しかし、相手の方から目をそらした。気持ちの悪さを感じながらも、レヴァンは歩みを始める。隅の席に荷物を置くと、レヴァンは立ち尽くした。しばらく悩むような表情を見せるが、やがて、
「……はぁ」
自分にしか聞こえないほどのため息をついて、再び歩き出す。
「……」
「な、なんだ……」
たどり着いた目的地は、目が合った生徒のところだった。
刈り込んだような短髪のガタイがいい生徒だった。その生徒が、突然目の前に立ったレヴァンを動揺と恐怖が混じった瞳で見ていた。
「ゴメン」
「…………は?」
呆気に取られたのは教室にいる全員だろう。まさか謝罪の言葉が来るとは思っていなかったのだ。
「殴って、悪かった」
レヴァンはもう一度謝ってから、深く頭を下げた。生徒はそれに困惑した様子であったが、レヴァンは気づかない。しばらくの間頭を下げていたが、やがて顔を上げた。その胸中に渦巻くもののよどみ具合に生徒も気づいたのだろう。何も口にすることはなかった。
弱々しい笑みを残してから、レヴァンは荷物をおいた席についた。
いつもなら誰かとたわいない話でもしている頃にもかかわらず、憂鬱な気分である。イライラはしなかった。ただ、やるべきことが終わったというように、ぐでっとうつ伏せる。レヴァンはぼんやりと意識を遠くへやった。
自分が魔力を扱えると分かって最初に感じたのは優越感だ。
フロルを年長の子たちから守るために、代わりにボコボコにされていた時だ。フロルの悲痛な声を聞きながら、反応をやめてはいけないとだけ念じていた。フロルの方へと意識が向かないように。自分をいじめて満足してくれるように。そう考えながら、耐えていた時だった。
いじめる側の一人がフロルの名前を口にしてレヴァンから離れた。頭の中で何かが切れたと自覚したときには、周囲で蹴りつけていた子どもたちが全員二メートルほど離れて倒れていたのだ。命を奪ったわけではなかったが、異常な力の存在が露呈した瞬間であった。
結果、忌み嫌われることになった。同じ孤児院の子供は近寄らなくなり、その場所の管理者である大人たちにさえも化物だ悪魔だと言われ続けた。それが自分の名前かと勘違いしてしまうほどに、呼ばれ続けた。
しかし、それだけなら良かったのだ。自分が化物だと言われたとしても、それで傷つくのは自分だけ。感情を高ぶらせなければ、魔力の暴発もない。おとなしくしていればよかったのだ。なのに、なのにだ。
フロルまでもが忌み嫌われるようになってしまった。
自分は化物。それは仕方ない。そのせいで周りと深く関わるわけにもいかない。それも仕方ない。だけど――
自分のせいでフロルまでが同じ扱いを受ける。ただの人間であるはずのフロルが化物の主やらと言われてしまう。それは、それだけは、許せなかった。
「………………………………くそっ…………」
浄法院を自主退学しよう。レヴァンがそう決意したのに時間はかからなかった。
よし、と軽く勢いづけてから立ち上がる。フロルはまだ来ていない。教官に言うなら今のうちであった。行くか、とレヴァンはつぶやいてから身体を教室の入口へと向け、歩き出そうとしたとき、
「……アミナ」
目の前にはいつのまにかアミナが立って、レヴァンの目を見つめているところだった。なぜだかいつもより真剣な視線を受け止めたレヴァンはふうっと息をついて気を落ち着かせてから、
「そこ、どいてくれないか?」
以前のような声を保って頼んだ。少しだが笑うことにも成功したレヴァンであったが、
「…………どこ、行くの?」
すぐに歩き出すことには失敗した。なんて答えようかと悩んでいたが、レヴァンが言葉を発する前に、アミナが口を開く。
「…………話、先に聞いて」
話? そうレヴァンが首をかしげたのを見て、アミナはもう一度うなずく。
正直、話を聞く暇などなかった。急がないとフロルがやってきてレヴァンの意図を見抜き、止めにかかるだろう。フロルに知られないうちに手続きを終わらせておく必要があった。にもかかわらず、
「わかった。なるべく早く話してくれ」
少しならいいか、と聞く態度になってしまっていた。
小さくうんと頷いてから、アミナは深呼吸した。緊張しているだろうことが伝わってくる。小柄な身体を自分で抱きしめているような状況だった。
怖いのだろう。うっすらとレヴァンは思った。なぜなら人外の者に話しかけているのだから。怖くないはずがない。その証拠に、声が聞こえないような距離からの遠まわしな視線が感じられていた。
落ち着いたのか、アミナが顔を上げた。少し不安げな顔で、
「…………レヴァン、魔物って本当?」
「……そうだよ」
「…………ミグルスと、同じ?」
「……そうなるかな」
レヴァンの声がしぼんでいく、と同時に顔を俯かせた。沈黙が周囲を囲む。昔のことを思い出した。このやりとりを繰り返したとき、次見ることになるのはいつも、怯えている視線なのだ。
だからレヴァンは自分の中で覚悟した。少しだけ仲良くなったアミナの態度が変わっても、傷つかないように。
結果から言って、自分の中の覚悟は役に立たなかった。不安と恐怖を胸にためながら、レヴァンが顔を上げる。そこにあるのは、恐怖に染まる顔でも、軽蔑するような視線でもなく、
見惚れてしまうような、優しい微笑み、だった。
そこにはレヴァンが恐れていたような感情は見当たらなくて……。
レヴァンは太ももをつねった。痛い。夢ではないようだった。――ではなぜ? なんで、
「なんで、笑ってるんだよ……?」
そう、レヴァンは泣きそうな声でつぶやいた。その声に答えるのも、罵倒や悲鳴ではなく心が震えてしまうほどに暖かい声だった。
「…………レヴァンのこと、わかったから」
いつも距離をおくようにしか接してくれなかったから。だからレヴァンのことを知れて嬉しいと、アミナはそう言った。
「で、でも俺、人間じゃ――」
「…………ミグルスと同じ。全然、怖くない」
そんなこと、納得出来るわけなかった。そんなことを考えられるなら、長い間忌み嫌われることもなかったはずなのだ。
そんなレヴァンの心情を汲み取ったのか、アミナは真剣な顔になってレヴァンの目を捉える。
「…………わたしのせい」
「……え?」
「…………レヴァンが距離置かれているのは、わたしのせい」
完全に理解出来ていないレヴァンに分かってもらうために、アミナは言葉を紡いだ。
「…………わたしがうまく喋れないから。感じ悪いってみんなに思われてるから。わたしと関わったレヴァンが、距離置かれる」
「……は? そんなこと……そんなの全く関係ないだろ?」
若干慌て気味にそう返すレヴァン。アミナはにこっと笑った。
「…………うん。関係ない」
「へ?」
またもや意味が分からなくなるレヴァンに、アミナは極上の笑顔を向けて言った。
「…………だから、レヴァンも関係ないの」
「……あっ……」
ようやく分かったらしい人外の少年にアミナは子を諭す母のような声で、告げる。
「…………レヴァンが魔物でも、わたしの友達。だって……レヴァンはレヴァン、だから。だから、自分を追い詰めていかないで」
レヴァンはそのときなにも言えなかった。それほどまでにアミナの言葉は真っ直ぐ心にすっと届いて、響いた。だから、レヴァンはすっかり震えてしまっている声でつぶやく。
「……俺、人間じゃないのに」
「…………関係ない」
「……俺、忌み嫌われてるのに」
「…………関係ない」
「……俺、魔力が出せるのに」
「…………関係ない」
そしてレヴァンは、自分の中の硬く押し固められたものが溶けていくのを感じながら、最後に言った。
「……俺、アミナを傷つけるかもしれない」
「…………関係ない。ていうより――」
アミナはレヴァンの手を優しくつかんだ。
「――そんなことしないって……信じてるから」
そう優しくアミナがつぶやくと同時に、レヴァンは天井を仰いだ。
天井がぼやけて歪む。久しぶりの視界だった。少し経って、アミナの方を向くと、桜色に頬を染めながらレヴァンの手をまだ握っていた。握って、くれていた。
「……アミナ」
「…………ん」
さりげなく目元をぬぐって席に座り直すと、アミナが隣に腰掛けながらいつものように小首をかしげて聞いてきた。
「…………どこか行くんじゃ、なかったの?」
「……いや、もういいんだ」
そう言って、レヴァンはふっと不器用に笑う。つい先程までと同じように弱々しくても、その笑顔の中には悲しい色は見られなかった。そんな空気を感じながら、
「…………これから、よろしく」
「……こちらこそ」
二人は、お互いに笑顔を交わした。
その後、フロルも教室へとやってきて、やがて講義が始まった。
フロルは雰囲気だけでなにか感じ取ったらしく、レヴァンとアミナに快活な挨拶をかけてきた後、アミナの隣に座る。
周りの視線は相変わらず刺さってくるが、レヴァンは気にしないことにした。それこそレヴァンにとっては「関係ない」のだ。
講義中にもかかわらず、楽しそうに紙と鉛筆で意思疎通を図るフロルとアミナを見て、窓辺で気持よさそうに寝ているミグルスを見て、レヴァンは自然と笑顔になった。
前とは違う道を歩んでいけそうだな、と静かに思った。




