【3】ー17 パルメルの片割れ
訓練が終わると、喫茶店へ……行こうとしたところで、ファミグリアは昇降口で呼び止められる声に振り向いた。
「……アマビスカ先生?」
「名前で構わない。呼びにくいのならヴィアと呼んでくれたまえよ。君たちと年は二つしか変わらないからね」
特別講師として授業している守護士のオクタヴィアだった。
そんな大物が何の用だろう、とレヴァンは内心首を傾げる。彼女はなぜかレヴァンを特に注視しながら、ファミグリア全体に問いかけた。
「卒業後、ぜひ私の部隊に入ってくれたまえよ。君たちがとても気に入った」
単刀直入な物言いに反応が一瞬遅れるが、いち早く正気に戻ったフロルが一歩前に出る。
「お誘いは嬉しいですけど……私たち、まだそこまで考えていないので……」
「ふふ、断り文句が上手だな。うん、わかった。考えるだけでもよろしく頼む」
あっさりと引いたオクタヴィアにあっけに取られつつも「わかりました」とフロルは頷く。しかし、それで話が終わりかとおもいきや、そんなことはなかった。
「レヴァン・グラフェルト」
「……はい?」
突然のことで本当に自分が呼ばれたのか怪しくなるが、間違いはないようだ。オクタヴィアはその視線をしっかりとレヴァンに合わせると、唐突に頭を下げた。
「え、ちょっ!」
焦るレヴァン。周りの冷たい視線。わけも分からず、逃げ出したくなったレヴァンを、頭を上げたオクタヴィアの声が引き止めた。
「冥種大侵攻の際、助けてくれてありがとう」
「……へ?」
意味が分からず首を傾げるレヴァン。それにオクタヴィアは苦笑すると、詳しく語った。
「私たち三番隊は危うく冥種に壊滅させられるところだったんだ。そこを君が通り掛かって、魔力のヴェールのような創作魔法で冥種の数を大幅に減らしてくれた。……覚えているか?」
「あ、あー……」
そこまで言われて「そんなこともあったような」程度には思い出す。しかしそれは確か……。
レヴァンはフロルの方を見た。
フロルはあらぬ方向を向いて口笛を吹いていた。
「あの魔法は俺じゃなくて、そこのフロルが行使したんですよ」
「あ、言っちゃうんだ」
フロルが驚いたようにレヴァンに目を戻す。たまには評価を受けるのも悪くはないだろうと、レヴァンは頷く。
「……ほう、君が。……気に入った。その魔導技術、ぜひウチに欲しいね。それにレヴァンも。その体術は逃すことはできないな」
残念そうな顔をするレヴァン。ここでフロルは彼が勧誘から逃れるために自分が話題に出されたのだと悟る。こそっとその足を蹴った。
そこで、オクタヴィアの腕時計がピピピと音を奏でる。
「おっと。私は仕事があるようだ。それではいい返事を期待して待つよ」
そう言うと、オクタヴィアは学校の中へ入っていく。恐らく職員室にでも向かうのだろう。
「……ヴィア先生、ねぇ」
「ど、どうしたよ?」
ジト目を向けてくるフロル。同様に「……じぃ」と口で言いながらアミナも見てくる。「面白い展開だっ」とリンはニヤニヤ笑ってレヴァンたち三人を見て、パルメル兄妹はお互いに何か別のことを話していて、レヴァンの援護をしてくれそうにはない。
レヴァンは一つ頷くと、
迷わず逃走を開始した。
「「えぇっ!?」」
思わずアミナも驚いた声を上げてしまうような状況の中、すたこらさっさとレヴァンは逃げる。
「…………捕まえる」
「ちょっと! なんで逃げるのっ!」
その後をアミナとフロルは追いかけ始める。
そして、昇降口から出て校門へと小さくなっていく三人の姿を見て、
「面白そうだからかき回してみよ~っと」
「……チッ面倒な」
「まあまあ、そう言わずに行きましょう、お兄さん」
リン、ハンス、カナンも後をついていくように小走りで走っていったのだった。
この楽しい日常が、予期せぬ形で崩されることとは、誰も考えもしなかった。
◇◆◇◆
それから訓練や依頼をこなし、喫茶店で駄弁るうちに数日が過ぎた。
そして、この日の朝、教室にはカナンが一人で登校してきた。
「あれ、ハンスは?」
「それが……いないんです」
心配そうにそう言うカナンを思わず顔をしかめてしまうレヴァン。いつもならそのまま教室でのおしゃべりタイムが始まるところなのだが、レヴァンのわずかな表情の変化を、幼馴染は見逃さなかった。
「レヴァン、話して」
その言葉に、レヴァンは大きく顔を歪める。そんな様子を見て、アミナが驚いたようだった。リンも同様に目を大きくしている。
「…………知ってる、の?」
「……」
フロルの断定口調が効いたのか、レヴァンは内容を隠そうとは微塵も思わなかった。
「……へぇ。私たちに黙って単独の依頼、かぁ」
「フロル? なんだか怒気がすごいぞ……?」
「正座」
「……はい?」
「隠してたこと、反省して」
「……はい」
雰囲気に飲まれてその場でゆっくりと正座に移行する。ついでに場所は朝の教室のままである。奇異の視線がレヴァンに集まる。
それでもやめさせる気はないようだ。
「でも、ハンスっちに単独の依頼なんて来るの? 二人はいつも一緒なんだよね?」
リンが不思議そうに首を傾げる。その視線と質問は、カナンの方へと向いていた。カナンはそこで今までの無表情から一転して、悲しそうに眉をひそめた。
「……きっと、一人で行くようにと頼んだのだと思います」
私がいると邪魔なんですよ、とらしくない弱音。思わずレヴァンは口を挟む。
「カナンを危険な目に合わせたくなかったんだろ。そこは察してやったほうが――」
「でもそれって、それだけ危険な場所に一人で行くってことですよね」
レヴァンの言葉を遮り、そんなことを言うカナン。思わず口をつぐんだレヴァンに「ごめんなさい」と小さく謝ってから、彼女は俯いてしまった。
しばらく気まずい沈黙が続いた後。
「……ごめんなさい。今日の訓練は休んでもいいです?」
「……うん、いいよ。しっかり休んで、明日やろう?」
ありがとうございます、とカナンは頭を小さく下げると、カナンは荷物を持って席を立った。そのまま教室を後にする。
それを見送って、レヴァンは口を開く。
「ハンスはカナンを置いていくことを当たり前だと思ってんだけどな」
「……それは仕方ないよ。男の子と女の子じゃ、そこの考え方は全く違うから」
フロルが何やら遠い目をしながら言うのを聞きながら、残った四人はカナンの去った方をしばらく見続けていた。
それから数日、カナンは沈んだまま元気を見せることなく過ごした。レヴァン達は口に出すことこそなかったが、早く戻って来い、と心中呟くのだった。




