【3】ー18 アベリオン
目の前の光景に目を疑う。
浄魔士として使用許可が降りている自動二輪から身を下ろし、ハンスは驚きに目を見開いていた。
カクタスの研究所の側にあるクレバス。それの比ではないほどの大きさを誇る地層断裂が、ハンスの目の前を横切っていた。
場所は北に進むこと数日。庇護者の監視圏から外れようかというほどのところだ。そんなところに巨大なクレバス。それだけなら特にハンスの驚きには値しない。
問題は、そこに飛行艇が停めてあることだ。
明らかに人工物である。
「……こんな所に」
シレンティアはこんな遠くまで手は伸ばしていない。では誰がいったいこれを利用しているのか。
ハンスは考えるだけ無駄だと思った。なぜなら、ハンスが見たのはそれだけではないからである。
「……どうなってやがる」
そのクレバスの向かい側。数キロ離れた荒野に見える影。それは、都市、だった。
ハンスが目を凝らしてその細部を見ようとするが、距離が遠く、それは叶わない。仕方が無いのでまずは怪しい飛空艇の方へと寄っていく。
警戒は解けない。神経を張り詰めながら、自分の気配は消して近づく。しかし、そこでハンスは予想外のことに出くわした。
「ん? 坊主、どうしてこんな所にいるんだ?」
……もっとよく見ようと身を出した時点で、なにやら飛空艇の見張りでもしていたような男に見つかってしまったのだ。
瞬間的に逃げ去ろうとしてしまうが、その行動はかえって怪しまれることとなるだろう。そう考え、ハンスは諦めてその男の元へと近づいていく。
逞しい巨躯の肉体に蓄えられた髭。見た目から言うなら土木関係の職業の、人の良さそうな男だった。
とりあえず波風立てないよう、ハンスはごまかそうとした。
「いや、大したことはない」
「いや、こんな所に一人でいて大したことないわけないだろうよ」
自分の下手さに舌打ちをしかける。こんなときに「カナンがいれば」と思ってしまう自分に笑ってしまう。
ファミグリアに帰りたい、と思ってしまっていた。
それはハンスにとっては成長で……この場においてもプラスに働いた。
「そうか……おめーは新米の騎士なんだな。他の奴らに置いてかれちまったのか」
どうやら孤独な空気を感じたらしい。それに腰に差した刀で判断されたようだ。
騎士とはなんだ、とハンスは聞かなかった。それぐらいの空気は読めた。
「あ、ああ」
「それならそうと正直に言え。都市まで乗せてってやるよ」
「都市?」
「都市アベリオンの騎士じゃねえのか? それとも衛星街の地方自警団か?」
男はそう言うと、背後を振り返った。その方向にあるのは、遠目に見える建造物群。やはりそれは都市らしい。アベリオンと言う名もあるようだ。
「い、いや……アベリオンの方だ」
「そうか、わかった」
知ったかぶりを決め込むハンスに気づいた様子もなく、人懐っこく笑う男。警戒は解かないまま、その男についていきハンスは飛空艇の中に乗りこむのだった。
「そら着いたぞ。ここでいいか?」
「ああ、助かった」
「おう、坊主も気ィ付けろよ」
簡単に感謝を済ませてハンスは頭を下げる。それに軽く手を振ってから、男は再び都市を出ていく。どうやら仕事中だったらしい。今一度感謝の念を捧げてから、ハンスは視線を前へ向けた。
既に都市の中である。
シレンティアのように門で検査をされるようなこともなく、それどころか都市が隔壁で囲まれていることすらない。
そんなことでは冥種や害獣という危険から身を守れないのでは、と感じたハンスであったが、そんなことはないらしい。
中央のアベリオンを守るように別の小都市である衛星街が配置されていて、その場所に騎士たちを派遣して都市を守るという仕組みをとっているようだ。
地方に派遣された騎士は「地方自警団」としてその小都市を警備する義務を与えられ、それにより実績を積むと、中央都市に在留する「正騎士」として取り立てられるらしい。
これらの内容を、ハンスは騎士を褒めちぎる飛空艇の男の話から推測した。
そして、ハンスは呻くようにつぶやいた。
「まさか……他の都市があるなんてな」
それも、シレンティアの一・五倍は規模がありそうである。都市自体も大きければ、そこに住む人口も、である。
そして人が多いということは、
「『天宙鉄鎖』……手がかりがあるはずだ」
ハンスは声に鋭さを入れ込むと、肺の中の空気を入れ替え、まずは都市全体の地理把握から始めるのだった。




