【2】ー14 未知との遭遇
更衣室。
……なぜ喫茶店ではなくこんな場所にいるかというと、レヴァンにとってはどうでもいい、しかしとても重要なことがあるらしい。
「クリームあんみつ……あんみつ……」
レヴァンの目の前には、体術の訓練を重点的にしてなんだか疲れた様子のアミナが木陰で横たわっていた。
リンと別れた一行は喫茶店へと向かったのだが、なんと急な閉店日。思わずと言った様子で泣き崩れた女性陣三人を、レヴァンが(周りの目を気にして)なんとか立たせた。その時の会話で。
「まぁ……たまには我慢しないとね……じゃないと太っちゃうし」
「太……?」
「る……?」
「「「ッッ!?」」」
そこで同時に、カナンは自分の体を確認し、フロルとアミナがバッと振り向いてレヴァンの方を見る。
太るという単語の後に見られるものだから、あれ太ってきたかな、と自分の体を見下ろすレヴァンを置いて、カナンがぼそっとつぶやいた。
「太ったらお兄さんに嫌われます……」
「「そ、それじゃ私たちも……」」
なんだなんだ、と雲行きが怪しくなってきた会話から少しずつ身を離していった所で、
「「レヴァン(くん)! 体術を教えて(ください)!」」
「…………教えて」
「りょ、了解……」
という訳で、今、かなりきつめのトレーニングが終わったところだった。
「アミナ、無事?」
「…………冬眠、する」
「いやいやいや、こんなに暑いのに! いや違った、寝ちゃダメだ、風邪ひくから」
「…………冗談」
くすっと笑ってアミナが言う。少し休むだけ、と軽く目を閉じた。
「そ、そっか、身体には気を付けろよ?」
ん、と返事を返したアミナを微笑ましく見てから、レヴァンは歩き出した。
目的の更衣室についてから、レヴァンはポケットから鍵を取り出す。この更衣室は、ファミグリア専用のものだ。
鍵を回して中へ、しかしそこは靴を脱ぐ場所で、中に入るにはもうひとつ引き戸を通らなくてはならない。
すぐそばの壁に名札が掛かっていないことを確認してから、レヴァンは自分の名札を掛け、引き戸を引いた。
「相変わらず無駄に充実してるなー」
さすがに学年の上位数チームにしか与えられない更衣室だけあって、引き戸の向こう側はトレーニング器具やらリラクゼーショングッズやらがわんさか置いてある。
そこまで広いわけでもないのに器具が充実しすぎて、スペースが狭くなっているというのが玉に瑕か。
レヴァンは、なにか捨てたほうがいいな、と密かに画策していた。
「っと、それより早く着替えないと」
男のレヴァンが着替えていると女子たちが着替えられない。
そう、チームで一つの更衣室なので男女はわかれていない。まあ、鉢合わせを防ぐための工夫が入口でされているのだが。
レヴァンが着替えにしか使っていないこの更衣室は、すぐそばにシャワールームもある。そのため、女子たちはかなり重宝しているようだった。
「着替えた後も少し待つハメになるんだろうけど……」
がらがらがらー。
「ん?」
レヴァンが上着を脱いで上半身裸になった所で、そのシャワールームの方から扉を開けるような音がする。
「おう、ハンス。もうあが――」
ん? 今日、ハンスはいなかったはずでは?
レヴァンがシャワールームのある方へ視線を固定させたまま、思考してかたまっていると、布が擦れるような音のあとに、その音の犯人がレヴァンのいるロッカー室へ姿を現した。
フロルが。
下着姿で。
「……」
「――え? レ、ヴァン……?」
しばし見つめ合う二人。レヴァンは目をそらすように視線を動かした。
きちんとメリハリをつけて発達した肢体。上気した肌。すっきりとした印象を抱かせる細い体でありながら、女性らしい丸みを帯びている。
胸も大きいわけではないが綺麗な形をしていて、淡いピンクの下着がそれを隠している。しかし、その色合いもスカーレットの髪と対照的で、美しさを際立たせた。
――これが、フロル、か……?
レヴァンがぼんやりとそんなことを思って、目を離せずにいる。トクン、と胸の鼓動が一つ早くなった、レヴァンがそう感じたとき――
「……変……態…………!」
「……へ?」
未だ現実感を得られないレヴァンに対して、フロルは思い切り息を吸い込み、噴火した。
「この、馬鹿レヴァンっ!」
「ってちょっ、危なっ! ダンベル投げんな!」
「うるさいっ! なんでここにいるの!」
「だって入口に名札下げてなかっただろ!?」
「そんなの知らないもん! ……ああもう!」
理不尽なことを言った後、自分が隠れたほうが速いと判断したのか、ロッカー室にあった着替えを持ってシャワールームの方へと駆けこむ。そこにある脱衣スペースでゴソゴソとした後、私服姿のフロルが登場する。
「このスケベッ!」
「ぐぶっ!?」
走って出口へ向かう途中にレヴァンに膝を入れ、フロルは、
「……ふんっ!」
ドタバタと出ていった。
「………………理不尽だ」
レヴァンは腹を押さえてうずくまりながら、つぶやいた。なんのための入口の工夫だよ……。
「……よいしょ」
レヴァンは身を起こし、残りの着替えを済ます。あまり気絶をしているふりもしていられない。そう思って出口へ向かう。が、その前に自分のロッカーの中に一振りのナイフを見つけ、立ち止まった。
少し迷った後、無言でそれを手に持つ。それを逆手に構え、そして、
「ッ!」
一思いに腕の皮膚を切り裂いた。
鮮血が散り、浅い傷口が出来る。
その傷はしばらくしてからカサブタを作り、やがて治癒していくだろう。……そのはずだった。
「……」
レヴァンはつらそうに顔を歪めて自分の腕を見る。その視線の先では、
傷口が、みるみるうちに塞がっていっていた。
カサブタが出来ているのではない。肌がぴったりと合わさるように近づき、そのまま傷跡すら残さないように傷口の端の方から閉じていっているのだ。
数秒も待つと、やがて傷口が完全に塞がった。もう、そこには傷があったことすら感じさせない、不気味に綺麗な肌があった。
「……くそっ」
拳を壁に叩きつける。思いのほか力を込めすぎてひどく擦りむくが、それもすぐに治る。
レヴァンはやり場のない不安を抑えこみ、ちゃちな作りのイスに腰掛けた。
異常が感じたのは、商店街での小遣い稼ぎでのことだ。運搬の仕事の際、道端にあった鋭い葉で腕を軽く切った。運搬をし終えてからその傷の確認をしようとすると、傷が見当たらなかったのだ。
それから何回か機会が重なり、最近、この異変に気がついたのだ。
「……怪我がすぐ治るなんて、便利でいいなー」
気を紛らわすためにそんなことを言うも、レヴァンはより顔を歪める。顔を俯けた。
「いったい俺は……」
レヴァンは口だけ動かしてその先の言葉を紡ぎ、
「……う……」
そして、嗚咽を漏らした。
……みんなには、黙っておこう。
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「……すいません。もう一度お願いします」
「は。今朝、偵察に向かった諜報部隊の精鋭三人からの連絡が断絶。おそらくすでに命はないかと」
「……」
諜報部隊長が膝をついて報告する内容を、イレーネは最初、信じられなかった。
研究所はもう間違いなくクロだろう。しかし、イレーネとエルゼは諜報部隊に偵察しか命じていない。その成果によって判断を下す予定だったのだ。
偵察部隊の、しかも精鋭の存在に気づき、そしてそれを撃破。諜報専門といっても、諜報部隊は弱いわけではない。むしろ強い部類だ。敵はこちらの予想以上に強大だったようだった。
「……わかりました。下がってください。追って指令を下します」
「は」
足音を立てることなく謁見の間のようなこの場所を後にする諜報部隊長を見送ってから、イレーネはふうっと長く息を吐いた。
無人のはずの研究所が無断使用され、稼動している。同時に『魔の狩人』の拠点としても機能。
元所長のカクタスが、『魔の狩人』の雇い主で、何やら不穏な動きが確認されている、が、詳しいことはなにも分からない。
彼の目的もはっきりしない。敵の戦力も『魔の狩人』だけとは限らない。
「……どうしよう」
イレーネは途方にくれた。
エルゼは都市内の『魔の狩人』の拠点を警戒させるにあたって、少しの間、塔を離れている。
「フロルちゃんだったら、なにか思い浮かんでくれるかしら……」
思わず漏れたつぶやきをかき消すように手を口の前でバタバタさせた。
あの子にもう重い話は関わらせない。
自らの決意を思い出し、強く頷く。しばらく静かに頭を働かせた。やがて、手元のボタンをゆっくりしっかりと押し込んだ。
「……エルゼ・サウスオールを至急呼び戻してください。それと、守護士三人は都市外周を中心に巡回。よろしくお願いします」
ふうっともう一度息をつくと、
「……しっかりしなきゃね」
庇護者イレーネ・セイレンは、両手で自身の両頬を強く叩いた。




